[月虹舎]


(イメージ)

いちばん悪い魔法
第01場
森島永年


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http://www.infonet.co.jp/apt/March/Aki/WorstMagic/01.html




お母さん   クッキーが焼けたわよ。
恵美     クッキーが焼けたんじゃなくて、クッキーを出したんでしょ。
双葉     そうよ、お母さんの出来る魔法って、クッキーを出すだけなんだもの。
お母さん   憎まれ口をたたく娘は、食べてもらわなくて結構です。
友里     私、お母さんの焼くクッキー大好き、だって、お店で売っているクッキーよりもずっとおいしいもの。
恵美     友里、あんた、胡麻すろうってんじゃないでしょうね。そりゃ、私達だって、お母さんのクッキーはおいしいと思っているわよ。だからって、おやつのたんびにクッキー食べてたら飽きちゃうわよ。
双葉     たまには、違うもののも、食べたいなって思うわよ。
お母さん   あんたたちには、食べてもらわなくて結構です。さあ、友里全部食べちゃっていいわよ。
友里     わーい、全部私んだ。
恵美     それは、ないわよ。食べないって、いっているわけじゃないでしょ。ちょっと、クッキーには、飽きたなって...ねえ、双葉。
双葉     そうよ、お姉ちゃんの言う通り。
おばあちゃん 何を騒いでいるんだね。また、わがまま言ってお母さんを困らせているんだろう。人間、辛抱が一番なんだから。
恵美     おばあちゃん、何をぼけているるのよ。私達は人間じゃないでしょ。世界で、一番意地悪な、魔女の血をひく魔女の一家なんでしょ。
双葉     そうよ、おばあちゃん、いつも自分で言っているじゃない。うちは、由緒正しき、いじわるな魔女の家系だって。
友里     ねえ、ねえ、由緒正しきってどういうこと。
お母さん   ああいえばこう言う。私、育て方を間違えたんでしょうか。
おばあちゃん いや、今回はお前たちが正しいね。おばあちゃんが間違っていたよ。私たちは人間じゃない。これは確かだからね。うん、じゃあ、こう言い直そう。魔女は、人間よりも、もっと辛抱しなくちゃいかん。
恵美     なによ、それ。もっと、ひどいじゃないの。辛抱しなさい。修業しなさい。私達、一体いつになったら、意地悪な魔女として、思う存分大暴れすることが出来るの。
おばあちゃん そのためには、まず修業をして、基礎を固めることじゃ。
双葉     毎日、毎日、カエルの啼き真似なんて飽きちゃうよ。
友里     友里、少し、うまくなったよ。ゲコゲコ。
おばあちゃん おじょうず。おじょうず。
双葉     お前、本当に胡麻すりだな。
友里     友里は、胡麻すりなんかじゃないよ。
恵美     おばあちゃん、私はね、早く意地悪な魔女になって思いっきり意地悪がしてみたいのよ。
お母さん   あんたは、そう簡単に言うけれど魔法というのは、そんなに簡単に出来るようになるものじゃないのよ。ねえ、おばあちゃん。
双葉     私さあ、不思議に思っていたんだけど。うちって、とってもいじわるな魔女なんでしょ、どうして、おかあさんは、いじわるな魔法が使えないの。母さんが使える魔法は空中から、クッキーをとり出すことだけ。ねえ、これのどこがいじわるな魔法なの。
お母さん   あの、それはね...
おばあちゃん それはだね...。
恵美     双葉ったら、馬鹿ねえ。分かりきったこと聞くから、お母さん返事に困っちゃったじゃないの。それはね、毎日、毎日、クッキーをおやつに出していたいけな姉妹をクッキー責めにして、苦しめるためなのよ。
双葉     なるほど...。
友里     友里、お母さんのクッキー好きだよ。
双葉     友里、ここであんたがそう言うことを言いだすと、話がとってもややっこしくなるの。一人で全部食べちゃっていいから、おとなしくしていて。
恵美     私の分は残しておいてね。
双葉     お姉ちゃん、どうしてそう食物に弱いの。
お母さん   友里、こんなお姉ちゃん達放っておいて、あっちでクッキー食べようか。実はね、チョコレートも買ってあるのよ。
友里     わーい、チョコレート、チョコレート。(退場)
恵美     ひどい、私も食べるってば...(退場)
双葉     お姉ちゃん、直した方がいいよ、本当に食物に弱い、その性格。私、思うんけど、そういう女の子って、大きくなってから、食事に誘われると、ホイホイ男の人についてっちゃう、頭の軽い女の子になっちゃうんじゃないの。...(ふっと気が付くとおばあちゃんがにこにこ笑っているだけ)...ねえ、私の分残っているんでしょうねえ。(退場)
おばあさん  まあ、けたたましい娘達だこと、早く意地悪な魔女になりたいですって。そのための修業もしないで。魔法ってのはね、一割の才能と、八割九部の努力、そして、たった一滴でも魔女の血をひいていることが必要なのよ。カエルの鳴声を練習させれば、毎日ゲコゲコやっているのは、カッコ悪いという。カエルをちゃんとイメージ出来なかったら、魔法をかけた相手を立派なカエルにする事なんて出来はしないんだからね。私の、ひいおばあちゃんが魔法をかけるのに失敗したばかりに、前脚が四本後脚が六本化物みたいなカエルにしてしまったことがあってね。こんなカエルにされたら、カエルにされたほうがびっくりして、脂汗をたらして当たり前だよ。こういう失敗に限って、末代まで語りつがれるようになるんだから。...とはいうものの、初心者ほど早く使ってみたいと思うのは、仕方ないのかね。...まあ、そろそろ魔法というものがどういうものなのか、分かってもいい頃かもしれないね。

