2-1. 東京物語

監督 小津安二郎
出演 笠智衆東山千栄子山村聡
1953年(松竹)

解説
お茶漬の味」以来一年ぶりの小津安二郎監督作品で、脚本は小津安二郎と「落葉日記」の野田高梧の協同執筆、撮影も常に同監督とコンビをなす厚田雄春(陽気な天使)、音楽は斎藤高順。出演者は「白魚」の原節子、「君の名は」の笠智衆、「明日はどっちだ」の香川京子、「蟹工船」の山村聡、「雁(1953)」の三宅邦子、「残波岬の決闘」の安部徹、「きんぴら先生とお嬢さん」の大坂志郎などの他、東山千栄子、杉村春子、中村伸郎、東野英治郎等新劇人が出演している。

ストーリー
周吉、とみの老夫婦は住みなれた尾道から二十年振りに東京にやって来た。途中大阪では三男の敬三に会えたし、東京では長男幸一の一家も長女志げの夫婦も歓待してくれて、熱海へ迄やって貰いながら、何か親身な温かさが欠けている事がやっぱりものたりなかった。それと云うのも、医学博士の肩書まである幸一も志げの美容院も、思っていた程楽でなく、それぞれの生活を守ることで精一杯にならざるを得なかったからである。周吉は同郷の老友との再会に僅かに慰められ、とみは戦死した次男昌二の未亡人紀子の昔変らざる心遣いが何よりも嬉しかった。ハハキトク−−尾道に居る末娘京子からの電報が東京のみんなを驚かしたのは、老夫婦が帰国してまもなくの事だった。脳溢血である。とみは幸一にみとられて静かにその一生を終った。駈けつけたみんなは悲嘆にくれたが、葬儀がすむとまたあわただしく帰らねばならなかった。若い京子には兄姉達の非人情がたまらなかった。紀子は京子に大人の生活の厳しさを言い聞かせながらも、自分自身何時まで今の独り身で生きていけるか不安を感じないではいられなかった。東京へ帰る日、紀子は心境の一切を周吉に打ちあけた。周吉は紀子の素直な心情に今更の如く打たれて、老妻の形見の時計を紀子に贈った。翌日、紀子の乗った上り列車を京子は小学校の丘の上から見送った。周吉はひとり家で身ひとつの侘びしさをしみじみ感じた。




2-2. 二十四の瞳

監督 木下惠介
出演 高峰秀子天本英世八代敏之
1954年(松竹)

解説
「女の園」に次ぐ木下恵介監督作品。壷井栄の原作を同監督自身が脚色している。撮影も「女の園」の楠田浩之、音楽は「三つの愛」の木下忠司。出演者は「女の園」の高峰秀子、田村高廣、天本英世、「昨日と明日の間」の月丘夢路「陽は沈まず」の小林トシ子、笠智衆など。

ストーリー
昭和三年四月、大石久子は新任のおなご先生として、瀬戸内海小豆島の分校へ赴任した。一年生の磯吉、吉次、竹一、マスノミサ子、松江、早苗、小ツル、コトエなど十二人の二十四の瞳が、初めて教壇に立つ久子には特に愛らしく思えた。二十四の瞳は足を挫いて学校を休んでいる久子を、二里も歩いて訪れてきてくれた。しかし久子は自転車に乗れなくなり、近くの本校へ転任せねばならなかった。五年生になって二十四の瞳は本校へ通う様になった。久子は結婚していた。貧しい村の子供達は卒業を迎えても誰一人望み通り進学出来ず、母の死んだ松江は金比羅の食堂へ奉公に出された。八年後−−その頃擡頭した日本の軍国主義は久子を教壇から追い、大東亜戦争は夫まで殺した。島の男の子は次々と前線へ送られ、竹一等三人が戦死し、ミサ子は結婚し、早苗は教師に、小ツルは産婆に、そしてコトエは肺病で死んだ。久子には既に子供が三人あったが、二つになる末っ子は栄養失調で死んだ。終戦の翌年−−久子は再び岬の分教場におなご先生として就任した。教え児の中には、松江やミサ子の子供もいた。一夜、ミサ子、早苗、松江、マスノ、磯吉、吉次が久子を囲んで歓迎会を開いてくれた。二十四の瞳は揃わなかったけれど、想い出だけは今も彼等の胸に残っていた。




2-3. トウキョウソナタ

監督 黒沢清
出演 香川照之小泉今日子小柳友
2008年・日本、オランダ、香港(ピックス)

解説
東京を舞台に、4人家族の崩壊とかすかな希望を描いた、黒沢清監督の人間ドラマ。現代社会や家族の抱える不安を鮮烈に表現し、カンヌ映画祭“ある視点”部門で審査員賞を受賞。

ストーリー
トウキョウの、線路沿いの小さなマイホームで暮らす4人家族の佐々木家は、ごく平凡な家庭である。しかし小学6年生の次男・健二(井之脇海)には、家族に内緒にしている秘密があった。それは、父親に反対されたピアノを隠れて習っていることだった。父・竜平(香川照之)は厳格な父親で、健二の話にまったく耳を傾けようとしない。母・恵(小泉今日子)はおやつにドーナツを作ってくれるような優しい母親だが、いつもつまらなそうにしている。大学生の長男・貴(小柳友)はアルバイトに明け暮れていて、何を考えているのかわからない。それでも、夕食は家族で一緒に食べるような、普通の家族であった。しかし、秘密を抱えているのは健二だけではなかった。実は、竜平は会社からリストラされていた。しかし、それを家族に打ち明けられずに、父親としての威厳と、自分の弱さの間で揺れ動いていた。一方、貴は日本を出て、アメリカ軍に入隊しようとしていた。そんなある日、佐々木家に異変が起こる。健二が帰宅すると、家の中は荒らされており、誰もいなくなっていた……。




2-4. 鉄道員ぽっぽや

監督 降旗康男
出演 高倉健小林稔侍大竹しのぶ
1999年(東映)

解説
北海道の雪深い町の駅舎を舞台に、鉄道員として生きたひとりの男の姿を綴ったドラマ。監督は「現代任侠伝」の降旗康男。浅田次郎による第二十七回直木賞受賞の同名小説を、「植村直巳物語」の岩間芳樹と降旗監督が共同脚色。撮影を「おもちゃ」の木村大作が担当している。主演は「四十七人の刺客」の高倉健。その他、「学校III」の小林稔侍と大竹しのぶ、「20世紀ノスタルジア」の広末涼子らが出演している。

ストーリー
北海道の幌舞線の終着駅幌舞の駅長・佐藤乙松は、鉄道員(ぽっぽや)一筋に人生を送ってきた男だ。幼い一人娘を亡くした日も、愛する妻を亡くした日も、彼はずっと駅に立ち続けてきた。だが、その幌舞線も今度の春で廃線になることが決まっていた。さてその最後の正月、かつて乙松と共に機関車を走らせていた同僚で、今は美寄駅の駅長の杉浦が乙松を訪ねて幌舞駅へやってきた。彼は、今年で定年になる乙松に一緒にリゾートホテルへの再就職を勧めにやってきたのだ。しかし、鉄道員一筋の乙松はその申し出を受け入れようとしない。やがて、終電が終わるとふたりは酒を酌み交わし、懐かしい想い出話に花を咲かせた。数々の出来事が、乙松の脳裡に蘇っていく----。一人娘の雪子の誕生と死、炭坑の町として幌舞が賑わっていた頃のこと、機関士時代の苦労、愛妻・静枝の死_。そんな乙松の前に、ひとりの少女が現れる。どうやら、正月の帰省で都会からやってきた子供らしい。乙松は、あどけない少女に優しく話しかけながら、その少女に雪子の面影を重ねていた。その夜、昼間の少女が忘れていった人形を取りに来たと言って中学生の姉が駅舎を訪れた。乙松は、彼女を歓待してやるが、彼女もまた人形を忘れて帰ってしまう。さてその翌日、杉浦が美寄に帰った後に、またしてもふたりの少女の姉と名乗る高校生がやってきた。17歳の彼女は鉄道が好きらしく、乙松の話を聞いたりして楽しい時間を過ごした。だが、実は彼女は17年前に死んだ乙松の子供・雪子だったのである。彼女は、自分が成長する姿を乙松に見せに現れてくれたのだ。そのことを知った乙松は、死に目にもあってやれなかった娘への後悔の気持ちが雪のように溶けていくのを心の中に感じる。しかし翌朝、すっかり冷たくなった乙松の亡骸が、幌舞駅のホームで発見された…。




2-5. めし

監督 成瀬巳喜男
出演 上原謙原節子島崎雪子
1951年(東宝)

解説
林芙美子の未完の絶筆を映画化した成瀬巳喜男の戦後の代表作のひとつ。繊細にしてリアルな女性描写は、成瀬演出の真骨頂と言われている。ノーベル賞作家・川端康成が監修を担当。

ストーリー
恋愛結婚をした岡本初之輔と三千代の夫婦も、大阪天神の森のささやかな横町につつましいサラリーマンの生活に明け暮れしている間に、いつしか新婚の夢もあせ果て、わずかなことでいさかりを繰りかえすようにさえなった。そこへ姪の里子が家出して東京からやって来て、その華やいだ奔放な態度で家庭の空気を一そうにかきみだすのであった。三千代が同窓会で家をあけた日、初之輔と里子が家にいるにもかかわらず、階下の入口にあった新調の靴がぬすまれたり、二人がいたという二階には里子がねていたらしい毛布が敷かれていたりして、三千代の心にいまわしい想像をさえかき立てるのであった。そして里子が出入りの谷口のおばさんの息子芳太郎と遊びまわっていることを三千代はつい強く叱責したりもするのだった。家庭内のこうした重苦しい空気に堪えられず、三千代は里子を連れて東京へ立った。三千代は再び初之輔の許へは帰らぬつもりで、職業を探す気にもなっていたが、従兄の竹中一夫からそれとなく箱根へさそわれると、かえって初之輔の面影が強く思い出されたりするのだった。その一夫と里子が親しく交際をはじめたことを知ったとき、三千代は自分の身を置くところが初之輔の傍でしかないことを改めて悟った。その折も折、初之輔は三千代を迎えに東京へ出て来た。平凡だが心安らかな生活が天神の森で再びはじめられた。




2-6. 若者たち

監督 森川時久
出演 田中邦衛橋本功山本圭佐藤オリエ
1967年

解説
同名のテレビドラマでコンビを組んだ山内久がシナリオを執筆、森川時久が劇映画初の監督をした青春もの。撮影は「怪談」の宮島義勇。

ストーリー
太郎、次郎、三郎、オリエ、末吉の佐藤きょうだいは早くから両親を失い、設計技師である長男の太郎が、弟妹たちの面倒を見てきた。ある日、雑用一切を背負わされてきた高校生のオリエが、堪え切れずに家出してしまったことからいろいろな問題が露呈してきた。末吉の大学受験問題、食費の分担金のこと、運転手次郎の事故等々、それらは、長い間、堅く団結してきたきょうだいの間を、気まずくさせるほど、現実的な問題だった。オリエはしばらく友だちのアパートに身を寄せたが、勤め先が倒産して行商をやっているマチ子を見て、生活のきびしさを知った。そんな時、オリエは原爆孤児の戸坂と知り合い、次第に惹かれて行った。一方、太郎は会社とある事故の処理をめぐって対立し、学歴を持たぬ下積み労務者の悲運を痛感していた。大学生の三郎は授業料値上げ反対の学園闘争の中で、学友の河田靖子や小川の、積極的な生き方に共鳴するものを覚えるのだった。ある日、次郎は行商中のマチ子と会い、彼女を励ました。ところが、数日後、そのマチ子が信頼してすべてを許した争議団の指導者に裏切られ、自暴自棄になって酒場の女給になっているのをみた次郎は、激しい言葉で説得して再び働く仲間に引き戻した。また、生活の厳しさを知ったオリエは、家に戻ってくると、自分も兄たちと同じように働きに出ると主張した。兄たちは反対したが、オリエの決心は堅かった。やがて大学の入学試験が始ったが、末吉は不合格の憂目にあい、大学へ行く気はないと言って、学歴の社会的価値を知る太郎に叱られ、喧嘩になった。また、オリエも、兄たちの反対を受けながらも、戸坂と結婚したい旨、自分の決心を述べた。翌朝、太郎の仕事場に来た末吉は、働きながら勉強をつづけると言って、兄を喜ばした。しかし、彼らきょうだいの苦闘は、まだこれからが本番だった。




2-7. ウホッホ探検隊

監督 根岸吉太郎
出演 十朱幸代田中邦衛村上雅俊
1986年(東宝)

解説
夫婦が離婚するまでをユニークに描いたホームドラマ。干刈あがた原作の同名小説の映画化で、脚本は「そろばんずく」の森田芳光、監督は「ひとひらの雪」の根岸吉太郎、撮影は丸池納がそれぞれ担当。

ストーリー
榎本登起子はインタビュア・ライター。食品会社の研究所員である夫、和也との間に中学生の太郎と小学生の次郎と二人の子供がいる。ある日、地方の研究所に詰めている和也が家に戻って来た。久々に家族揃って食事し、ハイキングにも出かけた。翌日、子供達を学校に送り届け登起子と二人きりになると、和也は「女がいる。一度会って欲しい」と告白する。週末、子供達を母親のくに子に預け、登起子は和也のもとを訪れた。和也の同僚で愛人の美論良子も同席し、三人は飲みながら自分の信じる主張をぶつけていく。東京に戻った登起子は、ロック・ミュージシャン定岡勉にインタビューし、彼の傍若無人ぶりに呆れかえる。家族の問題をゆっくり考えようと登起子は暫く仕事を休むことにした。だが、家に一日中いると何をしたらいいかわからず、子供達も今までと違う家の中の様子にいら立ち、登起子に辛くあたる。困惑しきっている彼女に定岡の妻みどりから電話がかかった。とにかく来てくれと悲痛な声に定岡の自宅に飛んで行くと、勉が女を連れ込んでいるのだ。登起子はみどりを連れ帰り泊めた。日曜日、登起子は太郎と次郎を連れて公園へ出かけ、キャッチボールをした。その夜、彼女は離婚する決意を子供達に打ち明けた。太郎は和也のもとを訪ね、良子とも会話を交わした。次郎は登起子に、友達で両親が離婚した子がいるけどしっかりしている、僕もしっかりやると告げた。登起子は離婚届を提出した。彼女のもとに以前、インタビューした野球選手、景浦からホームランの贈り物をすると電話がかかってきた。嬉しがる母親をはやしたてる太郎と次郎。そこに和也から電話で登起子と子供達に会いたいと言ってきた。登起子の新しい生活が始まった。深夜遅くまで仕事をし、子供達の用意した朝食に微笑する。そして、もと家族4人で会う日、和也は良子と別れたと告げた。




2-8. 名もなく貧しく美しく

監督 松山善三
出演 高峰秀子小林桂樹島津雅彦
1961年(東宝)

