[月虹舎]


(イメージ)

いちばん悪い魔法
第02場
森島永年


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http://www.infonet.co.jp/apt/March/Aki/WorstMagic/02.html




 お父さんが帰ってくる。

お父さん   ただ今。
お母さん   お帰りなさい、遅かったのね。
お父さん   駅前のデパートのエレベーターがいきなり動かなくなってね。早く帰りたいと思っている日に限って、事故が起こるみたいだ。
お母さん   大変だったわね。
お父さん   実はね。まだ修理が終わっていないんだよ。原因が良くわからないんだ。悪いところが、これといってなくってね。
おばあちゃん あんたの腕が悪いんじゃないの。
お父さん   まだ良くわかっていないだけですよ。
おばあちゃん 悪いところもなしにエレベーターは止まったりしないものね。
お父さん   いや、だから、悪いところはあるんですよ。...きっと、ただ、それが見つからないだけなんです。明日は、ロープ使ってエレベーターの上にいってみますけれど。
お母さん   危ないことは、しないでくださいね。...それで、ご飯どうします。
お父さん   デパートで、だしてくれたよ。明日は、開店前に修理を終わらせなくちゃならないんだ。早出だから、風呂に入ったら、すぐ寝るよ。
お母さん   あなたの選ぶ仕事って、どうして生活が不規則になってしまうのかしら。
おばあちゃん しかたがないの、この世の中には、ついて回った運命ってもんがあってね、この男の運命は、一生こうやって、ざわざわしながら忙しく立ち働いておわってしまうんだよ。だから、いったろう。もう少し、じっくりと相手を選びなさいって、どうもおまえは、だれに似たのかおっちょこちょいでいけないよ。
お父さん   ぼくは、別に運命だなんて、思っちゃいませんけど...。前の仕事に比べれば、楽なもんです。収入だって、安定しましたしね。
おばあちゃん わたしゃね、この男のこういう小市民的なところがどうしても好きになれないの。収入だって安定しましたしね...お金、お金。なんで、みんなそんなにお金が好きなんだろうね。
お父さん   そうは言ったって、娘の教育費だって馬鹿になりませんよ。
お母さん   お母さん、あんまりこの人をいじめないでください。仕事で疲れているんですから。
おばあちゃん どうだい、そのエレベーター、わたしのこの魔法で直してあげようか。
お父さん   お母さんが、でしゃばった、七丁目のタチバナクリニックのエレベーター、まだ美人の看護婦さんがのると、動かなくなっちゃうんですよ。生意気だといって。ちょっといい顔のインターンの先生が乗ると、ドアしめて閉じこめちゃうし、うちの会社、あれで、だいぶ信用なくしているんですよ。
おばあちゃん 個性的でいいでしょうが。
お父さん   エレベーターに人格があったら、困るんです。
お母さん   二人ともやめてください。こどもたちが起きちゃうでしょ。私も、あのタチバナクリニックのエレベーターは、まずいと思うわよ。亡くなった患者さんの亡霊が取りついているんじゃないかとか、先生にもてあそばれた看護婦さんの怨念のせいだとか...タチバナ先生、随分と、迷惑しているみたいですよ。
おばあちゃん そういえば、タチバナクリニックの若先生はなかなかのハンサムだっていうじゃないか。おまえも、いっとき娘のらだの具合が悪いといっちゃあ、タチバナクリニックに通ったよね。...それもやけに、念入りに化粧していったもんだよね。
お父さん   和美、本当か。
お母さん   だって、タチバナ先生ったら、ハンサムなんですもの。嘘よ。好きなのは、あなただけなんだから、...。
お父さん   ...うぉほん。疲れたから、寝る。いいですか、お母さん、魔法なんて使おうと思わないでくださいね。絶対に。
おばあちゃん タチバナクリニックは、ほんのちょっとした、失敗なんだよ。年寄をいじめなくたっていいじゃないか。
お父さん   年寄だからって甘えていいってこともありませんし、好き勝ってやっていいってこともないんですからね。