椅子のうえに、本を一冊於いて退場。三人の姉妹がクッキーとチョコレートを食べ終わって登場。

友里     お姉ちゃん達、ひどい。クッキーは友里が全部食べていいって言ったじゃない。
恵美     私は、そんな事言ってないわよ。私の分は残しておいてって、言ったわよ。食べちゃっていいって言ったのは、双葉よ。
双葉     チョコレートとクッキーの組合せなら、食べ飽きたクッキーもおいしく感じられるの。だいたいね、一人で全部食べたら、豚になっちゃうわよ。友里、嫌でしょ。豚になるのは。
友里     友里、豚さん好きだもの。豚さんの真似だって得意だよ。ブウブウ、ブウブウ。
恵美     友里はいいわよ、頭が平和で。あーあ、退屈だわ。早く意地悪な魔法を覚えて、思いっきりいたずらがしてみたい。
双葉     私は、意地悪な魔法でなくてもいいから、宿題を全部やってくれる魔法を覚えたいわ。
恵美     あんた、それ早く覚えなさいよ。
双葉     お姉ちゃんも、出来たらいいなって思うでしょ。
恵美     別に私はそんな魔法覚えなくたっていいわよ。双葉が覚えてくれたら、双葉が私の分の宿題もやってくれればいいんだから。
双葉     お姉ちゃん、どうして、楽することばっかり考えるの。
恵美     私は意地悪な魔法か、とびっきり美人になれる魔法がいいな。すっごい美人になって、素敵な人とめぐりあって、燃えるような恋をするの。
双葉     すっごい美人、素敵な人、燃えるような恋。全然具体性がないじゃないの。すっごい美人って、どういう美人なのよ。
恵美     美人は、美人よ。すらっとしてて、目が大きくて、色が白くて。
双葉     そんなの、個性も何にもないじゃないの。ただの、お人形でしょう。素敵な人ってのは、どういう人なのよ。
恵美     だから、背が高くて、スポーツが出来て、優しくて...
友里     友里は、お父さんみたいな人がいいな。
恵美     友里、もう少し大人になると分かるけれど、お父さんは全然カッコ良くないんだよ。背だって、高くないし、スポーツだってやらないし、お金持ちでもないし、ディズニーランドだって、三年に一回しか連れてってくれないんだから。
双葉     そうよね、うちのお父さん、全然普通の人だものね。魔女と結婚するとしたら、もう少しパットした所があってもいいと思うけれど、お母さんの好みって私もわかんないわ。
友里     お姉ちゃん達、お父さんが嫌いなの。
恵美     嫌いじゃないわよ。だって、お父さんは、お父さんだもの。でも、もう少し、カッコ良かったり、お金持ちだったら、いいなって思うことあると思わない。せめて、ディズニーランド、年に、一回ぐらい連れて行ってもらいたいわよね。
双葉     魔女のお父さんが、エレベーターの修理屋さんだってのはカッコ悪いしさ。ねえ、普通魔女ってのは、悪魔と結婚するんじゃないの。
友里     お父さん、悪魔じゃないほうがいいよ。友里、お父さんは今のままでいいよ。
恵美     そうよ、悪魔だったら、尻尾がはえていたり、牙がはえていたり、すっごい恐い顔していたりするわけでしょ。
友里     友里、そんなお父さん嫌だ。
双葉     分からないわよ。今は人間の姿をしているだけで、本当は、恐い恐い悪魔だったらどうする。
友里     お父さんは、悪魔なんかじゃないよ。お父さん、優しいよ。
恵美     双葉、友里をからかうのはやめなさいよ。友里、安心しなさい。お父さんは普通の人なんだから。私達には優しい、お父さんでしょ。三年に一回しか、ディズニーランドへ連れてってくれないのは欠点だけれど...
双葉     分かっているわよ。お父さんがもし、本当に悪魔だったら、エレベーターの修理屋さんなんてしていないわよ。
恵美     そうよね、お父さんが悪魔だったら、ディズニーランドだって、魔法でぱっぱと入れちゃうわけでしょ。タダで...
双葉     ねえ、お姉ちゃん、何で、そんなにディズニーランドにこだわるわけ。
恵美     聞いて、聞いて。今日、同じクラスの、青木裕子がさあ、みんなに言って回っているのよ。「今年の冬休みは、三泊四日でディズニーランドへ行ってくるの。すぐ傍のホテルに泊まって毎日遊んでくるの」だって...・
双葉     青木裕子って、あのすっごい生意気な女でしょう。恵美     行くのなら、行くんで、黙って行けばいいのよ。それなのに、最後に私の顔を見て、「雨宮さんもお父さんに言って連れてってもらえば......でも、今からじゃあ、ホテルだって、予約が一杯で駄目でしょうけれどね。ホホホホホ」
