1-1. 魔女の宅急便

監督 宮崎駿
出演 高山みなみ高山みなみ佐久間レイ
1989年(東映)

解説
都会へ旅立った魔女の女の子の自立を描く。角野栄子原作の同名小説の映画化で脚本・監督は「となりのトトロ」の宮崎駿、撮影監督は「陽あたり良好! 夢の中に君がいた」の杉村重郎がそれぞれ担当。

ストーリー
魔女の娘は、13歳になると修行の為独立するという古くからの掟があった。キキもそんな女の子の一人で今晩がその旅立ちの日なのだ。翌朝、黒猫ジジと共に港町コリコに着いたキキは大都会に夢中。しかし、誰も相手にしてくれず、早々おちこんでしまうキキだが、偶然お客の忘れ物を届けたことから、パン屋の女主人おソノに気に入られ、その好意で店先を借りて宅急便を開業することになった。張り切るキキだが、不注意で配達中のぬいぐるみを森の中に落としてしまう。そしてそれを拾ってくれたのは絵描きの少女ウルスラだった。こうして何とか初仕事も無事終り、少しずつ町の生活にも慣れていくキキに気のいい少年トンボが飛行クラブのパーティーに招待した。急いで仕事を終わらせ、パーティーに行こうと思うキキだったがそんな時、孫娘に手作りのパイを贈りたいという老婦人の手助けをした為、パーティーに行けなくなってしまい、その上パイの届け先の娘から冷たい態度を受け。そんな中で雨にぬれて風邪をひいてしまったキキを見かねたおソノのはからいで、キキはトンボとデートすることになった。人力飛行機で空を飛ぼうと夢みるトンボの姿にキキの心もほぐれてゆくが、彼の仲間に例のパイの少女を見たキキは、前より増しておちこんでしまい、さらに自分の魔法が弱まっているのに気付く。そんな時ウルスラが訪ねて来た。キキのおちこみようを見た彼女は、キキを自分の家へ誘った。そこでウルスラと語り合い落ち着きを取り戻したキキは、翌朝あの老夫人から連絡があったことを聞きつけ屋敷を訪ねた。老婦人はこの間のお礼にケーキを焼いてくれたのだった。その時、テレビのニュースで飛行船のロープにトンボがぶら下がったまま飛び立ってしまったことを知ったキキは屋敷を飛び出し、掃除夫から借りたデッキブラシに乗って現場へ飛び立った。そして、間一髪でトンボを助けたキキは、人々の歓声の中に降りていったのであった。




1-2. 火垂るの墓

監督 高畑勲
出演 辰己努白石綾乃志乃原良子
1988年(東宝)

解説
 自らの体験をもとに書いた、野坂昭如の同名小説をアニメ映画化。戦争によって両親を失った幼い兄妹がたどる過酷な運命を描く。高畑勲監督のリアルかつ繊細な演出により、兄妹の孤独な心情を見事に活写。ふたりの運命を予見するような、闇夜を照らす蛍の姿が痛烈に迫る。また、昭和20年代の日本の生活を克明に描写した美術・演出も秀逸。昭和20年の神戸。急な空襲で母が入院した、14歳の清太と4歳の節子兄妹は、叔母のもとを頼りに訪れる。だがふたりの母が亡くなったのを機に叔母は彼らを邪険にしはじめ、清太は節子を連れて誰もいない防空壕へ。ふたりだけの自炊生活をはじめるが・・・。

ストーリー





1-3. となりのトトロ

監督 宮崎駿
出演 日高のり子坂本千夏糸井重里
1988年(東宝)

解説
田舎に引っ越してきた子供たちと、そこに住むオバケたちの心のふれあいを描くアニメ。原作・脚本・監督は「天空の城ラピュタ」の宮崎駿で、作画監督は佐藤好春がそれぞれ担当。

ストーリー
小学3年生のサツキと5歳になるメイは、お父さんと一緒に都会から田舎の一軒屋にと引っ越してきた。それは退院が近い入院中のお母さんを、空気のきれいな家で迎えるためだった。近くの農家の少年カンタに「オバケ屋敷!」と脅かされたが、事実、その家で最初に二人を迎えたのは、“ススワタリ”というオバケだった。ある日、メイは庭で2匹の不思議な生き物に出会った。それはトトロというオバケで、メイが後をつけると森の奥では、さらに大きなトトロが眠っていた。そして、メイは大喜びで、サツキとお父さんにトトロと会ったことを話して聞かせるのだった。一家が新しい家に馴染んだころ、サツキもトトロに遭遇した。雨の日の夕方、サツキが傘を持ってバス亭までお父さんを迎えに行くと、いつの間にか隣でトトロもバスを待っていた。しばらくするとオバケたちを乗せて飛び回る大きな猫バスがやって来て、トトロはそれに乗って去って行った。サツキとメイはトトロにもらったドングリの美を庭に蒔いた。その実はなかなか芽を出さなかったが、ある風の強い晩にトトロたちがやって来て一瞬のうちに大木に成長させてしまった。お母さんの退院が少し延びて、お父さんが仕事、サツキが学校に出かけた日、メイは淋しくなって一人で山の向こうの病院を訪ねようとするが、途中で道に迷ってしまった。サツキは村の人たちとメイを探すが見つからないので、お父さんに病院に行ってもらい、トトロにも助けを求めた。トトロはすぐに猫バスを呼び、不思議な力でたちどころにメイのいる場所へ連れていってくれた。そして、さらに猫バスは二人を、山の向こうの病院までひとっ飛びで運んでくれた。窓から病室をのぞくと明るく笑うお父さんとお母さんの顔があった。二人はお土産のとうもろこしを窓際に置き、一足先に家に帰るのだった。




1-4. コクリコ坂から

監督 宮崎吾朗
出演 長澤まさみ岡田准一竹下景子
2011年(東宝)

解説
宮崎駿が企画&脚本を担当し、「ゲド戦記」以来、5年ぶりに宮崎吾朗が監督を手がけた、同名漫画が原作のスタジオジブリによるアニメ映画。1963年の横浜を舞台に、16歳の女子高校生・海の恋愛模様や友情を通して、まっすぐに生きる高校生たちの青春を描き出す。海役を長澤まさみ、彼女が好意を寄せる少年・俊を岡田准一が演じる。

ストーリー
東京オリンピック開催を目前に控えた1963年の横浜。女系家族の長女である松崎海(声:長澤まさみ)は高校二年生。父を海で亡くし、仕事を持つ母・良子(風吹ジュン)をたすけて、下宿人もふくめ6人の大世帯の面倒を見ている。そんな海は、同じ高校に通う新聞部の部長・風間俊(岡田准一)に心を寄せるのだが……。




1-5. ハウルの動く城

監督 宮崎駿
出演 倍賞千恵子木村拓哉美輪明宏
2004年(東宝)

解説
ベネチア映画祭で絶賛された、宮崎駿監督最新作。魔法と科学が混在する世界で、老婆に変えられた18歳の少女と魔法使いの青年の不思議な共同生活を描く。

ストーリー
愛国主義全盛の時代。王国の兵士たちが今まさに、戦地に赴こうとしている。銃には花が飾られ、歓呼の中を行進する兵士たち。荒地には、美女の心臓をとって喰らうという魔法使い、ハウルの動く城まで現れていた。そんな町から離れて歩く、ひとりの少女がいた。少女ソフィー(声:倍賞千恵子)は18歳。荒地の裾野に広がる町で生まれ育ち、亡き父の遺した帽子屋を切り盛りしている。妹のレティーは八方美人で人当たりも良く、街いちばんのカフェ、チェザーリの看板娘。ソフィーは妹によくこう言われる。「本当に帽子屋になりたいの?」。でも、生真面目なソフィーには、コツコツと働くしかやることがない。たまにひとりになると、自分が本当は何をやりたいのか。本当にやりたいことなんてあるのか、と考えてしまう娘だった。ソフィーはある日、街で美貌の青年・ハウル(木村拓哉)と出会う。何かに追われているらしいハウルは、ソフィーと共に天へ舞い上がったかと思うと、束の間の空中散歩にソフィーをいざなう。まるで夢のような出来事に、心を奪われるソフィー。しかしその夜、ソフィーは荒地の魔女(美輪明宏)と名乗る不気味な風貌の魔女に呪いをかけられ、なんと90歳のおばあちゃんに姿を変えられてしまうのだった。このままでは家にはいられない…。ソフィーは荷物をまとめ、人里離れた荒地を目指し、ハウルの動く城に潜り込む。実はハウルは、ジェンキンス、ペンドラゴンの名を使い分ける、天才的な才能を持つ魔法使い。強大な力を持ちながら、王宮からの再三の招請にも応じず、動く城の中で毎日を無為に過ごしていた。かつてはキングズベリーの王室にいたこともあったらしいが、それも昔の話である。動く城にはハウルのほかに、ハウルと契約を結び、暖炉に縛りつけられているらしい火の悪魔カルシファー(我修院達也)、ハウルの幼い弟子マルクル(神木隆之介)が住んでいた。身寄りのないマルクルは、師匠ハウルに代わって城へやってくる市民や王宮からの使いに対応している。一方カルシファーはソフィーに、契約の秘密を見破ってくれれば、元の姿に戻してやる、と取引を持ちかける。こんな面々とともに、ソフィーの新生活が始まるが……。




1-6. もののけ姫

監督 宮崎駿
出演 松田洋治石田ゆり子田中裕子
1997年(東宝)

解説
森を侵す人間たちと荒ぶる神々との闘いを、日本アニメ史上空前の製作費による壮大なスケールで描いた長編アニメーション。監督・原作・脚本は「紅の豚」の宮崎駿。声の出演は「はるか、ノスタルジィ」の松田洋治、「平成狸合戦ぽんぽこ」の石田ゆり子ほか。97年末の時点で107億円という空前の配給収入を記録する大ヒットとなり、それまでの日本映画の最高記録であった「南極物語」の58億円はおろか、日本の配収記録である「E.T.」の95億円も抜いて、歴代配収第1位の座に輝いた。また、アニメーション作品として初めて日本アカデミー賞作品賞にも輝き、98年中にはディズニーの配給により全米公開も行われる予定である。97年度キネマ旬報ベスト・テン第2位、同・読者選出ベスト・テン第1位。

ストーリー
室町時代、王家の血をひく青年・アシタカは、北の果てにあるエミシ一族のかくれ里を襲ったタタリ神を倒したせいで、右腕に死の呪いをかけられてしまった。村の老巫女・ヒイさまから、西に行けば呪いを断つ方法が見つかるかもしれないというお告げを受けたアシタカは、大カモシカのヤックルに跨って、西へ旅立つ。その途中、彼は犬神モロに襲われて谷に転落した牛飼いの甲六らを助けたことから、製鉄工場・タタラ場に寄ることになった。アシタカはそこで女頭領エボシ御前と会い、彼女たちが砂鉄を得るためにシシ神の森を切り崩していることが原因で、ナゴの守という猪神をアシタカの村を襲ったタタリ神に変えてしまったことを知る。そんな夜、サンという娘が山犬とともにタタラ場を襲撃した。サンは犬神モロの君に育てられたもののけ姫で、森を侵すエボシ御前を憎んでいる。エボシ御前とサンの闘いを止めようとしたアシタカは、深い傷を負いながらも、サンを背負ってタタラ場から脱出した。そんなアシタカを、サンは一度は殺めようとするが、彼の中にほかの人間たちと違う心を感じた彼女は、アシタカをシシ神に託すことにする。そして、森の中から現れたシシ神は、アシタカの傷を癒してくれた。やがて、齢500歳の老猪・鎮西の乙事主が、森を荒らす人間との争いに決着をつけようと、猪神を引き連れてシシ神の森にやってくる。一方、唐傘連やジバシリなどの不気味な一味を率いた謎の坊主ジコ坊は、不老不死の力があるとされるシシ神の首を奪おうと、エボシ御前と結託してその準備を進めていた。アシタカはなんとか人間と神々の闘いを阻止しようとするが、ついに闘いの火蓋が切って落とされてしまう。サンも山犬たちと乙事主に加勢するが、ジコ坊たちは神々を次々と倒し、シシ神の首を手に入れた。首を無くしたシシ神は、触れるもの全ての命を吸い取ってしまうディダラボッチに姿を変えて人々を襲い始め、アシタカとサンは逃げ回るジコ坊を捕まえると、ディダラボッチに首を返す。すると、ディダラボッチは姿を消し、森の一部が元の姿を取り戻した。シシ神の死んだ森を見て嘆くサンを、アシタカは共に生きようと励ます。その時、彼の手からは呪いが解けていた。




1-7. 半落ち

監督 佐々部清
出演 寺尾聰原田美枝子柴田恭兵
2003年(東映)

解説
横山秀夫の同名ベストセラー・ミステリーを、豪華キャストで映画化。殺人犯が殺害から自首するまでの“空白の2日間”の謎を巡り、事件を裁く人々それぞれの思惑を緻密に描出。

ストーリー
3日前、アルツハイマー病を患う妻・啓子を自宅で殺害したとして、現役の警部である梶聡一郎が川城中央警察署に自首して来た。“落としの志木”の異名を持つ捜査一課強行犯指導官・志木和正の取り調べに対し、素直に犯行を認める梶。しかし、彼は自首するまでの2日間に関しては決して口を割ろうとしなかった。“空白の2日間”に何があったのか? 何故、梶は最愛の妻を殺しておきながら、後追い自殺をしなかったのか? 事件を表沙汰にしたくない県警幹部たちは、誘導尋問によって捏造した事実で穴埋めし嘱託殺人として処理しようとするが、志木は納得がいかない。そんな中、事件はマスコミにリークされ、空白の2日間に関する梶の目撃情報が寄せられて来る。梶は、東京・歌舞伎町に行っていた! その目的を探るべく、個人的に捜査を続ける志木やスクープ記事を狙う東洋新聞の女性記者・中尾。彼らの調査によって、次第に真相が明らかになっていく――。実は、梶はその2日の間に、ひとりの少年に会いに行っていた。7年前、急性骨髄性白血病で13歳のひとり息子・俊哉を亡くしたのをきっかけに、ドナー登録していた梶からの骨髄移植によって命を救われた少年。彼に夫との命の繋がり=俊哉を感じていた啓子は、自分が壊れてしまう前に彼と一目会うことを秘かに切望していた。彼女に乞われ殺害した後、偶然見つけた彼女の日記の中にそのことを発見した梶は自殺を諦め、啓子に代わって彼に会いに行くことを決意。そして、少年が活き活きと働く姿を目の当たりにした彼は、ドナー登録の有効期限である51歳の誕生日まで生きる決心をし、少年がマスコミに曝されることを恐れ2日間のことは口を閉ざしたのだった。結局、梶は裁判の中でも最後までそれを自供しなかった。梶に4年の実刑判決が下った。護送される梶に、志木は車窓から少年・池上に会わせる。池上は梶へ言葉を送る……「生きて下さい」。




1-8. 武士の一分 

監督 山田洋次
出演 木村拓哉檀れい笹野高史
2006年(松竹)

解説
SMAPの木村拓哉が初めて時代劇の主演を務めた話題作。「たそがれ清兵衛」「隠し剣 鬼の爪」に続く藤沢周平原作時代劇三部作の最終作。監督&脚本は前2作と同じく山田洋次。