 電話がなる。

おばあちゃん こんなに、遅くに誰だろうね。 
お父さん   仕事の呼び出しじゃないだろうな。

お母さんがでる。

お母さん   もしもし、雨宮ですが。
お父さん   とにかく、お母さんは、何もしないでくださいね。はっきりいって、迷惑ですから。
おばあさん  それって、わたしが駄目な魔女だっていわれているみたいに聞こえるけれど。
お父さん   たしかにお母さんに魔法が使えることは、ぼくも認めます。信じられないことですが、事実は事実です。でも、その魔法というのが、一度たりとも成功したところを見たことがないのはどういうことなんでしょう。失敗しかしない魔法は、魔法というんでしょうか。
おばあさん  そこまでいうことないだろうに。
お母さん   ええ。分かりましたなにかこちらでもわかったら連絡いたします。
お父さん   どうしたんだ。 
お母さん   恵美のクラスメイトの青木裕子ちゃんが行方不明なんですって。この時間になってもまだ戻ってこないって、見かけた人がいないかどうか確認しているの。一度、家には戻ってきているらしいんだけど、また出掛けたみたいなんだって。
お父さん   友達の家にでも行っているんじゃないのか。近ごろの子供は、塾の帰りに友達のうちへよったりしているだろ。
おばあさん  その子の名前、青木裕子っていうのかい。
お父さん   お母さん、なにかご存じですか。
おばあさん  いいえ、別に。
お父さん   いずれにしても、心配してもしようがないでしょ。それとも、お母さん、魔法で捜してあげたらどうです。こういうときにこそ、魔法が役に立つというもんじゃないですか。
お母さん   そうですよ。お母さん、魔法で捜してもらえません。

 そこへ、怪人ネタミが登場。

ネタミ    その必要はないと思いますが。
お母さん   ギヤア。
ネタミ    そんなに驚いていただけて光栄です。
お母さん   どどどこから来たのよ。
ネタミ    あっちです。
お母さん   あっちってどっちよ。
お父さん   こんな時間に、人のうちへ黙って上がり込んで、...強盗か。
ネタミ    強盗だと思われたんですか。
お父さん   違うのか。
ネタミ    もちろん違います。
お母さん   そうなんですか。良かったわ。
ネタミ    私は強盗ではありません、もちろん泥棒でもなければ、変質者でもありません。私は、悪魔です。
お母さん   ギヤア。
ネタミ    またまた、大げさに驚いていただいて、ありがとうございます。もっとも、私は、下級の悪魔ですから、そんなに驚いていただける価値があるかどうかは分かりませんが。私、悪の大将、あれさえ将軍の第一の部下であるネタミと申します。
お父さん   お母さん、出番です。こういうの得意でしょう。お友達じゃないですか。
おばあちゃん 別に、魔女と悪魔は、友達じゃないのよ。
お父さん   魔女って、悪魔の手先じゃないんですか。
おばあちゃん 失礼しちゃうわね、こんなのと一緒にしないでよ。
子供たちが起きてくる。

双葉     うるさいわね、こんな時間に何をぎゃあ、ぎゃあ騒いでいるのよ。
恵美     明日学校あるんだからね。
お母さん   こっちへ来ちゃいけません。
おばあちゃん 悪魔が来ているんだよ。
双葉     またあ、冗談好きなんだから、おばあちゃんたら。
ネタミ    こんばんわ。お嬢さんたち。
友里     あっ、本物だ。ねえねえ、この人、本物の悪魔だよね。すっげえ、悪そうな顔しているもん。
恵美     友里、そばによるんじゃいよ。悪い病気もっているといけないから。
ネタミ    失敬な、人をどぶ鼠なんかと一緒にしないでください。たとえ、下級悪魔とはいえ、あれさえ将軍の直属の部下であるネタミ様ですぞ。
恵美     それで、一体なんの用なの。こんな時間にわざわざ人のうちにやってくるんだから、それなりの用があるんでしょうね。
ネタミ    それでは、私のご主人さまであるあれさえ将軍からのメッセージをお伝えいたします。「本日、鏡の国と、我々の世界であるデビルゾーンとの間に迷いこんできた青木裕子は我々魔族が拉致させていただいた。交換条件はただひとつ、封印の解除である。時間の期限は二十四時間とする。」それでは、伝言たしかにお伝えいたしました。
恵美     つまり、やさしい言葉でいうと、青木裕子を捕まえているってことね。
ネタミ    さようでございます。
恵美     封印の解除って、どういうことなのよ。
ネタミ    大魔王様を眠りから醒ます事。
双葉     どうして、それが私たちと関係あるのよ。もしも、私たちが助けに行くのが厭だといったら、どうするのよ。
ネタミ    私のご主人様であるあれさえ将軍の最も得意とするのは、人の心の中にあの時あれさえなかったら、あれさえしていたら、という後悔の念を起こさせること。そして、あれさえ将軍は、若い女性のステーキが大好きなんですよ。それも、レアが...。

