作品/[三月劇場]

[映画の食卓-僕の食卓]
(6)



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 今から20年ほども前に、坂口安吾の作品がブームとなったことがある。それまでの安吾は[堕落論]が文庫に入っていたものの、小説家としてはどちらかといえば忘れられていた作家であった。ちょうど角川書店が文庫に力を入れ始めたころで、安吾の小説の復刻がかなり早いペースで行われ、そのヒットに気をよくした角川書店が、力を入れて復刻した次の作家が、あの横溝正史なのである。
 ところが、記録を調べてみると安吾の作品は角川では映画化されていない。当時、映画化された安吾の作品は、[桜の森の満開の下](芸苑社、篠田正浩、1975.05.31)、[不連続殺人事件](タツミキカク=ATG、曾根中生、1977.03.15)の2作だけであり、どちらも角川とは関係ない。
 想像をたくましくしてみるなら、きっと、角川春樹は安吾の作品は映画商売には向かないと判断したのだろう。篠田監督の[桜の森の満開の下]があまりにもひどくて、自分が映画化したらもっと面白くなるのに、と思ったかもしれない。角川春樹事務所の第1回作品は[犬神家の一族](1976年10月16日封切り 角川春樹事務所 市川崑監督)であって、安吾の2作に比べれば大ヒットであった。もちろん、これには理由がある。安吾の小説が復刻されてきたのは1972年から1974年にかけてであるが、1975年には安吾はもうブームが終わっているのだ。映画にとっては公開時期や広告が重要だというのがよく理解できるエピソードである。
 このところ、記憶に確かでないことばかり書いているので、今回は某雑誌の付録で見つけた日本映画のデータベースで記録を確認してみたのだが、そこには原作者の名前が載っていない。きちんと探せば安吾の作品はもっとあるのかもしれない(注00)。
 ちなみに、[桜の森の満開の下][不連続殺人事件]も観たのか観ないのか記憶がない。篠田作品のうちでも、[無頼漢]や[心中天網島]、[卑弥呼]、[瀬戸内少年野球団]なら記憶は確かなのだ。[沈黙]と[桜の森の満開の下]はなぜ観なかったのだろう。曾根中生にいたっては、そのほとんどが日活のロマンポルノなのでこれも観ていない。[不連続殺人事件]もまったく記憶がないが、ATGの作品で昭和52年だとすると、大学生活を送っていた秋田の映画館では上映されなかったのに違いない。
 さて、なぜ今ごろ坂口安吾なのかというと、先日ビデオで観た[カンゾー先生](98、今村昌平)のタイトルロールに原作として坂口安吾の名前を見かけたからである。柄本明主演のこの映画は戦争中に肝炎の研究をしていた町医者の話であるが、時折出てくる男女のからみが今村監督らしくて好きになれないのを除くと、なかなかよくできた話だった。ではヒットするかというと、今ごろ戦争映画はちょっと無理だろうなという感じなのだが、脇役も唐十郎世良正則、裕木奈江など豪華なのか安いんだかわからないキャストでいっぱい出ており、[うなぎ]でカンヌ映画賞を取った余熱を感じさせられる作品である。この他には[卓球温泉]で主演していた女優や[ミカドロイド]に出ていた男優、[キネマの天地]で監督役をやっていた監督なども出てくるので、やはり豪華なのだろう。
 安吾のエッセイが高校時代の教科書に載っていた。その中に、戦争中のことなので食事が貧しい話が出てきた。国語の授業中に、この食事について、担任が怒ってこう言っていたのを思い出す。"俺たちは戦争中にこんないいものを食べたことはなかった"。[カンゾー先生]の中でも、唐十郎はいつでも酒を飲んで酔っているから、戦争中も人によっては食べることも飲むことも苦労しなかったのだろう。
 ちょうど安吾の作品が復刻していた1974年に、私は東京で浪人生活を送っており、喫茶店に毎日600円以上の金を費やすくせに、食費は300円に満たない暮らしだった。そのころ好きだったのは、玄米である。[カンゾー先生]では裕木奈江が一升瓶につめた米を棒で突っついて白米にしていたが、ちょっともったいないなと思いながら観ていた。玄米は、ごま塩と漬物と味噌汁だけのおかずで、ゆっくりと噛んで食べるとその味がよく分かる。何も特別の炊き方をする必要もないのだ。できれば圧力釜で、なければ普通の電気釜で十分である。気をつけなければいけないのは、消化が悪いので子どもには食べさせないほうがいいことと、胚芽の部分には有害物質がたまりやすいので、有機無農薬栽培や減農薬栽培の米を使うようにすることぐらいだろうか。
 正直な話、あのころは体調がすごくよかった。その後、親から作るのは大変だから外食するようにといわれて外食するようになってから、体調を崩すことが多くなった。数年前に、花粉症が再発したので胚芽米を混ぜるようにしてみたが、それからは、あまり症状が進まない。こういう食事がどうやら体質に合っているのかもしれない。
 もう一つ。玄米とカレーはとてもよく合う。東京の下宿に遊びにきていた連中のリクエストが一番多かったのは、この玄米のカレーである。カレーは特別のものでなくて十分で、できればジャガイモを入れないほうが相性がいいような気がする。
 ところで、この[カンゾー先生]なる作品の原作を読んだことがある人はどれくらいいいるのだろうか。安吾の作品は結構読んでいるはずなのに初めて聞く作品なのだ。中年になって目も悪くなっている。実はタイトルロールの読み間違いだったりしたら目も当てられない話だが(注01)。

Sun, 11 Jul 1999 21:51:41
森島永年



00
 安吾の作品は、ほかにも本人が活躍していた当時に少なくとも2本が映像化されています。一つは共同原作の[天明太郎](51)、もう一つは[負ケラレセン勝マデハ](58)です。

01
 もちろん見間違いなんかじゃありません。[肝臓先生]という作品の映像化です。[肝臓先生]を収録した同名の短編集は角川文庫で出ています。




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