解説
松山善三が自らの脚本を、初めて監督したもので、ろう者夫婦の物語。撮影は「ぼく東綺譚(1960)」の玉井正夫。出演は小林桂樹と高峰秀子。

ストーリー
竜光寺真悦の嫁・秋子はろう女性である。昭和二十年六月、空襲の中で拾った孤児アキラを家に連れて帰るが、留守中、アキラは収容所に入れられ、その後真悦が発疹チフスで死ぬやあっさり秋子は離縁された。秋子は実家に帰ったが、母たまは労わってくれても姉の信子も弟の弘一も戦後の苦しい生活だからいい顔をしない。ある日、ろう学校の同窓会に出た秋子は受付係をしていた片山道夫に声をかけられたのをきっかけに交際が進み、結婚を申込まれた。道夫の熱心さと同じろう者同士ならと秋子は道夫と結婚生活に入った。二人の間に元気な赤ん坊が生れた。が、二人の耳が聞こえないための事故から死んでしまった。信子が家を飛び出し中国人の妾となりバーのマダムに収まったころ、道夫は有楽町附近で秋子と靴みがきを始め、ささやかな生活設計に乗り出した。グレた弘一が家を売りとばした。母のたまが道夫たちの家に転がりこんできた。秋子はまた赤ん坊を生んだ。たまは秋子たちのためにねじめを手放した。秋子はその金でミシンを買い内職を始めた。子供の一郎は健全に育ち健康優良児審査で三等賞を受けた。道夫は一郎の教育を考え靴みがきを止め印刷所の植字工になった。が、一郎は成長するにつれ障害者である両親をうとんずるようになった。内職の金をごまかされたり秋子の苦難の日はつづく。刑務所を出てきた弘一がミシンを売ってしまう。絶望した秋子は置手紙を残して家出した。しかし後を追いかけてきた道夫の手話による必死のねがいで、秋子は家に帰った。一郎も優しい気持の子供に変っていった。が、生活は相変らず苦しい。ある日、昔、秋子が助けた戦災孤児のアキラが自衛隊員の姿で訪ねてきた。うれしさに秋子は大通りへとび出した。そのとたん秋子はトラックにはねられて死んだ。激しく鳴らした警笛がろう者の秋子には聞こえなかったのだ。一郎は、貧しくとも美しく生きた両親の慈愛をうけて明日への希望めざしてゆく…。




2-9. 無法松の一生

監督 稲垣浩
出演 三船敏郎芥川比呂志高峰秀子
1958年(東宝)

解説
岩下俊作の原作から故伊丹万作と稲垣浩が脚色、「柳生武芸帳 双龍秘劔」の稲垣浩が再び監督する往年の名作の再映画化。撮影は「遥かなる男」の山田一夫が担当した。「柳生武芸帳 双龍秘劔」の三船敏郎、「張込み」の高峰秀子という顔合せに、芥川比呂志、笠智衆、宮口精二、多々良純、有島一郎などが出演。色彩はアグファカラー。

ストーリー
明治三十年の初秋−−九州小倉の古船場に博奕で故郷を追われていた人力車夫の富島松五郎が、昔ながらの“無法松”で舞戻ってきた。芝居小屋の木戸を突かれた腹いせに、同僚の熊吉とマス席でニンニクを炊いたりする暴れん坊も、仲裁の結城親分にはさっぱりわびるという、竹を割ったような意気と侠気をもっていた。日露戦争の勝利に沸きかえっている頃、松五郎は木から落ちて足を痛めた少年を救った。それが縁で、少年の父吉岡大尉の家に出入りするようになった。大尉は松五郎の、豪傑ぶりを知って、彼を可愛がった。酔えば美声で追分を唄う松五郎も、良子夫人の前では赤くなって声も出なかった。大尉は雨天の演習で風邪をひき、それが原因で急死した。残る母子は何かと松五郎を頼りにしていた。松五郎は引込み勝ちな敏雄と一緒に運動会に出たり、鯉のぼりをあげたりして、なにかと彼を励げました。そんなことが天涯孤独な松五郎に、生甲斐を感じさせた。世の中が明治から大正に変って、敏雄は小倉中学の四年になった。すっかり成長した敏雄は、他校の生徒と喧嘩をして母をハラハラさせ、松五郎を喜ばせた。高校に入るため敏雄は小倉を去った。松五郎は愛するものを奪われて、めっきり年をとり酒に親しむようになった。酔眼にうつる影は良子夫人の面影であった。大正六年の祇園祭の日、敏雄は夏休みを利用して、本場の祇園太鼓をききたいという先生を連れて小倉に帰って来た。松五郎は自からバチを取った。彼の老いたる血は撥と共に躍った。離れ行く敏雄への愛着、良子夫人への思慕、複雑な想いをこめて打つ太鼓の音は、聞く人々の心をうった。数日後、松五郎は飄然と吉岡家を訪れた。物言わぬ松五郎のまなこには、涙があふれていた。それ以来、松五郎は夫人の前から姿を消してしまった。雪の降る日、かつて敏雄を連れて通った小学校の校庭に、かすかな笑みをうかべた松五郎が倒れていた。残された柳行李の中には、吉岡家からもらった数々のご祝儀の品々が手をつけられずにあった。その奥底には敏雄と夫人宛の貯金通帳もしまわれていた。良子夫人は泣きくずれるのだった。




2-10. 煙突の見える場所

監督 五所平之助
出演 上原謙田中絹代芥川比呂志
1953年(新東宝)

解説
「文学界」に掲載された椎名麟三の「無邪気な人々」を「二人の瞳」の小国英雄が脚色し、「朝の波紋」の五所平之助が監督した。「春の囁き」の三浦光雄、「吹けよ春風」の芥川也寸志がそれぞれ撮影、音楽に当っている。「夫婦」の上原謙、「秘密(1952)」の田中絹代、「女といふ城 夕子の巻」の高峰秀子、「ひめゆりの塔(1953)」の関千恵子を中心に田中春男、花井蘭子、浦辺粂子、坂本武などが助演する他、文学座の芥川比呂志が参加している。

ストーリー
東京北千住のおばけ煙突−−それは見る場所によって一本にも二本にも、又三本四本にもみえる。界隈に暮す無邪気な人々をたえずびっくりさせ、そして親まれた。……足袋問屋に勤める緒方隆吉は、両隣で競いあう祈祷の太鼓とラジオ屋の雑音ぐらいにしか悩みの種をもたぬ平凡な中年男だが、戦災で行方不明の前夫をもつ妻弘子には、どこか狐独な影があった。だから彼女が競輪場の両替えでそっと貯金していることを知ったりすると、それが夫を喜ばせるためとは判っても、隆吉はどうも裏切られたような気持になる。−−緒方家二階の下宿人、ひとのいい税務署官吏の久保健三は、隣室にこれまた下宿する街頭放送所の女アナウンサー東仙子がすきなのだが、相手の気持がわからない。彼女は残酷なくらい冷静なのである。−−と、こんな一家の縁側に或る日、捨子があった。添えられた手紙によれば弘子の前夫塚原のしわざである。戦災前後のごたごたから弘子はまだ塚原の籍をぬけていない。二重結婚の咎めを怖れた隆吉は届出ることもできず、徒らにイライラし、弘子を責めつけた。泣きわめく赤ん坊が憎くてたまらない。夜も眼れぬ二階と階下のイライラが高じ、とうとう弘子が家出したり引戻したりの大騒ぎになった。騒ぎがきっかけで赤ん坊は重病に罹る。あわてて看病をはじめた夫婦は、病勢の一進一退につれて、いつか本気で心配し安堵しするようになった。健三の尽力で赤ん坊は塚原の今は別れた後妻、勝子の子であることがわかり、当の勝子が引取りに現われた時には、夫婦もろともどうしても赤ん坊を渡したくないと頑張る仕末である。彼らはすつかり和解していた。赤ん坊騒ぎにまきこまれて、冷静一方の仙子の顔にもどこか女らしさが仄めき、健三はたのしかった。……おばけ煙突は相もかわらず、この人達をおかしげに見下している。




2-11. 恍惚の人

監督 豊田四郎
出演 森繁久彌小野松江田村高廣
1973年(東宝)

解説
息子も孫も顔をしかめてそっぽを向くボケた八十四歳の老人との温かい心のふれ合いを日常茶飯事の中でとらえる。原作は有吉佐和子の同名小説。脚本は松山善三、監督は「地獄門」の豊田四郎、撮影は「喜劇 泥棒大家族 天下を取る」の岡崎宏三。

ストーリー
立花家は、84歳の茂造、その息子夫婦の信利と昭子、子供の敏が同居していた。茂造は老妻が死んで以来、ますます老衰が激しくなり、他家へ嫁がせた自分の娘の京子の顔さえ見忘れていた。それどころか、息子の信利の顔も忘れ、暴漢と錯覚して騒ぎ出す始末。突然家をとび出したり、夜中に何度も昭子を起こしたりする日が何日か続いた。昭子は彼女が務めている法律事務所の藤枝弁護士に相談するが、茂造の場合は、老人性うつ病といって老人の精神病で、茂造を隔離するには精神病院しかないと教えられた。昭子に絶望感がひろがった。ある雨の日、道端で向い側の塀の中からのぞいている泰山木の花の白さに見入っている茂造を見た昭子は胸を衝かれた。茂造には美醜の感覚は失われていない、と昭子は思った。その夜、昭子がちょっと眼を離している間に茂造が湯船の中で溺れかかり、急性肺炎を起した。だが、奇跡的にも回復、昭子の心にわだかまっていた“過失”という文字が完全に拭いとられた。そして、今日からは生かせるだけ生かしてやろう……それは自分がやることだ、と堅い決意をするのだった。病み抜けた茂造の老化は著しくなった。そんな時、学生結婚の山岸とエミが離れに引っ越してきた。茂造は今では昭子の名さえ忘れ“モシモシ”と呼びかけるが、何故かエミにはひどくなつき、エミも色々と茂造の世話をしてくれるようになった。しかし、茂造の奇怪な行動は止まなかった。便所に閉じ篭ってしまったこと、畳一面に排泄物をこすりつけたこと……。ある日、昭子が買い物で留守中、雨合羽の集金人に驚いた茂造は恐怖のあまり、弾けるように外へ飛び出した。血相を変えて茂造を捜す昭子の胸に、迷子になり母の姿をみつけた少年のような茂造がとび込んできた。それから二日後、木の葉の散るように茂造は死んだ。「家が臭い」と無遠慮に言う京子に、敏は「臭いから良いんだ。お爺ちゃんがいるようで」と反論する。昭子は茂造を思い、小鳥に「もしもし」と語りかける。そしてその頬には一粒の涙がこぼれ落ちるのだった。




2-12. 裸の島

監督 新藤兼人
出演 乙羽信子殿山泰司田中伸二
1960年

解説
瀬戸内海の孤島に往む夫婦と子供たちの自然との戦いを記録したもので、「第五福竜丸」に続いて新藤兼人が自らの脚本を監督したセリフなしの映画。撮影は「らくがき黒板」の黒田清巳。十三人のスタッフで作られた。

ストーリー
瀬戸内海の一孤島。周囲約五〇〇メートル。この島に中年の夫婦と二人の子供が生活している。孤島の土地はやせているが、夫婦の県命な努力で、なぎさから頂上まで耕されている。春は麦をとり、夏はさつま芋をとって暮す生活である。島には水がない。畑へやる水も飲む水も、遥るかにみえる大きな島からテンマ船でタゴに入れて運ぶのだ。夫婦の仕事の大半は、この水を運ぶ労力に費いやされた。子供は上が太郎、下が次郎、太郎は小学校の二年生で、大きな島まで通っている。ある日、子供たちが一匹の大き鯛を釣りあげた。夫婦は子供を連れて、遠く離れた町へ巡航船に乗っていく。鯛を金にかえて日用品を買うのだ。暑い日の午後、突然太郎が発病した。孤島へ医者が駈けつけた時、太郎はもう死んでいた。葬式が終り、夫婦はいつもと同じように水を運ぶ。突然、妻は狂乱して作物を抜き始める。訴えかけようのない胸のあたりを大地へたたきつけるのだ。夫は、それをだまってただ見つめている。泣いても叫んでも、この土の上に生きてゆかねばならないのだ。灼けつく大地へへばりついたような二人の人間は、今日もまた、明日もまた、自然とはげしくたたかっていくのである。




2-13. キューポラのある街

監督 浦山桐郎
出演 東野英治郎吉永小百合市川好朗
1962年(日活)

解説
早船ちよの原作を「豚と軍艦」の今村昌平と、その門下にあった浦山桐郎が共同で脚色、監督した社会ドラマ。撮影は「ずらり俺たちゃ用心棒」の姫田真佐久。

ストーリー
鋳物の町として有名な埼玉県川口市。銑鉄溶解炉キューポラやこしきが林立するこの町は、昔から鉄と火と汗に汚れた鋳物職人の町である。石黒辰五郎も、昔怪我をした足をひきずりながらも、職人気質一途にこしきを守って来た炭たきである。この辰五郎のつとめている松永工場には五、六人の職工しかおらず、それも今年二十歳の塚本克巳を除いては中老の職工ばかり、それだけにこの工場が丸三という大工場に買収され、そのためクビになった辰五郎ほかの職工は翌日から路頭に迷うより仕方なかった。辰五郎の家は妻トミ、長女ジュン、長男タカユキ、次男テツハルの五人家族。路地裏の長屋に住んでいた。辰五郎がクビになった夜、トミはとある小病院の一室で男児を生んだが辰五郎はやけ酒を飲み歩いて病院へは顔も出さなかった。その後、退職の涙金も出ず辰五郎の家は苦しくなった。そしてささいなことでタカユキが家をとびだすような大さわぎがおこった。タカユキはサンキチのところへ逃げ込んだ。サンキチの父親が朝鮮人だというので辰五郎はタカユキがサンキチとつきあうのを喜ばなかった。そのうえ克巳が辰五郎の退職金のことでかけあって来ると、「職人がアカの世話になっちゃあ」といって皆を唖然とさせた。しかしタカユキが鳩のヒナのことで開田組のチンピラにインネンをつけられたことを知ったジュンは、敢然とチンピラの本拠へ乗り込んでタカユキを救った。貧しいながらこの姉弟の心のなかには暖かしい未来の灯があかあかとともっていた。やっとジュンの親友ノブコの父の会社に仕事がみつかった辰五郎も、新しい技術についてゆけずやめてしまいジュンを悲しませた。街をさまよったジュンは、トミが町角の飲み屋で男たちと嬌声をあげるのを見てしまった。不良の級友リスにバーにつれていかれ睡眠薬をのまされてしまったジュンは、危機一髪のところで克巳が誘導した刑事に助けられた。学校に行かなくなったジュンを野田先生の温情がつれもどした。やがて石黒家にも春がめぐって来た。克巳の会社が大拡張され、克巳の世話で辰五郎もその工場に行くこととなった。ジュンも昼間働きながら夜間高校に行くようになった。克巳もこの一家の喜びがわがことのように思えてならなかった。石黒家は久し振りの笑い声でいっぱいだった。




2-14. おとうと

監督 市川崑
出演 岸惠子川口浩田中絹代森雅之仲谷昇
1960年 (大映) 97分

解説
幸田文の原作を、 「キクとイサム」 の水木洋子が脚色し、 「ぼんち」 の市川崑が監督した、若い姉弟の物語。撮影は 「切られ与三郎」 の宮川一夫。この作品では時代の雰囲気を出すために彩度を落としコントラストを残す現像方法 「銀残し」 が生み出された。