双葉     そこまで言う。お姉ちゃん、当然言い返したんでしょうね。
恵美     当たり前よ。「おあいにく様、うちは、貧乏ですから、ディズニーランドなんて、三年に一回しか連れてって、もらえないの。ホホホホホホ...・」言ってて、自分が惨めになってね。
双葉     何で、本当の事言っちゃうのよ。
恵美     だって、嘘ついたってどうせ、すぐばれるし、「あら、あたしだって行くわよ」なんて、見栄はってよ、クラスの他の娘にお土産ねだられたりしたら、どうすんのよ。
双葉     あーあ、こんな時に意地悪な魔法が使えたら。
恵美     でしょう、私もそう思ったのよ。あーっ、意地悪な魔法が使えたら、青木裕子におもいっきり、意地悪な魔法を掛けてやるんだけどなって......。
双葉     魔女って、こういうことをきっかけに、魔法の修 業を一生懸命やるようになるんじゃないかしら。お姉ちゃん、がんばって修業して、青木裕子に意地悪な魔法をかけちゃえばいいのよ。
恵美     修業して、やっと魔法が使えるようになったとき、一体私はいくつになっていると思う。今から五年や十年たってから、あの時「ディズニーランドの自慢話をされて悔しかったから」って青木裕子をカエルかなにかにする魔法をかけて心がすっとすると思う。「悔しい」のは今なの。一週間以上も悔しさを覚えてなんかいられないわよ。
双葉     お姉ちゃん、その根性のなさは、欠点だよ。
恵美     私や、自分の悔しさぐらいで、努力なんてしたくないのさ。この私に、努力が似合うと思う。あーあー、楽して、魔法が使えるようになる方法ってないのかしら。
友里     ねえ、お姉ちゃん、この本、魔法って書いてあるんじゃないの。
双葉     どれ、双葉さんに見せてみなさい。お姉ちゃん、この本。
恵美     何よ、大声出して。
双葉     「悪い魔法のかけ方」だってさ。
恵美     ちょっと、見せて。
友里     友里も見たい。
双葉     あんたは、ろくに漢字が読めないんだから、見たってしょうがないでしょう。
友里     だって、友里が見つけたんだよ、この本は。
恵美     声に出して、読んであげるから「この本は、悪い魔法のかけ方を分かりやすく解説した本です。初めての人でもとってもうまくかけられます。」おーっ、双葉やったね。
双葉     すっごーい。ねえ、ねえ、どんな魔法があるの。
恵美     第一章「世界を滅亡させる魔法」
双葉     いきなりすごい魔法じやない。
友里     それって、どういう魔法なの。
双葉     世界が、なくなっちゃう魔法よ。ねえねえ、どうやるの。
恵美     読むわよ。「この魔法のかけ方はとても簡単ですが、一歩間違えると、あなた以外の人間は、みんな消えてなくなります。それでも良かったら、やり方を読んでください。ただし、呪文を覚えようとして、口の中で呟いたりすると、やっぱり世界が消滅することがあります。注意してください。」ねえ、双葉、この後に、呪文が書いてあるんだけど読んでみる。
双葉     止めた方がいいんじゃない。お姉ちゃんが、呪文をとなえたんに、私も、友里も消えてなくなっちゃうかもしれないんだよ。
友里     えーっ、 友里消えちゃうの。いやだあ。
恵美     ちょっと、私達にはすごすぎるわ。もうちょっと、手近な魔法がいいと思わない。
双葉     次の魔法を読んでみてよ。
恵美     次ね、「第二章、戦争を起こす魔法」
双葉     それも、やめない。呪文をとなえたとたんにミサイルが飛んで来るかもしれないよ。その次は...
恵美     「第三章 伝染病を流行させる魔法」
双葉     それだったら、いいじゃないの。青木裕子を病気にして、ディズニーランドへ行けなくしちゃうのよ。
恵美     それ、いいかもしれない。じゃあ、読んでみるね。「この魔法はとっても簡単ですが、一度かかった病気は決して治ることはありません。次から、次へと人へ伝染して、みんな死んでしまいます。かけた本人に、伝染することもあるので注意してください。」やだよ、こんな、魔法。この本、何でこんな魔法ばかりなのよ。
双葉     もっと、安全な魔法はないの。
恵美     「第四章 地震を起こす魔法 第五章 火山の噴火を起こす魔法 第六章 大嵐を起こす魔法」
