[蒼街から]



操車場へ


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http://www.infonet.co.jp/apt/March/BlueCity/Junction.html



大学の合格発表が4月1日というのは考えものだと思う。

浪人時代に受験した大学の受験結果が次々と発表になった。最後の一校を除いて、みんなダメだった。8月は映画撮りをして、9月は芝居の照明の手伝いをし、10月はアルバイトに精を出していたのだから、それは当たり前の結果なのかも知れなかった。最後の大学は、予備校で選択していなかった物理の試験があったし、試験に遅刻して全部書ききれなかった科目があったので、試験が終った時点でもう諦めていた。

4月1日、僕と高岡はお互いの実家がある地方都市の喫茶店で、今後の方向性を検討していた。

「距離」はもうダメだな、2浪となれば親も金を出してくれないだろう。そうなれば映画どころじゃなくなるだろうしな。

尾形が今までに撮ったフィルムをくれって言っているんだ。芝居も、ある程度のができたし、ことしは映画をやりたいってことなんだけど、まず、編集からやりたい、だからズタズタに切り裂けるフィルムが欲しいんだって。

いいんじゃないか。ここらで、本気でスパっと諦めないと、何年経っても俺たちは々映画をこねくり回していることになるからな。

金も時間もかけたから惜しい気もするけどね。

でも、現実に作ろうとしていたのは30分にも満たないイメージフィルムだし、その観客に注釈書としてのパンフレットを渡すことで一見意味のない断片が一つの大きなドラマになっていくって考え方は悪くないって思ったんだよ。

ナボコフが使った手だろ。文学と文学ならともかく、映画と文学では漫然と見ていたんじゃ、映像は見過ごされてしまうんだから、結局失敗していたさ。

無意味に近い映像の断片の一つ一つにドラマを込める。そのドラマが組み合さってさらに大きなドラマになる。その大きなドラマを映像が裏切っていく。構想は大きかったな。

構想を貫く方法論に誤りがあったんじゃないだろうか。逆に音楽を決めて、それにイメージを重ねていくのは。

それは、もう高校の学校祭のアニメーションでやったことだろ。

となると、それぞれのエピソードを逆に膨らませて一般的なドラマにしてしまおうか。

見る側には親切だな。20分の映像に50ページの注釈書がついてくるよりは。

それでどうするんだ、これから。

それでどうしよう、これから。

下宿ももう引き払ったし、ほんとうにどうしよう。

きょうはどうする?

親の所には帰りづらいな。

久しぶりに俺の家に泊まるかい。夜の海でも見に行こう。

夜の海か。そう言えば、3人目の女の子を頼みに行った日も、夜の海を見ながら歩いて帰ったんだ。あの日、僕は生まれて初めて海に落ちる雷を見た。雷が海に落ちると、海は円形に光り輝くのだった。

あの稲光りの中を、盲の少女と手のない犬を歩かせてみたかったな。

親に電話をかけてくる。外泊して、2浪のショックで自殺したのと間違えられたらかなわないからな。

そして僕は電話をかけた。父親が電話に出て、新聞の合格者発表に名前が出ていたと言った。そして、すぐに帰って来るように命令された。電話を切って席に戻ると、やりとりを見ていた高岡が心配して訊いた。

何か悪いことでもあったのか。

いいのか悪いのかよく分らないんだ。何しろきょうは、4月1日だからな。冗談ってこともあり得るけど、どうやら大学に合格したらしい。

そうか。4月1日だもんな。

大学の発表はきのうだったはずなんだ。それにきのうの新聞には秋田の鉱山は発表になっていた。きょうが4月1日でなかったら、よかったよかった、でいいんだが。

そうだよなあ。4月1日だもんなあ。

まあ、きょうは帰って来いと言われたし、泊まるのは止すよ。

翌日、僕はほかの新聞をとっているいとこに電話をかけて合格者を調べてもらった。いとこは本人よりも大喜びしながら合格していると教えてくれた。4月2日に名前が出たから、僕はやっと自分が大学に合格したことを信用できた。僕は高岡に電話をかけた。