ストーリー
げんと碧郎は三つちがいの姉弟である。父親は作家で、母親は二度目であり、その上手足のきかない病で殆ど寝たきりだった。経済状態も思わしくなく、家庭は暗かった。碧郎が警察へあげられた。友だちと二、三人で本屋で万引したのが知れたのだ。しばらくたったある日、げんは鳥打帽の男に呼びとめられた。男は警察の者だと名のり、碧郎や家のことを聞いた。男は毎日のようにつけ始めた。そんなげんを碧郎は「親がちょっと名の知られた作家でよ、弟が不良で、お母さんが継母で、自分は美人でもなくて、偏屈でこちんとしている娘だとくりゃ、たらされる資格は十分じゃないか」というのだった。転校してからも碧郎の不良ぶりははげしかった。乗馬にこりだし、土手からふみはずして馬の足を折ってしまった。碧郎はその夜童貞をどこかへ捨てた。二年たった。十七になった碧郎に思わぬ不幸が訪れた。結核にやられたのである。湘南の療養所へ転地し、げんが附きそった。死が近づいてくるのを知った碧郎は、げんに高島田を結うよう頼んだ。「姉さんはもう少し優しい顔する方がいいな」といいながらも、げんの高島田を見て碧郎はうれしそうだった。父が見舞いに来た時は、治ってから二人で行く釣の話に夢中だし、足をひきずってきた母には、今までになく優しかった。夜の十二時に一緒にお茶を飲もうと約束して寝たげんは、夜中に手と手をつないだリボンがかすかに引かれるのを感じて目を覚ました。医者が来た。父や母も飛んできた。「姉さんいるかい」それが碧郎の最後の言葉だった。風のある晴れた寒い夜だった。




2-15. にごりえ

監督 今井正
出演 三津田健田村秋子久門祐夫
1953年(松竹)

解説
文学座、新世紀映画社の共同製作になる樋口一葉の小説のオムニバス映画で、「ひめゆりの塔(1953)」の今井正監督作品。脚本は「あにいもうと(1953)」の水木洋子と「愛人」の井手俊郎が共同で書いている。撮影は今井正とコンビをなす中尾駿一郎(ひろしま)、音楽は「赤線基地」の団伊玖磨である。出演者は「東京物語」の杉村春子、長岡輝子、中村伸郎、「雁(1953)」の芥川比呂志、「幸福さん」の田村秋子、丹阿弥谷津子、三津田健など文学座の面々のほかに、「地の果てまで」の久我美子、「花の生涯」の淡島千景、「蟹工船」の山村聡が出演している。

ストーリー
〔第一話 十三夜〕何もわからぬ娘のまま奏任官原田勇の許に嫁いでいったおせきは、一子太郎を家に残して仲秋の名月の晩実家に帰ってきた。母もよは同情するが、父主計は娘の言い分をなだめ追返す。帰途、おせきが乗った人力車夫は、幼馴染みのおちぶれた録之助であった。二人は今の自分の身を振りかえり幼き日の恋心を打ち明けることもなく、東と南に別れた。 〔第二話 大つごもり〕資産家山村嘉兵衛の不人情な主婦あやの家に下女奉公している気だてのいいみねは、大恩ある伯父安兵衛に大晦日までに前借りを頼まれ、あやに頼むが断られた。止むなくせっぱつまった晦日に二円盗んだ。しかし、幸か不幸か当家の放蕩息子石之助が親の留守に金を盗み出したため、みねに疑いはかからなかった。 〔第三話 にごりえ〕本郷丸山下の新開地、小料理屋「菊之井」の酌婦お力は、今の苦界から逃れようともがいていた。お力の色香に迷い、落ちぶれ果てたもと蒲団屋の源七は今尚お力を忘れかね、「菊之井」の店の前に佇むが、お力は会おうともしなかった。彼女は気前の良い客結城朝之助に憧れるが、心の隅では源七を満更思いきれなかった。内職をして細々一家を支えている源七の妻お初は、お力に嫉妬して罵り、源七に離縁されてしまった。お盆も幾日かすぎた日、袈裟がげに斬られたお力と、割腹した源七の無惨な姿が近くの草叢に見出された。




2-16. 風の中の子供

監督 山本嘉次郎
出演 笠智衆英百合子加藤和夫
1957年(東宝)

解説
昭和十一年六月から朝日新聞に連載された坪田譲治の同名小説の映画化。「 「動物園物語」より 象」の山本嘉次郎が脚色、監督、「夜の鴎」の芦田勇が撮影した。主演は「あすなろ物語」の久保賢(久保明の弟)とNHK連続ドラマ「コロの物語」のセットで発見したという小柳徹の二人で、これが主人公の善太と三平を演ずる。これを助けて「眠狂四郎無頼控 第二話 円月殺法」の津島恵子、それに笠智衆、英百合子、森川信などのベテランが助演する。

ストーリー
瀬戸内海の小島−−その丘の上に善太と三平の家と牧場がある。二人は仲良しの兄弟で、牧場の手伝をしてよく働いた。ある日二人は、見知らぬ老人に馬に乗せてもらった。家に帰ってお母さんにそのことを話したが、何故か母の表情は暗かった。この人は実は二人の祖父の小野老人であった。十年前、小野老人は母の久子を自分の小野合資会社の老会重役と結婚させようとしたが、久子は嫌って青山一郎氏と結婚してしまった。それ以来小野家を勘当されたのである。二人は母から老人に会ってはいけないといわれ、次の日には馬にのらなかった。小野老人はなにか寂しげであった。そのかわりに三平は河原にあった牛にのったが、振り落されて気絶してしまった。このことがきっかけで、小野老人は久子をゆるして、善太や三平たちは家に遊びに来るようになった。しかしここに不幸なことが起った。老会は三平たちの父に自分の地位をとられるのをおそれ、青山氏が昔兄の俊一氏から会社の金を借りたのをたてに、借金の請求をしてきた。ところがこの金を返さなくてもよいという、俊一氏の手紙を青山氏は失くしてしまった。法律にうとい小野老人は、みごとに老会の策にひっかかり事情をしらずに烈火の如く怒ってしまった。青山氏は警察につれていかれた。父親のいない善太と三平は父に代って、朝早くから車をひいて牛乳を配ってあるくことになった。




2-17. 乳母車

監督 田坂具隆
出演 宇野重吉山根寿子芦川いづみ新珠三千代石原裕次郎
1956年(日活)

解説
愛情と生活のトラブルを若い人たちのモラルで築きあげようとする物語。石坂洋次郎の同名小説を「殉愛」の沢村勉が脚色、「女中ッ子」以来の田坂具隆が監督、「太陽の季節」の伊佐山三郎が撮影を担当する。出演者は「泣け、日本国民 最後の戦闘機」の芦川いづみ、「狂った果実(1956)」の石原裕次郎、「病妻物語 あやに愛しき」の宇野重吉、「愛は降る星のかなたに」の山根寿子、「洲崎パラダイス 赤信号」の新珠三千代。その他杉幸彦、青山恭二、中原早苗、中原啓七、織田政雄など。

ストーリー
ゆみ子は父に愛人のいることを友人から聞かされて愕然。翌日、その愛人の家を訪ねた。とも子は留守だったが、そこで弟の宗雄に会い、父ととも子が互いに愛し合って現在の関係になったことを知る。間もなく帰って来たとも子。宗雄は寝ていた赤ん坊を乳母車に乗せて散歩へ。ゆみ子と向い合ったとも子は「お母さまやあなたを愛していらっしゃるお父さまが好きだったんです。お父さまが家庭を壊すような方だったら、お父さまを好きになれなかったかもしれません」と述懐。とも子の家を出たゆみ子は寺の境内で昼寝している宗雄のスキをうかがい不敵にも乳母車をさらってしまう。その夜、ゆみ子は宗雄宛に「まりちゃんと私は血を分けあった姉妹であることをはっきり感じて、私は一生この子の味方になろうと、そのとき決心したのです」と謝り状を書いた。夏休み、まり子の帽子を作りゆみ子はとも子の家へ。だが玄関に父の靴。帰り途、宗雄に会ったゆみ子は二人でまり子の味方になってやろうと約束。宗雄はまり子のことを次郎に話しに行くがとも子との睦まじい姿を見て黙って引き返す。母たま子は、ゆみ子まで父の肩をもち、二号の家へ通っているのを知って、遂に実家へ帰る。これを知ったとも子は次郎に二人の関係を解消しようと申出で、仕事を見つけて新生活へ。しかし、まり子は……。ゆみ子と宗雄は、まり子を幸福にしてやるため次郎、たま子、とも子の三人を合せ、話し合いをさせることを企てる。しかし意外なところで三人が顔を合せたものの何ら解決を見せず、結局、とも子が会社に行っている間は、まり子を乳児院へ預けることになる。夏休みの終りの日、ゆみ子は宗雄と乳児院へ。そして散歩に出た途中、「赤ちゃんコンクール」の立看板を見て、急に応募。薄幸なまり子の両親になって審査にのぞむ。見事三等入選。報告をすませた二人は家路へ。「果して父や、母は来てくれるだろうか、大人の気持は複雑だから判らない。僕たちがあんなにいっても、まり子の問題は結局どうにもならなかったんだからね。でも、いいさ。まり子には僕たちがついているよ。」乳母車を押しながら二人は誓い合った。




2-18. 雨月物語

監督 溝口健二
出演 京マチ子水戸光子田中絹代
1953年(大映)

解説
上田秋成の「雨月物語」九話のうち「蛇性の婬」「浅茅が宿」の二つを採って自由にアレンジした川口松太郎の小説(オール読物)を原型として、川口松太郎、依田義賢が共同脚色した。製作の永田雅一、企画の辻久一、共に「大仏開眼」のトップ・スタッフ。監督、撮影は「お遊さま」以来のコムビ溝口健二と宮川一夫である。早坂文雄、伊藤熹朔がそれぞれ音楽・美術面の総監督にあたり、風俗考証を甲斐荘楠音、舞及び謡曲の指導を観世流の小寺金七がする。キャストは「大仏開眼」の京マチ子、水戸光子、「煙突の見える場所」の田中絹代、「妖精は花の匂いがする」の森雅之などの他俳優座の小沢栄、青山杉作が出演する。

ストーリー
大正十一年春。−−琵琶湖周辺に荒れくるう羽柴、柴田間の戦火をぬって、北近江の陶工源十郎はつくりためた焼物を捌きに旅に上った。従う眷族のうち妻宮木と子の源市は戦火を怖れて引返し、義弟の藤兵衛はその女房阿浜をすてて通りかかった羽柴勢にまぎれ入った。彼は侍分への出世を夢みていたのである。合戦間近の大溝城下で、源十郎はその陶器を数多注文した上臈風の美女にひかれる。彼女は朽木屋敷の若狭と名乗った。注文品を携えて屋敷を訪れた彼は、若狭と付添の老女から思いがけぬ饗応をうける。若狭のふと示す情熱。−−もう彼はこの屋敷からのがれられなかった。一方、戦場のどさくさまぎれに兜首を拾った藤兵衛は、馬と家来持ちの侍に立身する。しかし街道の遊女宿で白首姿におちぶれた阿浜とめぐりあい、涙ながらに痛罵される。日夜の悦楽から暫時足をぬいて町に出た源十郎は、一人の老僧に面ての死相を指摘される。屋敷に戻った源十郎は若狭たちに別れを切り出す。怒りの中引き留めようとする若狭たちだが、彼に触れることが出来ない。源十郎の背中には呪符がかかれていたためであった。翌朝源十郎は廃墟の中で目覚める。若狭たちは織田信長に滅された朽木一族の死霊だったのである。−−源十郎はとぼとぼと妻子のまつ郷里へ歩をかえした。戦禍に荒れはてた北近江の村。かたぶいた草屋根の下に、彼は久方ぶりでやせおとろえた宮木と向いあう。しかし一夜が明けて、彼女も幻と消えうせた。宮木は源十郎と訣別後、落ち武者の槍に刺され、すでにこの世を去っていたのである。−−源十郎は爾後の半生、宮木を弔いつつ陶器つくりに精進した。その傍らには、立身の夢破れて帰村した義弟、藤兵衛と阿浜の姿もあった。




2-19. 異人たちとの夏

監督 大林宣彦
出演 風間杜夫秋吉久美子片岡鶴太郎
1988年(松竹)

解説
中年のシナリオ・ライターが、幼い頃死んだはずの両親と再会する不思議な体験を描く。山田太一原作の同名小説の映画化で、市川森一が脚色。監督は「日本殉情伝 おかしなふたり ものくるほしきひとびとの群」の大林宣彦、撮影は「PARIS-DAKAR 15 000 栄光への挑戦」の阪本善尚がそれぞれ担当。

ストーリー
原田英雄(風間杜夫)は40歳のシナリオ・ライター。妻子と別れ、今はマンションに一人暮らしをしていた。ある日、原田は幼い頃に住んでいた浅草に出かけ、偶然、死んだはずの両親に会ってしまう。二人は原田が12歳の時に交通事故で死亡したが、なぜかその時の年齢のまま、浅草に住んでいた。原田は懐かしさのあまり、浅草の両親の家へたびたび通うようになる。一方で、原田は同じマンションに住む桂(名取裕子)という女性と、愛し合うようになっていた。彼女は、もう両親には会うなという。異人(幽霊)と近づくと、それだけ自分の体は衰弱し、死に近づくのだ。原田はようやく両親と別れる決心をし、浅草にあるすき焼き屋で親子水いらず別れの宴を開いた。暖かい両親の愛情に接し、原田が涙ながらに別れを告げると、二人の姿は消えていった。しかし、原田の衰弱は止まらない。実は、桂も異人だったのだ。男にふられ原田にもすげなくされた桂は、ずっと以前に自殺していたのだった。愛と憎しみに狂った異人は原田に迫ったが、友人・間宮の機転で原田は助けられた。その後、体調の回復した原田は両親のもとに花と線香を手向け、静かな夏の日の不思議な体験を回想するのだった。




2-20. 誰も知らない

監督 是枝裕和
出演 柳楽優弥北浦愛木村飛影
2004年(シネカノン)

解説
「ディスタンス」の是枝裕和監督が、実話をもとに描く人間ドラマ。東京を舞台に、母親に捨てられ社会と隔絶された4人の子供たちの希望と絶望を繊細に映しだす。

ストーリー
秋。2DKのアパートに、母親のけい子と、12歳の明を筆頭に京子、茂、ゆきの4人の兄妹が引っ越して来た。子供たちは、それぞれに父親が違い、学校にも通ったことがなかった。ある日、けい子が20万円の現金と明に「妹弟たちを頼む」とのメモを残して姿を消した。それから1カ月、4人での生活を続けていた子供たちの前に、ふいにけい子が戻って来る。「どこへ行っていたのか」と尋ねる明に、「仕事で大阪へ行っていた」と嘯くけい子。そして再び、彼女は「クリスマスに戻る」と言って部屋を出て行った。しかしそれ以後、約束のクリスマスやお正月が過ぎても、けい子は帰って来なかった。母親に捨てられた。そう気づいた明は、妹たちにそれを悟られないよう生活を続けていこうとするが、やがて金も底を尽き、電気や水道も止められてしまっては、やりきれなさから妹弟たちに辛くあたることもあった。そんな中、ゆきが椅子から転落して死んだ。公園で知り合った不登校の少女・紗希の力を借りて、ゆきといつか飛行機を見に行こうと約束していた羽田へ向かった明は、そこに彼女の遺体を埋葬すると、アパートへと戻り、遺された妹弟たちとの生活を再開する。




2-21. 父と暮らせば

監督 黒木和雄
出演 宮沢りえ原田芳雄浅野忠信
2004年(パル企画)