双葉     もっと、平凡な魔法はないの。相手をカエルに変えるとか。蜥蜴にしちゃうとか。お姉ちゃん、最初の方はすごい魔法ばっかりだから、もっと、後の方を見てみたら。
恵美     分かったわよ。えーっと、「第六十四章 いちばん悪い魔法」
双葉     世界を消滅させたり、戦争を起こしちゃうより、悪い魔法があるわけ。そんなんじゃなくて、もっと簡単なのでいいよ。
恵美     だって、この魔法が最後の魔法なんだよ。読んでみるね。「この魔法は人によっては、かかったのか、かからなかったのか分からないのですがとっても悪い魔法なので人にかけてはいけません。ただし、この魔法で人が死んだり、病気になったり、することはありません」
友里     ねえ、この魔法って、どういう魔法なの。友里、全然分からない。
恵美     だから、とっても悪い魔法なのよ。
双葉     魔法をかけると、何が起こるわけ。
恵美     だから、かかったのか、かからなかったのか分からない魔法なのよ。
双葉     それって、なにもしないのと同じでしょう。
恵美     でも、「人によったら」と書いてあるから、かかったかなって、分かる人もいるわけよ。
友里     人にかけたら、いけない魔法なんでしょ。やめといたほうが良くないかしら。
恵美     そうよね、どんな魔法かも分からないし...。
双葉     続きがあるんでしょう。貸してみて、「この魔法は簡単ではありませんし、やり始めたら、途中でやめることも出来ません」
恵美     ほら、始めたら、やめられないんだよ。それに、簡単でもないみたいだし......。
双葉     なるほど、この呪文を唱えなければ、始まらないのね、やめましょ。危ないことは、やめといた方がいいって。
恵美     そうそう。それに簡単じゃないんでしょ。青木裕子に仕返しが出来ないのは残念だけど。
友里     友里、すこし残念だな。自分で魔法かけたことがないんだもの。一度ぐらいかけてみたいな。
恵美     友里、もう少し、危なくない魔法にしよう。あんただって、嫌でしょう、この地球から誰もいなくなったり、お父さんやお母さんが病気になったら。
友里     そしたら、友里はいい魔法も覚えてみんなを助けてあげれるようにするのよ。エゴイクラ、エゴイクラ、サバステ。なんてね。
双葉     今、友里何て言ったの。
友里     だから、良い魔法も覚えてね、みんなを助けるの。双葉     違う、その先。
友里     エゴイクラ、エゴイクラ、サバステ。
声誰に魔法をかけるのかい。
恵美     何よ、今の声。
双葉     友里、あんたが今言った呪文。
友里     呪文て...。
双葉     今、自分で言ったでしょう。どこで覚えたの。
友里     わかんないよ。なんとなく、口から出てきたんだよ。エゴイクラ、エゴイクラ、サバステ。ちょっと、すてきな呪文でしょ。
声さあ、早く言いなさい。誰に、魔法をかけるのかい。
恵美     あの、声は何よ。
友里     声って...・
双葉     友里が言ったあの呪文、この本に書いてある呪文と同じなの。「エゴイクラ、エゴイクラ、サバステ」友里ったら、いちばん悪い魔法を始めちゃったのよ。
声とっとと、魔法をかける相手を言わないと、お前達を地獄へ送り込んでしまうよ。
双葉     あの、実はですね、これは、ちょっとした手違いで私達魔法なんてかけるつもりはなかったんです。
声四回も呪文を唱えておいて、魔法をかけるつもりがなかったなんて言うのかい。そういう嘘つきは、すぐにでも地獄へ連れていってあげるよ。
双葉     嘘ついてるんじゃなくて...
声そっちの都合がどうであれ、呪文を唱えたら魔法は始まってしまうのさ。さあ、誰だい、魔法をかける相手は。言えないのなら、お前たちを地獄へ送り込んであげるよ。
恵美     やだよ、地獄になんか行きたくないよ。青木裕子、そう青木裕子に魔法をかけて。
声魔法をかける相手は青木裕子。今ここに魔法の契約は結ばれた。さあ、それでは魔法を始めよう。その本に書いてある通りに、、魔法を続けるんだ。一つでも、省いたり、手を抜いて、いい加減にやったり、本に書いてあるのと違うことをやると、お前たちは地獄へ落ちるんだよ。分かったね。
双葉     分かったわよ。
恵美     双葉、次にはなんて書いてあるの。早く読んでよ。双葉     焦らせないでよ、ええっとね、「歌を歌って踊りましょう」

