[月虹舎]


(イメージ)

貧乏な地方劇団のための演劇講座
第9章
照明
森島永年


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http://www.infonet.co.jp/apt/March/Aki/Binbou/09.html



 舞台照明は重要なことだと分かっていながらなかなか手を出しにくいスタッフ作業だといえる。会場に電源があればまだいいが、15Aの電源しかなかったり、必要な器材の手配もなかなか難しいかもしれない。ホールによっては素人が手を出したりすることを嫌がるところもあり、劇団員であっても照明器材に手を触れたことがないという人は多いだろう。
 それでもこの20年ぐらいの間に照明の技術には著しい進歩があり、すぐれた入門書も多く出版されている。牛丸光夫著[やさしい舞台照明入門](彩光社)はよく書けてている本で、基本的な舞台照明のことはこの本を読んでもらったほうが分かりやすいだろう。 またこの章では、ホールの照明についてはあまり触れないことにする。ホール照明については[やさしい舞台照明入門]や[初歩の舞台照明の手引き](中部舞台テレビ照明家協会発行)などを参考にしてほしい。
 照明を難しくしている理由の一つに照明の用語がある。サスペンションやシーリング、タワーやバルコニーライトとやたらに横文字が並ぶので取りつきにくいのだろう。ここではなるべくそういう言葉を使わないつもりだが、無意識のうちに出てきてしまうかもしれない。




09-01
照明プランを立てる


 細かいことを言っていても始まらないので、照明プランの立て方からいきなり入る。プランの立て方を説明しながら器材の使用方法等について順番に説明を加えていく。
 テキストは[第3章 脚本]にも登場した[カサブランカ]、会場は初めて使う歌声喫茶[タンポポ]である。この会場の電力は15Aで、家庭電力としても小さいほうだろう。15Aというのは通常ならば小型のスポットライト三台分の電力であり(500W×3=15A×100V)この二つの芝居はとてもそんな単純な照明では不可能となる。実際にこの会場に持ち込んだのは、以下のような器材である。


調光機
2.0kW×6回路
1台
1.5kW×6回路
1台
1.0kW
2台
ボーダーライト
60W
6灯/3回路
T1型スポットライト
300W
2灯
シールドビームライト
50W
5灯
パラボラライト
100W
2灯
ランプピンスポット
300W
1灯
ストロボ
-
1台


 各ライトには場面ごとに違う役割りをもたせたかったので、各ライト一つに1回路ずつをあてることにした。リストに挙げた照明を全部点けたとしても、1.6kW強である。たったこれだけの電力でOKなのは、会場が客席を含めて15m×4m程度と小さいうえに100Wや50Wの店舗のショーウインドゥ用ライトをたまたまもらうことが出来たことによる。この100Wや50Wのライトがなかったらこの企画そのものを考えなかったかもしれない。
 図9−1に企画全体の照明配置図を示す。地明かりは60Wボーダーライトを使っている。[カサブランカ]ではこの照明のうち半分ぐらいを[グッバイガール]ではこのほとんどの照明を使用している。


基本照明配置図


 [カサブランカ]の場面設定は二つ(男が女を待っているレストラン、二人が歩く街のなか)しかない。図9−2に照明配置図を示す。


[カサブランカ]照明配置図

[グッバイガール]照明基本図


 レストランは比較的明るめとなるように、街のなかは夜のシーンなのでブルー系の色をかけている。シーンの切り換えは比較的早いフェードアウト(暗転)でつなぐ、とこういうふうに文章で書いてもほとんどよく分からないので、一般的には表9−1のようなQシート(きっかけ一覧表)を作成する。Qシートを作ってみるとこの短い芝居で、これだけ簡単な照明器材でも11も照明のきっかけが必要だということが分かる。もっとも、会場が大きくなったからといって、実際のきっかけの数は変わりはしないのだが。
 舞台照明を何回かやったことがあれば、配置図(仕込み図とも言う)とQシートと台本、それと線番表(もしくは差し込み表、今回の場合はQシートの〓から〓までの部分にどのフェーダーにどのライトが入るのか記入してある)があればかなりの線まで実際の舞台のイメージがつかめるのだが、慣れないうちは何が何だかさっぱり分からないに違いない。
 これらの二本の舞台はビデオテープが残っている。実際の舞台の照明は少し違っているのだが、ビデオを観ながら読んでもらうと分かりやすいかもしれない。
 さて、この照明の欠点について考えてみることにする。

