戻る The Baby  (SSEM: Small Scale Experimental Machine)



"The Baby" は、 マンチェスター大学のウィリアムス (Freddie Williams) と キルバーン (Tom Kilburn) によって作られ、 1948年6月21日、 プログラムの実行に成功しました。 現在私たちが使っているパソコンと同じように、 データとプログラムを区別することなくメモリに記憶し、 それを高速で実行する最初のプログラム内蔵式コンピュータです。

Williams & Kilburn Baby Mark 1 prototype

"Baby" はニックネームで、 公式の名前は SSEM (Small Scale Experimental Machine) といいます。 つまり "小規模実験機" です。 "実験機" だけあって、 ENIAC が軍事仕様でガッチリ作られているのに対して、 ラックむき出しの、 いかにも大学の研究室で手作りされたようなコンピュータです。
上の写真ではかなり大きいマシンに見えますが、 これがなぜ "Baby" なのでしょうか?


Kilburn and CRT ウィリアムスは 1946年2月に CRT (Cathode Ray Tube) をメモリとして使用する研究に着手し、 10 月初旬、 1 ビットのメモリとして動作させることに成功しました。
「蓄積記憶管」 といいます。
データは CRT の蛍光面上に残留する電荷として記憶されています。 電荷はしばらく蛍光面上に留まりますが、 やがてすぐに失われるので、 電荷を読み出しては再書き込みを繰り返すことによって記憶が保たれます。
このプロセスは "regeneration" と呼ばれましたが、 ABC のコンデンサドラムメモリも現在の DRAM も同様の方式が使われています。
現在はこれを 「リフレッシュ」 と呼んでいます。


CRT 1947 年 11 月にはキルバーンの新たなアイデアも加わって、 6 インチの CRT に 2,048 ビットを記憶できるようになりました
左の写真は 40×32 ビットの 2 進数を記憶しているウィリアムス管のデータの様子を、 別の CRT に表示させたものです。 明るい点は "1"、 暗い点は "0" を表しています。
ウィリアムス−キルバーン管の本質的な特徴は高速アクセスとランダムアクセス性にありますが、 一方で例えば市街電車のようなものからの電気的ノイズによる障害に弱く、 CRT を金属の箱に納めるなどの対策が必要であったようです。
Baby は、 ウィリアムス−キルバーン管が、 実際にコンピュータのメモリとして使えるかどうかを確認するため、 またこのメモリを使ってもっと本格的なコンピュータを作ることができるかどうかを検証するために 「実験的」 に作られた、 「小規模な」 コンピュータでした。


Baby の主な特徴は、次の通りです。
     1. 32 ビットマシン
     2. 2 の補数の整数を使った 2進数逐次演算方式
     3. 命令コードは単一アドレスフォーマット
     4. 主記憶装置は 32語のランダムアクセスメモリ
     5. 演算速度は1命令当り約 1.2 msec.

Program 左図は Baby の最初のプログラムです。 (図をクリックすると拡大されます)
Baby には 7 種類の命令があり、 これは 3 ビットのコードで表されました。 メモリは 32 ワードですから、 アドレスは 5 ビットで表すことができます。 従って、Baby は (32ビットマシンでしたが) プログラムは実質的にはわずか 8 ビットで記述できました。

左図のプログラム自体は 19 ステップで、 他に 8 ワードのメモリがプログラムの制御や計算に使用されています。 メモリはもう、 あと 5 ワードしか残っていません。
メモリが 32 ワードしかないので、 こんな単純なプログラムを動かすのが精一杯、 複雑なデータの処理は到底不可能です。 やはり "Small Scale Experimental Machine" で、 このコンピュータには "Baby" の名がふさわしいようです。

ウィリアムス−キルバーン管は IBM701 や 702 など、その後いくつかのコンピュータのメモリとして使われましたが、 1955 年頃から安価な "磁気コアメモリ" が現れ、 以後次第にコアメモリに置き換えられていきました。


関連事項:  ABC  ENIAC 


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*1 従ってこれは、本来 「ウィリアムス−キルバーン管」 と呼ばれるべきでしょうが、 このメモリシステムは一般的に 「ウィリアムス管」 という名で知られています。
*2 この写真は "Mark 1" ではなく、 後に商用コンピュータとして改良された "Ferranti Mark 1" ものです。 一番上の行には、 別途 20 ビットのデータが記憶されているようです。

このページは Manchester Baby computer (http://www.computer50.org/) を参考にして作成し、 写真もマンチェスター大学コンピュータサイエンス学部の許可を得て、 同ページより引用しています。

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update: 2013.01.17  address