♪曲が流れてくる。

恵美     双葉、友里、踊ろう。踊らないと、地獄行きだよ。友里     友里、この唄知らないよ。
双葉     元はといえばあんたのせいなんだからね、私達だって、知らないわよ、こんな曲、だけど、踊らなくちゃしょうがないでしょう。知らなくたって、踊るの。地獄へ何か行きたくないでしょう。
友里     ねえ、地獄って、どんな所。
恵美     いいから、踊りなさい。
友里     お姉ちゃん達行ったことある。
双葉     行ったことないわよ。いいから、踊りなさい。

♪ねえ、分かってよ、私の気持ち
 いつも、校舎の陰からそっと見てるのに
 鈍いあなたはいつだって
 サッカーに夢中なんだから
 サッカーやってるあなたはきらきら輝いて
 だから私は好きになったんだけれど
 でも、私のことを振り向いてくれないと
 淋しくなってしまうの

 魔法をかけたそのボール
 私に向かって飛んでこい
 そしたらきっとあなたは
 私のハートキックオフ

双葉     ねえ、この唄なんか、ダサクない。
恵美     余計なこと言うと、地獄へ送られちゃうわよ。

♪ねえ、気がついてよ私のこと
 いつも、校門の柱に背中をもたれかけ
 クラブの終わるの待っている
 仲間と一緒のあなたは楽しそうに通り過ぎる
 誰にでも好かれるあなただから
 私は好きになったけれど
 でも、私のことは気が付いて当たり前よね

 女の子は魔法使い
 年頃になったら変わってしまうわよ
 その時あわててみたって
 遅いんだから

友里     何だか暗くなってきた。
恵美     地獄へ向かっているんじゃないでしょうね。
友里     地獄って暗いの。
恵美     そんなの知らないわよ。
双葉     くっちゃべっていないで、ちゃんと踊ってよ。

♪ねえ、気がついてよ私のこと
 あなたの部屋の窓の下
 いつも、夕暮時には立っている
 しつこくしたら嫌われるって
 分かっては、いるんだけど
 二人で同じ夕焼けを
 見ていたいの

 女の子は魔法使い
 年頃になったら変わってしまうわよ
 その時あわててみたって
 遅いんだから

 完全に真っ暗になってしまう。

双葉     何よ、一生懸命踊ったし、唄ったじゃない。
友里     へっへっへっ、お化け...
恵美     キャー
双葉     友里、止めなさい、お姉ちゃんが暗いところ苦手 なのは知ってるでしょ。
友里     つまんないの、ねえねえ、ここって地獄。
双葉     分からないわよ、私達だって、始めてきたんだから。おまけに、こう真っ暗じゃあ、どこなのかさっぱり分からないもの。
恵美     私、もうこんなの嫌だ。
双葉     お姉ちゃん、年上なんだからしっかりしてよ。
恵美     別に、好きで年上になったわけじやないもの。
友里     あっ、誰か来るよ。
裕子     どうして、洋服ダンスをあけたら、こんな所へ入りこんでしまうわけ。服を着替えようとしていただけなのに、タンスに吸い込まれなくちゃいけないわけ。前々から、あのタンスは安物みたいだから私、気に入らなかったのよ。ねえ、どなたかいらっしゃらないの。ここはどこですの。はっきり言って、私こういうのって、我慢できないんですのよ。
恵美     あの、気取ったしゃべり方は青木裕子だ。
双葉     ということは、ここは魔法の続きなのよ。
恵美     本には、次になんて書いてあるの。
双葉     暗くて読めないよ。
友里     明るくなればいいのに。