ストーリー
東北の小藩、海坂藩に仕える三十石の下級武士・三村新之丞(木村拓哉)は、城下の木部道場で剣術を極め藩校では秀才と言われながらも、その務めは藩主の毒見役。不本意な仕事ではあったが、美しく気立てのいい妻の加世(檀れい)と慎ましくも幸せに暮らしていた。ある日、新之丞は藩主の昼食に供されたつぶ貝の毒にあたって倒れる。激しい痛みに意識を失い高熱にうなされ続け、からくも一命はとりとめたものの新之丞は失明してしまう。一時は絶望し、死すら考える新之丞だが、加世の献身的な支えもあり、死ぬのを思いとどまる。しかし、武士としての勤めを果たせなくなったため、今後の暮らし向きについては不安が募る一方だった。親戚一同は会議を開き、加世は藩の有力者に家禄の半分でも据え置いてもらえるよう頼みに行けと命じられる。そこで、加世とは嫁入り前から顔見知りだった上級武士の島田藤弥(坂東三津五郎)が、力になると加世に声をかける。やがて城から、三村家の家名は存続し三十石の家禄もそのまま、という寛大な沙汰が下される。暗闇の世界にも慣れてきたある日、新之丞は加世と島田の不貞を知る。島田は家禄を口実にして加世の身体を弄び、その後も脅迫めいた言辞を使って肉体関係を強要していたのだ。自らの不甲斐なさのために妻を辱められ、怒りに震える新之丞は、加世に離縁を言いわたす。そして、盲目の身体に鞭打つかのように剣術の稽古を始める。父の代から三村家に仕える徳平(笹野高史)と、剣の師匠・木部孫八郎(緒形拳)の協力を得て、新之丞の剣の勘は少しずつ戻ってくる。かつての同僚から、島田が家禄の口添えなどまったくしていなかったことを告げられ、怒りが頂点に達した新之丞は島田に果し合いを申し込む。死闘の末に新之丞は島田を倒し、戻ってきた加世と抱き合うのだった。




1-9. 真空地帯

監督 山本薩夫
出演 神田隆加藤嘉岡田英次
1952年

解説
日本軍隊生活を始めて本格的に描いて毎日出版文化賞を獲得した野間宏の長篇小説「眞空地帯」の映画化で新星映画の嵯峨善兵、岩崎昶の製作により北星映画の配給になるものである。山形雄策の脚本を「箱根風雲録」の山本薩夫が監督している。出演者の主なるものは「暴力」の木村功、「今日は会社の月給日」の利根はる恵、「泣虫記者」の岡田英次、「嵐の中の母」の沼田曜一のほかに、薄田研二、神田隆、下元勉など、民藝、新協、青年俳優グループが出演している。

ストーリー
週番士官の金入れを盗んだというかどで、二年間服役していた木谷一等兵は、敗戦の前年の冬に大坂の原隊に帰っていた。彼は入隊後二年目にすぐ入獄したのですでに四年兵だったが、中隊には同年兵は全くおらず、出むかえに来た立澤准尉も班長の吉田、大住軍曹も全く見覚えのない人々であった。部隊の様子はすっかり変わってた。木谷に対する班内の反応はさまざまであった。彼は名目上病院帰りとなっていたが、何もせず寝台の上に坐ったきりの彼は古年兵達の反感と疑惑をつのらせた。木谷が金入れをとったのは偶然であった。しかし被害者の林中尉は当時反対派の中堀中尉と経理委員の地位を争って居り、木谷は中堀派と思いこまれた事から林中尉の策動によって事件は拡大され、木谷の愛人山海樓の娼妓花枝のもとから押収された木谷の手紙の一寸した事も反軍的なものとして、一方的に審理は進められたのだった。兵隊達が唯一の楽しみにしている外出の日、外出の出来なかった木谷は班内でただ一人彼に好意をもっている曾田一等兵に軍隊のこうした出鱈目さを語るのだった。班内にはさまざまな人間がうごめいている。地野上等兵の獣性、補充兵達の猥褻な自慰、安西初年兵のエゴイズム。事務室要員の曾田は軍隊を「真空地帯」と呼んでいた。ここでは人間は強い圧力で人間らしさをふるいとられて一個の兵隊−−真空管となるからだ。或日、野戦行十五名を出せという命令が出た。木谷は選外にあったが、曾田は陣営具倉庫で、金子班千葉県有為が隣室でしつこく木谷を野戦行きに廻す様に准尉に頼んでいるのを聞き驚いた。金子班長はあの事件の時中堀派の一人として木谷の面倒をみたのだが、今は木谷との関わり合いがうるさかったのだ。木谷が監獄帰りと聞こえがしに云う上等兵達の言葉に木谷は猛然と踊りかかっていった。木谷を監獄帰りにさせた真空地帯をぶちこわそうとする憎しみに燃えた鉄拳が彼等の頬に飛んだそれから木谷は最後の力をふりしぼって林中尉を探しまわった。彼に不利な証言をした林中尉に野戦行きの前に会わねば死んでも死にきれなかった。ついに二中隊の舎前で彼を発見した。彼の必死の弁解に対し木谷の拳骨は頬にとんだ。やがて、転属者が戦地に行く日が来た。花枝の写真を懐に抱いて船上の人となった木谷に、ようやく自分をきりきり舞いをさせた軍隊の機構、その実態のいくらかがわかりかけてきた。見知らぬ死の戦場へとおもむく乗組員達の捨てばちな野卑な歌声が隣から流れてくる。しかし木谷の眼からはもはや涙も流れなかった。




1-10. 名もなく貧しく美しく

監督 松山善三
出演 高峰秀子小林桂樹島津雅彦
1961年(東宝)

解説
松山善三が自らの脚本を、初めて監督したもので、ろう者夫婦の物語。撮影は「ぼく東綺譚(1960)」の玉井正夫。出演は小林桂樹と高峰秀子。

ストーリー
竜光寺真悦の嫁・秋子はろう女性である。昭和二十年六月、空襲の中で拾った孤児アキラを家に連れて帰るが、留守中、アキラは収容所に入れられ、その後真悦が発疹チフスで死ぬやあっさり秋子は離縁された。秋子は実家に帰ったが、母たまは労わってくれても姉の信子も弟の弘一も戦後の苦しい生活だからいい顔をしない。ある日、ろう学校の同窓会に出た秋子は受付係をしていた片山道夫に声をかけられたのをきっかけに交際が進み、結婚を申込まれた。道夫の熱心さと同じろう者同士ならと秋子は道夫と結婚生活に入った。二人の間に元気な赤ん坊が生れた。が、二人の耳が聞こえないための事故から死んでしまった。信子が家を飛び出し中国人の妾となりバーのマダムに収まったころ、道夫は有楽町附近で秋子と靴みがきを始め、ささやかな生活設計に乗り出した。グレた弘一が家を売りとばした。母のたまが道夫たちの家に転がりこんできた。秋子はまた赤ん坊を生んだ。たまは秋子たちのためにねじめを手放した。秋子はその金でミシンを買い内職を始めた。子供の一郎は健全に育ち健康優良児審査で三等賞を受けた。道夫は一郎の教育を考え靴みがきを止め印刷所の植字工になった。が、一郎は成長するにつれ障害者である両親をうとんずるようになった。内職の金をごまかされたり秋子の苦難の日はつづく。刑務所を出てきた弘一がミシンを売ってしまう。絶望した秋子は置手紙を残して家出した。しかし後を追いかけてきた道夫の手話による必死のねがいで、秋子は家に帰った。一郎も優しい気持の子供に変っていった。が、生活は相変らず苦しい。ある日、昔、秋子が助けた戦災孤児のアキラが自衛隊員の姿で訪ねてきた。うれしさに秋子は大通りへとび出した。そのとたん秋子はトラックにはねられて死んだ。激しく鳴らした警笛がろう者の秋子には聞こえなかったのだ。一郎は、貧しくとも美しく生きた両親の慈愛をうけて明日への希望めざしてゆく…。




1-11. 日本沈没

監督 樋口真嗣
出演 草なぎ剛柴咲コウ及川光博
2006年(東宝)

解説
小松左京原作のSF大作を、草なぎ剛、柴咲コウら人気キャストで33年ぶりにリメイク。CGで描かれる超自然災害は迫力満点。極限状態の中で生まれる人間ドラマも必見だ。

ストーリー
相次ぐ自然災害が、日本列島を襲う。その原因を探るために潜水艇『わだつみ6500』の操縦士である小野寺俊夫(草なぎ剛)は、地球科学博士・田所(豊川悦司)の指揮のもと、同僚の結城(及川光博)と深海調査に向かった。そこで判明したのは、バクテリアの発生によって海底プレートが急速に沈降しているという衝撃的な事実だった。あらゆるデータをもとに試算を繰り返す田所は、日本列島が1年後には沈没するという驚愕の結論を得た。その危機を訴える田所だが、エキセントリックな彼の言動は学会でも一笑に付された。しかし、内閣総理大臣の山本尚之(石坂浩二)は田所の学説を受けとめて、閣僚内に危機管理担当大臣を置く。その任命を受けた鷹森沙織(大地真央)は、かつての田所の妻だった。そんな中、地震災害の被害者救出に向かった小野寺は、ハイパーレスキュー隊員の阿部玲子(柴咲コウ)と出会う。二人の努力によって、倉木美咲(福田麻由子)は一命を取り留めるが、彼女は震災孤児となった。阪神大震災で家族を失った玲子は、美咲を引き取ることを決意する。そんな玲子に、小野寺はいつしか惹かれていく。一方、きたるべき有事に備えて、日本の避難民を海外に受け入れてもらう要請に向かった山本総理が乗る飛行機も、突如噴火した火山の溶岩に飲み込まれてしまう。続々と日本全土を襲う自然災害の波。鷹森大臣は非常事態宣言を発令するが、北海道を皮切りに九州から内陸へと災害は拡大し、逃げ惑う人々は退路を失って犠牲者は増大した。このまま日本は滅亡するのか? しかし、唯一の回避する方法が見つかる。それは、海底プレートの異変ににショックを与えて断裂すれば、地殻の変動は食い止められるというのだ。小野寺は、愛する玲子たちを守るため決断する。爆薬を仕込んだ潜水艇を操縦し、ひとり深海へと潜っていく小野寺。彼の貴重な命との引き換えに、日本列島は沈没の危機を回避することできた。




1-12. 夢千代日記

監督 浦山桐郎
出演 吉永小百合名取裕子田中好子
1985年(東映)

解説
広島で胎内被爆し、余命いくばくもない芸者のもっと生きたいという願いと、彼女と殺人犯の愛を山陰の温泉町を舞台に描く。脚本は「天国の駅」の早坂暁、監督は「暗室」の浦山桐郎、撮影は「伽耶子のために」の安藤庄平がそれぞれ担当。

ストーリー
山陰の雪深い温泉町、湯村。“はる家”の夢千代こと永井左千子は広島で被爆していた。“はる家”は夢千代が母から受け継いだ芸者の置家で、夢千代の面倒を子供の頃から見てくれている渡辺タマエ、気のいい菊奴、スキー指導員・名村に恋し自殺未遂を起こす紅、好きな木浦のため、彼の妻の替わりに子を宿す兎、癌で三ヵ月の命だという老画伯・東窓に、束の間の命の灯をともす小夢たちがいる。神戸の大学病院で「あと半年の命」と知らされた夢千代は、帰りの汽車の窓から祈るように両手を合わせて谷底へ落ちて行く女性を見た。同乗していた女剣劇の旅役者の一人、宗方勝もそれを見ていたが、彼の姿は消えてしまう。捜査の結果、その女性の駆け落ちの相手、石田が逮捕された。彼の子を身篭った女が邪魔になったのだろうという事だったが、夢千代には自殺としか思えなかった。翌日、旅芝居好きの菊奴の案内で春川一座を尋ねた夢千代は、宗方に本当のことを教えてほしいと嘆願するが、宗方は「見ていません」と冷く答えるのだった。夢千代はタマエから、死んで行くしかない特攻隊員との愛のかたみに母が女手一つで自分を産み落としたことを聞かされ、一度だけ出来た子供を堕したことを悔いた。ある夜、夢千代は春川一座へ出かけ、熱を出して倒れてしまう。そして、宗方に背おわれて“はる家”に戻ってきた。春川一座のチビ玉三郎は、母である座長や菊奴の前で宗方の夢千代に対する気持を言いあてる。その時、宗方は菊奴から夢千代の命が長くないことを知らされた。証人として宗方の身元を調べていた藤森刑事は、彼の名がでたらめであることを知る。さらに、十五年前、父親を殺して指名手配中であることをつきとめ、夢千代に警告するのだった。宗方は一座から姿を消した。彼を隠岐行のフェリーで見かけたという紅の言葉を頼りに、夢千代は隠岐島へ向った。そして、宗方に愛を告白し、二人は結ばれた。宗方は衰弱した夢千代を“はる家”へ連れ帰る。皆の見守るなか、夢千代は息を引きとり、宗方は藤森によって逮捕されたのだった。




1-13. 波の数だけ抱きしめて

監督 馬場康夫
出演 中山美穂織田裕二別所哲也
1991年(東宝)

解説
1982年の湘南を舞台に、ミニFM局の運営にかける若者たちの青春模様を描く。脚本は「病院へ行こう」の一色伸幸が執筆。監督は「彼女が水着にきがえたら」の馬場康夫。撮影は同作の長谷川元吉がそれぞれ担当。

ストーリー
1991年11月。東京の教会で行われた真理子の結婚式に、旧友の小杉、芹沢、裕子、吉岡の4人が集まった。式の帰り、小杉と芹沢はクルマを飛ばして横横経由で長柄のトンネルを抜け、134号線を茅ヶ崎に向かう。1982年5月。大学4年生の小杉、芹沢、裕子、真理子の4人は、真理子のバイト先のサーフショップを拠点にノンストップ・ミュージックのミニFM局Kiwiを運営していた。彼らは学生生活最後の夏休みに何か大きなことをやりたいと無線マニアの芹沢の発案でFM局を始めたのだった。自分たちの放送が湘南じゅうの海岸で聞けるようになることを夢見る彼らにとって、真理子のDJとしての才能は不可欠だったが、その真理子はロスアンゼルスにいる両親から航空券を送りつけられており、7月にはロスの大学に編入しなければならない。真理子は小杉に引きとめてほしいのだが、シャイな小杉は「好きだ」の一言が言えない。そんなある日、彼らの前に若い広告マンの吉岡が現れる。真理子に一目ぼれした吉岡は、FM放送局の計画を知り、真理子を取り入れる為に中継局作りに積極的に協力しはじめる。そしてKiwiは二人の男の真理子への思いをエネルギーにして、国道134号線沿いに江ノ島方向へ急速に伸び始める。そんな時、吉岡は会社の上司から専売公社が森戸にひと夏オープンするアンテナショップで行うイベントの企画を命じられ、茅ヶ崎から森戸まで湘南の海辺をカバーするFM放送局「FM湘南」の設立を提案。Kiwiは森戸を目指してさらに伸びていく。同時に吉岡は真理子に9月までアメリカ行きを延ばすよう頼み込み、真理子もそれを了承するのだった。7月、中継局が葉山まで伸び、いよいよ明日はスポンサーが試験放送を聞きにくるという晩、小杉は真理子に気持ちを打ち明けようと決心し、真理子を呼び出すが、ふとした行き違いから真理子の気持ちが完全に吉岡に移ったものと誤解。一方真理子も小杉に思いを寄せていた裕子が小杉と抱き合っているのを目撃して、深く傷つきアメリカへの旅立ちを決心する。芹沢と裕子は、真理子と小杉の仲を取り持つ為、試験放送を犠牲にして、小杉の「愛してる」という言葉を電波に乗せ、真理子のクルマに乗せようとする。だが、この放送が失敗すれば吉岡は会社をクビになるのだ。悩んだ末、小杉はマイクに向かうが、間一髪で真理子のクルマは長柄のトンネルに入り、その思いは伝えられなかったのだった。




