論文

芸術学部における共通専門科目としてのコンピュータ教育
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1. 実習における問題点−事例

 続いて、これまでコンピュータ演習の各課題の指導を通じて出会ったいくつかの典型的な問題点を課題ごとに紹介し、その原因と対策を検討する。なお、以下のAおよびBは入門課題、C〜Lは発展課題に関する報告である。

A 自画像

 鏡を見ながら描画システムを用いて自分の顔を描く。表現の方法は制限していないので、写実的に描いてもまんがのキャラクタのように記号化して描いてもかまわない。

ケースA 0
現象 ちょうど字を書くときのように、ふだん顔として知られている図形を自動的に描く。
頻度 実習の初期には数件。ただし最後までそのままで進むことはほとんどない。
問題 見慣れていると信じ込んでいる自分の顔の中に新しい発見をさせる狙いが生かされない。
分析 このような描き方をすると、すぐに作業が終って時間が余ってしまう。そこでこれではおかしいと考えてじっくり観察を始めるようである。
対策 このような回り道はかえって自然な動機づけにつながるので、放任しておいた方がいいと考えている。

ケースA 1
現象 自分の似顔絵の書き方が決っていてそのとおりに自動的に描く。
頻度 クラスに2、3件。
問題 A 0の場合と同じく観察の機会が失われる。
対策  9 2年度は、笑い顔とか泣き顔のような特別な表情を作って描くように制限を加えてみた。このように表情がついた状態で自分の顔が描ける学生はさすがに少なくて、しかたなく観察を始めていた。また、自分の顔がどのような表情を作ることができるのかいろいろ試す学生もいて予想以上の効果が得られた。

ケースA 2
現象 描画システムのイフェクトをむりに注ぎ込んだような作品を作る。
頻度 やや目立つ(程度の差はあるがクラスの半数)。
問題 イフェクトの目新しさだけに依存してしまう。
対策 放任して本人が見慣れて冷静に活用できるようになるのを待つ。新しい道具に触れて新鮮な驚きを感じることのメリットも残したい。

B バーチャルウォーク

 いわゆるハイパーテキスト作品を制作する。大学を中心とする半径 2 0 0 mの円周にかかる連続した3ブロックを選び、そこに含まれる交差点、曲り角、行き止まりでの風景をスケッチする。こうして得られた 3 0枚前後のスケッチを移動と方向の変化に対応するようにリンクして、マウスとディスプレーによる操作で切り代えて表示できるようにする。

ケースB 0
現象 分岐や収束のない紙芝居のような作品ができる。
頻度 半数程度( 9 1年度のみ)。
問題 分岐と収束はハイパーテキストにとって本質的な特徴なのでスキップされてはならない。
分析 9 1年度は各自の通学コースについて同様の制作を勧めた。ところが、特に電車やバスを利用している学生にとって通学路は全く線形であり、分岐や収束の余地がない。たとえば途中の駅や停留所で降りてもその先がどうなっているか知らないし、調べようとしてもその機会がない。 9 2年度はこの反省を踏まえて課題を変更した。
対策 上記のように、実習時間を利用して実際に調査ができる対象を設定する。また、取材の手順を十分説明しておく。

ケースB 1
現象 映像を切り替えるためのボタンが配置されていない。
頻度 半数程度( 9 1年度のみ)。
分析 このケースの場合、スケッチのアングルがまっすぐ進行方向を向いていないため、そもそも方向を切り変えたり次の交差点まで進ませたりすることができない映像が使われているのが原因であった。
対策 スケッチのフォーマットを明確に指示しておく。

ケースB 2
現象 テキストを構成する画面が少ない。
頻度 半数程度( 9 1年度のみ)。
分析 それぞれの絵を描くのに時間をかけすぎて、分岐・収束構造が入るほどの点数が揃えられなくなくなっている。
対策 スケッチによって取材するのではなく、スティルビデオとビデオスキャナを活用するようにできれば理想的であるが、設備の点で困難が多い。

C カード

 トランプ、タロー、マージャン牌などのゲームや占いに用いられるカードの図柄をデザインする。

ケースC 0
現象 セット全体のうちの1、2枚しかデザインできない。
頻度 選択したもののほぼ全員。
問題 セットとしての統一感が得られるようにデザインさせたいのに材料が揃わない。
分析 この課題を選択する学生は描画による表現を強く指向する傾向が強い。課題の目標が正しく理解されていないと思われる。
対策 選択の際に、この課題のねらいや性格が学生に明確に伝わるようにする必要がある。そのためには、トランプの数札のように、共通の図形(トランプの場合はスーツ記号)の組み合わせによって構成できるカードにテーマを限定した方がいい。