 本の所だけ、明るくなる。

友里     あーっ...
裕子     誰かいるの。今、話し声が聞こえたわよ。
恵美     誰も居ませんよ。
双葉     馬鹿ね、誰も居ないなら、返事はないのよ。
裕子     ここはどこ、あなたたちは誰なの。
恵美     ここはどこかって聞いているわよ。
双葉     私達だって、知らないわよ。
友里     本にはなんて書いてあるの。
双葉     本当のことが、鏡のように見えてくる世界にいます、って書いてある。
友里     本当のことが見える世界だよ。
裕子     悪戯して、私をからかっているんでしょう。早く、うちへ戻してくれないとひどいからね。
双葉     別に、悪戯してるわけじゃないんだけどな。
裕子     本当のことって、どんなことなのよ。
恵美     本の続きはどうなっているの。
双葉     魔法をかけられた相手はここで本当の自分と向かい合うことになります。ある人にとって、いちばん恐いのは、自分自身 かもしれないのです。さあ、次の呪文を言いなさい。
恵美     「カバラ、カババラ」

 すると、恵美が青木裕子に変身してしまう。

裕子     あんた、誰よ。
恵美     私、青木裕子。(独白)どうして、どうして私が青木裕子にならなくちゃいけないのよ。
裕子     青木裕子は私の名前よ。
恵美     そうよ、私は鏡のなかのあなたなの。(独白)勝手に、口が動いちゃう。
友里     信じられない、お姉ちゃん、そっくりになっちゃった。
双葉     やっと、魔法らしくなってきましたよ。
裕子     あなた、本当に私なの。
恵美     そうよ。
裕子     私って、こんなにブスなの。
恵美     あの、私はあなたなの。
裕子     毎日鏡に映っていた私は、幻だったの。脚だって、こんなに太くなっちゃって。嘘よ、これは悪い悪戯だわ。
恵美     私は鏡のなかのあんただって言っているだろ。
裕子     ふん、私はあんたみたいなブスじゃないわよ。
恵美     悪かったわね、ブスで、自分で自分のことをブスだって言ってれば世話ないわよ。
裕子     スタイルだって、もっと良いわよ。
恵美     御免なさいね、スタイル悪くて、でもね、私はあんたで、あんたは私なの。
裕子     あんたが私だっていう、証拠でもあるの。悪戯じゃないって証拠でもあるの。私、絶対にあんたが私だなんて認めないからね。
恵美     私、この年になっても、ぬいぐるみのコロスケと一緒じゃないと眠れないの。
裕子     ぎくり、...どうして知っているのよ。
双葉     今明かされる、思いがけない真実。
恵美     (独白)本当だ、どうして知っているんだろう。
裕子     黙ってちゃわかんないでしょ。
恵美     だから、私はあなたなんだってば。もっと、一杯知っていることがあるわよ。ディズニーランドへは、お父さんと一緒に行くんでもなければ、お母さんと一緒に行くんでもないの。親戚の叔母さんと一緒にいくって事だって、知っているわよ。お父さんも、お母さんも、忙しくて、休みが取れないから。
裕子     私は、ディズニーランドへ、行きたいだけなの。ディズニーランドへ親と一緒に行ったってつまらないでしょう。もう、子供と、違うんだから。
恵美     強がり言って、お父さんと一緒だったら、もっと楽しいだろうなあって、思っているくせに。
裕子     仕方がないでしょ、仕事が忙しいんだから。
恵美     本当は、別にディズニーランドへだって行きたいわけじゃないんだもんね。