1-14. 手紙

監督 生野慈朗
出演 山田孝之玉山鉄二沢尻エリカ
2006年(ギャガ・コミュニケーションズ)

解説
直木賞作家、東野圭吾の原作を映画化。主演は東野の原作をテレビドラマ化した「白夜行」に続き山田孝之。兄役に玉山鉄二、ヒロインには人気上昇中の沢尻エリカが扮する。

ストーリー
川崎の工場で働く武島直貴(山田孝之)は周りの人々と距離を置いて生活していた。兄の剛志(玉山鉄ニ)が直貴を大学にやるための学費欲しさに盗みに入った家で誤って人を殺してしまい、千葉の刑務所に服役中だからだ。兄と弟は手紙によって連絡を取り合っていた。一方直貴は子供時代からの親友・祐輔とお笑いコンビ“テラタケ”を組み、プロを目指している。そんな直貴に惹かれた食堂の配膳係・由美子(沢尻エリカ)は何かと彼の世話を焼こうとした。やがて“テラタケ”はブレイクし、直貴は大企業の専務令嬢・朝美と恋に落ちた。しかし、インターネットの書き込みから直貴が殺人者の弟だという噂が広まってしまう。兄のことで散々差別を受けてきた直貴は“テラタケ”を一方的にコンビ解消し、朝美と結婚しようとした。しかし朝美の親にも事実が発覚し、別れざるを得なくなる。更には勤め始めた電気店でもそれが理由で左遷されてしまう。直貴は兄を恨み、手紙の返事も出さなくなった。そんな直貴を現実に向き合わせ、勇気づけたのが、由美子だった。実は由美子は剛志への手紙を直貴のフリをして書き続けていたのだ。直貴は由美子が自分にとって大切な存在であることを強く意識する。数年が経ち、結婚した直貴と由美子の間には一人娘が生まれていた。平穏な生活。しかしここにも差別の波が押し寄せてくる。親たちの指図によって娘から友達が離れていったことを知った直貴はついに剛志に兄弟の縁を切りたいという手紙を書いた。そして全てを清算するために被害者の遺族に挨拶に出かける直貴。そこには剛志が送り続けたという謝罪の手紙の束があった。遺族もこれで全てを終わりにしたいと言う。直貴は祐輔の呼びかけにより、刑務所慰問のため“テラタケ”を一度だけ再結成する決心をした。兄・剛志の服役する千葉の刑務所。服役者の前で“テラタケ”は漫才を演じた。兄に向けて励ますかのようなギャグを演じる弟。爆笑に包まれる観客の中には、泣きながら舞台上の直貴の姿を見つめる剛志の姿があった。




1-15. みんなのいえ

監督 三谷幸喜
出演 田中直樹八木亜希子唐沢寿明田中邦衛
2001年(東宝)

解説
映画賞を総ナメした「ラヂオの時間」から4年ぶりとなる、三谷幸喜監督待望の第2作。自らの家造り体験をもとに、次から次へと起こるドタバタ騒動をコミカルにつづる。

ストーリー
脚本家の直介と妻の民子は、郊外の土地にマイホームを建てることになった。設計は民子の大学の後輩で新進気鋭のインテリア・デザイナー、柳沢に、施工は民子の父で昔気質の大工の棟梁・長一郎に依頼。ところが、おしゃれで開放感溢れるアメリカ建築をデザインする柳沢と、とにかく頑丈な和風建築を建てようとする長一郎は対立を始めてしまう。ぶつかり合う、妥協を許さないアーティストとしてのプライドと、職人として納期に間に合わせようとする職人の誇り。そんなふたりの間に立たされた直介と民子はおろおろするばかりだ。しかし、長一郎は柳沢がトイレのタイルに竹割りを指定してきたことから、柳沢は壊れた顧客の西洋家具を長一郎が見事な職人技で直したことから、次第に互いのことを認めるようになっていく。そして、いよいよお披露目の日。柳沢と長一郎は丘の上から完成した家を、感慨深げに眺めるのであった。




1-16. 華麗なる一族

監督 山本薩夫
出演 佐分利信月丘夢路仲代達矢
1974年(東宝)

解説
富と権力獲得への手段として、華麗なる閨閥をはりめぐらす万俵一族を主役に、金融界の“聖域”銀行、背後で暗躍する政・財界の黒い欲望を描く。原作は山崎豊子の同名小説。脚本は「戦争と人間 完結篇」の山田信夫、監督も同作の山本薩夫、撮影は「朝やけの詩」の岡崎宏三がそれぞれ担当。

ストーリー
志摩半島の英虞湾を臨む志摩観光ホテルのダイニング・ルーム。華やかな正月の盛装の人々の中にあって、群を抜いて際だった一組があった。この一族は、関西の財界にこの人ありと知られている阪神銀行頭取・万俵大介とその家族である。鋭い眼光、端正な銀髪の大介が正面に坐り、妻寧子、家庭教師兼執事の高須相子、長男鉄平と妻早苗、次男銀平、次女二子が大介を中心にして坐っている。年末から新年にかけての四日間をこのホテルで一家揃って過すのが万俵家の長年の慣例であった。金融再編成のニュースが新聞紙上にもとりあげられ、万俵大介の心中は穏やかでない。彼は預金順位全国第十位の阪神銀行を、有利な条件で他行と合併させるべく、長女一子の夫、大蔵省主計局次長美馬中から極秘情報を聞きだした。この閨閥作りを演出しているのは、大介の妻寧子が華族出身の世間知らずであることから、ここ二十年来、子供の教育から万俵家の家計に至るまで全ての実権を握っている高須相子である。阪神銀行本店の貸付課長である次男銀平を、大阪重工社長安田太左衛門の娘万樹子と結婚させたのも、また、恋人のいる次女二子を、佐橋総理大臣の甥と見合させたのも相子の手腕だった。しかも、彼女は大介の愛人として、寧子と一日交替で、大介とベッドを共にしていた。長男の鉄平は、万俵コンツェルンの一翼をになう阪神特殊鋼の専務だが、彼は自社に高炉を建設し、阪神特殊鋼の飛躍的発展を目論み、メインバンクである阪神銀行に融資を頼むが、大介は何故か鉄平に冷淡だった。大介は、彼の父敬介に容貌も性格も似た鉄平が、嫁いで間もない頃の寧子を敬介が犯した時の子供だと思い続けているのだ。鉄平は高炉建設資金、二百五十億の内、五十億を自己資金、残りの四十パーセントを阪神銀行に、三十パーセントをサブパンクである大同銀行、三十パーセントをその他の金融機関に頼むつもりだったが、大介は融資額を三十パーセントにダウンしてきた。激怒した鉄平に大介は「融資に親も子もない。経営者としてのお前の考えは甘すぎる」と冷たく云い放った。だが、鉄平に好意を寄せる大同銀行三雲頭取の計らいと、妻早苗の父で自由党の大川一郎の口ききで遂に念願の高炉建設にとりかかれた。しかし、完成を間近に、突然高炉が爆発、死傷者多数という大惨事が勃発した。さらに鉄平を驚愕させる事実が三雲頭取から知らされた。阪神銀行の融資は見せかけ融資だ、と云うのである……。大同銀行は阪神特殊鋼への不正融資を衆議院の大蔵委員会で追求され、三雲頭取は失脚した。そして、多額の負債をかかえた阪神特殊鋼は、会社更生法の適用を受けざるを得なかった。事実上の破産である。妻子を実家へ帰した鉄平は、愛用の銃を手に雪山で壮烈な自殺を遂げた。皮肉にも死んだ鉄平の血液型から、彼は大介の実子だったことが判明した。一方、二子は、総理の甥との婚約を自ら破棄して、アメリカにいる恋人、一之瀬四四彦のもとに飛んだ。大介の筋書通り、阪神銀行は上位行の大同銀行を吸収合併し、新たに業界ランク第五位の東洋銀行が誕生、大介が新頭取に就任した。小が大を喰う銀行合併劇を、あらゆる犠牲を払って実現させた万俵大介の得意満面の笑顔……。しかし、その背後には、さすがの大介の考えも及ばぬ第二幕が静かに暗転していった。−−それは、永田大蔵大臣が、東洋銀行を上位四行の内の五菱銀行と合併させるべく美馬中に秘かに命じていたのだった……。




1-17. 大停電の夜に

監督 源孝志
出演 豊川悦司田口トモロヲ原田知世
2005年(アスミック・エース)

解説
「東京タワー」の源孝志監督が、停電に見舞われた東京を舞台にした群像劇。さまざまな事情を抱えた男女12人の一夜を、ロマンチックな名シーンとともに語り明かす。

ストーリー
イルミネーションに彩られた東京のクリスマス・イヴ。そのとき突然街から光が消え、東京がかつてない暗闇に沈んだ。ラジオでは、緊急ニュースを伝えるアナウンサーの声が流れる「12月24日午後5時過ぎ、首都圏全域が大規模な停電に見舞われました」。見ず知らずの麻衣子を心配し、病院の屋上にやって来た天体マニアの少年・翔太。生意気な麻衣子の要求でふたりは病院から抜け出し、自転車に乗って走り出す。エレベーターでは、中国人のホテル研修生の冬冬(阿部力)と、上司との不倫中関係に悩むOL、美寿々(井川遥)が閉じ込められてしまう。四角い空間の中でとりとめもなく会話をしているうちに、いつしか客とホテルマンの間に奇妙な友情が芽生え、互いの恋について語り始める。真暗な部屋でひとり夫の帰りを待つ主婦・静江(原田知世)。そこへ、夫の遼太郎(田口トモロヲ)が帰ってくる。向き合うことの少なかった夫婦が、食卓のキャンドルに灯をともす。実は、静江は離婚を考えていた…。地下鉄に閉じ込められた元ヤクザの銀次(吉川晃司)は、妊婦の礼子(寺島しのぶ)の陣痛に遭遇する。いっこうに電車は動きそうになく、礼子の陣痛はいよいよ激しくなってくる。銀次は礼子を救うため、彼女を背負って地下鉄から脱出しようとする。数十年連れ添った夫に、「ある秘密」を隠している小夜子。クリスマス・イヴに夫・義一に告白するが、妻の「秘密」に衝撃を受けた義一は家を飛び出し、暗闇の街をさまよう。そして、人気のバーのマスター木戸(豊川悦司)のもとに、キャンドルショップの店主・のぞみ(田畑智子)が売れ残りのろうそくを抱えてやってくる。初めて言葉を交わすふたりの間に、暖かな交流が生まれる。やがて木戸は、忘れられない恋のことを語り始める。その頃、真っ暗な保育園では、幼い仁矢がクリスマスの贈り物を待っていた。年齢も境遇も性格もちがう12人の男女は、停電により向かい合った相手に、真実を語りだす。




1-18. 千と千尋の神隠し  

監督 宮崎駿
出演 柊瑠美入野自由夏木マリ
2001年(東宝)

解説
日本映画史上に残る大ヒット作「もののけ姫」から4年ぶりとなる宮崎駿監督待望の最新作。10才の少女の異世界での冒険を、独創的かつ圧倒的なイマジネーションで描く。

ストーリー
10歳の少女・千尋は、何事も自分からは行動を起こそうとしないひよわな現代っ子。引っ越しの途中、両親と一緒に神々が病気と傷を癒す為の温泉町へ迷い込んでしまった彼女は、町の掟を破り豚にされた両親と別れ、謎の美少年・ハクの手引きの下、湯婆婆という強欲な魔女が経営する湯屋で、千という名前で働くことになる。人生経験豊かなボイラー焚きの釜爺や先輩のリンに励まされながら、逆境の中、意外な適応力を発揮して働き始める千尋は、やがて怪我をしていた名のある川の主の傷を癒したり、他人とうまく交流出来ないカオナシの魂を解放へと導いていく。そんな中、湯婆婆の命令で彼女の双子の姉・銭婆から魔法の印鑑を盗んだハクが、銭婆の魔術によって瀕死の重傷を負わされた。ハクを助けたい一心の千尋は、危険を省みず銭婆の元へ印鑑を持って詫びに行くが、それは初めて千尋が他人の為に何かをすることだった。お陰で、ハクは命を取り留めることが叶い、しかも彼が千尋が幼い頃に落ちた琥珀川の主であることも判明する。湯屋へ帰った千尋は湯婆婆に両親を返して貰い、無事、人間の世界へ戻って行く。




1-19. 箱根風雲録

監督 山本薩夫
出演 河原崎長十郎中村翫右衛門河原崎国太郎
1952年

解説
製作は「どっこい生きてる」と同じく松本酉三と宮川雅青、脚本はやはり「どっこい生きてる」の平田兼三に楠田清が協力している。監督は「暴力の街」の山本薩夫、「命ある限り」の楠田清、「緑なき島」の小坂哲人が共同で当たっている。撮影は「タヌキ紳士登場」の前田實である。出演者は「どっこい生きてる」と同じく前進座一党に、「出世鳶」の山田五十鈴、「修羅城秘聞 双龍の巻」の轟夕起子、新劇陣から薄田研二、清水将夫、石黒達也その他が出演している。

ストーリー
今から三百年前、徳川四代将軍家綱の寛文年間の物語であるがその頃箱根の西、三島側の一帯は水がなくて稲作が出来なかった。そこで湖尻峠を堀り抜いて芦ノ湖の水を引く大工事が企てられて、江戸浅草の商人友野与右衛門が、土地の農民と力を合わせてこの前代未聞の難工事をすることになった。(これは後年の丹那トンネル工事に匹敵する日本土木史上の難工事だといわれる。)お上にも出来ぬこの大工事が、一町人と農民の手で成功すれば幕府の威光は地におちると考えた当時の江戸幕府の役人たちが、陰険な妨害をこれに加えて、与右衛門は二度も三度も捕らえられた。しかし人々はこれに屈しないで工事を始めてから三年目に両方から掘り進めたトンネルが貫通して、湖水の水が初めて三島の土地をうるおす箱根用水となった。その間、勢威並びなき箱根権現の快長僧正は与右衛門に組しこれを助け、一世の侠盗蒲生玄藩と島原の残党が大箱根を根城に乱闘するが、農民の多大の感謝と支持にもかかわらず、与右衛門は用水貴流と共に幕府の兇刃に倒れたのだった。




1-20. 忍びの者

監督 山本薩夫
出演 市川雷蔵藤村志保浦路洋子
1962年(大映)

解説
村山知義原作を「真昼の罠(1962)」の高岩肇が脚色、「乳房を抱く娘たち」の山本薩夫が監督した忍者もの。撮影は「雲右衛門とその妻」の竹村康和。

ストーリー
戦国末期。伊賀の国には高技術を誇る忍者が輩出した。その中に石川村の五右衛門がいた。彼は三太夫の配下に属する下忍(最下級の忍者)だった。その頃、全国制覇の野望に燃える織田信長は宗門め掃討を続けた。そんな信長に対し、天台、新言修験僧の流れをくむ忍者の頭領、三太夫は激しい敵意を持ち下忍達に信長暗殺を命じた。一方、三太夫と対立中の藤林長門守も信長暗殺を命令していた。その頃、五右衛門は何故か信長暗殺を命ぜられず三太夫の妻、イノネと砦にいた。彼女の爛熟した体は若い五右衛門に燃え上り、彼らはもつれた。が、三太夫は女中のハタに二人を監視させていた。五右衛門はその気配を覚りハタを追ったが、その間にイノネは三太夫に殺された。が、五右衛門は三太夫に信長を暗殺すれば罪を許すとささやかれた。五右衛門は京に出て信長を狙ったが、その都度、織田信雄、木下藤吉郎らに阻まれた。信長を追って堺に来た五右衛門は一軒の妓楼でマキという遊女と知り合い、彼女の純心さに惹かれていった。ある日、五右衛門はハタにめぐり合い、イノネが三太夫に殺されたことを知り、全てが彼の策略だったことを知った。怒りにもえた五右衛門は急拠伊賀へ帰り三太夫を面罵したが、彼は逃げ去った。五右衛門はマキと一緒に山中の小屋で日々を送った。ある日、突然三太夫が現われマキを人質にした。五右衛門は愛する者のため三太夫の命に従い安土へ走った。その頃、信長は豪壮な安土城を築き得意の絶頂にあった。折りからの築城祝いに乗じ信長の寝所の上に忍び込んだ五右衛門だが、信長毒殺は失敗に帰した。信長は急拠伊賀攻めを敢行した。三太夫の砦はすぐに包囲され、建物は炎上していた。が、忍者達は必死に戦った。信雄の采配が一閃した。と、一団となって砦になだれ込む兵達−−。瞬間、五右衛門も砦へとび込み三太夫を探したが、情婦と共に死んでいる三太夫を見て愕然とした。何と長門守と同一人物だったのだ。山道へ走り出た五右衛門の顔ははればれと明かるかった。