○前明かりだけで横からの照明がない。同様に後ろからの照明もない。


ライトの位置と影の現われ方との関係


 △図のように、照明というものは一方からだけ当ててしまうと、人物や装置がのっぺりとして平面的に見えてしまうという問題が起きる。これを避けるため、横からのライト(ステージスポット、略してSS)や、上からのスポット(サスペンションスポットライト、略してSus)を使うことによって立体感を出す必要がある。この会場は天井が低かったので役者の上にスポットをつるわけにもいかず、幅がないのでステージスポットを使うこともままならなかった。

○いずれにしても1.3kWの照明では暗い。
 全体でスポット2台分にしかならない照明では暗すぎる。

○特殊なライトが多いので一般的ではない。
 全体の電力が小さいので、特殊なライトを多用している。このために、一般的な話にならず、この講座本来の目的から外れてしまった。ちなみにボーダーをのぞいて全部を500Wのスポットに置き換えるとそれだけで50Aの電力が必要となる。もっとも、これぐらいの電力ならちょっとした場所ならなんとかなるかもしれない。
 フアッションビルのスタジオ(水戸だとサントピアのサウスコア、静岡だとアピタ地下イベントホール)の電源だと200Aぐらいは使える。ただし、丸ごと全部使って200Aである。客電や音響などのほかの電力を考えると、とてもそこまでは使えない。


09-02
調光機を用意する


 照明の灯体を明るくしたり、暗くしたりするためにはスイッチでばちばち点けたり消したりするのと、調光機を通して明るさをコントロールする方法の二種類がある。
 スイッチによる方法は明るさのコントロールが出来ないので最近の芝居ではまったくといっていいほど使われていない。
 調光機にもいくつかの種類があって大きく次の二つに分けることができる。

○電圧をコントロールするもの
例  スライダックトランス等

○電流をコントロールするもの
例  サイリスタ、トライアックを使ったもの

 電圧をコントロールするものは、トランスを使って電圧を上げたり下げたりするものであり、最近ではこの形で照明をコントロールしているところは少なくなってしまった。理由は電流量が大きくなるとトランスが大きくなること、低電圧で使用しょうとすると発熱量が大きくなり、接触する電極のカーボンが燃えだすなどの事故が起きやすいためである。
 最近ではトライアックというスイッチング素子が小型で安くなったため、ほとんどの調光機がトライアックを利用した電流制御方式を採用している。このタイプの調光機は大きく分けると更に次のようになる。

○メーカーが作って売っているもの
 コンピューター内装の物から、2シーン以上を組み込めるもの、マスターフェーダーがついているものまでさまざまなものが出ている。最低の物でマスターフェーダー付きで6回路25万円ぐらいで買える。テレビの歌番組みたいな照明をやろうとすると最低でも24チャンネルぐらいのコンピューター内装の調光機が必要。値段は知らないが200万円ぐらい出せば買えるのではなかろうか。

○市販の壁組み込み型の調光機の組み合わせ
 最近はこの手の調光機が以前の半額以下になり、1kWでも5000円ぐらいで買える。これを通風の良い箱に組み込んで使う。[月虹舎]では川津重夫が作ったものがあり、テント公演などではこれがもっぱら使われている。