D カウントダウン

 映画フィルムの最初には編集や上映の便宜をはかるためにカウントダウンがついている。これにならって、各自専用の装飾がついた見て楽しいカウントダウンをアニメーション技法によって制作する。

ケースD 0
現象 素材として使うべき映像要素が描ききれなくて完成できない。
頻度  9 1年度は非常に多かった。
分析 この現象は、作業が遅くて起こるというわけではなく、むしろ何を素材として描けばアニメーションができるのか分らないために生じているように思える。アニメーションを作るのに慣れていないと、映像要素それぞれを美しく描くことによってアニメーション全体も美しくし上がるものと誤解することがある。この二つは一致していないばかりか、本演習の場合のように作業時間が限られている場合はむしろトレードオフにさえなることがある。
対策 つねに作品全体をイメージしながら制作を進めるのが効果的である。そのため本年度は、次の手順にしたがって作業するよう指導している。
・最初に音の部分を作る。1秒きざみでアクセントになる質の音を配置させる。
・それを繰り返し再生してカウントダウンに特有のリズムをつかむ。
・リズムに合せてイベントが起こるようにストーリを立てる。
・イベントに関係が深いフレーム(瞬間)およびキャラクタ(動く物)をまず作る。
・こうしてできた映像をスケルトンとして、ほかのフレームやキャラクタを追加させる。

E 百鬼夜行

 既成の写真を素材にしてコラージュを制作する。妖怪群像を描くことをテーマとして与えている。

ケースE 0
現象 素材の写真の本来の美しさだけに依存して制作してしまう。
頻度 作業の初期の段階ではほぼ全員にこの傾向が見られる。そのまま終了に至ってしまうケースも学年全体で1、2件はある。
問題 素材の本来の意味を考慮しながらそれとは違った別の意味を発見したり付加したりする、技法としてのコラージュのおもしろさに触れさせることができない。
分析 多くの新入学生たちにとって、既存の素材を自由に自分の作品の中に組み込んでグラフィックデザインを行なうことは、それまでの制作環境からすれば言わば待ちこがれていた経験である。そこで、学生たちは、コンピュータを使えばそれができることが分るとまず念願を晴らしたくて、グラフィックデザインのイメージに基づいて作業を始めてしまうのかもしれない。
対策 次年度からは、あらかじめ準備した、一見平凡な素材から作業をスタートし、あとで必要な各自の素材を追加させるように作業の手順を限定しようと考えている。一方、もしもほんとうに学生がグラフィックデザインとしての写真のレーアウトを実習したいと希望しているのであれば、むしろその動機を生かせる課題をほかに準備してやることもたいせつであろう。

F 乗換駅

 いくつかの路線の交通機関が集合離散する乗換駅の外形をデザインする。

ケースF 0
現象 直方体、回転体、柱体などシステムの機能で直接生成される形状ばかりが使われる。
頻度  9 1年度は非常に多かった。
分析 立体をデザインしていると、屋根と壁のように平面が非直角に交差する所がいくつかできる。ところが現在使っている教具のソフトウェアには平面の非直角な交差を作る機能が欠けている。この結果、オリジナリティのある形状が使えなくなってしまう。
対策 二とおりの対策の準備を並行して進めている。第1の対策は教具そのものの変更である。塊から始めて盛り上げたり削り取ったりして形状を生成するモデルに基づいたデザインシステムがあればこの課題に対してごく自然に適用することができる。いくつかの製品について機能を検討している。もう一つの対策は、システムの基本図形だけでもそうとうなバリエーションがあるところから、それをむしろ生かして造形をシミュレートできるような課題を設定することである。

G ストゥーパ

 球、円錐、円柱などの基本立体を組み合せてストゥーパ(仏塔)をデザインさせる。本来のストゥーパが5大元素の象徴として作られていたのにならって各自が想定する宇宙元素のシンボルを組み合せたものとして設計する。部品として使える図形の形態は限られているが、代わりに材質感は自由に設定できるので、これに重点をおいて制作を行なう。

