戻る 細菌も会話する (情報の伝達)


細菌たちも会話している。 細菌たちはクオラムセンシング (Quorum Sensing) と呼ばれる方法を用いて情報を伝達しあっている。

病原性細菌でも、一個一個の力は弱いので、菌体数が少ない段階では、 各個体のそれぞれが仮に精一杯の毒素を放出しても相手を倒すことは出来ない。 そこで、この段階ては毒素を出さず専ら増殖を続け、ある程度、仲間が多くなった段階で、 皆で一斉に毒素を放出して相手を倒すのである。

個体数がどこまで増殖しているを知る機構がクオラムセンシングである。 クオラム (Quoram) とは、議会の定足数の意味である。 議会では出席者数が予め定められた人数 (例えば議員数の8割) に達した段階で、 議会が成立して議事が進行し始める。 このことに喩えたものである。(まことにセンスのある命名)

細菌のこのクオラムセンシング機構では、 出席者数を感知するために、 細菌はクオルモン (Quormone)(別名オートインデューサー) と呼ばれる化学物質を用いている (昆虫におけるフェロモンに相当する)。  グラム陰性菌 (チフス菌、 赤痢菌、 淋菌など) と云われる種類の細菌では、 AHL (NアシルLホモセリンラクトン) と呼ばれる種類の化学物質である。


クオラムセンシング の発見はまだ新しい。 約20年前にプリンストン大学のボニーバスラー (Bonnie Bassler) 女史が発光性イカを研究している際に、 その体内に棲む細菌 (ビブリオフィッセリと云う発光性細菌) が、 ある濃度に達すると急に発光を始めることから発見され、 これによって急速に研究が進んだものだと云う。
病原性細菌の毒素放出のみならず、 細菌の色々な活動がクオラムセンシングによって情報伝達され、 制御されていると云う。

新しい感染症対策として、 このAHLを攻撃して分解し、 あるいは捕捉する方法がしきりに研究されている。 耐性菌の発生により、 抗生物質だけでは細菌を死滅させることがだんだん難しくなってきている現在、 この方法が注目を浴びていると云う。

(註) その詳しいメカニズムは次の通りである。
細菌の細胞は、 クオルモンを合成する機能と、 クオルモン刺激によって(*)毒素を生産する機能との両方を持っている。 合成されたクオルモンは細胞外へ拡散して、 結果的に細胞内における濃度が低下して、 細胞に与える刺激が少なく、 毒素が生産されない。 しかし、 菌の数が増えると、 各々の菌がクオルモンを放出するので、 環境中のクオルモン濃度が上がり、 細胞内のクオルモン濃度も上昇して、 これによって刺激が高まって毒素の生産を行うようになるのである。
クオルモンのことをオートインデューサー (autoinducer:自己誘導物質) とも呼ぶのは、 このように自己自身を刺激する物質であるためである。
(*) クオルモンを受容して、 これと複合体を作って活性状態となり、 特定の遺伝子の転写を活性化する。

(附) このクオラムセンシングは、 別項で述べている、 人間世界 の 「熱狂の伝染」 に似ているように思われる。 例えば、 反戦デモも、 一人で街頭で大声で叫んでいても効果は少ない。 群衆となり集団となり、 スクラムを組み、 ジグザグに進み、 シュプレヒコールの狂騒によって、 お互い熱狂し奮い立ってゆく。 よく似ていないだろうか。 道浦母都子 : 今日生きねば明日生きられぬと言う言葉、 想いて激しきジグザグにいる (無援の叙情)



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