図 9−5 川津君の作った調光機


 この方式の欠点としては、フェーダーが小さいこととヒステリシスが発生しやすいことが挙げられる。ヒステリシスというのは、フェーダーを上げたときと下げたときで明るくなるスピードや暗くなるスピードが違ってしまうという現象で、これがあるとフェーダーのポジションを決めにくいうえに、ゆっくり暗転するつもりだったのに急激に暗転してしまうという失敗を起こしやすい。

○自作
 マスターフェーダー付きは素人では製作に無理がある。簡単なものならキットが数社から出ているので、キットを利用するといい。[月虹舎]では秋月電気通商のトライアックキットを利用している。
 照明機材を自作するときの注意として、必ず次のものを作りこんでおくようにしたい。

・放熱板
・ファン(出来れば)
・直結と調光の切り換えスイッチ
・ヒューズ
・ボリュームはスライドボリュームに
・ケース

 これらは、キットとは別に材料を買ってこなくては作れないものばかりなので、結局必要になる費用はキット本体の値段の数倍に跳ね上がる。6回路用の部品は大体2〜4万円で手に入る。このうち入手の困難なのは受電端子とスライドボリューム。スライドボリュームは最低50kΩ、出来れば1MオームのB型、35mm以上のストロークの物が必要だが、売っているのは10kΩがほとんど。このため、スライドボリューム式の調光機を作ろうとするのなら、まず、最初にスライドボリュームを手に入れる必要がある。値段が高くてもいいのなら、丸茂電機など調光機を昔から作っているメーカーから購入するといい品物が手に入る。
 調光機の回路図の例は巻末資料に示しておく。
 製作するときには電気の知識がある人間が作ること。20A用のトライアックに20Aの電流を流すとトライアックはまず壊れる。また、内部の配線材料が15Aまでしか使えない線を使ってあれば、20Aは流せないことを知らないととても危険だ。
 [月虹舎]では現在まで4台の調光機を作っている。第一号機は一万円で[アクアク]に売却された(かなりひどい出来だったので心苦しく思っている)。この資金を元手に二号機三号機を製作した。二号機は火事で消失。三号機は現在あまり使われていない。四号機は最近作ったものだが、自分でなにかやる時用にと静岡に引き上げてある。
 演劇をやるのに調光機は必ずしも必要ではない。会場にある場合も多いし、他の劇団から借用するのも一つの手である。しかし、後何回路かあればいいな思う時が結構あるものだ。手元に一台、6回路ぐらいの小型の物と、2回路ぐらいの物があれば便利だろう。調光回路、一回路あたりの容量は20Aぐらいが使いやすい。


09-03
自作できる照明器具


 原則を言えば、自分で照明器具を作っても効率が悪くてほとんど使いものにならない。また、安全面についても放熱処理がうまくなされていなかったりして、問題がある。

 例外的に自作して楽しめる照明としてはストロボがあるだろう。
 自作とは言ったが、実はストロボはキットがあって安く売っている(*00)。注意することは、売っているのは裸のままなので、ほかに自分でケースなどを用意しなければならない。また、ストロボで使う電圧は数万kVにもなるので、取り扱いには十分注意すること。電気に弱い人は死ぬこともある。
 最も安全な方法としては、タミヤ模型から出ているストロボキット(2500円ぐらい。キットといっても実は立派な完成品)を懐中電灯の中に仕込んで使うなどの方法が考えられるだろう。


ストロボキットの使い方
(原稿紛失のため転載不可)


 ストロボは、瞬発性をもつため電力の割りには結構楽しめる。[グッバイガール]では雷の光を表現するのにこのストロボキットを使った。こういう使い方をするときは、ACアダプターを使えるようにしておくと便利だ。元電源を入れるだけでストロボが発光してくれる。