1-21. 女の子ものがたり

監督 森岡利行
出演 深津絵里大後寿々花福士誠治
2009年(IMJエンタテインメント=エイベックス・エンタテインメント)

解説
西原理恵子の自叙伝的漫画を深津絵里主演で映画化。スランプに陥った30代の女性漫画家が、子供時代の親友のことを思い出し、前向きな気持ちを取り戻していく姿を描き出す。

ストーリー
36歳、独身の漫画家、高原菜都美(深津絵里)は、スランプ真っ只中。昼間のビール、たらいで水浴、ソファで昼寝……。締め切りを落としそうな菜都美に、新米編集者の財前(福士誠治)もあきれ果て、「先生、友だちいないでしょう?」とキツイ一言を投げかけてしまう。その言葉で菜都美は、かつて“女の子”だった頃、人生最大のケンカをした“友だち”のことを思い出すのだった……。母・光代(奥貫薫)と新しい父・房蔵(板尾創路)と一緒に海と山の見える小さな町に引っ越してきたなつみ(森迫永依)は、きいちゃん(三吉彩花)とみさちゃん(佐藤初)という同い年の女の子と友だちになった。学校の帰り道の他愛もないおしゃべり、バスに乗ってデパートへの大冒険。いつも3人で笑ってはいたものの、なつみは将来のことを考えると不安な気持ちに包まれた……。数年後、高校生になったなつみ(大後寿々花)は、相変わらずきいちゃん(波瑠)とみさちゃん(高山侑子)と一緒にいる。恋に憧れ、不良に憧れ、大人の世界に憧れた。でもこの町の女の子は、大人になったらみんないなくなる。なつみもいずれどこかに行かなくてはいけないとジリジリしていた。なつみは川べりの掘っ立て小屋の壁に絵を描き始める。家出した女の子とどんどん伸びる道、なつみの頭の中にある地球儀の絵だ。きいちゃんとみさちゃんが「なっちゃんの絵、ええなあ」と誉めてくれた……。だが、ある夏の日、決定的な別れがやってくる。菜都美は東京に出て漫画家としてデビューを果たす。あの日からずっと、たったひとりで歩いてきたと思っていた菜都美だったが、いま菜都美の中で何かが揺れ動くのを感じていた。菜都美は、あの頃のきいちゃんとみさちゃんに会うために財前を連れて故郷に戻ってみようと決意する……。




1-22. 地の涯に生きるもの

監督 久松静児
出演 森繁久彌草笛光子山崎努
1960年(東宝)

解説
戸川幸夫の「オホーツク老人」の映画化で、知床半島に猫だけを相手に一冬をすごす男の物語。三枝睦明と久松静児が脚色し、「新・女大学」のコンビ久松静児が監督し、遠藤精一が撮影した。「知床旅情」は森繁久彌が1960年の映画「地の涯に生きるもの」の撮影で知床半島羅臼に長期滞在した際に制作され、その最終日に羅臼の人々の前で「さらば羅臼よ」という曲名で披露された。1962年の大晦日に放送された第13回NHK紅白歌合戦では、森繁自身によって披露された。

ストーリー
オホーツク海は秋になると荒れ始める。九月に入ると、まず昆布採りの漁師たちが知床半島から去っていく。次に、漁期を終えた鱒漁師たちが引揚げる。十月の末になると、最後に残った鮭漁の人たちも帰ってしまう。その原始の世界の中に、たった一人残っている人物がいた。留守番さん−−というのがこの老人村田彦市に与えられた名前だった。人々の去ったあとの番小屋の中には、漁網が残されるが、それが飢えた鼠を呼んだ。その網を鼠から守るために猫が必要とされ、猫に飯をくわせろために人間が必要なのである。言葉では言えない孤独は、彦市に過ぎ去った人々を回想させる。−−彦市はオホーツク海に直面するウトロ港に近いオシンコシン岬の番屋で生まれた。三十のとき、小さくて古くはあったが一艘の船を買って独立した。飯たきの娘おかつと、他の若者と決対のあげく、強奪する形で結婚した。おかつは、次々と三人の子供を生んだ。しかし、長男の与作は流氷にさらわれて死に、二男の弥吉は戦争で倒れた。おかつも、急性肺炎で死んだ。彦市は東京の工場で働いていた三男の謙三を呼びよせて船を与えた。その船で漁に出て行った謙三は、嵐に会ってそのまま帰ってこなかった。彦市は謙三の死を信じることができなかった。エトロフ島の見える番小屋の留守番さんを志願したのも、謙三の帰りを待つためでもあった。ある夏、都会の娘がこの地の涯を訪れた。謙三という恋人が死んだ場所を一度見たかったという。−−彦市にとっては、こうした思い出と猫だけが無聊を慰めるものであった。猫たちはそれを知ってか、彦市に甘えた。だが、その猫さえもが大鷲にさらわれることもあった。彦市は老いた身に鉄砲をかまえて後を追った。たくましかった若き日のように。...




1-23. 不毛地帯

監督 山本薩夫
出演 山形勲神山繁仲谷昇
1976年(東宝)

解説
二次防の主力戦闘機買い付けに暗躍する商社とそれらと癒着する政財界の黒い断面を描く。原作は山崎豊子の同名小説。脚本は「雨のアムステルダム」の山田信夫、監督は「金環蝕」の山本薩夫、撮影は「わが道」の黒田清巳がそれぞれ担当。

ストーリー
近畿商事社長・大門一三は、元陸軍中佐・壱岐正を、嘱託として社に迎え入れた。壱岐の、かつて大本営参謀としての作戦力、組織力を高く評価したからである。総合商社の上位にランクされる近畿商事は、総予算一兆円を越すといわれる二次防主力戦闘機選定をめぐって、自社の推すラッキード社のF104、東京商事の推すグラント社のスーバードラゴンF11、五井物産の推すコンバー社F106、丸藤商事の推すサウズロップS156を相手に、血みどろの商戦を展開していた。大門は壱岐を同行して渡米した。壱岐にとっては目的のない旅のはずだったがスケジュールの中に、ラッキード社F104見学が含まれていた。基地ではすでに自衛隊がテストを続行しており、その中に防衛部長・川又空将補の顔もあった。壱岐の渡米は、川又空将補と逢わせるために大門が仕組んだものだった。壱岐と川又は、陸士、陸大を通じての親友であり、終戦の満州で関東軍参謀中佐だった川又は壱岐に一命を救われたこともあった。そのかわり川又は、壱岐が戦後11年間の抑留生活を送っている間、壱岐家の家族−−妻の佳子、直子、誠−−の面倒をみてやったのだった。川又の推測によれば、二次防の機種は、ラッキード社のF104とグラント社のスーパードラゴンF11に絞られる公算が強いが、最終決定権は総理、副総理、大蔵、外務、通産の各大臣、防衛庁長官などで構成する国防会議にあるため、自衛隊調査団がF104の機能をいくら評価しても思うようにはならない。ついに、二次防の主力戦闘機は、近畿商事−−ラッキード社と東京商事−−グラント社の凄絶な闘いとなった。すでに東京商事は鮫島航空機部長が中心になり、政界に巨額の実弾攻撃を仕掛けていた。山城防衛庁長官はスーパードラゴン導入の了解工作を完了した時点で防衛庁機種決定案を作成し、国防会議で機種を決定する方針をとり、それと並行して防衛庁の予算と人事を握る貝塚官房長は川又空将補を空将に昇格させて、西部航空方面隊に追い出す計画だった。こうした難局を打開するために壱岐は、久松経企庁長官に的を絞った。壱岐と久松は、終戦直前、内閣書記官長と大本営作戦参謀であった頃からの知己である。久松は、壱岐に、グラント社から巨額な金がすでに総理筋へ流れていることをほのめかした。その金がスイスで銀行に振り込まれる事を予想した壱岐は、日本で換金の際に大蔵省でチェックさせ死金にしてしまう作戦をたてた。防衛庁の莫大な予算折衝も最終段階に入り、久松経企庁長官が、山城防衛庁長官と貝塚官房長の動きを釘付けにしている間に、壱技は、三島幹事長と大川政調会長を味方に引き入れた。数日後、グラント社から流れた政治資金が、横浜の銀行で、大蔵省の機動捜査を受けた。東京商事の鮫島航空機部長は、この影の指揮者を壱岐と直感した。さらに近畿商事はグラント社の極秘書類である価格見積書を入手すべく、元防衛庁職員だった小出の線から、防衛庁防衛課計画班長・芦田国雄を買収、スーバードラゴンF11の型式仕様書と価格見積書を入手した。グラント社の三百機生産の見積書は、一機当り三億四千万円となっていた。その書類は川又空将補のものだった。貝塚官房長は川又に空将として西部航空方面隊赴任を命じた。しかし川又は、機種決定前に去ることに反対し、保身と出世のために政治家と癒着する貝塚を、腐敗する防衛庁の元凶と決めつけた。そんな時、F104墜落のニュースが飛び込んだ。久松経企庁長官は事件をスクープした毎朝新関の記事を差し押えた。激怒した田原記者は、記事を東都新聞に渡し真相を報道したが、丁度、巨額の実弾を用意し、来日していたラッキード社のブラウン社長は、パイロットの操縦ミスと弁明、持参した大統領添書を総理に手渡した。添書には、ラッキード社が正式決定すれば、山積する日米諸問題を考慮することが約束されていた。防衛庁計画班長・芦田が自衛隊法59条一項「秘密を守る義務」違反容疑で逮捕され、その自白により小出も連行された。久松経企庁長官は検察庁工作をする一方、芦田逮捕の指揮者である貝塚官房長を次官に昇格させて口封じを企った。警視庁は壱岐を事件参考人として出頭させ、防衛庁・近畿鱗商事−−ラッキード社へ流れた機密書類入手を追求し、検察庁も近畿商事−−空幕幹部−−国防会議メンバー三者間の贈収賄の摘発に乗り出した。こうした中で三島幹事長は、近畿商事が書類を貝塚官房長の意向通り提出すれば、ラッキード社F104を国防会議で正式決定すると通告してきた。一時は「グラント社内定」から「白紙還元」になり、やがてラッキード社が「浮上−−確定」した。一方、川又空将補が近畿商事へ書類を流したものと思った貝塚官房長は、川又を解任した。その川又が、久し振りに壱岐と逢った帰途、轢死体となって発見された。事故死か、他殺か……新聞が動き始めた。貝塚官房長は、川又を事故死としてあつかい、自衛隊葬を行わざるを得なかった。葬儀の席上、貝塚に壱岐の怒りが爆発した。やがて、壱岐は近畿商事に辞表を提出した。しかし、大門社長は「軍隊と同じく厳しい商社の戦いにも、退職願いは許されん」と壱岐の辞表を破り捨てた……。




1-24. クワイエットルームにようこそ

監督 松尾スズキ
出演 内田有紀宮藤官九郎蒼井優
2007年(アスミック・エース)

解説
幅広く活躍する松尾スズキが、芥川賞の候補になった自身の小説を映画化。内田有紀、蒼井優、妻夫木聡ら豪華キャストを迎え、ある女性の再生までの14日間を描く人間ドラマ。

ストーリー
28歳のライター佐倉明日香(内田有紀)は見知らぬ白い部屋で、拘束された状態で目を覚ます。現れたナースの江口(りょう)から「アルコールと睡眠薬の過剰摂取で運ばれ、2日間昏睡していた」と聞かされる。仕事があることもあり退院したいと訴えるが、担当医と保護者の同意がなければ許されないと冷たく返されてしまう。同棲相手で放送作家の鉄雄(宮藤官九郎)が見舞いに来て「胃洗浄をしたら薬の量が多すぎたせいで、内科から精神科に運ばれた」と告げる。こうして明日香の女性だけの閉鎖病棟生活が幕を開ける。「食べたくても食べられない」入院患者のミキ(蒼井優)、元AV女優で過食症の西野(大竹しのぶ)など、個性的過ぎる患者たちに戸惑う明日香だったが、病院内のルールにも慣れ、患者それぞれの過去や性格を知るうちに、少しずつ馴染みはじめていく。患者たちは、簡単な買い物も電話も面倒な手続きが多いなど、何かと規則で縛ろうとする冷酷ナースの江口たちに不満を募らせていた。そんな折、鉄雄の子分のコモノ(妻夫木聡)が面会にやってくる。明日香が開けた原稿の穴はコモノが埋めたらしいが、その出来は最悪で、明日香は持病の蕁麻疹を発症させてしまう。江口たちは閉鎖病室<クワイエットルーム>の手配をはじめるが、毅然と江口たちのルール至上主義を論破し、勝利する。この一件で人気者となった明日香。しかし、信頼していたミキの悲しい秘密を知ってしまう。ショックを受けた明日香が病室に戻ると、西野がコモノからの差し入れをベッドにぶちまけていた。しかも、鉄雄から明日香に宛てられた真剣な手紙を、西野が勝手に朗読し始める。明日香は西野を罵倒するが逆に追い込まれ、その騒ぎを聞きつけた患者やナースたちが集まりだす。その手紙で全ての記憶が蘇り、明日香がここにきた本当の理由が明らかになる……。




1-25. 天国にいちばん近い島

監督 大林宣彦
出演 原田知世高柳良一峰岸徹
1984年(東映)

解説
父から教えられた“天国にいちばん近い島”を探しに出かけた少女が、その島を見つけ、成長してもどってくるまでを描く。森村桂原作の同名小説の映画化で、脚本は「時をかける少女(1983)」の剣持亘、監督は「廃市」の大林宣彦、撮影も同作の阪本善尚がそれぞれ担当。

