作品/[三月劇場]

[映画の食卓-僕の食卓]
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http://www.infonet.co.jp/apt/March/Aki/Eat/15.html




 ATGの映画というと、問題意識が強くて社会的な映画で、そんなにヒットはしないけれど大学の上映会や市民運動の集会の会場などで細々と上演されていて、見終わるとみんな眉間にしわを寄せて難しい顔をしている、というのが一般のイメージだった。
 そう言えば、高校時代に見たATGの作品には何があっただろうか。

初恋:地獄篇
1968年
羽仁進
羽仁プロ+ATG
肉弾
1968年
岡本喜八
[肉弾]をつくる会+ATG
心中天網島
1969年
篠田正浩
表現社+ATG
少年
1969年
大島渚
創造社+ATG
日本の悪霊
1970年
黒木和雄
中島プロ+ATG
修羅
1971年
松本俊夫
松本プロ+ATG
儀式
1971年
大島渚
創造社+ATG

 つくづく考えてみたが、面白いから二度でも見たいという作品はちょっと見当たらない。この時期のATG作品が[金曜ロードショー](注00)で放映されたなんて話は聞いたことがないではないか。
 それが変化していったのは、1970年代の後半に入ってからだと思う。次のリストをお見せしよう。

サード
1978年
東陽一
幻燈社+ATG
もう頬づえはつかない
1979年
東陽一
あんぐる+ATG
ヒポクラテスたち
1980年
大森一樹
シネマハウト+ATG
遠雷
1981年
岸吉太郎
にっかつ撮影所+NCP+ATG

 いかがだろうか、映画館では観たことがなくてもテレビで見たことならある作品が増えてくる。そして、1982年から1984年にかけての3本のヒット作によって、たぶん、ATG映画はその存在意義をなくしてしまったのだ。その3本とはこれだ。

転校生
1982年
大林宣彦
日本テレビ放送網+ATG
家族ゲーム
1983年
森田芳光
にっかつ撮影所+NCP+ATG
お葬式
1984年
伊丹十三
NCP+伊丹プロ

 こうして、ATGは暗くて難しい映画を配給するところではなくなったし、そういう映画を観たいという客もいなくなってしまったのだ。こうなると、たまに難しめの作品をやっても、客入りがえらく違ったのではないだろうか。そして、調子に乗って1984年は6本(それまではせいぜい5本どまり)の配給を行ない、そして静かに衰退していったのだった。

 さてこの連載は、食事のことを取り上げているのに題名は "食卓" である。これは、食事そのものを取り上げるだけではなく、そのときの状況や人物も含めたものとして、象徴的に "食卓" という表現を使っているつもりなのだ。ATGの日本映画を取り上げるとき、僕の観た中では2本の象徴的な食卓を表現した映画がある。その一つは [転校生] であり、もう一つは [家族ゲーム] である。
  [家族ゲーム] は、家族がテーブルに一直線に並んでいる例の食事のシーンが、これ以上もう何も言う必要がないくらい有名になった。過去のどんな映画にもこんな場面は見られなかったし、ただこれだけでその家族のあり方を表現しているというたぐいまれなるシーンであることは誰にも異存がないだろう。でも、僕が覚えているのは、あのシーンだけなのだ。 これはどういうことなのだろう。あそこで食べていたのは、ハンバーグだったか、鳥の唐揚だったか、それさえも記憶がない。ストーリーも覚えていない。つまり、問題作ではあったが、僕にとっては心に残る作品ではなかったということだろう。
 [転校生] はノスタルジックな作品だという言われ方をすること多いが、僕は決してそうは思っていない。もしもノスタルジーだけの作品ならば、あんなに若い世代の共感を呼んでヒットしたりはしなかっただろう。中学生時代の生活というものは、表面的にはずいぶん変化してきたように思えるけれど、実はそんなに変わっていない所が多いはずで、その部分がヒットにつながっている気がする。
 ただ、ノスタルジーの味付けが随所にされているのは確かで、主人公の少年(注01)が、父親の転勤を知らされるのはノスタルジーに満ちた日本の家族の食卓である。 "お父さんの長年の苦労が報われて本社へ栄転になったのよ" と言った母親は "お父さん長い間ご苦労様でした" と父親にビールを注ぐのだ。こういうシーンはなかなかに書けそうでいて、恥ずかしくて書けないところだ。

 [アートシアター新宿文化] はATGの常設館だった。何度も前まで行きながら、実は一度も入ったことがない、と記憶している。最後が弱気になっているのは、[卑弥呼](1974年 篠田正浩 表現社+ATG)を封切りで観たような記憶があるためだ。だとしたら、きっと東京にいたときについに入ったのだろう。まあ、映画館のようすについては何も覚えていないのだから、やはり行ったことがないというのが正解なのだろう。
 その代わり、地下の [蠍座] へはよく行っていた。[蠍座] は従業員休憩室を改造したという地下劇場で、ATG作品の再映をしていた。こじんまりして冷房の効いた [蠍座] の床のじゅうたんに寝転んで観たためか、映画の中味は難しかったがとても楽しく観られたものだった。

 今回は映画の話の方が長くなりすぎて、残念ながらレシピにまで話が達しなかった。そういえば、大学生になって初めて映画出演者と酒を飲んだのは [初恋:地獄篇] のヒロインをやっていた石井くに子さんだったのを今思い出した。この話もいずれまたの機会に。

2000年5/8
とら新聞静岡支局
森島永年

*00
 実在の番組というわけじゃないと思います(爆)。
 [修羅]はまた見てもいいと思うけどなぁ(もう3回は見たと思う)。でもTVでやると全国の視聴者のみなさんはちょっと引けると思うけど。
 80年ごろ、[300人劇場] でATG月間でやってて、見に行っんだよね。そしたら、"げろー" と言って吐いちゃった人がいました。あの時は、松本さんが舞台あいさつに来ておられてて、"どんなに酷くても目を反けないでご覧になってください" ておっしゃったもんだから、やたらにテンションが上がっちゃってたんだよね。

*01
 "少年"てゆーか、まあ。

井戸良弘






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