裕子     学校へ行っても、塾へ行っても、友達とうまくしゃべれないの。話すことが見つからなくて、...みんな、キャア、キャア楽しそうでうまくしゃべろうとするんだけど、話すことがないから、自慢話になって、...だって、みんな感心して聞いてくれるし、お土産買ってくればありがとうって言ってくれるし...
恵美     しゃべることないもんね、お父さんとお母さんが帰ってくるまで一人で待っているんだし、帰ってきたって、二人とも話しもしないで寝てしまうし...
裕子     お父さんと、お母さんが仲が悪いんだ。時々、お父さんが出張しているときなんか、お母さんに知らない男の人から電話が掛かってきたりする。私、聞きたくて、聞きたくてたまらない。ねえ、お母さん、今の電話の人誰って。
恵美     もういいわよ。やめなさいよ。
裕子     見栄はったって、威張ったって、他人いじめたって、結局自分が惨めになるだけだって、分かってるわよ。陰口たたかれてさ。
恵美     だったら、自分から、相手に飛び込んでいったら。雨宮恵美なんて、とても良い娘だと思うけど。話相手になってくれるんじゃない。
裕子     どうして、雨宮恵美がいい娘なのよ。
恵美     良い娘じゃないの。
裕子     あんた鏡のなかの私なんでしょ、私は絶対に、雨宮恵美だけは赦せないの。知っているでしょ
恵美     孝くんのこと...(独白)そういうことだったの。
裕子     そうよ、私の孝くんを奪っていったのよ、あの女。恵美     そんな、奪うとか、奪わないとか、私達まだ子供なんだから。
裕子     あんたは、私なんでしょ。そんな、気の弱いこと言ってどうするの。生存競争が厳しいんだからね、つまんない男の子なんてごろごろ残っているけれど、これは、と思うようなのには、女の子が群がっているんだから、困ったことに良い男の子に限って、雨宮恵美みたいのとくっついちゃったりするのよ。
恵美     ちょっと、雨宮みたいなのが、って言い方はないんじゃない。
裕子     だって、食べることしか考えていないような女なんだよ。雨宮って。
双葉     鋭い、あたっているだけにお姉ちゃん何も言い返せない。
友里     ねえ、孝くんって誰。
双葉     お姉ちゃんのボーイフレンドよ。結構良い男なのよ。
恵美     そんなこと、考えてるから、孝くんに嫌われちゃうんじゃないの。もっと、気楽に友達、ぐらいに考えればいいんじゃないの。もっと、素直で、優しい娘になればいいのよ。
裕子     あんた、私なんでしょ。そんな、素直で、優しい、なんてキャラクターが私に似合っていると思う。お父さんと、お母さんが仲が悪くて、私は悲しいけど、ああ、私悲しいの、なんてためいきついて、めそめそ泣いているなんてできゃしないわよ。そんなことが出来てたらね、...出来ないから、私は私なんじゃないの。(ストップモーション)
声さあ、相手がどういう人間か、よおく分かっただろう。どうする、お前がしたいように、望むがママに、希望をかなえてあげよう。古典的に、カエルにでもしてやろうか、それとも、紙風船にして、風で吹き飛ばしてあげようか。
恵美     ここでの記憶を消して、元に戻してあげる。これが私の望み。
声本当に、それでいいのかい。
恵美     そうよ、もしも青木裕子が素直でいい娘になってしまったら、青木裕子の悪口を言えなくなっちゃうじゃないの。そんな、つまらないことって、ないよ。
双葉     だって、せっかくのチャンスだよ。
恵美     私が、雨宮恵美であるように、青木裕子は青木裕子であった方がいいの。
声それでは、石は石に、木は木に、青木裕子は青木裕子に、水は川に、鳥は空に、青木裕子は、部屋のタンスの前に。