解説
「美しい夏キリシマ」の名匠・黒木和雄が井上ひさしの同名戯曲を映画化。原爆投下によって死別した親子の4日間の再会を通して、生命の尊さを問いかける。

ストーリー
1948年夏、広島。原爆によって目の前で父・竹造を亡くした美津江は、自分だけが生き残ったことに負い目を感じ、幸せになることを拒絶しながら生きている。そんな彼女の前に、竹造が幽霊となって現れた。実は、美津江が青年・木下に秘かな想いを寄せていることを知る竹造は、ふたりの恋を成就させるべく、あの手この手を使って娘の心を開かせようとするのだが、彼女は頑なにそれを拒み続けるのだった。しかし、やがて美津江は知るのである。瓦礫の下から助け出そうとする自分を、なんとしても逃がそうとした父の想いを。自分の分まで生きて、広島であったことを後世に伝えて欲しいという父の切なる願いを。こうして、美津江は生きる希望を取り戻し、それを見届けた竹造は再びあの世へと帰って行くのだった。




2-22. 人間の条件 第一部 純愛編

監督 小林正樹
出演 仲代達矢新珠三千代小林トシ子
1959年(松竹)

解説
空前のベストセラーとなった五味川純平の同名小説の映画化。今回はその第二部まで。「有楽町0番地」の共同執筆者・松山善三と小林正樹が脚色、「黒い河」の小林正樹が久方ぶりに監督した。撮影は「裸の太陽」(東映)の宮島義勇。「裸の太陽」の仲代達矢、「鰯雲」の新珠三千代をはじめ、佐田啓二・有馬稲子・淡島千景・南原伸二・山村聡らの多彩なキャスト。

ストーリー
昭和十八年の満州、梶と美千子の夫婦をのせたトラックは老虎嶺鉱山に向けて走っていた。満鉄調査部勤務の時に知合い結ばれた二人は、友人影山の勧めで労務管理の職につく梶の任地に行くのだ。戦争に疑いをもち、妻を愛する梶が、召集免除を条件に自ら選んだ職場が、そこに彼を待っているはずだった。しかし、現地人の工人達を使って苛酷な仕事を強いる鉱山の労働条件は、極度に悪かった。現場監督岡崎一味の不正に対抗し、同僚沖島や部下の現地事務員陳の助けをえて、梶の苦闘がつづく。折から上部より二割緊急増産の指令とともに、北支から六百名の捕虜が特殊工人として送りこまれてきた。半死状態の捕虜たちは電流を通じた鉄条網の中に入れられ、労働意欲をかりたてるためと称して娼婦をあてがわれた。工人の高と、娼婦楊春蘭の愛が芽ばえたのは、そんな条件の中でだった。一方、朝鮮人の張命賛は、娼婦の金東福を使って、工人を脱走させる仕事で甘い汁を吸っていた。真面目な陳を金東福の色じかけで手中に入れ、弱点を握って鉄条網の電流を一定時間とめさせるのだ。牟田や古屋が日本人側からこれに加担していた。特殊工人と話し合って、現状での最善の状態を作ろうと努力し、梶は二割増産を達成させた。しかし、楽しみにしていた美千子との休暇は、張一味による脱走事件の発生で中止となった。張一味と結んだ古屋は、梶をねたんで再度の工人脱走を企てた。だが、陳は良心の苛責から、三千三百ボルトの電流の通じる鉄条網に自ら身を投じて死んだ。現場監督岡崎の非人間的な態度は、特殊工人の反感を買い、ある時、高をはじめとする七人の抗議事件をひきおこした。憲兵軍曹渡合の手で、七人は日本刀による斬首の刑に処されることになった。一人、二人と残虐な処刑が進行するうちに、それを見る梶の心理は激しく動いた。特殊工人たちの喚声の中で、遂に梶は「やめてくれ!」と声をあげて叫んだ。処刑は中止された。しかし、そのあとには、軍部に反抗を企てた梶に対する、恐るべき憲兵隊のリンチが待っていた。そして、半死半生で釈放された彼につきつけられたのは、現職免除の命令と、臨時召集令状だった。




2-23. 人間の条件 第二部 激怒編

監督 小林正樹
出演 仲代達矢新珠三千代小林トシ子
1959年(松竹)

解説
空前のベストセラーとなった五味川純平の同名小説の映画化。今回はその第二部まで。「有楽町0番地」の共同執筆者・松山善三と小林正樹が脚色、「黒い河」の小林正樹が久方ぶりに監督した。撮影は「裸の太陽」(東映)の宮島義勇。「裸の太陽」の仲代達矢、「鰯雲」の新珠三千代をはじめ、佐田啓二・有馬稲子・淡島千景・南原伸二・山村聡らの多彩なキャスト。

ストーリー
昭和十八年の満州、梶と美千子の夫婦をのせたトラックは老虎嶺鉱山に向けて走っていた。満鉄調査部勤務の時に知合い結ばれた二人は、友人影山の勧めで労務管理の職につく梶の任地に行くのだ。戦争に疑いをもち、妻を愛する梶が、召集免除を条件に自ら選んだ職場が、そこに彼を待っているはずだった。しかし、現地人の工人達を使って苛酷な仕事を強いる鉱山の労働条件は、極度に悪かった。現場監督岡崎一味の不正に対抗し、同僚沖島や部下の現地事務員陳の助けをえて、梶の苦闘がつづく。折から上部より二割緊急増産の指令とともに、北支から六百名の捕虜が特殊工人として送りこまれてきた。半死状態の捕虜たちは電流を通じた鉄条網の中に入れられ、労働意欲をかりたてるためと称して娼婦をあてがわれた。工人の高と、娼婦楊春蘭の愛が芽ばえたのは、そんな条件の中でだった。一方、朝鮮人の張命賛は、娼婦の金東福を使って、工人を脱走させる仕事で甘い汁を吸っていた。真面目な陳を金東福の色じかけで手中に入れ、弱点を握って鉄条網の電流を一定時間とめさせるのだ。牟田や古屋が日本人側からこれに加担していた。特殊工人と話し合って、現状での最善の状態を作ろうと努力し、梶は二割増産を達成させた。しかし、楽しみにしていた美千子との休暇は、張一味による脱走事件の発生で中止となった。張一味と結んだ古屋は、梶をねたんで再度の工人脱走を企てた。だが、陳は良心の苛責から、三千三百ボルトの電流の通じる鉄条網に自ら身を投じて死んだ。現場監督岡崎の非人間的な態度は、特殊工人の反感を買い、ある時、高をはじめとする七人の抗議事件をひきおこした。憲兵軍曹渡合の手で、七人は日本刀による斬首の刑に処されることになった。一人、二人と残虐な処刑が進行するうちに、それを見る梶の心理は激しく動いた。特殊工人たちの喚声の中で、遂に梶は「やめてくれ!」と声をあげて叫んだ。処刑は中止された。しかし、そのあとには、軍部に反抗を企てた梶に対する、恐るべき憲兵隊のリンチが待っていた。そして、半死半生で釈放された彼につきつけられたのは、現職免除の命令と、臨時召集令状だった。




2-24. 人間の条件 第三部 望郷篇

監督 小林正樹
出演 仲代達矢新珠三千代佐田啓二
1959年(松竹)

解説
第一部・第二部に続く五味川純平の同名小説の映画化。軍隊における主人公・梶の行動を描く。脚色・松山善三、小林正樹、監督・小林正樹、撮影・宮島義勇といずれも前編と同じスタッフ。

ストーリー
◇第三部−−厳寒の北満。関東軍の一部隊では、梶たち初年兵が連日厳しい訓練を受けていた。板内と吉田の上等兵は、なにかというと初年兵を殴った。美千子から、中隊長に、特殊工人斬首事件での梶の無罪を訴える手紙が来た。が、かえってそれは梶を不利な立場に追いこんだ。新城一等兵もにらまれていた。彼の兄が思想犯であったからだ。梶と新城は親しくなった。美千子が、老虎嶺から三十キロの道をやって来た。その夜、美千子は消燈ラッパを梶の胸の中で聞いた。行軍が行われ、梶の属する第三班からは、小原と佐々の二人の落伍者を出した。小原は、女郎の客引の真似を吉田から強制され、その後便所の中で自らの命を絶った。部隊は、ソ満国境に近い湿地帯に移動した。新城は板内と夜間動哨に出、板内が満人を射殺したため、新城は営倉入りを命ぜられた。その時、野火が起った。この騒ぎを見て、新城は脱走した。吉田がその後を追った。これを見てさらに梶が追った。梶と吉田は組み合い、二人は泥水の中にはまりこんだ。梶の耳には、戦友の呼ぶ声がかすかに聞えた−−。




2-25. 人間の条件 第四部 戦雲篇

監督 小林正樹
出演 仲代達矢新珠三千代佐田啓二
1959年(松竹)

解説
第一部・第二部に続く五味川純平の同名小説の映画化。軍隊における主人公・梶の行動を描く。脚色・松山善三、小林正樹、監督・小林正樹、撮影・宮島義勇といずれも前編と同じスタッフ。

ストーリー
梶が意識を取り戻したところは病院だった。吉田は病院に運ばれてから死んだ。やがて梶は、ソ連の山々を前方にひかえる国境線の青雲台地へ行った。そこで、梶は影山に再会した。彼は少尉に進級していた。梶は上等兵になった。彼が受持った初年兵の中には、二十歳そこそこの寺田二等兵がい、軍人の家庭で育った寺田は梶の言動に反抗した。梶はあい変らず古兵といざこざを演じ、これを心配した影山の計いで、土肥作業中隊に配属された。間もなく、青葉陣地は玉砕し、影山は戦死した。梶は前線に戻った。終日、台地に戦車壕を掘った。ソ連軍の戦車群が近づいた。迫る戦車に、梶は半身をのばして寺田を自分の穴にひきずりこんだ。一瞬、その背にキャタピラが地響いて通りすぎた。やがて、死んだ暗闇になった。「生きている者は出て来い、負傷者は助けてやる。答がなければ捨ててゆくぞ」と梶は叫んだ。答はなかった。梶は戦友を求めて暗闇の中へ消えて行った。




2-26. 人間の条件 第五部 死の脱出

監督 小林正樹
出演 仲代達矢新珠三千代内藤武敏
1961年(松竹)

解説
「人間の条件」第五・第六部で、その完結篇。脚色者に稲垣公一が加わったほかは、いずれも前作と同様のスタッフ。

ストーリー
ソ連国境でソ連軍の攻撃を受けた梶の隊は、梶と弘中伍長と寺田二等兵を残して全滅した。三人はただ歩いた。やがて、川に出た。そこには避難民の老師教夫婦や、慰安婦の竜子と梅子、部隊から落伍した匹田一等兵たちがいた。彼らは梶の指揮に従って歩きはじめた。飢えから倒れていく者が多くなった。丘の麓に、永田大尉の率いる一個中隊が休息していた。女連れの梶たちをののしり、食糧すら与えなかった。しかし、かつて野戦病院で一緒だった丹下が隊にいて、乾麺包にありつくことができた。林のはずれに一軒の農家を見つけ、彼らは豚を煮て大休止をした。が、それも束の間、民兵が家を囲み、竜子は悲惨な殺され方をした。生き残った六人はやっと道路に出た。日本人の避難民が行き、赤軍のトラックが通る。倉庫のような建物に三十人ほどの避難民の女がいた。叔父の家から北湖頭の自分の家へ帰る姉弟と一緒になった。一緒に南満へ行こうと勧めたが、どうしても家へ帰るといい、匹田と桐原が送っていった。「あの娘は適当に扱ってやったよ」という桐原を、梶は怒って追い出した。平坦な地平線に開拓集落をみつけた。老人や女ばかりの避難民。日本兵はここにきては食糧を荒していき、女たちには黒パンをもってくるソ連兵の方がよかった。突如、ソ連兵が向ってきた。女の「やめて、ここで戦争をしないで」という叫び声に、梶は呆然として降伏した。梶はソ連陣地に連れられていった。収容所には桐原がいて、捕虜を管理していた。寺田が大豆を盗んだことが発覚して、桐原は寺田をなぐった。寺田は高熱に苦しんだ。梶は寺田のかわりに作業をサボって食糧をあさった。桐原はソ連将校に告口をし梶はサボタージュの罰として重労働を言いわたされた。森林軌道の撤去作業についた。収容所へ帰った梶は、寺田が桐原になぐり殺されたことを知った。その夜、梶は寺田の殺された便所の裏で桐原をなぐり殺した。梶は鉄条網を抜け出した。やがて、雪が降りだした。「美千子、僕は君のところへ帰るよ」とつぶやきながら梶は倒れた。その上に雪が降りしきった。




2-27. 人間の条件 第六部 曠野の彷徨

監督 小林正樹
出演 仲代達矢新珠三千代内藤武敏
1961年(松竹)

解説
「人間の条件」第五・第六部で、その完結篇。脚色者に稲垣公一が加わったほかは、いずれも前作と同様のスタッフ。

ストーリー
ソ連国境でソ連軍の攻撃を受けた梶の隊は、梶と弘中伍長と寺田二等兵を残して全滅した。三人はただ歩いた。やがて、川に出た。そこには避難民の老師教夫婦や、慰安婦の竜子と梅子、部隊から落伍した匹田一等兵たちがいた。彼らは梶の指揮に従って歩きはじめた。飢えから倒れていく者が多くなった。丘の麓に、永田大尉の率いる一個中隊が休息していた。女連れの梶たちをののしり、食糧すら与えなかった。しかし、かつて野戦病院で一緒だった丹下が隊にいて、乾麺包にありつくことができた。林のはずれに一軒の農家を見つけ、彼らは豚を煮て大休止をした。が、それも束の間、民兵が家を囲み、竜子は悲惨な殺され方をした。生き残った六人はやっと道路に出た。日本人の避難民が行き、赤軍のトラックが通る。倉庫のような建物に三十人ほどの避難民の女がいた。叔父の家から北湖頭の自分の家へ帰る姉弟と一緒になった。一緒に南満へ行こうと勧めたが、どうしても家へ帰るといい、匹田と桐原が送っていった。「あの娘は適当に扱ってやったよ」という桐原を、梶は怒って追い出した。平坦な地平線に開拓集落をみつけた。老人や女ばかりの避難民。日本兵はここにきては食糧を荒していき、女たちには黒パンをもってくるソ連兵の方がよかった。突如、ソ連兵が向ってきた。女の「やめて、ここで戦争をしないで」という叫び声に、梶は呆然として降伏した。梶はソ連陣地に連れられていった。収容所には桐原がいて、捕虜を管理していた。寺田が大豆を盗んだことが発覚して、桐原は寺田をなぐった。寺田は高熱に苦しんだ。梶は寺田のかわりに作業をサボって食糧をあさった。桐原はソ連将校に告口をし梶はサボタージュの罰として重労働を言いわたされた。森林軌道の撤去作業についた。収容所へ帰った梶は、寺田が桐原になぐり殺されたことを知った。その夜、梶は寺田の殺された便所の裏で桐原をなぐり殺した。梶は鉄条網を抜け出した。やがて、雪が降りだした。「美千子、僕は君のところへ帰るよ」とつぶやきながら梶は倒れた。その上に雪が降りしきった。




2-28. 狂った果実

監督 中平康
出演 石原裕次郎津川雅彦芦田伸介
1956年(日活)

解説
大人の世界に反抗する若い世代のモラルを描いた「太陽の季節」姉妹篇。原作者石原慎太郎自ら脚色し、「狙われた男」についで中平康が監督、「続ただひとりの人」の峰重義が撮影を担当した。主な出演者は、「太陽の季節」に出演した新人石原裕次郎、「流離の岸」の北原三枝、「続ただひとりの人」の東谷暎子のほか岡田眞澄、藤代鮎子、長門裕之の弟津川雅彦など。原作者石原慎太郎が特別出演する。