ケースG 0
現象 要素立体が意味なく散らばっていて、明確な意図に基づいて配置されていない。
頻度 若干名(4、5名)。
分析 学生と面接してみると、このケースに当たる学生は要素立体が一とおり揃ったところで1回レンダリングしただけで、そのまま提出してしまっている。レンダリングさせるとフォトリアルなCGがとりあえず得られるため、それに満足してしまって自分でさらにそれをコントロールしないで満足してしまうのであろう。
対策  9 1年度は、モニュメントをデザインするという、より広いテーマを与えていた。本年度は、要素立体の配置に意味をもたせるため、ストゥーパをテーマとして与えた。元素を象徴させるために個々の要素にふさわしい配置を工夫しなければならないし、形態も塔に限られるので、構成に注意を向ける効果が期待される。

H xyz

 小説、歌詞、まんがの吹き出しなどの一部でアルファベットで書かれたものから題材を選ばせ、その印刷に使うのにふさわしいフォントをデザインさせる。

ケースH 0
現象 可読性が低い。
頻度 選択者の大部分。
分析 演習で使っている教具では、それぞれの文字のデザインをディスプレー上で 1 0 c m× 1 0 c m程度の大きさに見えるウィンドーの中で作図する。この大きさでは美しく見えても、通常の字の大きさでは実用にならない、という差が、工程の途中では分りづらいようである。
対策 作業の早い時期にα版を完成させ、それを実際に使って印刷をして、可読性に注意を向けさせることが必要である。

I ネットワークチャート

 自分と他人との人間関係をネットワークとして図示させる。

ケースI 0
現象 見てきれいな作品ができない。
頻度 選択者の大部分。
分析 実は、ネットワーク図を作図システムを使って描くのは意外に難しい。システムがアークのトポロジ(どのノードとどのノードとをつないでいるか)を管理していないため、ノードを動かすたびに、それにつながっている何本ものアークを自分で新しい位置まで曲げてやらなければならないのがその理由である。演習で使っているのはもともと作図システムなので、そのような機能を期待するわけにはいかない。
対策 作図の実習のためにはもっと自然に適合した素材を工夫するべきであろう。人間関係を自覚しそれをネットワークで表現する、という作業自体は芸術教育にとっても情報処理教育にとっても魅力的な課題であるが、むしろハイパーテキストの方がその表現の形態としては適していると思われる。

J 定点観測

 時系列の数量値データ(自分の体位の記録など)を集めさせ、それをグラフ化したり、比などの導出系列を自動計算させたりして法則を発見させる。

ケースJ 0
現象 系列の規模が小さくて特に解析するほどにならない。
頻度 選択者の大部分。
分析 時系列データは、ある程度の規模で集めて解析しないと、常識で知っている以上の発見がなかなか得られない。学生が4週間で調べられる程度の件数では実際に意味がある分析過程を体験させるのは困難である。
対策 何か効果的な調査対象を例として準備する必要がある。

K 蘊蓄ベース

 特定のジャンルで各自が詳しいことをまとめてカード形式のデータベースを構築する。

ケースK 0
症状 名称以外の説明がすべて単一のフィールドに記入され、切り分けが十分でない。
頻度 選択者の約半数。
問題 データベースに特有のエンティティとアトリビュートの考え方を、カードとフィールドのイメージを通じて体験させようとしたが失敗した。
対策 フィールド設計も含めて、データベースを構築する作業全体の手順を明確に示すことが重要である。

L 私のお気に入り

 生まれてから現在に至るまでに自分が体験した、自分が好きないろいろなもの/こととの出会いを年齢順に並べて作文する。自分が覚えていない低い年齢の時のことについては家族や親戚にインタビューして調べさせる。魅力のある文章になるように表現も工夫する。

ケースL 0
現象 年齢が低い時期の文は細かく書いているが年齢が上がるにつれて密度が薄くなる。
頻度 若干名(4、5名)。
分析 最初から順に作文していこうとして、途中で情熱が持続できなくなったり、時間がたりなくなったりしてこのような結果になる。
問題 ラフな原稿をまず書いて、推敲を繰り返しながら表現や内容をみがいていくのが、楽しく作文してしかもいい文章を作る最もいい方法である。しかし、従来のように原稿用紙に作文していくのでは、途中で字数が変化するわけにはいかないので最初から想定した密度と表現で書き始めるしかない。一方、コンピュータを使っている場合は途中の書き直しはもっと自由であるから、本来の理想的な作文法が実行できるはずである。この課題では、このような手法による文章のデザインとしての作文を体験させることを狙っているが、それが果たされていない。
対策 いったんキーワードを書き出させ、それから文章としての書き込みを加えていくように指導している。




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