ストーリー
桂木万里は、ドジで根暗な高校生。彼女は5歳の時、南太平洋に浮かぶ小さな島・ニューカレドニアの名を、父・次郎がしてくれたおとぎ話で知った。そこは、神さまのいる天国から、いちばん近い島だという。万里にとって“天国にいちばん近い島”は父と一緒に行く約束の場所だったが、突然、その父が亡くなった。“天国にいちばん近い島”を自分の目で確かめてみたいと思った万里は、母・光子に相談し、冬休みのニューカレドニア・ツアーに参加する。島に着いた彼女は、一人自転車でヌメアの街に出、すみずみの景色を見て回るが、何か違うように思えた。万里はそこで、日系三世の青年・タロウと出会い、名も聞かずに別れた。ふとしたことで、中年男の偽ガイド・深谷有一と知り合った万里は、彼のガイドを受けることになった。彼女から“天国にいちばん近い島”の話を聞いた深谷は、イル・デ・パン島に連れて行くが、そこも万里が想っていたものと違っていた。万里は、タロウを探しに市場に出かけ彼を見つけた。そしてタロウに教えられたウベア島へ、一人船に乗って出かける。万里はウベアで、島の人達の歓迎を受けるが、ここもまた違っていた。そんなことを考えながら、海辺を歩いていた彼女は、エイを踏んで倒れショックで熱を出す。そのため、ツアーの帰りの飛行機に乗り遅れてしまった万里は、ホテルを追い出され、ヨットで一晩明かそうとしているところを警察に保護された。身元引受人としてタロウが迎えに来て、万里は次の飛行機が飛ぶまで、タロウの家にいることになった。ある日、祖父・タイチから観光客を好きになるなと注告されたタロウは、もうすぐウベアに行かなくてはならないからと、ヌメアのホテルに彼女の部屋をとったことを告げる。その日、万里は自分に嫌気がさしドラム缶の風呂の中で泣いた。次の日、エッセイスト・村田圭子と戦争未亡人・石川貞が訪れた。貞の夫が死んだ海を一緒に見に行った万里は、貞から人を好きになることへの誇りを教えられる。万里は、貞たちのいるホテルに移り、そこで深谷と会う。深谷と圭子は、元恋人同士であった。二人は万里の言葉で、20年ぶりに愛を確かめ合った。その夜万里は、荷物の中からタロウの手紙とお金の入った袋を見つけた。手紙には「このお金で日本に帰って下さい」とあった。貞にお金を借りた万里は、タロウのいるウベアに飛んだ。タロウは子供たちに紙芝居を見せていた。万里は、彼にお金を返し私にも見せてほしいと言う。二人は、紙芝居が終わった後、「私の天国にいちばん近い島を見つけた。それは眼の前にあります」「僕もニッポンを見つけた。それは万里さんです」と告げ合った。日本に帰国した万里は、以前と変わり明るい女の子になっていた。




1-26. ハゲタカ

監督 大友啓史
出演 大森南朋玉山鉄二栗山千明
2009年(東宝)

解説
2007年に放映されたNHKの傑作ドラマを映画化。“企業買収”を題材に、現実社会のリアルなマネー・ゲームの様相を、骨太なドキュメンタリー・タッチで暴き出していく。

ストーリー
ニューヨーク帰りの天才ファンドマネージャー鷲津政彦(大森南朋)。瀕死の企業を徹底した合理主義で買い叩き、再生させる彼のことを人は「ハゲタカ」と呼んでいた。そんな鷲津も閉鎖的で不透明な日本のマーケットに絶望し、現在は海外でセミリタイヤ生活を楽しんでいる。そこに訪れたのは、銀行員時代の鷲津の上司だった芝野(柴田恭平)だった。売上高5兆円を超える日本有数の大手企業でありながら、業績の悪化したアカマ自動車に企業再生マネージャーとして迎えられた芝野は、巨大ファンドによる買収計画を事前に察知して、その危機からアカマ自動車を救って欲しいと鷲津に依頼する。アカマ自動車を狙う巨大ファンドの正体は、日本の先進技術力を吸収しようとする中国系ファンドだった。その命を受けたのが「赤いハゲタカ」こと劉一華(玉山鉄二)。残留日本人孤児三世の彼は、鷲津の勤めていた投資会社ホライズン社の後輩でもあった。かつては憧れの対象だった鷲津の前に、劉は最大のライバルとして現れた。「ハゲタカ、復活!」の情報を、東洋テレビのキャスター三島由香(栗山千明)がキャッチする。工場の経営者だった父を、銀行員時代の鷲津の貸し渋りによって自殺に追い込まれた由香は、「ハゲタカ」に成長した彼を複雑な感情で追いかけていた。アカマ自動車の社長である古谷(遠藤憲一)は、人件費圧縮のため派遣切りを実施する。そこに目をつけた劉は、派遣工の守山(高良健吾)を焚きつけて工場労働者を取りまとめて労働争議を起こす。劉の策略によって揺さぶりをかけられるアカマ経営陣。アカマ自動車の筆頭株主であるMGS銀行頭取の飯島(中尾彬)は、鷲津にホワイトナイトを要請する。鷲津とは因縁の関係にある西野(松田龍平)の奔走もあり、古谷の退陣によってアカマ自動車は買収から逃れることができた。敗北する「赤いハゲタカ」。それは、鷲津の明日の姿かもしれなかった。




1-27. 浮雲

監督 成瀬巳喜男
出演 高峰秀子森雅之中北千枝子
1955年(東宝)

解説
黒澤明、小津安二郎らと並ぶ巨匠・成瀬巳喜男の最高傑作として知られる文芸ロマン。大女優・高峰秀子が、自堕落な男を愛したために自滅してゆくヒロインを鮮烈に演じている。

ストーリー
幸田ゆき子は昭和十八年農林省のタイピストとして仏印へ渡った。そこで農林省技師の富岡に会い、愛し合ったがやがて終戦となった。妻と別れて君を待っている、と約束した富岡の言葉を頼りに、おくれて引揚げたゆき子は富岡を訪ねたが、彼の態度は煮え切らなかった。途方にくれたゆき子は或る外国人の囲い者になったが、そこへ富岡が訪ねて来ると、ゆき子の心はまた富岡へ戻って行った。終戦後の混乱の中で、富岡の始めた仕事も巧くゆかなかった。外国人とは手を切り、二人は伊香保温泉へ出掛けた。「ボルネオ」という飲み屋の清吉の好意で泊めてもらったが、富岡はそこで清吉の女房おせいの若い野性的な魅力に惹かれた。ゆき子は直感でそれを悟り、帰京後二人の間は気まずいものになった。妊娠したゆき子は引越先を訪ねたが、彼はおせいと同棲していた。失望したゆき子は、以前肉体関係のあった伊庭杉夫に金を借りて入院し、妊娠を中絶した。嫉妬に狂った清吉が、富岡の家を探しあて、おせいを絞殺したのはゆき子の入院中であった。退院後ゆき子はまた伊庭の囲い者となったが、或日落ちぶれた姿で富岡が現れ、妻邦子が病死したと告げるのを聞くとまたこの男から離れられない自分を感じた。数週後、屋久島の新任地へ行く富岡にゆき子はついて行った。孤島の堀立小屋の官舎に着いた時、ゆき子は病気になっていた。沛然と雨の降る日、ゆき子が血を吐いて死んだのは、富岡が山に入っている留守の間であった。ゆき子は最後まで環境の犠牲となった弱い女であった。




1-28. 金環蝕

監督 山本薩夫
出演 宇野重吉中村玉緒大塚道子
1975年(東宝)

解説
保守政党の総裁選挙を端に発した汚職事件を描き、政界のドス黒い内幕を暴露する。脚本は「どてらい男」の田坂啓、監督は「華麗なる一族」の山本薩夫、撮影は「股旅」の小林節雄がそれぞれ担当。

ストーリー
昭和39年5月12日、第14回民政党大会で、現総裁の寺田政臣は、同党最大の派閥酒井和明を破り、総裁に就任した。この時、寺田は17億、酒井は20億を使った。数日後、星野官房長官の秘書・西尾が、金融王といわれる石原参吉の事務所を訪れ、二億円の借金を申し入れたが、石原は即座に断った。そして、石原は星野の周辺を部下と業界紙の政治新聞社長・古垣に調査させ始めた。政府資金95%、つまりほとんど国民の税金で賄っている電力会社財部総裁は、九州・福竜川ダム建設工事の入札を何かと世話になっている青山組に請負わせるべく画策していた。一方、竹田建設は星野に手を廻して、財部追い落しを企っていた。ある日、星野の秘書・松尾が、財部を訪れた。彼は寺田首相夫人の名刺を手渡した。それには「こんどの工事は、ぜひ竹田建設に」とあった。首相の意向でもあると言う。その夜、財部は古垣を相手にヤケ酒を飲んだ。古垣は財部の隙を見て、首相夫人の名刺をカメラにおさめた。昭和39年8月25日、財部は任期を一カ月前にして、総裁を辞任した。彼の手許には、竹田建設から7000万円の退職金が届けられていた。新総裁には寺田首相とは同郷の松尾が就任し、工事入札は、計画通り竹田建設が落札し、5億の金が政治献金という名目で星野の手に渡された。そんな時、石原は星野へ会見を申し込んだ。すでに星野の行動全てが石原メモの中に綿密に記されていた。この会見で、星野は石原に危険を感じた。数日後、西尾秘書官は名刺の一件で、首相夫人に問責され、その西尾は自宅の団地屋上から謎の墜落死を遂げた。警察は自殺と発表した。昭和39年10月6日、寺田首相が脳腫瘍で倒れ、後継首班に酒井和明が任命された。ある日石原はマッチ・ポンプと仇名される神谷代議士に呼び出された。神谷は、福竜川ダム工事の一件を、決算委員会で暴露するといきまいた。石原は神谷に賭けることにした。昭和40年2月23日、決算委員会が開かれた。参考人として出席した松尾電力会社総裁らは神谷の追及にノラリクラリと答え、財部前総裁は、古垣と会ったこと、名刺の一件を全て否定した。一部始終をテレビで見ていた石原は、古垣に首相夫人の名刺の写真と、石原がこの汚職のカギを握っていること、を古垣の新聞に載せるように言った。彼は星野らが自分を逮捕するであろうことを予測したのだ。派手に新聞に書きたてれば、よもや彼らも自分と心中はすまいと睨んだのだった。だが、その夜、古垣は、義弟・欣二郎に殺され、何者かに古垣の原稿と名刺写真のネガを持ち去られてしまった。翌朝の新聞には「三角関係のもつれ」とあった。石原参吉がついに逮捕された。「数億の脱税王」などと新聞記事は大見出しをつけていた。民政党本部幹事長室で、斎藤幹事長は、神谷代議士に2000万円渡し、三カ月ほど外遊するように、との党の意向を伝えた。翌日の決算委員会に、すでに神谷の姿は無かった……。昭和40年3月21日、死去した寺田前総理の民政党葬が行なわれ、酒井総裁が、厳粛な表情で故・寺田を讃える弔辞を読んでいた。




1-29. 天平の甍

監督 熊井啓
出演 中村嘉葎雄大門正明浜田光夫
1980年(東宝)

解説
天平年間、日本仏教界の確立のために黄土に渡った四人の日本人青年僧の青春と、唐の高僧、鑒真和上の二十年の歳月をかけて渡日に成功するまでの苦難の道を描く。井上靖の同名の小説の映画化で脚本は「お吟さま(1978)」の依田義賢、監督も同作の熊井啓、撮影は「復讐するは我にあり」の姫田真佐久がそれぞれ担当。

ストーリー
天平五年春、若い日本人僧、普照、栄叡、玄朗、戒融の四人が第九次遣唐使船に乗って大津浦を出航した。留学僧に選ばれた名誉と、再び生きて日本の地を踏めるかという不安が一行を包む。特に普照は美しい許婚者、平郡郎女と苦悩の末、別れての出発だ。この時期、日本最大の課題は律令国家の建設であり、仏教界の確立であった。四人は唐の高僧の渡日要請の任務を持って洛陽に入った。一行は玄宗帝に迎えられた。そこで、挫折した留学僧や、経典を正しく日本に伝えるため写経に一生を賭している業行などに出逢う。四人は玄宗帝に従い洛陽から長安に移るが、渡日を快諾してくれる高僧にはなかなか会えない。日本を出てから十年目、一行は道抗の高弟の鑒真和上を知る。この間、戒融は仏陀の真理を悟るため一人旅立っていった。和上は一同の熱意に渡日を表明する。しかし、日本人僧の帰国渡航は非合法であり、まして中国人僧が渡日すること赦されることではなかった。そして普照らの行動は張警備隊長に監視されることになった。そして、栄叡と道抗は密出国の主謀者として逮捕され、自信を失った玄朗は一行から別れていった。三年後、道抗は獄死し、栄叡は釈放される。天宝七年、和上は渡日を決行するが、暴風雨に遭遇して失敗、栄叡は疲労と熱病で死亡する。その頃、奈良朝廷は第十次遣唐船の出航を決定、四人が出てから二十年が経ていた。普照は還俗した玄朗からその話を聞き、駐唐大使、藤原清河を訪ね、和上の渡日を要請する。一方、和上は度重なる疲労から失明していた。そして、一同の情熱に、張警備隊長の温情もあって、普照らは日本に向う船に乗った。しかし、業行を乗せた第一船は嵐に会い写経した厖大な経典も人命救助のため無慈悲に海中に投げ捨てられると、業行もその経典と共に荒れ狂う波間に身を躍らせた。渡日のための試みを重ねたあげく鑒真和上、普照らを乗せた船は、薩摩の国、秋妻屋浦に着き、奈良に向った。和上が渡日を決意して十二年目、普照が渡唐してから二十年目であった。黄土に眠る栄叡、妻帯して暮す玄朗、仏陀の真理を求めて行く戒融、そしていま、普照は鑒真和上と奈良の地を踏んでいる。母の姿はなく、嫁いで子供をもうけた郎女が彼の帰還を喜んでいる。天平宝浩三年、鑒真和上は西京に唐招提寺を建立、全国から学従が集り、講律、受戒が行なわれた。




1-30. 地獄門

監督 衣笠貞之助
出演 長谷川一夫京マチ子山形勲
1953年

解説
イーストマン・カラーによる大映第一回総天然色映画で製作は永田雅一、菊池寛の原作「袈裟の良人」を「大仏開眼」の衣笠貞之助が脚色し、監督している。撮影は「浅間の鴉」の杉山公平、音楽監督を「続思春期」の芥川也寸志、美術監督を伊藤熹朔がそれぞれ担当している。出演者は「花の喧嘩状」の長谷川一夫、「あにいもうと(1953)」の京マチ子、「砂絵呪縛(1953)」の黒川弥太郎、香川良介、小柴幹治、「夕立勘五郎」の石黒達也、「南十字星は偽らず」の千田是也、「薔薇と拳銃」の田崎潤など。

ストーリー
平清盛の厳島詣の留守を狙って起された平康の乱で、焼討をうけた御所から、平康忠は上皇と御妹上西門院を救うため身替りを立てて敵を欺いた。院の身替り袈裟の車を譲る遠藤武者盛遠は、敵をけちらして彼女を彼の兄盛忠の家に届けたが、袈裟の美しさに心を奪われた。清盛派の権臣の首が法性寺の山門地獄門に飾られ、盛遠は重囲を突破して厳島に急行した。かくて都に攻入った平氏は一挙に源氏を破って乱は治った。袈裟に再会した盛遠は益々心をひかれ、論功行賞に際して清盛が望み通りの賞を与えると言った時、速座に袈裟を乞うたが彼女は御所の侍渡辺渡の妻だった。然しあくまで彼女を忘れえない煩悩に苦しむ盛遠は、加茂の競べ馬で渡に勝ったが、祝宴の席で場所柄を忘て渡に真剣勝負を挑み、清盛の、不興を買った。狂気のようになった彼は刀をもって袈裟と叔母の左和を脅かす。従わねば渡の命が無いと知った袈裟は、夫渡を殺してくれと偽り、自らその身替りとなって命を失った。数日後、頭を丸め僧衣をまとった盛遠は、都を離れて苦悩の旅に出て行く。




1-31. 大殺陣

監督 工藤栄一
出演 里見浩太朗大坂志郎山本麟一
1964年(東映)