ストーリー
滝島夏久の弟春次は、兄に似ぬ華著な四肢を持ち、まだあどけない“坊や”だった。女漁りの巧い夏久に比べて、春次は全然女を知らなかったが、或る日、逗子駅ですれ違った娘の瞳に、何故かドギマギして立ちすくんだ。その日の夕方、友人平沢のサマーハウスで兄弟は友人達とパーティを開く相談を決めた。皆夫々未知の女性を同伴することに決まると、春次は又もや先刻の娘の姿を思い出すのだった。翌々日ウォータースキーのレースで夏久と組んだ春次は、思いがけずも仰向けに泳いでいる例の娘天草恵梨に逢い、彼女を一色海岸まで送った。やがてパーティの当日、春次は洒落たカクテルドレスを着た恵梨を同伴して現われ、夏久達を驚かせた。パーティを抜け出た二人は車を駆って入江に走り、春次は生れて始めての接吻を恵梨に受けその体を固く抱きしめた。一週間後、夏久は横浜のナイトクラブで外国人と踊る恵梨の姿を見た。彼は春次に黙っていることを条件に、彼女と交渉を持つようになる。恵梨は春次の純情さを愛する一方、夏久の強靭な肉体にも惹かれていた。だが、やがて恵梨の心にあった兄弟への愛情の均衡も破れ、彼女は夏久の強制で春次との待ち合せを反古にした。平沢から恵梨と夏久に関する総ての出来事をぶちまけられた春次は、憑かれたようにモーターボートで二人の後を追った。早朝の海の上、春次は夏久と恵梨の乗ったヨットの周囲を乗り廻しながら、無表情に二人を眺めていた。夏久は耐えられなくなり思わず「止めろ、恵梨はお前の物だ」と叫ぶなり彼女を弟めがけて突きとばした。その瞬間舳先を向け直した春次のモーターボートは恵梨の背中を引き裂き、夏久を海中に叩き落してヨットを飛び越えた。白いセールに二人の血しぶきを残したヨットを残して、モーターボートは夏の太陽の下を、海の彼方へと疾走して行った。




2-29. 毎日が夏休み

監督 金子修介
出演 佐野史郎佐伯日菜子高橋ひとみ
1994年(KUZUIエンタープライズ)

解説
登校拒否の娘と会社を辞めた義父、その間でおろおろする母――一家3人の葛藤と自由な生活を爽やかに描くファンタジック・ホーム・コメディ。大島弓子の同名人気コミック(角川書店・刊)を原作に、「卒業旅行 ニホンから来ました」の金子修介が監督・脚本、撮影は柴崎幸三が担当。雑誌モデルから本作が映画デビューとなった新人・佐伯日菜子がヒロインのスギナをみずみずしく演じた。94年度キネマ旬報日本映画ベストテン第10位、同読者選出日本映画ベストテン第7位。

ストーリー
東京郊外の新興住宅地に住む林海寺家は義父・成雪、母・良子、中学2年の娘・スギナの3人家族。母も父も再婚同士の言わばスクラップ家族なのだが、父は一流企業のエリート・サラリーマン、娘は名門女子中学の優等生と近所でも評判。だが、実はスギナはいじめにあって登校拒否、成雪も出社拒否をしていたことが分かり大騒動になる。母の心配をよそに、成雪は娘の教育に目覚め、いつも一緒にいるためにも自宅で「何でも屋・林海寺社」という会社を開業する。掃除や料理の仕方もロクに知らない義父に新鮮さと親近感を覚えるスギナに対し、良子は実父・江島や成雪の前妻・紅子にまでDMを送る成雪の無神経さにショックを受ける。彼女は自分が働こうとクラブのホステスになるが、過労で倒れてしまった。紅子とも知り合い、江島とも再会したスギナは、義父から学校では得られないような素晴らしい個人授業を受け、忙しくも充実した日々を過ごす。一方の成雪も、スギナとの生活や紅子のマンションの火事騒ぎをきっかけにエリート生活の中で失っていた人間らしさを取り戻す。スギナもまた義父から自分が家族にとって必要な人間であることを確信する。母も徐々にだが馴れていっているようだ。そうしてスギナは大人になっていった。義父との、まるで夏休みそのもののような自由と喜びの日々を経て――。




2-30. 利休

監督 勅使河原宏
出演 三國連太郎三田佳子松本幸四郎
1989年(松竹)

解説
織田信長、そして豊臣秀吉に茶頭として仕えた千利休の生涯を描く。野上彌生子原作の小説「秀吉と利休」の映画化で、脚本・監督は「アントニー・ガウディー」の勅使河原宏、共同脚本は赤瀬川原平、撮影は「226」の森田富士郎がそれぞれ担当。

ストーリー
天正10年、利休は茶頭として信長に仕えていたが、6月の本能寺の変で信長は明智光秀に殺された。数年後利休は信長の後継者として力を伸ばしてきた秀吉の茶頭となった。利休は茶の湯を通して全国の武将を魅了し、わびの極致と言われる京都・山崎の待庵など贅の限りを尽くし自分の世界を築いていった。しかし、石田三成が台頭してきてから、秀吉と利休の関係が狂い始めた。まず利休の愛弟子でかつて秀吉の逆鱗に触れて所払いになった宗二が殺された。さらに三成は秀吉に「利休が朝鮮出兵に疑義を抱いている」ともちかけた。利休は茶室で秀吉と顔を合わせたが、朝鮮出兵に口を出したため、ますます秀吉を怒らせてしまった。利休は京を退き、堺屋敷内に閉居するよう命じられた。秀吉の正妻、北政所・ゆらから利休の妻・りきに便りが届き、詫びれば自分からも許しを乞うとあった。しかし、りきからゆらへの便りには丁重な礼の言葉があるだけで、秀吉はさらに腹をたて、利休に切腹を命じたのだった。




2-31. 泥の河

監督 小栗康平
出演 田村高廣藤田弓子朝原靖貴加賀まりこ
1981年

解説
大阪安治川河口を舞台に、河っぷちの食堂に住む少年と、対岸に繋がれた廓舟の姉弟との出会いと別れを描く。第十三回太宰治賞を受賞した宮本輝の同名の小説を映画化したもので、脚本は人気TVシリーズ「金八先生」の重森孝子、監督は浦山桐郎監督に師事し、これが第一回作品となる小栗康平、撮影は「泣く女」の安藤庄平がそれぞれ担当。

ストーリー
朝鮮動乱の新特需を足場に高度経済成長へと向かおうとしていた昭和三十一年。河っぷちの食堂に毎日立ち寄っていた荷車のオッチャンが事故で死んだ。ある朝、食堂の息子、信雄は置き去りにされた荷車から鉄屑を盗もうとしていた少年、喜一に出会った。喜一は、対岸に繋がれているみすぼらしい舟に住んでおり、信雄は銀子という優しい姉にも会った。信雄の父、晋平は、夜、あの舟に行ってはいけないという。しかし、父母は姉弟を夕食に呼んで、暖かくもてなした。楽しみにしていた天神祭りがきた。初めてお金を持って祭りに出た信雄は人込みでそれを落としてしまう。しょげた信雄を楽しませようと喜一は強引に船の家に誘った。泥の河に突きさした竹箒に、宝物の蟹の巣があった。喜一はランプの油に蟹をつけ、火をつけた。蟹は舟べりを逃げた。蟹を追った信雄は窓から喜一の母の姿を見た。裸の男の背が暗がりに動いていた。次の日、喜一の舟は岸を離れた。「きっちゃーん!」と呼びながら追い続けた信雄は、悲しみの感情をはじめて自分の人生に結びつけたのである。船は何十年後かの繁栄と絶望とを象徴するように、ビルの暗い谷間に消えていく。




2-32. 私は二歳

監督 市川崑
出演 鈴木博雄船越英二山本富士子
1962年(大映)

解説
松田道雄著「私は二歳」「私は赤ちゃん」より「破戒(1962)」のコンビ和田夏十が脚色、市川崑が監督した子供の物語。撮影は「鯨神」の小林節雄。

ストーリー
太郎くん(〇歳→二歳)は都内の団地に住むサラリーマン夫婦、小川五郎と千代の一人息子として生まれました。両親は太郎くんを育てるのに毎日毎夜真剣でした。太郎くんが笑ったといっては喜び、蟹のように一歩一歩あるいたといっては歓声をあげ、団地の階段を高いところまで這い上がったといっては仰天する両親なのです。とにかく両親は太郎くんを眼の中へ入れても痛くないほどかわいくて仕方ありません。だが、両親のそんなかわいがり方は、太郎くんにとって嬉しいのかどうか……。案外、その小さな胸中で迷惑がっているかもしれないのです。大人たちに拘束されず、自分の体内に充満している生命の無限性を動作によって発散させたいのかも分らないのです。ある日、太郎くんは転居によって新しい家族に祖母をくわえ、郊外の平屋に住むことになりました。おいたに、怪我に、自家中毒、風邪等々、両親や祖母の神経が休まる暇もありません。それに母親と祖母のしつけ方のくい違いがあったり、父の勤務先のごたごたや、それらに起因して母親のいらいらが生じたりします。が、突然そんな太郎中心の生活に祖母の死がおとずれました。しかし、太郎は人間の死ということをしりません。おばあちゃんは遠い遠い所へ旅行に行ったと信じこんでいます。丸い大きな月の昇ったある夜、太郎は小さなバースディ・ケーキと二本のローソクの前に座っています。ローソクの小さな炎が太郎と両親の顔を柔らかく浮き上がらせています。太郎は心の中で呟いています。「ボクは二つになった。だからローソクも二つだ。ボクは二歳、ボクの名は太郎」。太郎くんは何やら満足そうにほおえんでいます。これからも太郎くんは、みんなの愛情と心づかいの中でぐんぐん大きくなってゆくことでしょう、両親の顔もはれやかです−−。




2-33. おかあさん

監督 成瀬巳喜男
出演 田中絹代三島雅夫片山明彦
1952年(新東宝)

解説
製作は「暁の急襲」の永島一朗で、全国児童綴り方集「おかあさん」(講談社発行)から、「せきれいの曲」の水木洋子が脚本を書き、「お国と五平」の成瀬巳喜男が監督に当たっている。撮影は「海賊船」の鈴木博。主演は「安宅家の人々」の田中絹代、「黎明八月十五日」の岡田英次と香川京子で、三島雅夫、片山明彦、中北千枝子、加東大介などが助演している。

ストーリー
戦災で焼け出された洗濯屋の福原一家は、父が工場の守衛、母は露店の飴売り、娘の年子はキャンディ売りに精を出したおかげで、やっと元のクリーニング屋を開くことができた。長男の進は母に会いたい一心から病気の身で療養所を逃げ出してきたために死んでしまったが、店は父の弟子であるシベリア帰りの木村のおじさんが手伝ってくれることになり、順調なスタートを切った。年子が近所のパン屋の息子信二郎と仲良しになった頃、病気で寝ていた父が死んだ。母は娘二人と引き揚げ者の甥哲夫を抱え、木村の手ほどきを受けながら女手一つで馴れない店を切り回すことになった。木村と母の間についてあらぬ噂が立っていることを信二郎から聞いた年子は、娘心に思い悩んだが、妹の久子を他家に嫁にやる話まで出るようになると、女の腕のかよわさをしみじみと悟らざるを得なかった。事実久子はもらわれていき、哲夫もやっと一人前の美容師になった母親の元に戻されることに決まって、一家は最後の楽しいピクニックに出かけた。やっと母も一人立ちできるようになり、木村は自分で店を出すために去っていった。母一人娘一人残った福原家では、新しい小僧も迎え、ようやく将来への安定した希望も湧いてきたのだったが−−年子の心には、母は本当に幸せなのだろうか、とかすかな憂いが残って消えないのだった。




2-34. 秋刀魚の味

監督 小津安二郎
出演 笠智衆岩下志麻三上真一郎
1962年(松竹)

解説
「小早川家の秋」のコンビ、野田高梧と小津安二郎が共同で脚本を執筆。小津安二郎が監督した人生ドラマ。撮影は「愛染かつら(1962)」の厚田雄春。

ストーリー
長男の幸一夫婦は共稼ぎながら団地に住んで無事に暮しているし、家には娘の路子と次男の和夫がいて、今のところ平山にはこれという不平も不満もない。細君と死別して以来、今が一番幸せな時だといえるかもしれない。わけても中学時代から仲のよかった河合や堀江と時折呑む酒の味は文字どおりに天の美禄だった。その席でも二十四になる路子を嫁にやれと急がされるが、平山としてはまだ手放す気になれなかった。中学時代のヒョータンこと佐久間老先生を迎えてのクラス会の席上、話は老先生の娘伴子のことに移っていったが、昔は可愛かったその人が早く母親を亡くしたために今以って独身で、先生の面倒を見ながら場末の中華ソバ屋をやっているという。平山はその店に行ってみたがまさか路子が伴子のようになろうとは思えなかったし、それよりも偶然連れていかれた酒場“かおる”のマダムが亡妻に似ていたことの方が心をひかれるのだった。馴染の小料理屋へ老先生を誘って呑んだ夜、先生の述懐を聞かされて帰った平山は路子に結婚の話を切り出した。路子は父が真剣だとわかると、妙に腹が立ってきた。今日まで放っといて急に言いだすなんて勝手すぎる−−。しかし和夫の話だと路子は幸一の後輩の三浦を好きらしい。平山の相談を受けた幸一がそれとなく探ってみると、三浦はつい先頃婚約したばかりだという。口では強がりを言っていても、路子の心がどんなにみじめなものかは平山にも幸一にもよくわかった。秋も深まった日、路子は河合の細君がすすめる相手のところへ静かに嫁いでいった。やっとの思いで重荷をおろしはしたものの平山の心は何か寂しかった。酒も口に苦く路子のいない家はどこかにポッカリ穴があいたように虚しかった。




2-35. クイール

監督 崔洋一
出演 小林薫椎名桔平櫻谷由貴花
2003年(松竹)

解説
実話をもとにしたベストセラー作品「盲導犬クイールの一生」を映画化した感動作。多くの人々との出会いと別れを通して立派な盲導犬に成長をとげた、1匹のイヌの生涯を追う。

ストーリー
生ませの親・レンのたっての願いで、盲導犬になる為に訓練士・多和田に預けられることになった一匹のラブラドール・レトリーヴァーの子犬。おなかに鳥が羽を広げたようなブチがあることから、パピーウォーカー・仁井夫妻によって“クイール”と名付けられたその子犬は、1年間、夫妻のもとで愛情一杯に育てられた後、いよいよ盲導犬訓練センターで本格的な訓練を受けることになる。のんびり屋でマイペースなクイールに、ヴェテランの多和田でさえ手を焼くこともあったが、やがてクイールは立派な盲導犬へと成長し、視覚障害者の渡辺と巡り会う。初めこそ息の合わなかった渡辺とクイール。だが、ハーネスを介して伝わってくるクイールの思いやりに、渡辺は次第に心を開くようになり、互いにかけがえのない存在になっていく。しかし、クイールとの生活が2年を過ぎた頃、渡辺は重度の糖尿病に冒され、3年後、この世を去ってしまう。そしてそれから8年後、仁井夫妻のもとで余生を送っていたクイールもまた、12年と25日の生涯を静かに閉じるのだった。




2-36. にあんちゃん

監督 今村昌平
出演 長門裕之松尾嘉代沖村武
1959年(日活)

解説
十歳の少女・安本末子が綴った日記「にあんちゃん」の映画化。「男なら夢を見ろ」の池田一朗と今村昌平が脚色、「盗まれた欲情」の今村昌平が監督した。撮影は「ゆがんだ月」の姫田真佐久。