やあ、きょうは4月2日だぞ。

4月2日の新聞に載っておめでとう。これで大学生だね。

こうして僕は、東北地方の小さな大学の学生になった。雪が振らない所に住んでいた僕は、ぜひ雪国の大学へ行ってみたかったのだ。最後の最後でその望みが叶えられたことになる。

僕は東京から、青街と呼んでいた街から、北国の都市へと住みかを替えた。

「距離」のために撮ってきたフィルムは3時間以上にもなった。尾形はこれをばらばらにに切り刻んで3台の映写機を同時に回して上映する45分の映画に編集してのけた。

僕と高岡は、何度もカメラリハーサルをしていた。何回も撮り直したので、ラッシュの中には、同じ内容のシーンが違う露光で写っているフィルムや演技が微妙に違うバージョンがたくさん含まれていた。

尾形の「距離」の中で、盲目の長距離ランナーは左右に並んだスクリーンの中で違うスピードで走り続けていた。片方のスクリーンで僕が階段を掃除している間、隣のスクリーンでは少女が林檎に噛みついていた。手なし犬はコーヒーを青いコーヒーマグからすすり込んでいた。月経都市は、赤く着色された白黒フィルムだ。女子高生の集団が笑っている。赤いコカコーラの缶は、白いスニーカーに踏み潰され、その隣では白黒の革命家が警察署に向かってコーラの空き缶を投げつける。やがて林檎は腐っていく。急速に季節の変化していくテニスコートを月が照らしている。

僕と高岡が考えていた単層的な構造ではなく、重層的に反復し、跳躍し、瞬間闇が訪れたかと思うと裁断されたカットが1秒ごとにフラッシュバックした。そして、僕たちのキーワードが繰り返し画面に現れて消えた。

2点間の最短距離は直線である。しかし、障害物がある場合、2点間の最短距離は曲線ともなり得る。

尾形も自分で新しい字幕を撮影し、インサートしていた。

重力の存在する空間では、ユークリッド幾何学の教えとは異なり、2点を結ぶ最短経路は直線ではなく双曲線である。

重力の存在する空間は幾何学的に言えばゆがんだ空間である。すなわち、重力とは時空の歪みである。

そして、波を撮ったフィルムをブリーチしたマーブリングのような映像が数分続いて、映画は終るのだった。

高岡は「アダムとイブ」のエピソードをふつうのドラマの形式のシナリオに書き換えて、筑波でそれを完成させた。

僕は、秋田で「距離」の最後に続く11番目の断章の構想を考えていた。それは、自分の目の前に広がっている風景に関するものだった。霧がすべてを覆い隠し、遠くに操車場の水銀灯とナトリウム灯の光が見える。材木屋の倉庫の屋根裏の下宿の階段に座って、僕はその光を見ていた。汽車の連結器の音が、霧のためにふだんよりもはっきりと耳に響いた。いつか、あの光とこの霧と、ここにいる僕と、すべては僕の記憶の中にしかなくなる時が来るだろう。そんな時、僕はもう一度、自分の中の階段で立ち上がり、霧の中を歩き回ろう。すべては朧ろげに、僕の目の前に現れるだろう。でも、こんなに濃い霧の中でも、操車場はあんなに光り輝いて見える。あの光りを頼りに、もう一度、自分自身がほんとうだと思ってきた地図を描いていこう。

そして、ふと、一度も撮られることのなかった第6の断片のことを思い出した。

霧に包まれた材木屋の階段で、僕は定規を使って僕の地図にもう一つの場所を描き加えた。それは、地図の余白の、もう一つの次元に接する場所だった。僕はそこに「操車場」と書いた。書き終えた瞬間に、地図は僕の手の中から霧に同化して消えた。

「たぶん、今ごろは高岡の部屋の机の上だろう」と僕は考えた。高岡は理解するだろう。僕の考えた11番目の断片を。霧の向こうで光っている操車場の輝きを。僕はその地図にちゃんと描いておいたのだから。

高岡から手紙が来た。

地図をありがとう。今度の題名は「青街から」になるのかい。

そして「操車場へ」と続くんだ、と僕は言った。



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