解説
十三人の刺客」の池上金男がシナリオを執筆「十三人の刺客」の工藤栄一が監督した時代もの。撮影は「関の弥太ッぺ(1963)」の古谷伸。

ストーリー
四代将軍家綱が危篤に陥入り、大老酒井忠清は将軍継嗣に弟綱重を立てようとする、粗暴な政治が行われていた延宝六年のこと。若年寄堀田正俊は、御政道の変革を計る企みありと喚問された。一方、追手から逃れて来た知友中島外記を隠まったため一味とみられた、書院番神保平四郎は、旗本浅利又之進と名のる男の屋敷にかくまわれた。妻加代が事件のまきぞえから殺害されたのをみやから聞いた神保は、御家人星野友之丞に紹介されると一党に加わった。捕われた仲間の自害にいやけがさした一党の一方のかしら石岡部源十郎は、別所隼人に、秘密を酒井に話そうともちかけて神保に斬られた。首謀の名を追求する北条は石岡から一党の首謀は軍学者山鹿素行と聞くが実証なくして、山鹿に手を出すことが出来なかった。素行以下の一党の顔ぶれは、星野友之丞、別所隼人、神保平四郎、日下仙之助、助七、渡海八兵衛、素行の姪みやの七人であった。全て、すさんだ政道を正すためにけっ起したのだった。目的遂行の日は、水戸中納言光圀公が、国表に帰国でにぎわうのを、利用して甲府宰相鋼重の行列を吉原の方へ導き入れ本懐をとげる。だが渡海の裏切りに会った素行らは、神保、星野、日下、別所、助七の五人は目的の甲府宰相を暗殺出来ず世を去った。行列の遅いのに不審を持った酒井は、徒目付の知らせで事の次第を聞くと、行列を日本堤に廻すよう命令した。そのようすを見ていた浅利又之進は、無残な神保の死体をみて憤怒し、吉原を出る行列に突進していった。北条と宰相をうって、命を落した浅利を見て、発狂する酒井の姿をみつめながら、素行は、勝利感に酔えない自分を感じていた。




1-32. ジャズ大名 

監督 岡本喜八
出演 古谷一行財津一郎神崎愛
1986年(松竹)

解説
江戸時代末期、アメリカから駿河の国の小藩に流れ着いた黒人三人が、音楽好きの大名と出会い、城中でジャムセッションを繰り広げる姿を描く。筒井康隆原作の同名小説の映画化で、脚本は「近頃なぜかチャールストン」の岡本喜八と「南極物語」の石堂淑朗の共同執筆。監督は岡本喜八、撮影は「童貞物語」の加藤雄大がそれぞれ担当。

ストーリー
南北戦争が終り、解放された黒人奴隷のジョーは、バーモント近くの激戦地跡で弟サム、従兄ルイ、叔父ボブの3人に出会った。彼らはニューオリンズから船に乗り、故郷のアフリカへ帰るため楽隊でもやって船賃を稼ごうと、ジョーが中心になって演奏を始めた。ボブのクラリネット、ルイのコルネット、サムの太鼓、ジョーのトロンボーンと、繰り返し演奏するうち、曲は軽快にジャズらしくなり、4人は夢中になって来た。4カ月たち、メキシコ商人にだまされた4人は、香港行の船の中だった。ある日、ボブが鳴らなくなったクラリネットを前に、病気で死んだ。ある大嵐のなか、三人はボートで船から逃げ出した。彼らのボートは、駿河湾の庵原藩に打ち上げられた。庵原藩の藩主、海郷亮勝は大の音楽好きで、家老の目を盗んではふところから篳篥を出して吹いている。彼には女らしい文子と、少年のように勇しい松枝という二人の妹がいた。ジョーたち三人は医師、玄斉のところに運び込まれる。亮勝は彼らたちにひとめ会いたいと願うが、家老の石出九郎左衛門は許してくれない。江戸幕府からは、黒人の処分は亮勝に任せるとの命令が入った。亮勝は城の地下座敷牢にジョーたちを入れる。江戸から世継ぎ誕生の知らせが来た。亮勝は喜ぶが、松枝のひと言でそれが不義の子だとわかる。監督不行届を恥じた九郎左衛門は、切腹をすると騒ぎだす。亮勝は切腹と交換にジョーたちと会うことにした。鈴川門之助を通訳に、亮勝はここに流れつくまでの話を聞いた。そして、サムが桶をひっくり返して、火鉢の火箸で叩き始め、ルイがコルネット、ジョーがトロンボーンとジャズ演奏を始める。亮勝はボブのクラリネットを直し、吹き始めた。格子戸を外した座敷牢は、一転、ステージに変わった。ジョーたちの演奏に、城中のものが鼓と横笛、算盤、薩摩琵琶、琴、鍋、釜、桶、三味線などで加わり、大ジャム・セッションが始まった。その上を、江戸に向かう討幕派、彼らと敵対する幕府の兵、百姓一揆たちが駆けぬける。亮勝が彼らのために城を開通させたのだ。やがて夜が明け、新政府軍、殿銃隊が朝もやの中に消えて行った。時は、明治元年!




1-33. 十一人の侍

監督 工藤栄一
出演 夏八木勲里見浩太朗有川正治
1967年(東映)

解説
「牙狼之介」の田坂啓、「神火101・殺しの用心棒」の国弘威雄、「兄弟仁義」の鈴木則文が共同でシナリオを執筆し、「女犯破戒」の工藤栄一が監督したアクション時代劇。撮影は「牙狼之介」の吉田貞次。

ストーリー
将軍の弟にあたる館林藩藩主松平齊厚の短気から、忍藩の主阿部正由が殺された。忍藩次席家老榊原帯刀は訴状を老中水野越前守に届け出た。しかし、齊厚の暴虐と知りつつも、水野は忍藩の非とした。このままでは、藩は取潰しにされると、帯刀は仙石隼人に齊厚暗殺を命じた。隼人は同志九人と共に江戸に向い、暗殺計画を綿密に練った。一方、館林藩の知恵家老秋吉刑部は、忍藩の暗殺隊を予知し、吉原に入りびたりの齊厚に警護をつけ、逆に隼人らを救うが、浪人井戸大四郎に妨げられてしまった。やがてある日帰藩するために、齊厚は刑部の率いる五十人の騎馬隊に守られ、日光街道をひた走っていった。それを隼人らが待ちうけていた。しかし、その矢先、水野に踊らされた帯刀は計画中止を命令、隼人らは成功を目前にして涙をのんだ。それは水野が刑部と仕組んだ謀略だった。ことの真相を直ぐに知った帯刀は腹を切って隼人たちに詫び、怒った隼人は、すぐさま行列を追った。やがて齊厚は館林領の手前の房川に到着した。刑部にも、齊厚にも館林を目前にして気のゆるみがあった。房川に焚火をして休憩しているのを、隼人らが狙っているとは知らなかった。折から、天候はくずれ豪雨となっていった。隼人らは、巧妙な作戦を立て、一気に、齊厚を狙って斬りかかっていった。しのつく雨の中に、凄惨な死闘が繰り展げられ、刑部ら五十人を相手に、隼人らも次第に味方を失っていった。しかし、長い死闘に残ったのは、井戸大四郎ただ一人であった。すべては齊厚の短気な気性から生まれた、無意味な死闘だった。




1-34. 反逆児

監督 伊藤大輔
出演 萬屋錦之介岩崎加根子松浦築枝
1961年(東映)

解説
大佛次郎の「築山殿始末」より「月の出の血闘(1960)」の伊藤大輔が脚本を書き、自ら監督した戦国時代劇。撮影は「江戸っ子繁昌記」の坪井誠。

ストーリー
武田の大軍を迎えて鮮かに勝利を収めた家康の一子三郎信康は、一躍織田陣営に名をあげ、岡崎の城に凱旋したが、次女を生んだ妻徳姫は気位高く信康が産室を見舞うことを許さなかった。今川義元の血をつぐ築山御前を母に持ち、九歳で信長の娘徳姫を娶った信康は戦国時代とはいえ、血の相剋に生きる運命児だったのだ。父母は身の立場から浜松と岡崎に居城を別にしている有様、築山御前の冷い仕打に妻としての態度も忘れかけた徳姫との溝が深まって行くのも仕方がなかった。苦悶の続くある日、信康は野で菊を摘む花売のしのに一度だけの愛を与えたが、築山御前と情を通じる鍼医減敬の配下亀弥太に目撃されていた。妻には心の隔りを感じる信康にも服部半蔵、天方、久米ら忠誠の部下があった。信康だけを愛する母築山御前は、怨敵信長を討ちとるようにと老巫女梓を供に持仏堂に籠り、信長・徳姫父子の呪殺を祈願していたが、亀弥太の情報から一計を思いつき、しのに今川家を建てる男子を孕ますべく侍女小笹と名を変えさせて信康の身辺に置いた。母の企みに気ずいた信康にもまして徳姫の打撃は大きかった。築山御前の謀略は意外に大きく減敬らを使い、武田方に織田徳川の情報を売ろうとしていたことも明らかになった。「母上が信康の母でさえなければ斬り、父上が信康の父でなければ討ちます。生きるに生きられぬ思いはこの信康……」と絶句、障子の蔭で立ち聞くしのと梓を一刀で仕とめた。徳姫は十二カ条の訴状を父信長に屈けた。夫婦の誤解もとけてひしと抱きあう二人だったが時は遅く、かねてから信康の抬頭を快く思っていなかった信長は、秀吉の入智恵をもって訴状をたてに、信康と築山御前の断罪始末を家康に命じてきたのだった。家を護るために妻と子を死路に追いやらねばならない家康にもまして、信康の胸中は複雑だった。母は既に浜松に護送され信康の死場所も二俣城に決った。介錯は事もあろうに服部、天方、久米。三者三様の慟哭のうちに信康最期の時が訪れた。時に天正七年九月、そして信長が本能寺の変に斃れたのは、信康自刃の二年八カ月後の事であった。




1-35. 陰陽師

監督 滝田洋二郎
出演 野村萬斎伊藤英明真田広之
2001年(東宝)

解説
若い女性の間でブームとなっている実在した陰陽師・安倍晴明の物語を、豪華キャストで映画化。平安時代の京都を舞台にした壮絶な戦いを、壮大なスケールで描きだす。

ストーリー
謀反の罪をかけられて憤死した弟・早良親王の怨霊によって封じられた長岡京を捨てた桓武天皇が平安京に遷都してから150年、だが未だ都には鬼たちが跋扈していた。そんな鬼や妖怪を秘術を使って鎮めるのが、陰陽師と呼ばれる者たちの役目。ある日、帝と左大臣・藤原師輔の娘・女御任子との間に産まれた親王・敦平が原因不明の病に侵された。右近衛府中将・源博雅に助けを求められた陰陽師・安倍晴明は、早良親王の塚を守る為、人魚の肉を喰らい永遠の命を授かった青音という不思議な女を連れ内裏に上がると、敦平の体内の邪気を青音に移して命を救った。実は、敦平に呪いをかけたのは陰陽頭の道尊。彼は、都転覆を企んでいたのだ。敦平親王暗殺に失敗した道尊が次に狙いをつけたのは、帝の寵愛を受ける任子に嫉妬する右大臣・藤原元方の娘・更衣祐姫。彼女の生成を操って帝と敦平親王の命を奪おうと言うのだ。だがそれもまた、星のお告げで都の守り人となり、不思議な友情で結ばれた晴明と博雅によって阻止されてしまう。そこで、道尊は遂に早良親王の塚を破壊するという強行手段に打って出ると、早良親王の怨霊を体内に吸収し宮廷を襲った。そんな彼の強大な力の前に、博雅が倒れてしまう。博雅の命を救うべく、青音の命を博雅に移す泰山府君の祭を行う晴明。果たして博雅は蘇り、早良親王の怨霊をも鎮めることに成功した晴明は、更に道尊を結界に封じ込め倒すのであった。




1-36. 新・平家物語

監督 溝口健二
出演 市川雷蔵久我美子林成年
1955年(大映)

解説
吉川英治原作の歴史ドラマ三部作の第1部。ロングショットを基調としたクレーン撮影は海外で高く評価され、フランスのヌーベル・バーグの作家たちを熱狂させた。

ストーリー
藤原一族の貴族政権崩壊の前夜、保延三年初夏の頃。京都今出川の平忠盛の館では永年の貧窮の結果、西海の海賊征伐から凱旋した郎党達をねぎらう祝宴の金に困り馬を売る始末であった。自分の恩賞問題にからんで公卿の藤原時信が謹慎させられたときいた忠盛は驚いて長男の清盛を時信の屋敷にやった。清盛はそこで時信の娘の時子を見て強く心を引かれた。また清盛は東市の酒屋で五条の商人朱鼻の伴卜から自分の父が白河上皇だときかされ驚いた。忠盛の妻の泰子が祇園の白拍子であった時上皇はそこに屡々通われたが後に彼女を忠盛の妻として賜わり月足らずで生れたのが清盛だというのである。更に清盛は郎党の木工助家貞から母にはもう一人の男八坂の僧があったことをきかされた。忠盛は比叡山延暦寺と朝廷の間に起った紛争を解決した功により昇殿を許されることになった。清盛は忠盛の昇殿を喜ばない一派が闇討を計画しているのを時信からききその謀をぶちこわした。時信は闇討計画を内通したというかどで藤原一門から追放された。清盛はかねて思っていた時子と結婚する承諾を父に求めた。忠盛は莞然と笑った。翌年今宮神社の境内で起った時信の子時忠、家貞の子平六と叡山の荒法師との争いに清盛はまきこまれた。二千の僧徒は神輿を持ち出し六波羅の清盛邸を押しつぶし鳥羽院に強訴しようとして祇園に集まった。騒ぎの最中忠盛は死んだ。泰子は清盛に「お前は白河さまの子だ」といったが清盛は「私は平の忠盛の子です」といいきり、時忠と平六をつれて祇園に向った。荒法師の無道を怒った清盛は神輿に向って矢を放った。矢は神輿の真只中に命中した。




1-37. ワンダフル・ライフ

監督 是枝裕和
出演 井浦新小田エリカ寺島進
1999年(テレビマンユニオン=エンジンフイルム)

解説
天国への入口で、人生を振り返り一番印象的な想い出を選択する死者たちと、彼らの手助けをする人々の交流を描いたファンタジックな人間賛歌のドラマ。監督は「幻の光」の是枝裕和。脚本も是枝監督自らが執筆。撮影を「肉筆浮世絵の発見」の山崎裕が担当している。主演は、モデル出身のARATA。98年度トロント映画祭出品、第46回サン・セバスチャン映画祭国際映画批評家連盟賞受賞、第16回トリノ映画祭最優秀脚本賞受賞、第20回ナント三大陸映画祭グランプリ受賞作品。スーパー16ミリからのブローアップ。