ストーリー
昭和二十八年の春。佐賀県にある鶴ノ鼻炭鉱では、ストライキが行われていた。そのさなかに、安本一家の大黒柱である炭鉱夫の父親が死んだ。残された喜一、良子、高一、末子の四人の子供たち。喜一は二十歳になったばかりだ。安本一家が住んでいる山の中腹の長屋の人たちも、皆その日暮しの苦しい生活をしていた。長屋の子供たちは学校へ弁当も満足には持っていけない。喜一が失業した。一家共倒れを防ぐため、高一と末子を辺見家にあずけ、喜一は良子と長崎に働きに出かけた。しかし、辺見家でも生活は苦しく末子は栄養失調になった。赤痢が発生した。末子も罹病した。保健婦のかな子と、末子の担任教師桐野が働いた。やがて、決定的な時が来た。会社が炭鉱を廃坑すると宣言したのである。人々はやむなく家をたたみ、山を下りていった。高一と末子も、帰って来た喜一に連れられて、閔さんの家に引きとられた。しかし、汚ない堀立小屋で異臭がひどく、夜逃げして炭鉱に戻った。−−桐野はかな子をハイキングに誘った。が、かな子の答えは冷たかった。許婚者がいたのだ。高一も働きに出かけた。漁港の荷運びだ。喜一は佐賀のパチンコ屋に就職した。かな子は東京に転勤になった許婚者を追って鉱山から去った。高一は東京へ行った。しかし、東京へ着くとすぐ警察に保護された。中学生が、それも一人で九州から職を探しに来たという話に、不審に思った自転車屋の主人が警察に連絡したのである。送り返されて高一は炭鉱村に帰った。嬉し泣く末子の肩を抱きながら、やはり兄妹一緒に生きていこうと思った。




2-37. 人情紙風船

監督 山中貞雄
出演 中村翫右衛門河原崎長十郎山岸しづ江
1937年・(東宝映画)

解説
 河竹黙阿弥の歌舞伎「髪結新三」を三村伸太郎が脚色した時代劇で、山中貞雄監督の遺作となった作品。この作品を取り終えた山中は出征し、戦争により短い生涯に幕を閉じた。後にテレビドラマとして何回かリメイクされている。  江戸時代。貧乏長屋に住む髪結いの新三は、同じ長屋に住む浪人が首吊り自殺したのを良いことに、通夜をやるからと大家から酒をせしめ、住民仲間とただ酒を飲んで馬鹿騒ぎを行うような男だ。彼は賭場を巡るトラブルから借金を抱えており、髪結いの道具を質屋に持ち込もうとするが、相手にしてもらえない。困った新三は質屋の店主の娘であるお駒を誘拐し、長屋に連れ込んでしまう。

ストーリー
江戸の貧乏長屋で浪人の首吊りが発生、役人が調べに来る。長屋の住人である髪結いの新三は、長屋の連中で浪人の為にお通夜をしてやろうと言い、大家を説き伏せて酒をせしめる。お通夜が行われるが、長屋の連中は酒がただで飲めると喜び陽気な馬鹿騒ぎを行う。同じ長屋にいる浪人の海野又十郎は、父の知人の毛利三左衛門に仕官の口を頼みに行くが、邪険に扱われ相手にしてもらえない。その毛利三左衛門は質屋である白子屋の店主の愛娘お駒をさる高家の武士の嫁にしようと画策している。しかし当のお駒は番頭の忠七とできている。新三は自分で賭場を開いていたが、ヤクザの大親分弥太五郎源七の怒りを買い散々な目にあってしまう。そのせいで金に困り、髪結いの道具を白子屋に持ち込むが相手にしてもらえない。海野又十郎は、懲りずに何度も毛利三左衛門に会いに行くが、ある日どしゃぶりの雨の夜に「もう来るな」と言われてしまう。同じ日の夜、忠七が店へ傘を取りに戻っているのを待っているお駒を見かけた新三は、彼女を自分の長屋に連れて帰ってしまう。白子屋の用心棒をしている弥太五郎源七を困らせる為だ。誘拐を知った白子屋、嫁入り前の大事な時だと源七らを使って、長屋にお駒を引き取りにくるが、新三は源七らを追い返してしまう。その後、大家の計らいで、お駒は無事に白子屋へ帰され、大家と新七は50両の大金を得、その夜、その金で宴会をする。誘拐の片棒を担いだ又十郎も分け前の金を貰って宴会に行くが、真面目だと思われていた又十郎の行為に長屋の女房たちは良い顔をしない。それを知った妻のおたきがとった行動とは。




2-38. Shall we ダンス?

監督 周防正行
出演 役所広司草刈民代竹中直人
1996年(東宝)

解説
シコふんじゃった」の周防正行監督のハートフル・コメディ。主演に役所広司を迎え、平凡なサラリーマンが社交ダンスと出会って生きる喜びを見出す姿を描く。日本トップ・プリマの草刈民代ほか、竹中直人、渡辺えり子ら個性派俳優が共演。

ストーリー
真面目でこれといった趣味も持たないサラリーマンの杉山正平は、ある日の会社の帰り、電車の中から見えるダンス教室の窓に、物憂げに佇むひとりの女性を見つけた。その美しい姿に目を奪われた彼は、数日後、その“岸川ダンス教室”を訪れる。中年のたま子先生の勧めでグループレッスンを受けることにした杉山は、同じく初心者の田中、少しダンスを齧っている服部とともに、生まれて初めての社交ダンスを習い始めた。杉山が見かけた女性はこのダンス教室の娘・舞で、ダンス・コンテストの最高峰ブラックプールに参加してアクシデントに見舞われてから、パートナーに対する信頼感を持てなくなり、父親から半ば強制的にダンス教室の先生をさせられていたのだった。そんなある日、教室に杉山の会社の同僚である青木が姿をみせた。別人のようにいきいきと踊る青木の姿に驚いた杉山は、同じ教室に通う主婦・豊子のダンスにかける情熱にも心を動かされ、舞と踊りたいという不純な動機もすっかり消えて、ダンスそのものに純粋にのめり込んでいった。一方、杉山の妻・昌子は夫の様子がおかしいと感じて、素行調査を探偵に依頼していた。そうとは知らない杉山は、たま子先生の提案で豊子とペアを組んで大会に出場することになり、舞のコーチのもと、さらなる特訓の日々を過ごすことになった。大会当日、会場には探偵から連絡を受けた杉山の妻子の姿もあった。杉山と豊子はワルツをうまくこなして見事二次審査を通過したが、三次のクイックステップで娘の千景の声援を耳にした杉山は、動揺して大失敗する。自分のダンスが終わったと感じた杉山は、それからダンス教室へ行くのをやめてしまった。しばらくして、杉山は舞がイギリスへ行くと知らされる。舞は杉山たちとの特訓を通じてパートナーへの信頼感の大切さを痛感し、ダンスへの純粋な気持ちを取り戻して、再びブラックプールに挑戦することにしたのだった。青木と豊子は舞のためのサヨナラ・パーティに杉山を誘うが、彼は行こうとしない。パーティーの夜、いつもの電車の中からダンス教室の窓を見上げた杉山は、そこに“Shall we ダンス?”と書かれた自分宛てのメッセージを見つけた。パーティも佳境に入ったころ、舞がラストダンスのパートナーを決めようとした時に、杉山がようやく姿を見せた。舞の差し伸べる手をとった杉山は、みんなが見守る中で、最高のダンスを踊るのだった。




2-39. 楢山節孝

監督 木下惠介
出演 田中絹代高橋貞二望月優子
1958年(松竹)

解説
中央公論新人賞を受賞した深沢七郎の同名小説の映画化。脚色、監督は「風前の灯」の木下恵介、撮影も同じく「風前の灯」の楠田浩之が担当した。主演は「悲しみは女だけに」の田中絹代、望月優子、「その手にのるな」の高橋貞二、その他東野英治郎、宮口精二、伊藤雄之助などのベテラン。色彩は富士カラー。

ストーリー
山また山の奥の日陰の村。−−六十九歳のおりんは亭主に死に別れたあと、これも去年嫁に死なれた息子の辰平と孫のけさ吉たちの世話をしながら、息子の後妻をさがしていた。村では七十になると楢山まいりに行くことになっていた。楢山まいりとは姥捨のことである。働き者のおりんはお山まいりの支度に余念ない。やがて村一番の行事である楢山祭りの日、隣村から辰平の嫁が来た。お玉といい、年も辰平と同じ四十五である。気だてのいい女で、おりんは安心して楢山へ行けると思った。だがもう一つしなければならぬことがある。おりんの歯は子供たちの唄にうたわれるほど立派だった。歯が丈夫だということは、食糧の乏しい村の年寄りとしては恥かしいことである。そこでおりんは自分の歯を石臼にぶつけて欠いた。これで支度はすっかり出来上り、あとは冬を待つばかりである。おりんの隣家は銭屋といい、七十才の又やんと強欲なその伜が住んでいた。又やんはなかなか山へ行く気配がなく、村では振舞支度が惜しいからだと噂していた。おりんの家では女がまた一人ふえた。けさ吉の子を姙っている松やんである。彼女は家事は下手だが食物だけはよく食った。木枯が吹く頃、雨屋の亭主が近所に豆泥棒に入り、捕って重い制裁をうけた。そして雨屋の一家十二人は村から消された。おりんはねずみっ子(曽孫)が生れるまでに楢山へ行かねばと決心し、あと四日で正月という日、「明日山へ行く」といい出した。辰平をせかして山へ行ったことのある人々を招び、酒を振舞ってお山まいりの作法を教示された。次の夜、おりんはしぶりがちな辰平を責めたてて楢山へ向った。辰平に背負われたおりんは一語も発せず、けわしい山道をひたすらに辿った。楢山の頂上近く、あたりに死体や白骨が見えはじめた。おりんは死体のない岩陰に降り立った。顔にはすでに死相が現われていた。おりんは辰平に山を降りるよう合図した。涙ながらに山道を戻った辰平は、七谷という所で銭屋の伜が又やんを崖からつき落そうとするのを見た。憤りが辰平の身うちを走り、又やんの伜に躍りかかった。銭屋の二人を呑んだ谷底には鳥が雲のように群っていた。雪が降り出した。辰平は禁を犯して山頂まで駈け登り、念仏を称えているおりんに「雪が降って来て運がいいなあ」と呼びかけた。おりんはうなずいて帰れと手を振った。−−村に帰りついた辰平は、玉やんと並んで楢山をのぞみ見ながら、「わしらも七十になったら一緒に山へ行くんだね」とつぶやきながら合掌した。




2-40. お葬式

監督 伊丹十三
出演 山崎努宮本信子菅井きん
1984年(ATG)

解説
妻の父が亡くなり、喪主として初めてお葬式を出す男の途方にくれる姿と、そこに集まる人々を描く。俳優の伊丹十三が、脚本、監督を手掛け、撮影は「メイン・テーマ」の前田米造が担当。

ストーリー
井上佗助、雨宮千鶴子は俳優の夫婦だ。二人がCFの撮影中に、千鶴子の父が亡くなったと連絡が入った。千鶴子の父、真吉と母、きく江は佗助の別荘に住んでいる。その夜、夫婦は二人の子供、マネージャーの里見と別荘に向かった。一行は病院に安置されている亡き父と対面する。佗助は病院の支払いを里見に頼み、20万円を渡すが、費用は4万円足らず、その安さにおかしくなってしまう。佗助にとって、お葬式は初めてのこと、全てが分らない。お坊さんへの心づけも、相場というのが分らず、葬儀屋の海老原に教えてもらった。別荘では、真吉の兄で、一族の出世頭の正吉が待っており、佗助の進行に口をはさむ。そんな中で、正吉を心よく思わない茂が、千鶴子をなぐさめる。そこへ、佗助の愛人の良子が手伝いに来たと現れる。良子はゴタゴタの中で、佗助を外の林に連れ出し、抱いてくれなければ二人の関係をみんなにバラすと脅した。しかたなく、佗助は木にもたれる良子を後ろから抱いた。そして、良子はそのドサクサにクシを落としてしまい、佗助はそれを探して泥だらけになってしまう。良子は満足気に東京に帰り、家に戻った佗助の姿にみんなは驚くが、葬儀の準備でそれどころではない。告別式が済むと、佗助と血縁者は火葬場に向かった。煙突から出る白いけむりをながめる佗助たち。全てが終り、手をつなぎ、集まった人々を見送る佗助と千鶴子。




2-41. 安城家の舞踏会

監督 吉村公三郎
出演 滝沢修森雅之入江たか子
1947年(松竹)

解説
「象を喰つた連中」に次ぐ吉村公三郎監督で、自身の原作を「待ちぼうけの女」「結婚(1947)」の新藤兼人が脚色し、「象を喰つた連中」「処女は真珠の如く」の生方敏夫が撮影を担当する。滝沢修、入江たか子、原節子、久しぶりの竹久千恵子らが顔を合せている。

ストーリー
皇族までが漬物屋を始めるという御時世に華族の没落はいうまでもない。華族の中で名門をうたわれた安城家もその例にもれず、今迄通りの生活をするために全てのものを手放し、今や抵当に入れた家屋敷まで手放す時が来た。彼等の言葉を借りていえば「まるで嘘のように無くなり、夢のように消えて行く」のである。その夢のように消えて行く華族安城家の最後を記念するために舞踏会を催したが、その舞踏会の裏には安城家最後の種種なあがきがあった。安城家の当主忠彦は家を抵当にインチキヤミ会社の社長新川から金を借りていたが華族生活から脱けきれないままに、今やギリギリのところまで来たが、やはり家を手放すことが惜しく新川を招いて最後の哀願をするが新川は肯じないだけでなく、自分の娘曜子と安城家の長男正彦との婚約も解消すると言い出した。それを立聞きした正彦は、新川を憎むあまりに、何も知らずに正彦を慕う曜子に残忍な復讐をする。やがて夜が更けて客も帰り安城家は無気味な迄に静まり返った。今日を限りに伯爵安城家の凡てが夢のごとく消えて行くという寂しさは、年老いた忠彦には堪える事が出来ず、彼は自分のノドにピストルを当てるのだった。




2-42. 君の名は

監督 大庭秀雄
出演 岸惠子市川小太夫望月優子
1953年(松竹)

解説
菊田一夫のNHK連続ラジオドラマの映画化で、「その妹」の柳井隆雄の脚本を、「愛欲の裁き」の大庭秀雄が監督している。撮影は「美貌と罪」の斎藤毅、音楽は「金さん捕物帖 謎の人形師」の古関裕而。出演者は「旅路(1953)」の岸恵子、佐田啓二、月丘夢路、「きんぴら先生とお嬢さん」の淡島千景、野添ひとみ、「若旦那の縁談」の川喜多雄二、望月優子など。

