戻る 庚申待ち (情報秘匿)


 中国で生まれた道教によると、 人間の身体には生まれながらに三尸 (さんし) の虫が住んでいる。 上尸、 中尸、 下尸の3匹で、 上尸は頭の中に住み、 中尸は胸の辺りに、 下尸は下半身に住んでいる。 いずれも、 大きさは2寸ばかり。 その虫が60日に1度巡ってくる庚申 (かのえさる) の日の夜、 眠っている身体からこっそりと抜け出し、 天上の帝釈天の所へ行き、 その人の60日間の行状を報告する。 庚申の日は帝釈天の縁日である。 帝釈天は、 悪事・悪心の報告を受けると、 その人の寿命を減らしてゆく。
 そこで、 人々は庚申の夜は徹夜して一睡もしないで、 三尸の虫に身体から抜け出す隙を与えないようにする風習が生まれた。 これが庚申待ち (こうしんまち) である。 そして人々は、 三尸の虫を屈服させる法力を持ち、 青い顔で憤怒の形相の青面金剛と云う金剛童子をお祀りする。 しかし、 ただ話をしながら、 お通夜の朝が白むのを待つのも風情がないので、 夜通し飲み食いするようになった。
 この習俗は、 平安時代に我が国に伝わり、 江戸時代に全盛となり、 明治になってもなお行われていた。 いまも路傍でしばしば見かける庚申塔はその名残である。 庚申塔と云うのは 「庚申」 あるいは 「青面金剛」 の文字を刻んだ石塔、 もしくは青面金剛の像や、 青面金剛の従者とされる三猿 (見ざる、 聞かざる、 言わざるの三匹の猿) の像を刻んだ石塔である。

 三尸の虫と云うのは、 密告者であり、 情報伝達人であり、 敵中に潜んだスパイである。 忍者の用語で云うと 「里隠れ」 であり 「影」 「桂」 である。 見ざる、 聞かざる、 言わざるの三猿が絡んでいるのも、 それが情報に関係するものであることを無意識に表している。 (参照→「忍びの者」、 「本当のスパイは姿を現さない」)

 平安時代、 冷泉天皇の女御で三条天皇の生母の藤原超子という飛び切りのやんごとなき姫君は、 天元5年 (982) 29才の時の2月24日、 庚申待ちの夜、 殿方を交えて侍女たちと、 双六・貝合わせ・扇投げなどをして徹夜で過ごした明け方、 脇息に寄りかかったと思うと、 そのまま眠るようにして、 いつの間にか息絶えていたと伝えられている。
 古川柳集の柳多留に 「五右衛門が親 庚申の夜をわすれ」 と云う句がある。 江戸時代、 巷間では、 “庚申の夜に身ごもった子は盗賊になる” と云う俗説が信じられていた。 石川五右衛門は云わずと知れた天下の大泥棒。 だから、 五右衛門の親たちは、 今夜が庚申の夜であることをうっかり忘れて楽しんだのだろうと云う意味である。


情報夜話内の関連事項】  忍びの者 本当のスパイは姿を現さない


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