戻る 鷲座の黒鷲 (情報収集)

 ギリシャ神話のオリンポスの神々の多くは星になっている。 ヘルメスの英語表現のマーキュリースは水星である。 それだけでなく、ヘルメスが作った竪琴は、夏の夜空を飾る琴座になっている。

 神話によると、ヘルメスはずば抜けて早熟で、生まれて間もなく揺籠から這い出して、 波打ち際で拾った亀の甲羅に九筋の糸を張って竪琴を作り太陽神アポロンに捧げる。 アポロンはやがてそれを、我が子オルフェウスに授ける。 オルフェウスが死んだ妻エウリュデイケを追って、竪琴一つを携えて黄泉の国を訪れる話は有名である。 琴座はオルフェウスのこの竪琴である。

 琴座の主星ヴェーガを中心とした小さな三角形は東洋では織女(織姫)の星である。 中国の伝説によると、織女は天の川の対岸にいる牽牛(彦星)と相愛の仲であるが、 天帝の怒りに触れて、一年にただ一度、七月七日の七夕(たなばた)の夜しか逢うことができない。 人々はこの夜に星を祭る。牽牛は鷲座の主星アルタイルが左右の二つの等間隔の星と作る小さな一直線である。

Harp  ギリシャ神話では、鷲座の鷲はゼウスの大神が トロヤの美少年ガニュメデスを誘拐して連れ出す時に変身した鷲の姿であるとも云われているが、 別の説では、ゼウスの大神の側に常に侍っている使い鳥の黒鷲であるとも云う。 この黒鷲は日ごと下界を飛び回って、すべての出来事を集めて、それを大神に伝える役割を果たしていた。 すなわち、偵察機でありスパイ衛星である。

 最高神ゼウスといえども、世界を統治するためには、あらゆる情報を常に把握していなければならないのである。 古代ギリシャの人たちも情報収集ということが統治の大前提であり、いかに大切かということを知っていたのである。 この黒鷲がそのことを雄弁に語っている。

 北欧神話にも同じような伝承がある。絶対神オーディンの両肩には二羽の大烏がとまっている。 その名をフギン(思想という意味)とムニン(記憶という意味)と云う。 朝が来ると、肩から飛び立ち世界中を飛び回ってニュースを集め、夕方になるとオーディンの所へ帰って来る。 北欧神話は「エッダ」と呼ばれる十二・三世紀頃の古い本に蒐集されているが、 これらは古代ゲルマン人たちが伝えた伝説である。 これを見ると、すべての民族を通じて、情報というものの重要性についての認識は同じであると云えよう。



[追記]

 星座には、 「わし座」 の他に鳥がもう2羽いる。 春の南天に低く見える 「からす座」 と、冬の南天低くの 「はと座」 である。 これらの鳥のいずれもが 「わし座」 と同様に情報に関連する神話で彩られている。 こうして見ると、鳥と云うものは、古来情報の伝達者、すなわち情報メディアと認識されていたと言えそうである。

Corvus  ◎まず 「からす座」、 これは太陽と音楽の神アポロンの使い鳥である。 このカラスは純白の羽根を持ち、人の言葉を美しく喋ることが出来た。 アポロンが国々を遍歴していた間に、テッサリアの王女コロニスを愛し、彼女の所で数年を送り、 アスクレピオス (医者の神、蛇遣い座になる) と云う男の子を儲けるが、 やがてパルナッソスの山の神殿に帰らねばならなくなった時、 使い鳥のカラスに、毎朝、彼女と子供の所へ飛んでいって、その様子を報告するようにと命じた。 しかし、そのカラスはお喋りで法螺吹きで口から出任せの嘘つきだった。 ある朝カラスはアポロンの神殿に飛んで帰り、彼女はもうとっくに別の男に心を移していると報告した。 アポロンはその言葉を信じて、急いでテッサリアに行くと、 彼女の家に近いオリーブ林の中で、白衣の人影が動くのが見えた。 さてはコロニスの隠し男と思い矢を放って殺した。 近寄るとそれは夫を迎えに出た貞節な妻であった。 嘆き悲しんだアポロンは、純白に輝くカラスの羽根を醜い黒色に変え、 人間の言葉を奪って、ただカーカーと鳴くばかりにしてしまったと云う伝説が残っている。 どうやら、情報通信網が誤作動を起こすと大変なことになると云う話のようである。

Columba  ◎ 「はと座」 はノアの方舟の鳩である。 旧約聖書によると、四十日四十夜降り続いた雨が止んで太陽の光が戻ってきて1週間目、 果てしない大洋の真中に浮かんでいる方舟からノアは鳩を放った。 夕方になって帰って来た鳩は嘴にオリーブの枝をくわえていた。 ノアはそれで陸地が近いことを知った。 「はと座」 はその鳩であると云う。 この鳩も陸地が近いと云う情報を伝えてくれた。 こうして古来、鳥は神様の使い鳥、つまり情報メディアである。


(2011年12月)



情報夜話内の関連事項】  神の使い (神ってる動物たち)


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(参考文献) 野尻抱影「星座のはなし」ちくま文庫、筑摩書房、1988、
  山室靜「ギリシャ神話」教養文庫、社会思想社、1981、
  B.エヴスリン(小林稔訳)「ギリシャ神話小辞典」教養文庫、社会思想社、1979、
  R.I.ペイジ(井上健訳)「北欧の神話」丸善ブックス、1996、