ストーリー
月曜日。木造の建物の事務所に、職員たちが集まってきた。所長の中村、職員の望月、川嶋、杉江、アシスタントのしおり。彼らの仕事は、死者たちから人生の中で印象的な想い出をひとつ選んで貰うこと。そして、その想い出を映像化して死者たちに見せ、彼らを幸福な気持ちで天国へ送り出すというものだ。そう、ここは天国への入口(リンボ)なのである。今日も、22人の死者たちがリンボの施設にやってきた。職員たちは、彼らへの面接を開始する。火曜日。死者たちは、それぞれに印象的な想い出を決めていく。それらは千差万別。戦時中、マニラのジャングルで米軍の捕虜になった時に食べた白米の味を選んだおじいさん。子供を出産した瞬間を選んだ主婦。幼少時代、自分を可愛がってくれた兄の為にカフェーで・赤い靴・の踊りを披露した時のことを選んだおばあさん。パイロットを目指してセスナで飛行訓練した時のことを選んだ会社員などなど。だが、中には想い出を選べない人もいた。渡辺という老人は、自分が生きてきた証になるようなものを選びたいと言うが、それが何か分からない。伊勢谷という若者は、あえて想い出を選ぼうとしなかった。水曜日。今日は、想い出を決める期限の日だ。望月は担当の渡辺に彼の人生71年分のビデオを見せることにした。ビデオで人生を振り返り、想い出を選んで貰おうというのだ。だが、それでも渡辺は決めかねている。学生時代、就職、結婚…、ヒントを出していく望月であったが、渡辺は全部そこそこの人生だと言うばかり。そんな時、望月はモニターに映った渡辺の妻・京子の顔に一瞬目を奪われるのだった。木曜日。職員たちと撮影クルーの入念な打ち合わせの後、ス ^ジオにセットが組まれ、撮影の準備が進んでいく。金曜日。撮影の日である。渡辺も漸く想い出を選ぶことが出来た。それは、最後に妻と映画を観に行った帰りの公園のベンチでの風景だった。土曜日。いよいよ、上映会の日だ。死者たちは、再現された自分たちの想い出の映画を観て天国へと次々に旅立って行った…。こうして今週の仕事を終えた望月。ところが、彼は渡辺のビデオの片づけをしていて、渡辺からの手紙を見つける。そこには、望月が京子の渡辺と結婚した後も決して忘れることのなかった死んだ許嫁であると気づいていたことや、彼女の望月に対する愛を知っていたからこそ、嫉妬心から一番大切な彼女との日常を想い出として選べなかったこと、しかし望月と出会い、彼の優しさに触れたことでそれを乗り越えられたことなどがしたためられていた。だが、望月が京子とのことを渡辺に黙っていたのは、渡辺に対する優しさからではなく、他人と関わることを避けてきた自分が傷つきたくなかったからだと認識していた。実は、この施設で働く職員は皆、想い出を選べなかった死者たちで構成されており、先の大戦で京子の愛を確信するまでに到らないまま彼女と死別した望月は、彼女との想い出を選べないでいたのである。だが、望月は渡辺の残した手紙を読んである決心をする。しおりと一緒に、既に亡くなっていた京子のフィルムを探し出しそれを観る望月。そこには、出征前の望月と過ごした公園のベンチでの一時が写っていた。それを観た望月は、短い生涯だった自分が他人の幸せな想い出に参加していたことを知り、それを幸せと感じることが出来るのだった。土曜日。望月は、中村の許可を得て・人の幸せに参加できた自分・を想い出として撮影して貰うことにした。日曜日。望月の撮影がされた。ただベンチに座っているだけの望月を撮影するクルー。そして上映が行われ、彼は天国へと旅立って行くのだった。月曜日。新たな一週間の始まりだ。望月の代わりに職員となったしおり、そして結局想い出を選ばないままの伊勢谷がアシスタントとして川嶋の下につくことになった。今日も、死者たちがリンボの施設の玄関を潜る…。




1-38. 病院で死ぬということ

監督 市川準
出演 岸部一徳塩野谷正幸石井育代
1993年(オプトコミュニケーションズ)

解説
ガン告知を受けた患者たちの闘病の日々を、彼らと接する家族や医師らの姿を交えながら描き、ターミナルケア(末期医療)の問題をとらえたドラマ。山崎章郎の同名原作(主婦の友社・刊)をもとに、「ご挨拶」の中の一挿話「佳世さん」の市川準が監督・脚本。患者たちの姿はフィックスで据えたフルサイズのベッドの映像で終始描写され、随所に人生のイメージを四季にわたり追った映像がはさみ込まれていく、ドキュメンタリー的な手法で描いていく。キネマ旬報ベストテン第三位。

ストーリー
ターミナルケアに取り組む山岡医師の抱える四人のガン患者とその家族が登場する……。川村健二老人(26歳)の病室に妻の秀子が入院してきた。だが川村は大腸ガンであったのに対し、秀子はこの病院では手掛けていない肺ガンであり、彼女はやがて他の病院に移っていく。息子たちは父の願いを聞き、ある日彼を妻のいる病院へ連れていく。たった三〇分の再会であったが、それは家族にとって忘れられないものとなった。野村(42)は自分の病名を知らず入院し、手術によりガンを取り出すことも出来ないまま、いったん元気に退院した……。池田春代(60)は最初見舞いに来る慎二や和子ら子供たちと明るく語り合っていたが、二度の手術を経て、入院生活が長くなるにつれわめきだすようになる。そんな彼女に山岡は真実を告知する。春代は自宅に帰りたいと言い出すが、その遺志を山岡は尊重した……。身寄りのない行き倒れで入院してきた藤井はかなり進行した食堂ガンだった。彼の遺体は市のケースワーカーが引き取っていった……。やがて野口が再入院してくる。野口も妻の容子ら周囲に当たり散らすようになる。だが山岡に望んで真実を告知された彼は、徐々に冷静になりいったん自宅に戻った。そして子供たちにも全てを話し、充実した時を過ごす。自分が近いうちに死ぬのはもう少しも怖くない、ただ子供こちのために、一日でも長く生き延びたいと山岡に語り、手術を依頼する……。




1-39. 午後の遺言状

監督 新藤兼人
出演 杉村春子乙羽信子朝霧鏡子
1995年(ヘラルド・エース=日本ヘラルド映画)

解説
別荘に避暑にやって来た大女優が出会う出来事の数々を通して、生きる意味を問うドラマ。監督・脚色は「墨東綺譚 (1992)」の新藤兼人。撮影は「墨東綺譚 (1992)」の三宅義行。主演は杉村春子と、1994年12月22日に逝去した乙羽信子。芸術文化振興基金助成作品。1995年度キネマ旬報ベストテン第1位ほか、監督賞(新藤)、脚本賞(新藤)、主演女優賞(杉村)、助演女優賞(乙羽)の4部門を受賞した。

ストーリー
夏の蓼科高原に、女優・森本蓉子(杉村春子)が避暑にやって来た。彼女を迎えるのは30年もの間、その別荘を管理している農婦の豊子(乙羽信子)だ。言葉は乱暴だがきちんと仕事をこなす豊子に、庭師の六兵衛が死んだことを知らされた蓉子は、六兵衛が棺桶に乗せたのと同じ石を川原から拾って棚に飾る。豊子には22歳の娘・あけみ(瀬尾智美)がいた。子供のいない未亡人の蓉子は、あけみを自分の子供のように可愛がっている。翌日、別荘に古い友人の牛国夫妻がやって来る。しかし、夫人の登美江(朝霧鏡子)は痴呆症にかかっており、様子がおかしい。過去と現実が混濁している登美江を元に戻したい一心で、夫の藤八郎(観世栄夫)は蓉子に会わせたのだが、一瞬チェーホフの『かもめ』の一節を蓉子と空で言えたかと思うと、元の状態にすぐに戻ってしまう。と、そこへピストルを持った脱獄囚が別荘に押し入って来た。恐怖におののく蓉子たち。だが、男がひるんだ隙に警戒中の警官が難を救った。そして、蓉子たちはこの逮捕劇に協力したとのことで、警察から感謝状と金一封を受け取る。ご機嫌の蓉子たちは、その足で近くのホテルで祝杯を上げた。翌日、牛国夫妻は故郷へ行くと言って別荘を後にする。やっと落ち着ける蓉子だったが、近く嫁入りするあけみは実は豊子と蓉子の夫・三郎(津川雅彦)との子供だったという豊子の爆弾発言に、またもや心中を掻き乱されることになる。動揺した蓉子は不倫だと言って豊子をなじるが、あけみには真実を隠したままにしておくことになった。そして、結婚式を前にこの地方の風習である足入れの儀式が執り行われた。生と性をうたうその儀式に次第に酔いしれていく蓉子は、早く帰郷して舞台に立ちたいと思うようになった。ところが、そこへ一人の女性ルポライター・矢沢(倍賞美津子)が、牛国夫妻の訃報を持って現れた。驚いた蓉子は豊子を伴い、矢沢に牛国夫妻が辿った道を案内してもらう。二人が入水自殺を図った浜辺で、蓉子は残された人生を充実したものにすると、手を合わせる。別荘に戻った蓉子は舞台用の写真の撮影を済ませると、東京へ帰っていく。豊子は蓉子が死んだ時に棺桶の釘を打つために、以前拾ってきた石を預かるが、いつまでも死なないで強く生きて欲しいという願いを込めて、それを川原に捨ててしまうのだった。




1-40. グーグーだって猫である

監督 犬童一心
出演 小泉今日子上野樹里加瀬亮
2008年(アスミック・エース)

解説
人気少女漫画家、大島弓子の自伝的エッセイ漫画を、「眉山」の犬童一心監督が映画化。人間と猫が織りなすキュートで不思議な日常を、小泉今日子ら人気俳優の共演でつづる。

ストーリー
吉祥寺に住む天才漫画家の小島麻子(小泉今日子)。締め切りに追われ、徹夜で漫画を描き上げた翌朝、長年連れ添った愛猫のサバが亡くなる。サバを失った悲しみは大きく、麻子は漫画を描けなくなってしまう。そんな彼女を心配するアシスタントたち。ある日、麻子はペットショップで一匹の小さなアメリカンショートヘアーと出会う。彼女はその猫を連れ帰り、グーグーと名づける。これをきっかけに状況が好転。グーグーはアシスタント達にも可愛がられ、麻子に元気な表情が戻ってくる。そんなある日、避妊手術に連れて行く途中でグーグーが逃げ出してしまう。必死で探す麻子の前にグーグーを連れて現れたのは沢村青自(加瀬亮)。彼の姿に思わず見とれてしまった麻子は、今まで忘れていた気持ちを蘇らせる。後日、ナオミの彼氏マモル(林直次郎)のライブにアシスタント達と出かけた麻子は、そこで青自と再会。ライブ後の打ち上げで、気を利かせたナオミは麻子と青自を二人きりにする。青自の視線に心をときめかせながら話をする麻子。二人は徐々に距離を縮めていく。これをきっかけに青自は麻子の家を訪れるようになる。カメラを片手にグーグーを追いかける麻子と青自。幸せな日々が続く中、新作のアイデアを思いつき、麻子は半年振りにペンを取る。生き生きとした表情で語る彼女の姿に、ナオミも喜びの表情を隠せなかった。グーグーが来てからすべてが順調に回りだしていた。だがある時、新作の取材中に麻子が突然倒れる。病院に運ばれ事なきを得るが、数日後、麻子はナオミの家を訪れグーグーを預かってほしいと頼む。二つ返事でOKするナオミに、麻子は衝撃の告白をする。彼女は卵巣ガンを患っていたのだった……。




1-41. 羅生門 

監督 黒澤明
出演 三船敏郎森雅之京マチ子
1950年(大映)

解説
芥川龍之介の小説「薮の中」を黒澤明が映画化。第12回ヴェネチア映画祭のグランプリ、第24回アカデミー賞の名誉賞(外国語映画賞)を受賞した。脚本は黒澤と橋本忍、撮影は宮川一夫。出演は、三船敏郎、森雅之、京マチ子。

ストーリー
平安時代のとある薮の中。盗賊、多襄丸が昼寝をしていると、侍夫婦が通りかかった。妻に目を付けた多襄丸は、夫をだまして縛り上げ、夫の目の前で妻を強姦する。しばらく後、現場には夫の死体が残され、妻と盗賊の姿はなかった。 −−物語は、この殺人事件をめぐり、目撃者の杣売(志村喬)と旅法師(千秋実)、捕らえられた盗賊(三船敏郎)と侍の妻(京マチ子)、それに巫女により呼び出された、死んだ侍の霊の証言により構成される。ところが事件の顛末は、証言者によってくい違い、結局どれが真実なのかわからない。盗賊によると、女がどちらか生き残った方に付いていくと言うので夫と対決し、彼を倒したが女は消えていたと言い、妻は妻で、盗賊に身を任せた自分に対する夫の蔑みの目に絶えられず、錯乱して自分を殺してくれと短刀を夫に差し出したが、気が付いたら短刀は夫の胸に突き刺さっていたと告白。そして夫の霊は、妻が盗賊に、彼に付いていく代わりに夫を殺してくれと頼むのを聞いて絶望し、自分で自分の胸に短刀を刺したが、意識が薄れていく中で誰かが胸から短刀を引き抜くのを感じながら、息絶えたと語った。 役所での審問の後、羅生門の下で雨宿りをしている杣売と旅法師は、同じく雨宿りをしていた下人(上田吉二郎)に事件について語る。下人は、短刀を盗んだのは杣売だろうとなじり、羅生門に捨てられていた赤ん坊の衣服を剥ぎ取ると行ってしまった。呆然とたたずむ杣売と法師。杣売は、赤ん坊を引き取って育てるという。法師が彼の行為に一縷の希望を見出し、映画は終わる。




1-42. 遠くの空に消えた

監督 行定勲
出演 神木隆之介大後寿々花ささの友間
2007年(ギャガ・コミュニケーションズ)

解説
世界の中心で、愛をさけぶ」の行定勲監督が、自ら書き上げたオリジナル・ストーリー。天才子役の神木隆之介演じる転校生ら、少年少女のひと夏の冒険をつづった感動ドラマ。

ストーリー
のどかな田舎にある馬酔村に、ある日転校生として、村に持ち上がっている空港建設計画の責任者として国から派遣された楠木雄一郎(三浦友和)の息子・亮介(神木隆之介)がやってくる。都会的な亮介はクラスの女子の人気者となるが、一日で人気者の地位を奪われた地元の悪ガキ・土田公平(ささの友間)は面白くない。二人は取っ組み合いの喧嘩をするが、肥溜めに落ち引き分けになる。その帰り、二人は空に向かい呪文を唱えている少女を見かける。呆然とする亮介と公平に少女は、UFOの存在を信じるか聞いてきた。彼女の名はヒハル(大後寿々花)。父はUFOに連れ去られたと信じ、ずっと父を乗せたUFOが迎えに来るのを待っていた。その頃村では、空港建設反対派を雄一郎は金で買収しようとし、推進派に寝返ったり、町を出て行ったりする者が現れた。そんな大人たちの醜い争いに、子供たちも巻き込まれ始めていた。亮介は強引な雄一郎のやり方に反発する。亮介、公平、ヒハルの三人にとっては、秘密の丘で星を見ながらUFOを待つのが、唯一平穏で楽しい時間だった。しかし、ヒハルは父が二度と帰ってこないことに少しずつ気づき始めており、悲しみの影が日々増していく。子供から大人への一歩を踏み出しかけた三人は、現実が夢の砦をむしばんでいく恐怖に、まだ目を向けられないでいた。雄一郎と反対派リーダー・天童(石橋蓮司)の対立や卑劣な手で雄一郎を追い出そうとするトバ(田中哲司)の企み、子供たちの仲間割れは激化。もうこれ以上、大人たちに振り回されたくないと亮介と公平が思い始めた時、丘の上の秘密基地が誰かに壊され、ヒハルが転落、大怪我を負う事件が起きる。唯一の心の支えだった場所を奪われ、同時に父と再会する希望も失ってしまったヒハル。そんなヒハルに何もしてあげられないという無力感に打ちひしがれる亮介と公平は、ヒハルの夢を叶えるために、大切な村を守るために、あるいたずらを思いつく……。




1-43. 切腹

監督 小林正樹
出演 仲代達矢岩下志麻石浜朗
1962年(松竹)

解説
サンデー毎日大衆文芸賞入選作として、昭和三十三年十月号の同誌上に発表された滝口康彦原作「異聞浪人記」より「八百万石に挑む男」の橋本忍が脚色、「からみ合い」の小林正樹が監督した異色時代劇。撮影は「お吟さま(1962)」の宮島義男。