けたたましい笑い声とともに、ネタミが消える。

友里     ねえっ、レアってなあに。
双葉     生ってことよ。
お父さん   うん、悪い冗談だった。まあ、世の中には、ああいう冗談が好きな人がいるから、さあ、おまえたち早く寝なさい。寝る時間は、とっくに過ぎているぞ。
双葉     お父さん、興奮するとすぐに自分の世界に引き戻そうとするんだから。
恵美     ねえ、本当に青木裕子がどうかしたの。
お母さん   裕子ちゃん、うちに帰っていないから、心当たりがないかって、いま電話があったところなの。
お父さん   コンビニなんかが出来るから、子供がいつまでも家に帰ろうとしないんだ。困ったもんだ。
双葉     青木さん、あのまま家に帰れなかったんだ。
友里     だって、お姉ちゃん、すべてが元に戻るようにって、たしかにそう言ったわよね。
お母さん   あんたたちなにか知っているの。
友里     私たち、魔法を使ったんだよ。魔法なんて使う心算なかったんだけど、友里がたまたま呪文を言ったら、魔法が始まっちゃったんだよ
お母さん   そこに、青木裕子さんを巻き込んだってわけね。
双葉     巻き込むつもりなんてなかったんだよ。でも、行き掛かり上そうなっちゃって。
お父さん   お母さん、また変な魔法でこの子たちをからかったんじゃないでしょうね。
おばあさん  いえ、私は、魔法というのがどんなに大変で、...・そんなつもりじゃなかったんだよ。
お父さん   やっぱり、さて、どうする和美、一応青木裕子さんの居場所はわかったわけだけど、こういう時って、あいての親御さんに報せるべきなんだろうか。...・・やっぱり言えないよなあ、娘さんは、悪魔に捉われていますなんて。
お母さん   そうですわよね、警察に連絡するわけにもいきませんし...。
お父さん   だから、魔法なんて使うのは止めてくださいって、前々から言ってるんですよ。お母さん、どんな魔法使ったんですか。
恵美     助けにいかなくちゃ。
双葉     お姉ちゃん、いきなり正義の味方しないでよ。相手は、悪魔なんだよ。いちばん程度の悪いので、あんなに恐いんだよ。
恵美     だったら、青木裕子を見殺しにしろっていうの。
双葉     そりゃ、そうだけど。
友里     もしかして、これってあのいちばん悪い魔法の続きなんじゃないかしら。
おばあちゃん 続きなんかじゃないんだよ、友里。いちばん悪い魔法は、あの時でおしまい、これは、魔法よりももっと始末におえない、現実なんだよ。
お父さん   お母さんいいかげんにしてくださいよ。私、明日の朝早いし、子供たちは学校があるんですからね。おっ、こんな時間だ、寝なくちゃ、おまえたちももう寝なさい。
恵美     お父さん、これは大切なことなんだよ。人が悪魔にさらわれたんだよ。そして、その原因を作ったのは、私たちなんだよ。
友里     そうよ、私たちが、助けに行くのよ。
お父さん   しかし、おまえたちは、まだ子供で、お父さんは、明日朝早くから仕事があるんだ。寝なさい。とにかく、今日は何も考えずに、寝るんだ。

♪大人は何時も言うの
都合が悪くなると
それは、子供には、分からないこと、
それは、子供には、早すぎると
そして、次のせりふは決まっているのよ
もう、子供は、寝なさい
パパ、もうこのせりふは、聞き飽きたわ

♪大人は何時も考える
自分のことより子供
それは、子供には、分からないこと
それは、子供には伝わらないこと
そして、子供は聞いてくるんだ
もう、大人は信じられない
パパ、わたしは自由にするわ

♪大人は何時も言うの
大人になるまで待ちなさい
それでは、魔法は終わってしまう
それでは、すべてが間に合わない

いきなり、暗くなる。お父さんが電気のスイッチを切ってしまったのだ。

お父さん   寝なさいといったら、寝なさい。後のことは、みんな明日のこと。




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