ストーリー
昭和二十年五月二十四日の東京大空襲の夜、数寄屋橋の上で互いに命を助け合った若い男女後宮春樹と氏家真知子は、半年後の二十四日の夜、この橋の上で再会しようと約束した。青年は別れ際「君の名は」と聞いたが、彼女は名を言わず立去った。しかし約束の夜真知子は遂に現われなかった。彼女は頑迷な叔父の強制で縁談の為佐渡ケ島に滞在していたのだ。そこの料亭ひさご家の娘綾の協力で、やがて真知子は春樹を探し求めるが、ようよう尋ね当てた春樹の姉で戦争未亡人の悠起枝もなぜか冷ややかであった。一年後の二十四日の晩遂に二人は再会したが、それは真知子が浜口勝則と結婚する前日でもあった。勝則と結婚した真知子の生活はうまくゆかなかった。姑は意地悪く、勝則は春樹との間を疑った。その頃綾は上京して、或宴会の席で春樹に会い、真知子の不幸を打明けるが、綾も何となく春樹に惹かれるのだった。が、春樹は新課長に転任してきた勝則に失職させられる。真知子は夫の卑劣な態度に我慢がならず、春樹の下宿へ詑びに行くが、姑に目撃されて遂に浜口家を飛びだす。数日後、彼女は佐渡ケ島の叔父の家の病床にあった。彼女は離婚を決意するが、既に勝則のたねを宿していた。死の道を選んだ真知子が、巍々たる断崖に辿りついた時、飛んできて彼女の躰を抱きしめたのは春樹だった。結婚をせがむ春樹に、真知子は告げねばならなかった。「いいえ、出来ません、浜口の子供が生れるんです。もはや私の生きている限り、私と浜口は太い鎖でつながれているのです」。鳴咽する真知子と衝哭する春樹の脚下に、佐渡の怒涛が轟然と砕ける。




2-43. 生きる

監督 黒澤明
出演 志村喬金子信雄関京子
1952年(東宝
解説
黒澤明の「白痴」に次ぐ監督作品。脚本は「羅生門」の共同執筆者橋本忍と「海賊船」の小国英雄とが黒澤明に協力している。撮影は「息子の花嫁」の中井朝一。出演者の主なものは、「戦国無頼」の志村喬、相手役に俳優座研究生から選ばれた小田切みき、映画陣から藤原釜足、千秋実、田中春男、清水将夫その他。文学座から金子信雄、中村伸郎、南美江、丹阿弥谷津子。俳優座から永井智雄、木村功、関京子。新派では小堀誠、山田巳之助などである。

ストーリー
某市役所の市民課長渡邊勘治は三十年無欠勤という恐ろしく勤勉な経歴を持った男だったが、その日初めて欠勤をした。彼は病院へ行って診察の結果、胃ガンを宣告されたのである。夜、家へ帰って二階の息子たち夫婦の居間に電気もつけずに座っていた時、外出から帰ってきた二人の声が聞こえた。父親の退職金や恩給を抵当に金を借りて家を建て、父とは別居をしようという相談である。勘治は息子の光男が五歳の時に妻を失ったが、後妻も迎えずに光男を育ててきたことを思うと、絶望した心がさらに暗くなり、そのまま街へさまよい出てしまった。屋台の飲み屋でふと知り合った小説家とそのまま飲み歩き、長年の貯金の大半を使い果たした。そしてその翌朝、買いたての真新しい帽子をかぶって街をふらついていた勘治は、彼の課の女事務員小田切とよとばったり出会った。彼女は辞職願いに判をもらうため彼を探し歩いていたという。なぜやめるのかという彼の問いに、彼に「ミイラ」というあだ名をつけたこの娘は、「あんな退屈なところでは死んでしまいそうで務まらない」という意味のことをはっきりと答えた。そう言われて、彼は初めて三十年間の自分の勤務ぶりを反省した。死ぬほどの退屈さをかみ殺して、事なかれ主義の盲目判を機械的に押していたに過ぎなかった。これでいいのかと思った時、彼は後いくばくもない生命の限りに生きたいという気持ちに燃えた。その翌日から出勤した彼は、これまでと違った目つきで書類に目を通し始めた。その目に止まったのが、かつて彼が付箋をつけて土木課へ回した「暗渠修理及埋立陳情書」であった。やがて勘治の努力で、悪疫の源となっていた下町の低地に下水堀が掘られ、その埋立地の上に新しい児童公園が建設されていった。市会議員とぐるになって特飲街を作ろうとしていた街のボスの脅迫にも、生命の短い彼は恐れることはなかった。新装なった夜更けの公園のブランコに、一人の男が楽しそうに歌を歌いながら乗っていた。勘治であった。雪の中に静かな死に顔で横たわっている彼の死骸が発見されたのは、その翌朝のことであった。




2-44. 暖流

監督 増村保造
出演 根上淳左幸子野添ひとみ
1957年(大映)

解説
岸田国士の同名小説の再映画化(前回は昭和十四年、吉村公三郎監督、佐分利信、高峰三枝子、水戸光子主演)今回は「青空娘」のコンビ、白坂依志夫が脚色、増村保造が監督した。撮影は「透明人間と蠅男」の村井博。主演は「駐在所日記」の根上淳、「九人の死刑囚」の左幸子、「地上」の野添ひとみ、「駐在所日記」の船越英二、南左斗子、それに品川隆二、叶順子。大映カラー。

ストーリー
日疋祐三は病床にいる恩人の志摩博士から病院の建てなおしを依頼されて何年ぶりかで東京の土を踏んだ。病院内は院長の息子泰彦の無能をよいことに、その腐敗は目にあまるものがあった。日疋は或る看護婦の自殺事件で看護婦の石渡ぎんと知り合い、彼女から病院内の情報を手に入れることになった。やがて日疋はぎんから愛情を寄せられるようになったが、彼は院長の娘啓子に憧れに近いものを抱いていた。啓子の婚約者笹島の素行をなかば義務のように調べたが、その女性関係は乱脈をきわめていた。日疋はそれを啓子にありのまま伝えたが、啓子はかえって日疋を軽蔑した。そんな啓子も笹島の情事の現場に出あってから笹島の求愛を退けるのだった。院長の死は病院乗っ取り派の連中にはもっけの幸だったが、日疋は関西の資本家を動かすことに成功、新院長も決定し、乗っ取り派を追放することができた。病院が新しい組織と陣容で立ち直ったのを見た日疋は辞表を提出することに決めた。病院をやめ派出看護婦となったぎんは、最後の機会にと啓子を呼び出したが、啓子も今は日疋に愛情を抱いていた。二人は互いに日疋との結婚を胸に秘めて、冷い空気の中で別れた。志摩家を訪れた日疋は、陽の傾いた波打際で、啓子から愛情を打ち明けられたが、「あなたは僕のことなんか考えないで、どこまでもあなたの夢を育てなさい。今日あなたとこんな静かに会えるのは、きっと僕が、石渡君と結婚の約束をしたからなんですよ」こう語るのだった。




2-45. 祇園の姉妹

監督 野村浩将
出演 小野道子木暮実千代中村玉緒
1956年

解説
岸田国士の同名小説の再映画化(前回は昭和十四年、吉村公三郎監督、佐分利信、高峰三枝子、水戸光子主演)今回は「青空娘」のコンビ、白坂依志夫が脚色、増村保造が監督した。撮影は「透明人間と蠅男」の村井博。主演は「駐在所日記」の根上淳、「九人の死刑囚」の左幸子、「地上」の野添ひとみ、「駐在所日記」の船越英二、南左斗子、それに品川隆二、叶順子。大映カラー。

ストーリー
京都の春。祇園の芸妓や舞妓たちが総出演する都踊りが今年も、歌舞練場で催されていた。なじみの客から「三つ揃え」と呼ばれる美津次、美津ひろ、美津丸の三人は姉妹芸者で通っていたが、実は舞妓の美津丸は美津次の子だった。美津次と美津ひろは二人で一軒の家を持ち、自前芸者として働いていた。その夜、美津次の前の旦那で坊んち育ちの古沢が無一文になって居候に転がり込んできたことから、美津次と美津ひろは争いを生じた。若い世代の女性として芸者という存在に疑問を持つ美津ひろは、美津丸の父古沢への美津次の愛情を旧いときめつけ、早く新しい旦那をつくれと迫るのだった。美津ひろは呉服屋の若い番頭木村が自分に寄せる好意を利用して姉の衣裳を作らせ、さらに古沢の分家岡西が姉に気があるのを察して古沢への手切金を出させ、姉の留守に古沢を追い出した。木村が美津次への衣裳を内密に作ったことがばれて、主人の工藤は美津ひろに文句を言いに来たが彼女にまるめ込まれ、却って旦那になろうと申し出た。ある夜、南禅寺の料亭で二人の祝言の席が設けられた。だが突然現われた木村の姿に、妻文子に知られるのを恐れた工藤はあわてて帰ってしまった。古沢追い出しの真相を知った美津次は、料亭から戻った美津ひろに怒りをぶちまけ、美津丸を連れて古沢の許に移った。木村は美津ひろを誘い出し愛情を打ち明けたが沈黙する彼女を怒って崖から突き落した。一方、美津次は東京に職の見つかった古沢に去られ茫然としたが脚を骨折した美津ひろを病院に見舞い、二人の間には血肉の情がよみがえった。謝罪する木村に美津ひろは結婚を誓い、美津次と美津丸は涙をかくして客の前で踊っていた。




2-46. 紀ノ川

監督 中村登
出演 司葉子岩下志麻有川由紀
1966年(松竹)

解説
有吉佐和子原作の同名小説を「天国と地獄」の久板栄二郎が脚色、「暖春」の中村登が監督した文芸もの。撮影はコンビの成島東一郎。

ストーリー
◇第一話・花の巻・明治三十二年、二十二歳の春を迎えた紀本花は紀州有功村六十谷の旧家真谷家に嫁いだ。夫敬策は二十四歳の若さで村長の要職にあった。婚儀は盛大なものだったが、花を好いていた敬策の弟浩策はうかぬ顔たった。翌年の春、ようやく真谷家の家風に慣れた花は妊った。そして花は、実家の祖母豊乃に教えられて慈尊院へ自分の乳房形を献上し、安産を祈った。紀ノ川が台風に荒れ狂う秋、長男政一郎が産れた。長男穣生の報に喜んだ敬策は紀ノ川氾濫を防ぐ大堤防工事を計画するのだった。日露戦争が始まった年、浩策は持山全部をもらって分家し、敬策は県会議員に打って出ようと和歌山市内に居を移した。やがて花は、日本海海戦大勝利の中で長女文緒を産んだ。 ◇第二話・文緒の巻・十七歳の文緒は和歌山高女に学び、新時代に敏感な少女に成長した。そして、新思想の教師が追放されると学校当局と派手に渡りあったりして花を嘆かせた。東京女子大に進学した後も、男女平等を標榜しカフェに出入りしたり、「女権」という同人雑誌の編集に参加したりして敬策や花を心配させた。文緒には真谷家という家門や昔風の美徳に生きる花に対する反撥があったのだ。卒業後文緒は同人仲間の晴海英二と結婚した。晴海は日本正金銀行の社員で家柄もよく、二人の結婚は花や敬策の望むものでもあった。昭和初年、真谷敬策は中央政界に進出した。一方、夫の転勤と共に上海に渡った文緒は生後間もない長男を失い、二度目の出産のため日本に帰った。文緒はすっかり変っていた。以前はことごとく花に反撥した彼女が、花とともに乳房形を作って慈尊院へ詣でるのだった。昭和七年、文緒は長女華子を生んだ。そして大戦が始まる少し前、長年政界にあった敬策が急逝した。花の表情はうつろだった。そんな花を見て、文緒は華子に、真谷家の明治・大正時代がこれで終るのだとささやくのだった。花は真谷家を守ろうと六十谷へ戻った。やがて華子が花のもとに疎開してきた。華子は母と違って琴や古い道具を好み、花に可愛がられた。華子が空襲で炎上する和歌山城を眺めていると花は、和歌山は燃えても華子の祖父の事業は残っている、というのだった。終戦を迎えて真谷家は地主の地位を失った。そして、文緒は今では世間の常識を身につけた中年女性になっていた。夏の日、古くから家に伝わる道具類を虫干ししている時、真谷家のために生きた花、家風に反抗した自分、真谷家に素直になじんでいる華子と、三代にわたった母娘のことを感慨深く思うのだった。ある日、敬策の何回目かの法事を迎えた花は突然、真谷家の家財を売り払い、盛大な法事を開く。文緒は花の人間復活だと喜んだが、翌日花は脳溢血で床についた。そして、晩春のある日、守り神の白蛇が死んだと同時に花もその生涯を閉じた。明治、大正、昭和と三つの時代を生きぬいた花の臨終だった。




2-47. 兄とその妹

監督 松林宗惠
出演 池部良原節子司葉子
1956年(東宝)

解説
婚期を控えた妹の結婚問題をめぐって兄夫婦の暖かい思いやりを描く、島津保次郎脚本による往年の名作の再映画化で「森繁よ何処へ行く」の長瀬喜伴が潤色「天国はどこだ」の松林宗恵が、東宝専属第一回作品として監督する。撮影は「与太者と若旦那」の遠藤精一。主な出演者は「お嬢さん登場」の池部良、「女囚と共に」の原節子、「飯沢匡作 「二号」より ある女の場合」の司葉子、小林桂樹、柳永二郎、「へそくり社員とワンマン社長 ワンマン社長純情す」の平田昭彦、その他伊豆肇、藤原釜足、加東大介、斎藤達雄、内海突破など。

ストーリー
東京山手に住む会社員間宮敬介は妻あき子、妹文子と仲のよい三人暮し。だが敬介は最近、部長の碁の相手で帰宅が遅いのであき子と文子はお冠り。同僚行田も親切ごかしに注意するが敬介は平気である。文子は外国人商社に英文タイピストとして勤めている。一昨日、会社へ遊びに来た道夫という青年は、文子が英語に熟達とも知らず、支配人に向って英語で文子のことをこきおろし、種明しに慌てて逃げ出した。その彼が今日も現われて、先日は大へん失礼と食事に誘ったが、デマカセに主人が待っているからと断って来たとあき子に報告。未婚の女性にとっては大事件である。数日後の文子の誕生日、早く帰ってほしいとの電話にも、部長に碁をさそわれている敬介は大弱りである。家では文子の友達たちが集って、ささやかな誕生祝い。そこに道夫から贈り物の花が届く。ある日、敬介は部長の甥が文子をもらいたいといっていると聞く。部長の甥とは道夫青年。妹の意志を聞こうと敬介は食堂で待ち合せを約束したが一足先に来た文子は、敬介に対する同僚達の嫉妬の言葉を小耳にはさむ。日曜日、久しぶりに揃ってピクニックに出た敬介達。昼食の時、縁談を切り出す敬介に、兄の立場を考えた文子は断ってほしいという。翌朝、出勤した敬介は意外にも部長に呼ばれて係長に任命される。だが喜んで部屋に戻ると先日、課長から係長に左遷されたのを敬介の策動と誤解した林に殴りつけられ、憤然として辞表を書き、会社を飛び出す。事件を知るよしもないあき子は、本当は道夫が好きらしい文子の気持を察し、三人で一度話し合おうと諭す。興奮もさめた敬介は夜の街をさまよう中、親友内海の経理事務所を訪れ、彼の仕事を手伝うことになる。生色を取戻した敬介は、新しい職に就いた以上、妹も嫁に行けると喜んで終電で帰って行った。




2-48. 姉妹

監督 家城巳代治
出演 野添ひとみ中原ひとみ河野秋武
1955年(映画)

解説
毎日出版文化賞を受けた畔柳二美の小説を、「愛すればこそ」の新藤兼人と「ともしび」の家城巳代治が脚色し、家城巳代治が監督する。撮影は木塚誠一、音楽は大木正夫の担当。出演者は「おとこ大学 新婚教室」の野添ひとみ、「潮来情話 流れ星三度笠」の中原ひとみ、「お嬢さん先生」の信欣三、「天下泰平」の川崎弘子、「愛すればこそ」の内藤武敏などである。