ストーリー
寛永七年十月、井伊家上屋敷に津雲半四郎と名乗る浪人が訪れた。「切腹のためにお庭拝借……」との申し出を受けた家老斎藤勘解由は、春先、同じ用件で来た千々岩求女なる者の話をした。窮迫した浪人者が切腹すると称してなにがしかの金品を得て帰る最近の流行を苦々しく思っていた勘解由が、切腹の場をしつらえてやると求女は「一両日待ってくれ」と狼狽したばかりか、刀は竹光を差しているていたらくで舌かみ切って無惨な最後をとげたと−−。静かに聞き終った半四郎が語りだした。求女とは半四郎の娘美保の婿で、主君に殉死した親友の忘れ形見でもあった。孫も生れささやかながら幸せな日が続いていた矢先、美保が胸を病み孫が高熱を出した。赤貧洗うが如き浪人生活で薬を買う金もなく、思い余った求女が先ほどの行動となったのだ。そんな求女にせめて待たねばならぬ理由ぐらい聞いてやるいたわりはなかったのか。武士の面目などとは表面だけを飾るもの……。半四郎は厳しく詰め寄った。そして、井伊家の武男の家風を誇って威丈高の勘解由に、半四郎はやおら懐中より髷を三つ取り出した。沢潟彦九郎、矢崎隼人、川辺右馬之介、髪についた名の三人は求女に切腹を強要した者たちで、さきほど半四郎が介錯を頼んだ際、病気と称して現れなかった井伊家きっての剣客たちである。隼人、右馬之介はたった一太刀、神道無念一流の達人彦九郎だけは数合刀を合わせたものの、十七年ぶりに刀を抜いた半四郎の敵ではなかった。高々とあざけり笑う半四郎に家臣達が殺倒した。荒れ狂う半四郎は井伊家先代の鎧兜を蹴倒し、数人を斬り倒して種ヶ島に打取られた。半四郎は切腹、自刃した彦九郎や斬殺された者はいづれも病死という勘解由の処置で、井伊家の武勇は以前にもまして江戸中に響き老中よりも賞讃の言葉があった。 閉じる




1-44. クローンは故郷をめざす

監督 中嶋莞爾
出演 及川光博石田えり永作博美
2008年(アグン)

解説
クローン技術を題材にした及川光博主演のスピリチュアルなヒューマン・ドラマ。クローンとして生き続ける男の葛藤を、日本的な死生観の宿った深遠な映像美で語り明かす。

ストーリー
クローン技術が飛躍的に進歩した近未来。愛する母・洋子(石田えり)を病気で亡くしたばかりの高原耕平(及川光博)は、宇宙ステーションの建設作業中に事故に遭い命を落とす。彼は亡くなる直前に合法クローン・プロジェクトに登録しており、妻の時枝(永作博美)は彼の再生に戸惑いを見せるが、科学者・影山(嶋田久作)たちの手によって半ば強引に耕平の身体は再生された。ところが、技術的失敗により、彼の少年時代の記憶のままで蘇ってしまい、耕平が子供の頃、自分を助けようとして川で溺れ死んだ双子の弟の記憶が繰り返される。再生後の困惑の中、自らの死体を目の当たりにしたクローンの耕平は、それを弟と錯覚、母親の元へ届けようと死体を背負い、耕平は故郷を求めて歩き出すのだった。だが、再生失敗の事実を封印するため、彼には影山たちの手によって緩やかな安楽死の投薬が済まされていた……。影山はクローン再生を成功させるため、かつて違法な再生を行った科学者・勅使河原(品川徹)の力を借り、技術的障害を乗り越えることに成功。二度目のクローン再生を行い、完全な成功例として耕平は再度蘇る。世界初のクローン人間として世間の注目を浴びると同時に、それを認めない宗教団体や嫌悪感を示す世論の抗議の的となる耕平。様々な葛藤の中で悩みながら、彼はかつて失敗作として葬られた自分の存在を知り、行方不明のままになっていたその自らの前身の足跡を追って行く。今では廃墟となった田舎の旧家、かつて家族で暮らした故郷に辿り着いた耕平は、そこに前身の死体を発見する。今の自分を生み出すために捨て石となった者への哀惜と後悔が、双子の弟の想いと重なり、耕平は深い悲しみに打ちのめされる。そして彼はある思いを胸に、再び歩き始めるのだった……。




1-45. 家族ゲーム

監督 森田芳光
出演 松田優作伊丹十三由紀さおり
1983年(ATG)

解説
高校受験を控えた中学生の子供のいる家族と、その家にやって来た家庭教師の姿を描く。本間洋平の同名の小説の映画化で、脚本、監督は「ピンクカット 太く愛して深く愛して」の森田芳光、撮影は「俺っちのウエディング」の前田米造がそれぞれ担当。

ストーリー
中学三年の沼田茂之は高校受験を控えており、父の孝助、母の千賀子、兄の慎一たちまで、家中がピリピリしている。出来のいい慎一と違って、茂之は成績も悪く、今まで何人も家庭教師が来たが、誰もがすぐに辞めてしまうほどの先生泣かせの問題児でもある。そこへ、三流大学の七年生、吉本という男が新しく家庭教師として来ることになった。吉本はいつも植物図鑑を持ち歩き、海に近い沼田家に船でやって来る。最初の晩父の孝助は吉本を車の中に連れていくと、「茂之の成績を上げれば特別金を払おう」と話す。吉本は勉強ばかりか、喧嘩も教え、茂之の成績は少しずつ上がり始める。一方、慎一は、家庭教師を付けてもらい、両親の心配を集める茂之と違って、手がかからず、それだけに寂しそうだ。茂之は幼馴染みで同級生の土屋にいつもいじめられていたが、勉強のあと、屋上で殴り方を習っていた甲斐があってか、ある日の放課後、いつものように絡んでくる土屋をやっつけることが出来た。そして、茂之の成績はどんどん上がり、ついに兄と同じAクラスの西武高校の合格ラインを越えてしまう。しかし、茂之はBクラスの神宮高校を志望校として担任に届け出る。これに両親は怒り、志望校の変更を吉本に依頼する。吉本は学校に駆けつけると、茂之を呼び出し、担任の前に連れていくと、強引に変更させる。しかし、何故、西武高校に行きたくないのか、その疑問を慎一にぶつけた。慎一は秘密ということで、茂之は土屋と同じ高校に行きたくないのだと話す。それは、小学生の頃、授業中に茂之が大便をもらしてしまったことを土屋が知っているからだと言う。バカバカしい理由に吉本と慎一は大笑いする。土屋は私立高校に行くことになり、茂之は西武高校にみごと合格し、吉本の役目は終り、お祝いをすることになった。その席で、孝肋は、最近ヤル気を失くしている慎一の大学受験のための家庭教師になって欲しいと話す。しかし、一流大学の受験生に三流大学の学生が教えられるわけはないと吉本は断った。そして、吉本は大暴れをして食事は大混乱となるのだった……。




1-46. 二百三高地

監督 舛田利雄
出演 仲代達矢あおい輝彦新沼謙治
1980年(東映)

解説
今世紀初頭、近代化したとは言え、列強諸国に比べ遅れをとる日本が、超大国ロシアに何故戦争を挑んだのか。そして、その戦争を背景に、政府、軍、民間といった様々な階級の人々がいかに生きたかを描く。脚本は「仁義なき戦い」シリーズの笠原和夫、監督は「さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士」の舛田利雄、撮影は「トラック野郎 突撃一番星」の飯村雅彦がそれぞれ担当。

ストーリー
十九世紀末。ロシアの南下政策は満州からさらに朝鮮にまで及び、朝鮮半島の支配権を目指す誕生間もない明治維新政府の意図と真っ向から衝突した。開戦か外交による妥協か、国内では激論がうずまいていた。軍事力、経済力ともに弱小な日本にとってロシアは敵にするには強大すぎた。しかし、幾度となく開かれる元老閣僚会議で、次第に開戦論がたかまっていくがロシアの強大さを熟知している伊藤博文は戦争回避を主張していた。巷でも、開戦論で民衆を煽動する壮士グループと、戦争反対を叫ぶ平民社とが対立。ある日、開戦論に興奮した民衆が平民社の若い女、佐知に殴りかかろうとしているところを、通りがかった小賀が救った。その頃、伊藤は参謀本部次長の児玉源太郎と会見、対露戦の勝算を問うていた。児玉は早いうちにロシアに打撃を与え、講和に持ち込むしか勝つ道はないと訴えた。明治三十七年二月四日、御前会議で明治天皇は開戦の決議に裁可を下した。ここに日露戦争の幕が切っておとされた。日本軍は陸と海で破竹の進撃を開始した。伊藤は前法相の金子堅太郎をよび、アメリカのルーズベルト大統領に講和の調停役を引き受けるように説得を要請する。そうしたなかでも、神田のニコライ堂ではロシア人司祭によるロシア語の講座が細々と続けられ、出席していた小賀は、そこで偶然にも佐知に出会った。思いがけぬ再会に、二人の間に愛が芽生えた。やがて、金沢の小学校教師である小賀も出征することになり、彼を慕って金沢までやって来た佐知と愛を確かめあう。小賀の小隊には、豆腐屋の九市、ヤクザの牛若、その他梅谷や米川たちがいた。戦況は次第に厳しさを増し、海軍はロシア東洋艦隊に手こずり、陸軍は新たに第三軍を編成、司令官に乃木希典を命じた。旅順の陥落が乃木にかせられた任務だったが、ロシアはここに世界一という大要塞を築いていた。ロシア軍の機関銃の前に、日本軍は屍体の山を築いていく。絶望的な戦いの中で、小賀と部下たちの間に人間的な絆が生まれていった。しかし、戦いで部下を失った小賀の胸には戦争への怒りと、ロシア人への憎しみが燃えあがっていた。十一月二十七日、司令部は二百三高地攻撃を決定した。その日、小賀は捕虜の通訳を命じられたが、「兵には国家も司令官もない、焦熱地獄に焼かれてゆく苦痛があるだけ」と拒否、その言葉は激しく乃木の胸を打った。十二月六日、乃木に代って指揮をとった児玉のもと、二百三高地攻撃が開始された。戦闘は激烈を極め、乃木は鬼と化していた。そして、三一五〇名の戦死者と、六八五〇名の負傷者という尊い犠牲を払い、二百三高地はおちた。しかし、小賀たちの一隊は、ロシアの少年兵との激闘の末、戦死してしまう。一ヵ月後、旅順は陥落、これが翌三十八年三月の奉天大会戦の勝利、さらには日本海大海戦の勝利へとつながった。翌三十九年一月十四日、乃木は天皇はじめ皇族、元老が居ならぶ前で軍状報告を行なったが、復命書を読み進むうちに、小賀や多くの兵のことが心をよぎり、落涙を禁じえなかった。




1-47. 関の彌太ッぺ

監督 山下耕作
出演 萬屋錦之介木村功十朱幸代
1963年(東映)

解説
長谷川伸の同名小説より「虹をつかむ踊子」の成澤昌茂が脚色、山下耕作が監督した人情もの。撮影は「真田風雲録」の古谷伸。

ストーリー
常陸の国結城在、関本に生れた、若くていなせな弥太ッぺは、十年前両親に死に別れ、祭りの晩にはぐれた当時八つの妹お糸を探して旅を続けていた。途中、甲州街道吉野の宿で、旅の娘お小夜が溺れかかっているのを救ったが、お糸のためにと肌み離さず持っていた五十両の大金を、お小夜の父和吉にすり盗られた。がその和吉も箱田の森介にきられ、お小夜を旅篭“沢井屋”に届けてくれと頼みながら息をひきとった。沢井屋の女主人お金は、緑もゆかりもない子供と拒絶したが、十三年前誘拐された娘の落し子と知って驚喜した。それから十年弥太ッぺは、お糸の病死を賭博田毎の才兵衛から知らされ、すさんだ生活に身をおとし、飯岡の助五郎一家の客人となっていた。笹川の繁蔵一家との喧嘩に加わった弥太ッぺは十両が縁で兄弟分の契を結んだ森かつて五介の姿をみつけた。一緒に大綱楼にくりこんだ弥太ッぺに、才兵衛は、お小夜の恩人を探してくれるよう依頼されたと話した。が弥太ッぺは、黙秘した。森介と別れた弥太ッぺは、吉野宿の祭礼でお小夜らしい娘を見つけてハッとした。沢井屋の裏手で、夕闇の中にお小夜の姿を認めて身じろぎもできない、純心な弥太ッぺなのだ。才兵衛から話を聞いた森介は、お金の前に自分がお小夜の恩人だと名のり出た。そしてお小夜を嫁にときり出した。恩人と信じこむお金も、あまりのたけだけしい森介に当惑する毎日だった。腕ずくでもと血迷う森介の噂を聞いてかけつけた、弥太ッぺは、宝物のように大切にしてきたお小夜のために、兄弟分の縁を切って斬り捨てた。そして森介が詐し取った四五両の金を返す弥太ッぺをじっとみつめるお小夜の脳裏に、十年前の弥太ッぺの面影がよみがえって来た。“待って下さい”と追いすがるお小夜をあとに、かねて約束の助五郎一家との果し合いをせかせる、暮六つの鐘の音が鳴り響いた。一本松へといそぐ弥太ッぺの姿も心もちか、淋しい日暮れであった。




1-48. 瞼の母

監督 加藤泰
出演 萬屋錦之介松方弘樹木暮実千代
1962年(東映)

解説
長谷川伸の原作を「怪談お岩の亡霊」の加藤泰が脚色・監督した人情時代劇。撮影は「若き日の次郎長 東海道のつむじ風」の坪井誠。

ストーリー
番場の忠太郎は五歳の時に母親と生き別れになった。それから二十年、母恋いしさに旅から旅への渡り鳥。風の便りに母が江戸にいるらしいと知ったが、親しい半次郎の身が気がかりで、武州金町へ向った。親分笹川繁蔵の仇飯岡助五郎に手傷を負わせた半次郎は、飯岡一家の喜八らに追われる身である。金町には半次郎の母おむらと妹おぬいがいる。わが子を想う母の愛に心うたれた忠太郎は、喜八らを叩き斬って半次郎を常陸へ逃がした。その年の暮れ、母を尋ねる忠太郎は母への百両を懐中に、江戸を歩きまわった。一方、飯岡一家の七五郎らは忠太郎を追って、これも江戸へ出た。仙台屋という神田の貸元に助勢を断られた七五郎らに遊び人の素盲の金五郎が加勢を申し出た。鳥羽田要助という浪人もその一味だ。金五郎は軍資金捻出のため、チンピラ時代からの知り合いで、今は料亭「水熊」の女主人におさまっているおはまを訪ねた。おはまの娘お登世は木綿問屋の若旦那長二郎と近く祝言をあげることになっている。だから、おはまは昔の古傷にふれるような金五郎にいい顔をしない。おはまの昔馴染で夜鷹姿のおとらも来た。金五郎がおとらを表に突き出したとき、忠太郎が通りかかった。おとらから、おはまが江州にいたことがあると聞いて、忠太郎は胸おどらせながら「水熊」に入った。忠太郎の身の上話を聞き、おはまは顔色をかえたが「私の忠太郎は九つのとき流行病で死んだ」、と冷たく突き放した。娘を頼りの今の倖せな暮らしに、水をさして貰いたくないからだ。忠太郎はカッとなって飛び出した。暗い気持の忠太郎を、金五郎一味が取り囲んだ。「てめえら親はあるか。ねえんだったら容赦しねえぜ」と、忠太郎は一人残らず斬り伏せた。一方、お登世と長二郎に諌められたおはまは、忠太郎の名を呼びながら探した。忠太郎はおはまたちから身を隠し耳をふさいだ。離れていくその後姿を拝んで、男泣きの忠太郎は風のように去っていった。