 雷鳴が響いて、すべてが逆転していく。三人は、元の部屋にいる。

双葉     思いっきり、意地悪することだって、出来たんだよ。
恵美     この魔法は、やっぱりとっても悪い魔法だよ。
双葉     だって、これじゃあ、青木裕子は魔法にかかったかどうか分からないじゃないの。
恵美     そうじゃなくてね、魔法をかける私達にとって、悪い魔法なの。魔法をかけたい相手に自分がなってしまったら、相手の悩みや、苦しみだって、みんな分かってしまうんだよ。あの、意地悪な、青木裕子にだって、誰にも言えないことが一杯あるんだもの、他の人にこの魔法をかけたら、意地悪なんて出来なくなっちゃうよ。
双葉     そういや、そうかもしれないね。
友里     ねえ、何でお姉ちゃん、もっと意地悪な魔法をかけなかったのよ。カエルにしてみたかったな。友里ね、魔法にかかったかえるってまだ見たことないんだよ。恵美、友里、お姉ちゃん達の話を聞いていなかったの。
双葉     こいつ、まだ子供なんだから、しょうがないってば。
友里     友里は、もう子供じゃないもの。
双葉     分かったわよ。ねえ、お姉ちゃん、お腹すかない。恵美     そういえば、もう夕ご飯の時間だよね。
双葉     お母さんも、クッキー出す魔法じゃなくて、ご飯出す魔法を覚えれば良かったのよ。私結婚する前に、絶対に、覚えるんだ。
恵美     私は、ものを移動させる魔法がいいわ。あんたの家であんたが魔法でご飯出すでしょ、そしたら、ぱっと、移動させて、うちでたべんの。楽よ、献立考えなくてもいいもの。
双葉     お姉ちゃん、そのずぼらな性格なんとかしないと、孝くんに嫌われちゃうよ。
恵美     だって、大人になってまで付き合っているかどうかわかんないじゃない。私が、もっと美人になれば、もっと良い男の子だって、現れるかもしれないし...
双葉     呆れた、青木裕子の方がよっぽど真剣で、可愛いわよ。
お母さん   ご飯ですよ。
三人     はーい。
恵美     ねえ、ねえ、お母さん、お母さんとお父さんって、どうして知合ったの。
お母さん   いきなり、どうしたの...
双葉     お姉ちゃんたら、恋してるんだよ。
恵美     そんなんじゃ、ないったら。ねえ、お父さんって、どういう感じだったの。
お母さん   教えてあげるから、ご飯食べちゃいましょう。

 恵美、双葉、お母さん退場。友里は、膨れっ面していたが。

友里     お姉ちゃん達は友里のこと、子供だ子供だって言うけれど、友里は年は言ってないけど頑張っているんだからね。(魔法の本を取り出し)へっへっへっ...さっき、どさくさに紛れてしまっておいたんだ。もともと、この本は友里が見つけたんだからね。
双葉     友里、お父さん帰ってこないけれど、ご飯食べちゃおうって。......何してんのよ。
友里     魔法をかけるのよ。
双葉     その本は、危ないってば。
恵美     ご飯よそったよ。冷めちゃうから、早く食べよう。双葉     友里、その本をこっちによこしなさい。
友里     ヤダ。私魔法をかけるんだ。
恵美     ちょっと、まさか、その本の魔法を...やめてよ、友里。私達、みんなが消えてなくなるかもしれないんだよ。本をよこしなさい。
友里     絶対に、ヤダ。
双葉     ようし、こうなったら、腕づくで取ってやる。
友里     エゴイクラ、エゴイクラ、サバステ。
恵美     また、踊らなくちゃいけないの。

 何も、起こらない。

友里     エゴイクラ、エゴイクラ、サバステ。どうして、声が聞こえてこないの。(本を開く)何にも、書いてない。
双葉     (本を取り上げて)本当だ。最初から、最後まで真っ白け。本が違うんじゃないの。
友里     そんなことないよ。だって、抱えて持ってきたんだもの。
おばあちゃん ほら、ご飯が冷めちゃうよ。お母さんが、怒ってる。早く食べに行かないと、夕ご飯抜きになっちゃうよ。
恵美     ヤダよ。家のお母さん時々本気で、ご飯抜きするんだもの、私行くからね。
双葉     友里、私達も行こう。
友里     だって、...
双葉     この本に書いてあった魔法は、私達には必要がない魔法ばかりだったんだよ。そのうちに友里にも分かるから。本当に、ご飯抜きにされちゃうから行こう。

双葉と、友里退場。

おばあちゃん なんにも、書いてないだって、馬鹿言っちゃ、いけないよ、ほら、ちゃんと書いてあるじゃないか。(ページを開くと本の中が書いてある)ただね、この本の中身は、自分で書いてやらなくちゃいけないのさ。もっと、修業をすれば、自然と本の文字も埋まってくるのさ。
お母さん   呼びにいった人がいつまでもこないんじゃ示しがつきませんよ。お母さん
おばあちゃん あっ、こりゃすまんことしたね、
お母さん   いちばん悪い魔法は、うまくいきましたか。
おばあちゃん 気が付いていたのかい。
お母さん   私も、ひいおばあちゃんにやられましたから。
おばあちゃん 友里を、除いては魔法使いにゃ向きそうもないね。お母さん、魔法で幸せになれるわけじゃありませんからね。
おばあちゃん 幸せになれる魔法も、あるかもしれないよ。
恵美     お母さんも、おばあちゃんも何しゃべってんのよ。みんな、待っているんだから、さっさと来てよ、片付かないでしょ。
二人     はい、はい...。(退場)

友里     これで、「いちばん悪い魔法」はおしまい...のはずでした。ところが、簡単に終わるわけにはいかなくなったのです。(退場)




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