 このほかにも、空缶を利用したフットライトなど作ろうと思えば作れるものも多いが、結局買うか、借りたほうが安くつくような気がする。


09-04
どうすれば照明が分かるようになるのか


 本来照明というのは比較的簡単で、4〜5回経験すれば、たいていの人が簡単なプランぐらい立てられるようになる。いや、一回も経験がなくても本さえ読めれば、簡単なプランなんかすぐ出来る。ただし、照明器材にいつでも触ることの出来る環境にいればの話だが。
 一番難しいのは、照明の仕込みというのは時間の制約が大きいことにある。会場へ入れるのは当日しかなくて、当日の会場での舞台を想像して、仕込み図を書くのだが、思いがけない計算違いがあるのはしばしばだ。
 良い方法は実際の会場を利用した照明講座を開くことだろう。市民演劇祭のように一つの会場を何団体も利用するような時、まず全劇団の照明係を集めて、講習会を開き、全劇団の日程が終了したところで、反省会を兼ねて講習会を開くのが遠回りのようで一番の近道だと思う。


09-05
照明をうまく見せるコツ


 "照明がいい舞台でした"といわれるのは、照明係にとってうれしい言葉ではない。それは照明だけが浮いた舞台という意味にも取れるからだ。逆に"照明がひどい舞台でした"といわれても困る。私なりの照明をうまく見せるコツをいくつか書く。

○舞台を見せる時と照明を見せる時を分ける。
 役者の台詞が入っているときは基本照明とし、入退場のような時にきめわざを入れる

○全部をうまくやろうとしない。
 数が少ないからきめわざなので、欲張らない。

○思いがけない位置から光を出す。
 手が光る。窓ガラスに書いた文字が光る。など、もっと単純に窓ガラスの向こう側が光っているだけでも感動的なシーンを作ることも可能。

○単純な発想でプランを立てる。
 今まで一番感動したのは、通過する列車の窓の光を舞台で観たとき。後でどうやったのかを聞いたら、スポットライトの前で二枚の段ボールを交互に振っていただけだとのことだった。仕掛けは単純に超したことはない。
 以上思いつくままに書いてみた。


09-06
照明係はこんなことを言われると困る


 照明の仕事は演出との二人三脚。だからといって、こういうことを言う演出に出会うと困ってしまう。

○予算を無視した要求をする。
 会場の電力は30Aしかないのに、明るい照明をやれという演出家。やってやれないことはないが、スポットライトがいっぱい必要。舞台面を何面も設定してくれる演出家も困りもの。照明の数がやたらと増えていく。

○全編不気味な感じにしてくれとか、特殊な照明にしろという。
 たまにやるから異常なので、いつもやったら普通になってしまう。赤や青をかけると、のっけはショッキングだろうが、客はすぐに慣れてしまう。

○やたらスモークをかけたがる
 スモーク用にはスモーク用の照明があるので、これもあまり使いたくない。

○テレビみたいな照明にしろという
 テレビの最近の流行はバリライト(ライトがやたらと動くやつ)だ。一回セットするだけで40万円が、最低の料金。照明で使える予算が100万円以上ある時には使用を考えてもいいが。

○芝居の最中に照明に指示を出す
 照明の人間を馬鹿にしているとしか思えない。
 ほとんどの場合、照明をよく知らない演出家ほどこういうことをする。
 そう言えば、照明というのはタダだと思っている人がいる。照明は消耗品であり、100〜200時間使ったら球は切れるものと思って間違いない。球一つの値段は2000円から3万円。スモークと一緒に使う、ITOやACの電球は1〜2万円と思えばいいだろう。こういうライトを80台とか100台とか使うとなれば、それなりのお金がかかる。ITOで1000〜3000円/1台日の借り賃がかかると思えば間違いがない。


*00
 ストロボキットは下記の店で売っています。

株式会社小澤電気商会

電話
03-3253-4401
ファクス
03-3253-8535
アクセス
JR秋葉原駅下車
ニュー秋葉原センター内

 日曜日は営業していないようなので注意が必要です。実はきょう、キットを買おうと思って行ってみたら売り切れでした。来週には用意しておくと言ってくれましたが、そんなにたびたびは行けません。あらかじめ電話で連絡して入荷しておいてもらってから出かけるようにした方がよさそうです。




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