ストーリー
圭子と俊子の姉妹は、山の中の発電所の社宅に住む両親のもとをはなれ、学校に通うために、都会の伯母の家に厄介になっていた。姉の圭子は十七歳、五人姉弟の長女のせいか家庭的な大人しい性質だが、妹の俊子は三つ年下の天真らんまん型。年の割に背が低いので、「近藤のちび」すなわち「こんち」というあだ名で呼ばれていた。姉妹の伯母お民のつれ合いの銀三郎は大工の棟梁で大の酒好きである。時にはいさかいもあるとは云え、夫婦は至って好人物で、姉妹はこの庶民的な伯母夫婦に愛されながらすくすくと成長していた。俊子はある日、同級生のとしみの家へ遊びに行き、としみの姉と弟が二人共障害者なのを知って、幸福は金で求められるものでないと思った。冬休みが来て、二人の姉妹は山の中の父母のところへ帰り、久し振りで戻ったわが家で近所の青年男女と共につつましく楽しい正月をすごした。新学期が来て、姉妹は伯母の家の近所に住む貧しいはつえ一家と知り合ったり、花札とばくで伯父が警察へ連れて行かれたりするような経験にめぐり合った。やがて圭子は学校を卒業し、俊子は寄宿舎へ入った。山の発電所にも人員整理の波が押し寄せ、真面目な父親の健作は、周囲の人達の苦しい生活をはばかって、俊子の修学旅行をも控えさせたが、俊子はそうした悲しみにも耐えた。やがて圭子の嫁ぐ日が来る。俊子は姉が正月のかるた会で一緒だった岡青年と好き合っていたものと思い、ひそかに気をもむのだった。




2-49. 真実一路

監督 川島雄三
出演 山村聡淡島千景桂木洋子水村国臣須賀不二男
1954年 (松竹)

解説
昭和十年から翌年にかけて“主婦之友”誌上に連載され、昭和十二年には田坂具隆監督の手によって映画化(日活多摩川)された山本有三の同名小説の再映画化。製作は「青春三羽烏」の小倉武志。「蛮から社員」の椎名利夫の脚本を「お嬢さん社長」の川島雄三が監督し、「東京マダムと大阪夫人」の高村倉太郎が撮影している。音楽、美術ともに「家族会議」の黛敏郎、浜田辰雄の担当である。出演者は「山の音」の山村聡、「蛮から社員」の淡島千景、「日本の悲劇」の桂木洋子、「家族会議」の佐田啓二、「春の若草」の三島耕、「求婚三人娘」の多々良純、須賀不二男のほか、劇団若草の水村国臣(北海の虎)、伊藤久子、先頃募集した若宮崇令、細谷一郎などの少年群が出演している。

ストーリー
十八になる守川義平の娘しず子は大越護との見合いの報告に弟の義夫を連れて伯父河村弥八を訪れたが、そこで家出した母のむつ子に会った。何の事情も知らない義夫はけげんな眼で彼女を見るのだった。むつ子は以前の愛人との間に出来たしず子を腹に抱えて、義平の許に嫁いで来たのであるが、世間体を飾るだけのこの結婚は義平にとってもむつ子にとっても不幸であった。間もなくむつ子は家出し、現在は浅草でカフェーを経営しながら、今の愛人隅田恭輔の螢光燈の研究を助けていた。この様な理由で大越家から破談されたしず子は傷心の身をむつ子の弟の絵描きの叔父河村素香に訴えた。「姉さんも気の毒な人だよ。みんなが言うようにふしだらな女じゃない、自分の本当の生き方をしたいともがいていたんだ。」素香はそう言って「真実一路の旅なれど」と言う白秋の詩を呟いた。義平の死で葬式に訪れたむつ子は、続いて起った義夫の盲腸の看護に当り、そのまま守川家に居ついた。母親の居ない寂しさを味わっていた義夫はよく懐いた。しかしむつ子は矢張り隅田を思い切れず、その事からしず子と折合ず家出した。隅田が生活苦と失敗から自殺すれば、むつ子も後を追うより仕方なかった。子供を産めても母親になれない女−−これが彼女の真実一路の人生だった。母を失くして再び寂しい義夫は運動会の選手に選ばれた。懸命に力走する義夫の耳に、死んだむつ子の声が聞えて来た。亡き母の声援に義夫はテープ目指してまっしぐらに走った。




2-50. 愛染かつら(1954)

監督 木村恵吾
出演 京マチ子小畑よし子三宅邦子鶴田浩二伏見和子
1954年 (大映)

解説
戦前松竹で戦後大映で、過去二回にわたって映画化された川口松太郎原作の再映画化。脚本は「心の日月」のコンビ田辺朝二と監督の木村恵吾が執筆している。撮影は「金色夜叉(1954)」の高橋通夫、音楽は「陽のあたる家(1954)」の万城目正。出演者は「或る女」の京マチ子、「叛乱」の鶴田浩二、「金色夜叉(1954)」の船越英二、伏見和子などである。

ストーリー
津村病院院長の息子津村浩三の博士号授与祝賀会の席上、浩三のピアノ伴奏で歌をうたった美貌の看護婦高石かつ枝の面彰を、浩三は忘れることが出来なかった。月光の美しい夜、誘われて外に出たかつ枝が、浩三の求婚を素直に受入れることが出来なかったのは、一つの秘密を持っていたからである。彼女には若くして死別した夫との間に六つになる敏子がいたのだ。母より反対された浩三は家を出て京都で結婚する事を決心し、かつ枝に同行を促すが、かつ枝は敏子の発熱で遅れ、新橋駅に駈けつけた時は既に列車はフォームを離れていた。かつ枝は急ぎ京都に向うが、浩三の親友服部の冷い言葉に引返すより仕方がなかった。東京に帰ったかつ枝の許へ或る日、日本レコード会社から一通の手紙が来た。看護婦生活の中より応募した作曲“愛染かつら”が一等に当選したのだ。そして、これを機会に歌手としても才能を認められた高石かつ枝の新しい生活が始まった。日本レコード創立三十年記念演奏会が銀座公会堂で催され、出演する事になった高石かつ枝は津村病院の同僚に招待券を贈るが、浩三の計らいで当日は津村病院の看護婦が総出でかつ枝の舞台を声援することになり、日本レコードの岡村文芸部長はかつ枝を看護婦姿で舞台に出したので、場内は高潮した。涙ながらに歌って帰ってきた楽屋の前には、浩三が待っていた。




2-51. 本日休診

監督 渋谷実
出演 柳永二郎増田順二田村秋子佐田啓二角梨枝子
1952年 (松竹)

解説
製作は「麦秋」の山本武。井伏鱒二の原作から「わが恋は花の如く」の斎藤良輔が脚色し、「自由学校(1951 渋谷実)」の渋谷実が監督に当っている。撮影は「命美わし」の長岡博之が担当。出演者の主なものは、「夢と知りせば」の柳永二郎「母化粧」の増田順二、「唄くらべ 青春三銃士」の鶴田浩二、「陽気な渡り鳥」の淡島千景、「この春初恋あり」の佐田啓二、「とんかつ大将」の角梨枝子、「稲妻草紙」の三國連太郎、「旗本退屈男 江戸城罷り通る」の岸恵子などの他に、田村秋子、中村伸郎、十朱久雄、長岡輝子、多々良純などの新劇陣や新派の市川紅梅などが加わっている。

ストーリー
戦争で一人息子を失った三雲医院の八春先生は甥の伍助を院長に迎え、戦後再出発してから丸一年の記念日、伍助はこの日看護婦の瀧さんたちと温泉へ出かけて行き、三雲医院は「本日休診」の札を掲げた。八春先生はこの機会にゆっくり昼寝でもと思っていた矢先、婆やのお京の息子勇作が例の発作を起こしたという。勇作は永い軍隊生活の悪夢にまだ折々なやまされ、八春先生はそのたびに部隊長となって号令、部下の気を鎮めてやらなければならぬ。勇作が落着いたら、こんどは警察の松木ポリスが大阪から知り合いを頼って上京したばかりで昨夜おそく暴漢におそわれたあげく持物さえうばわれた悠子という娘をつれて来た。折りから十八年前帝王切開で母子共八春先生に助けられた湯川三千代が来て、悠子に同情してその家へ連れて帰った。が、八春先生はそれでも暇にならず、砂礫船の船頭のお産あり、町のヤクザ加吉が指をつめるのに麻酔を打ってくれとやって来たのに、こんこんと意見もしてやらねばならず、悠子を襲った暴漢の連れの女が留置場で仮病を起こし、兵隊服の男が盲腸患者をかつぎ込んで来て手術をしろという。かと思うとまたお産があるという風で、「休診日」は八春先生には大変多忙な一日であった。が、悠子は三千代の息子春三の世話で会社につとめ、加吉はやくざから足を洗って恋人のお町という飲み屋の女と世帯を持とうと考えた。しかしお町が金のため成金の蓑島の自由になったときいて、その蓑島を脅迫に行き、お町はお町で蓑島の子を流産して八春先生のところへかつぎ込まれた。兵隊服の男は、治療費が払えず窓から逃げ出すし、加吉はまたまた賭博であげられた。お町は一時あぶなかったが、しかしどうやら持ち直した。八春先生をとり巻く周囲には、いつも色々な人生問題がうずをまいていたが、しかし先生はそれでも希望を失わず、勇作の号令で夜空を横切って行く雁に向かって敬礼もするのだった。




2-52. 家族 

監督 山田洋次
出演 倍賞千恵子井川比佐志木下剛志瀬尾千亜紀笠智衆
1970年 (松竹)

解説
山田洋次が五年間温めつづけてきた構想を、日本列島縦断三千キロのロケと一年間という時間をかけて完成した、話題の超大作。脚本は「男はつらいよ 望郷篇」の山田洋次と宮崎晃、監督、撮影も同作の山田洋次と高羽哲夫がそれぞれ担当。

ストーリー
長崎港から六海里、東シナ海の怒濤を真っ向に受けて長崎湾を抱く防潮提のように海上に浮かぶ伊王島。民子はこの島に生まれ、貧しい島を出て博多の中華料理店に勤めていた。二十歳の民子を、風見精一が強奪するように、島に連れ戻り、教会で結婚式を挙げた。十年の歳月が流れ、剛、早苗が生まれた。炭坑夫として、精一、力の兄弟を育てた父の源造も、今では孫たちのいい祖父だった。精一には若い頃から、猫の額ほどの島を出て、北海道の開拓集落に入植して、酪農中心の牧場主になるという夢があったが、自分の会社が潰れたことを機会に、北海道の開拓村に住む、友人亮太の来道の勧めに応じる決心をする。桜がつぼみ、菜の花が満開の伊王島の春四月、丘の上にポツンと立つ精一の家から早苗を背負った民子、剛の手を引く源造、荷物を両手に持った精一が波止場に向かった。長崎通いの連絡船が、ゆっくり岸を離れ、最後のテープが風をはらんで海に切れる。見送りの人たちが豆粒ほどになり視界から消えても、家族はそれぞれの思いをこめて故郷の島を瞶めつづけた。やがて博多行急行列車に乗り込む。車窓からの桜の花が美しい。汽車の旅は人間を日常生活から解放する。自由な感慨が過去、現在、未来にわたり、民子、精一、源造の胸中を去来する。生まれて始めての大旅行に、はしゃぎ廻る剛。北九州を過ぎ、列車は本土へ。右手に瀬戸内海、そして徳山の大コンビナートが見えてくる。福山駅に弟力が出迎えていた。苛酷な冬と開拓の労苦を老いた源造にだけは負わせたくないと思い、力の家に預ける予定だったが、狭い2DKではとても無理だった。寝苦しい夜が明け、家族五人はふたたび北海道へと旅立っていった。やがて新大阪駅に到着し、乗車する前の三時間を万博見物に当てることにした。しかし会場での大群集を見て、民子は呆然とし、疲労の余り卒倒しそうになる。結局入口だけで引返し、この旅の唯一の豪華版である新幹線に乗り込んだ。東京について早苗の容態が急変した。青森行の特急券をフイにして旅館に泊まるが、早苗のひきつけはますます激しくなり、やっと捜し当てた救急病院に馳け込む。だがすでに手遅れとなり早苗は死んでしまう。教会での葬儀が終え、上野での二日目が暮れようとしていた。なれない長旅の心労と愛児をなくした哀しみのために、民子、精一、源造の心は重く、暗かった。東北本線の沿線は、樹や草が枯れはてて、寒々とした風景だった。青函連絡船、室蘭本線、根室本線、そして銀世界の狩勝峠。いくつものトラブルを重ねながらも家族の旅はようやく終点の中標津に近づいていった。駅に着いた家族を出迎えたワゴンは開拓集落にと導いた。高校時代の親友、沢亮太との再会、ささやかな宴が張られた。翌朝、残雪の大平原と、遠く白くかすむ阿寒の山なみを見て、雄大、森閑、無人の一大パノラマに民子と精一は呆然と地平線を眺めあうばかりだった。夜更け、皆が寝しずまった頃、長旅の労苦がつのったためか、源造は眠るように生涯を終えた。早苗と源造の骨は根釧原野に埋葬された。やがて待ちこがれた六月が来た。果てしなく広がる牧草地は一面の新緑におおわれ、放牧の牛が草をはんでいる。民子も精一もすっかり陽焼けして健康そのものだった。名も知らぬ花が咲き乱れる丘の上には大小二つの十字架が立っていた。「ベルナルド風見源造」「マリア風見早苗」。




2-53. お引越し

監督 相米慎二
出演 中井貴一桜田淳子田畑智子田中太郎茂山逸平
1993年 (ヘラルド・エース=日本ヘラルド映画=アルゴプロジェクト)

解説
離婚を前提に別居に入った両親を持つ11歳の少女の揺れ動く気持ちの葛藤と成長を、周囲の人々との交流を通して描くドラマ。「東京上空いらっしゃいませ」の相米慎二の10作目の監督作。第一回椋鳩十児童文学賞を受賞したひこ・田中の同名作品を原作に、これがともに劇場映画デビューとなる奥寺佐渡子と小此木聡が共同脚色。撮影は「レイジ・イン・ハーレム」の栗田豊通が担当。ヒロインの少女・レンコは八二五三名の応募の中からオーディションにより選ばれた新人・田畑智子が演じた。相米作品にとっては初めての京都ロケで、また読売テレビが映画製作のための特別スポット枠を設けてスポンサードを呼びかけた製法方法も話題となった。キネマ旬報ベストテン第二位。

ストーリー
小学六年生の漆場レンコは、ある日両親が離婚を前提しての別居に入り父ケンイチが家を出たため、母ナズナとともに二人暮らしとなった。最初のうちこそ離婚が実感としてピンとこなかったレンコだったが、新生活を始めようと契約書を作るナズナや、ケンイチとの間に挟まれ心がざわついてくる。同じく両親が離婚している転校生のサリーの肩を持っては級友たちと大喧嘩したり、クラスメイトのミノルと話すうち思いついた、自分の存在を両親に考えさせるための篭城作戦を実行しかけてみたり。家でも学校でも行き場のなさを感じたレンコは、昨年も行った琵琶湖畔への家族旅行を復活させればまた平和な日々が帰ってくるかも知れないと、自分で勝手に電車の切符もホテルも予約してしまう。ホテルのロビーでレンコとナズナが来るのを待っていたケンイチは、もう一度三人でやっていきたいと語るが、その態度にナズナは怒る。その場を逃げ出したレンコは不思議な老人・砂原に出会う。砂原との温かいふれあいに力を得たレンコは、祭が最高潮を迎え、群集で賑わう中をひとりでさまよううち、琵琶湖畔で自分たち家族のかつての姿を幻視する。かつての幸福だった自分に向けて『おめでとうございます』と大きく手をふるレンコ。夏も終わり、レンコにとって、ケンイチやナズナにとって新しい風が吹きこもうとしていた。