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ここまで ABCコロッサスENIACThe BabyEDSAC と、 黎明期のコンピュータをいくつか紹介してきました。
このうち、 一般的には ENIAC が 「最初のコンピュータ」 とされていますが、 実はどのコンピュータも 「最初のコンピュータ」 といえる要素を持っています。

それぞれの "コンピュータ" の特徴をまとめると次のようになります。

名称ABC コロッサスENIAC The BabyEDSAC
  ABC コロッサス ENIAC The Baby EDSAC
完成年 19421943194619481949
メモリ 蓄積記憶管水銀遅延線
レジスタ コンデンサドラム真空管真空管 真空管真空管
演算方式 2 進数2 進数10 進数2 進数2 進数
 プログラム  ハードウェアメモリに内蔵メモリに内蔵

上の表では、 分かりやすくするため、 「メモリ」 の意味を近代的なコンピュータの 「主記憶装置」、 すなわち 「プログラムとデータを記憶するための記憶装置」 に限定してみました。
そうすると、 これまで例えば 「ABC のメモリはコンデンサを…」 などと説明してきたものは 「メモリ」 ではなく、 あえて言えば 「レジスタ」、 あるいは 「レジスタ群」 ということになります。 ABC やコロッサス、 ENIAC にはこの意味でのメモリはなく、 The Baby はメモリに蓄積記憶管、 EDSAC は水銀遅延線を使用しているわけです。
レジスタも一種のメモリですが、 処理中の命令やデータなどを一時的に記憶する小容量 (32 ビットなど) の記憶装置で、 これはどんなコンピュータにも必要です。 どれも真空管を使っていますが (電子計算機ですから…)、 ABC はコンデンサを利用しています
演算方式は ENIAC だけが 10 進数を採用しています。 このためもあって、 ENIAC は真空管を 18,000 本近く使った巨大な計算機でした。
プログラムについては、 ABC とコロッサスはそれぞれ連立方程式と暗号解読のための専用機として作り込まれていて、 いわゆる "ソフトウェア" に相当するものはありません。 一方 ENIAC は汎用計算機ですが、 プログラムを変更するにはケーブルをつなぎ変える必要がありました。 The Baby と EDSAC は今日私たちが使っているコンピュータと同じように、 メモリに記憶させて実行する形になっています。





これでやっと準備ができました。 さて、 最初のコンピュータはどれでしょう?

「コンピュータとは真空管やトランジスタなどの電子素子を使って演算処理するもの」 と考えるなら、 最初のコンピュータは明らかに ABC です。
しかし ABC は一部未完成で、 稼働実績がありません。 ちゃんと完成して動いていなくては… ということであれば、 コロッサスなら戦争の早期終結に貢献するなど、 実績も十分です。
しかし ABC もコロッサスも専用機です。 どんな計算でもできなくてはコンピュータとは言えない… のなら、 最初のコンピュータは ENIAC でしょう。 弾道計算の目的で開発されましたが、 完成後水爆の研究に使われました。
いやいや、 プログラムを変更するのにケーブルをつなぎ変えて、 時間がかかるようなものはコンピュータじゃない… なら、 The Baby です。  このあたりが妥当なところではないかと思いますが…
しかし The Baby は本当に Baby で、 まともな仕事は何一つできません。 本格的な仕事ができた最初のコンピュータといえば…、 やはり EDSAC ということになるのでしょうか ??





結局よく分からないままですが、 それにしてもなぜ、 ENIAC が最初のコンピュータとされているのでしょう。

まず、 ABC は出力装置の動作が不安定で未完成のまま、 アタナソフは他の軍事研究に動員され、 ABC のことはほとんど忘れられてしまいました。
コロッサスは第二次世界大戦中、 軍事目的で開発され、 戦後も永く機密下におかれていました。
したがって ABC もコロッサスも、 その存在を知る人はほとんどいませんでした。

一方 ENIAC も弾道計算のため、 やはり軍事目的で開発されましたが、 完成したとき (1945 年秋) にはすでに戦争が終わっており、 1946 年 2 月に機密解除されて公表されましました。 人々が 「電子計算機」 のニュースに接したのは、 ENIAC が最初でした。
このような事情から、 いつの間にか ENIAC が 「最初のコンピュータ」 ということになったのではないのでしょうか。





しかし、 最初のコンピュータはどれかという議論はひとまずおいて、 後世に与えた影響がいちばん大きかったのは何かといえば、 明らかに ENIAC です

当時は真空管を大量に使ってコンピュータを作っても、 故障ばかりで到底使い物にならないと考えられていました。
ENIAC も真空管の故障によるトラブルは少なくありませんでしたが、 当時としては実用上問題がないレベルです。 これによって真空管を使った電子計算機の可能性が明らかにされました。
ENIAC の製作中、 プログラム内蔵方式、水銀遅延線メモリ、2進数演算を骨子としたノイマン型コンピュータ、 EDVAC の基本的な構想をまとめたのもモークリーとエッカートです。
ENIAC の公開後、 ペンシルバニア大学ムーア校では技術セミナーを開いていますが、 これには The Baby や EDSAC を製作したウィリアムズやウィルクスも参加、 あるいは直接エッカートから技術的な指導を受けています。
後にモークリーとエッカートは会社を興して商用コンピュータ UNIVAC を開発し、 コンピュータ産業のさきがけともなっています。

こうしたことも含めて考えれば、 「最初のコンピュータ」 はどれかというより、 そう呼ぶにふさわしいものなら、 やはり ENIAC ではないでしょうか。



関連事項:  ABC  コロッサス  ENIAC  The Baby  EDSAC


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*1 このため、 ABC は使用真空管 600 本と、 ずいぶんコンパクトにできています。 もしメモリを真空管で作っていたら、 これだけで真空管が 3200 本要ったはず。
*2 ABC やコロッサスは当時、 ほとんど誰にも知られていなかったのですから、 論外です。

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update: 2013.01.20  address