戻る 熱狂の伝染 : その心理  (情報伝達)


「熱狂」 (excitement, frenzy, crazy) と云うものは時と所を選ばない。 いつ、 どこでも起こる。 そして、 それは増幅し伝染するものであるから、 情報の問題でもある。

●プロ野球チームのファンたちは、 時に気違いと云われる。 プロサッカーのサポーターたちは、 時に流血の乱闘さえも演ずる。 アイドルの熱烈なファンたちは、 ライブに殺到し、 大声を出して騒ぎまわる。

●経済史上に幾度も起こったバブル現象も、 熱狂が作り出すものである。 バブルとは、 ガルブレース (John Kenneth Galbaith:「バブル物語」) の定義によると、 「社会全体が熱病に冒されたように投機に走り、 投機対象となった物の価格が、 それ自体の実質的価値を遙かに超えて暴騰する現象を云う。 このようなバブルは必ず崩壊する。 そして、 その後は長く深い不況に陥る」 と。
 最も古典的な例は、 1630 年代にオランダで起こった 「チューリップ狂」 である。 チューリップの球根が投機の対象になり、 球根1つが 3000 フローリン (約5万ドル) にまで達した。 その球根の一籠を馬に喰われた悲喜劇もあった。
次いで、 よく知られているのが、 1720 年に英国で起こった 「南海バブル事件」 である。 100 ボンド程度だった南海会社の株価が僅か数ヶ月で 1000 ボンドにも達するが、 忽ち下落して恐慌状態に陥った。
 その後も、 バブルは何度も起こり、 その都度崩壊した。 その中には、 1990 年の我が国の平成バブルも含まれ、 2000 年前後にアメリカで起こった IT バブルも含まれる。 そして今、 中国のバブル崩壊が懸念されている。

●政治史もまた、 良し悪しは別として、 熱狂によって綴られている。 19 世紀のナポレオンも、 20 世紀のヒトラーも、 民衆の熱狂的歓迎によって権力を握った。 いずれの場合も国民の圧倒的支持により、 あるいは皇帝になり、 あるいは総統になった。
 我が国においても、 明治維新を成し遂げたのは、 尊皇攘夷を唱える若者たちの狂気であった。 昭和に至って、 無謀にも第二次世界大戦に走っていった背景にも、 国民の熱狂があったと云う。
 現在においても、 安保法制闘争、 反戦運動、 基地闘争、 反原発運動、・・・ これらもまた熱狂が生み出したものではあるまいか。

●社会史もまた熱狂によって彩られる。 江戸時代に何度となく起こった庶民の 「お陰詣り」。 子は親に、 妻は夫に、 奉公人は主人に断りもなく、 柄杓 (ひしゃく) 一本持って突然に家を飛び出し、 道中、 「お陰でさ、 するりとな、 抜けたとさ」 と、 鉦・太鼓で囃しながら、 歌い踊り歩いて伊勢詣りをした。 最大だった文政 13年 (1830) の場合、 その数は全国で 4 百万人にも達した。
 そして更に、 幕末の慶応3年 (1867) には、 伊勢神宮のお札が降ったと云って、 「えぇじゃないか」 と、 太鼓・三味線などで囃しながら、 人々が集団で踊り歩いた。(図)
 現在でも、 流行、 ブーム、 ファッション、 は、 時にブレークし暴走する。

●宗教史もまた熱狂史である。 遠く 11 世紀の十字軍、 16-17 世紀の宗教戦争へと続く流れは、 現在においても、 イスラムの派閥抗争、 そして IS (イスラム国) のテロリズムへと続いて止むことがない。

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 何故に人間は熱狂して、 命さえ捨てて顧みないのか、 集団的な麻薬的陶酔 (ユーフォリオ : Euphoria) に陥るのか。
 人はしばしば、 物事をイメージによって感受し、 イメージの連想によって考える。 従ってそれは非論理的思考であり、 かつ、 感情的に激しく燃える。 すべてはここから起こると云われている。 それが多数によって共有されると共振を起こして増幅される。 更に、 広く感染し伝播していって熱狂が生まれる。

● 1720 年英国での 「南海バブル」 の当時、 王立造幣局長官を務めていたニュートンは、 一時 7000 ポンドを儲けたが、 結果では 20000 ポンドの大損害を受けた。 この時彼は 「天体の動きは計算出来るが、 人々の狂気までは計算出来なかった」 と慨嘆する。 熱狂と云うものは、 無知で愚かな群衆、 非論理的な人々においてのみ起こるものではない。 ニュートンのような論理的理知的な人においても、 その持っている心理の一面によって、 熱狂の中に陥るのである。
 あの理知的と云われるドイツ人さえも、 ヒトラーのアジテーションに巻き込まれて狂気の時代を経た。

●なべて、 動物はお互いに同じリズムで動く時、 一体感を抱く。 フィッシャー (Helen E Fisher) によると、 求愛行動5段階の最後の段階は、 雌雄が同じリズムで行う求愛ダンスである(註 1)。 熱狂においても、 多数が同じリズムで踊る時、 そこに一体感が生まれる。 空也・一遍の踊り念仏は太鼓や鉦を叩きながら無心になって踊る熱狂集団である。
 こうして、 熱狂の伝播は、 共有による共振によって増幅することによるものであろう。



(註 1) フィッシャーは求愛行動には次の5段階があると云う。
1.第1段階 (関心) 相手の関心を引く。(相手は未確定)
2.第2段階 (視線) お互いに相手を認識する。
3.第3段階 (会話) 回路を通じ合うための無意味な会話。
4.第4段階 (接触) さりげない軽い接触。
5.第5段階 (ダンス) 互いに目を見ながら同じリズムで動く。(求愛ダンス)

(註 2) ルボン (Gustave Le Bon) は 「群衆心理」 において、
○「群衆」 を次の様に定義する。
「意識的な人格・理性を喪失し、扇動者の暗示誘導に従って行動する感情的集合体」

○そして、 熱狂した群衆の特徴として次の5つを挙げている。
1.道徳性・知性の低下 (匿名性による道徳規範の低下。 付和雷同して無責任・衝動的)
2.被暗示性 (煽動に流され、 暗示に罹りやすい)
3.思考の単純化 (周囲に合わせるだけで、 行動基準が単純化する)
4.感情的・衝動的な興奮 (周囲の人の興奮に感染しやすい)
5.偏狭性・排他性 (共通の敵・抵抗勢力を作り、 団結し連帯する)

○そして、 群衆を動かすための技法として次の3つを挙げている。
1.断言 (短い言葉だけを大声で一方的に断言する)
2.反復 (それを何度も繰り返して、 洗脳する)
3.感染 (感情的空気を感染させ拡げて世論を作る)



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