[月虹舎]


(イメージ)

グッバイガール
第03場
森島永年


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http://www.infonet.co.jp/apt/March/Aki/GoodByeGirl/03.html




 翌日の朝。まだ優子はナイトガウンをきている。

優子 お早よう、ユカ。いい匂いがするじゃない。どうしたの、朝からずいぶんと手のこんだ料理を作ったもんねえ。このサラダなんかおいしそう。...どうしたの、変な顔して、これあなたが作ったんでしょう。

 コーヒーのポットを持って正夫登場。

正夫 残念でした。ぼくが作ったんです。あんたもひどい母親だね。...ユカちゃん、昨夜はインスタントラーメンしか食べていないって言うじゃないか。成長期の子供がそんなものばかり食べていたんじゃ、体を悪くしちまう。悪いと思ったけれど、台所を使わせてもらったよ。

優子 人のうちの台所勝手に使わないでよ。

正夫 ぼくが体操していたら、ユカちゃんが起きてきたんだ。それで、一緒に体操したんだ。

優子 ユカ、変なことされなかった。...そうそれならいいんだけど。

正夫 ちょっと、それはないだろ。それで、お腹が空いているって言うから、ちょっと料理というほどのもんじゃないけれど、作ってみたってわけ。そのサラダなかなかいけると思うよ、食べてみたら。コーヒーも入ったし、みんなで揃って朝御飯にしよう。

優子 私いらないわ、昨夜のことを思い出すととてもそう言う気分になれないの。

正夫 じゃあ、勝手にどうぞ。ユカちゃん、一緒に食べようか。...それはね、ピーマンが入っているけれど、ちっともピーマンの味がしないから食べてごらん。...ほら、かえっておいしいだろう、ドレッシングが新鮮だからね、いつ買ったんだか分からないようなドレッシングじゃあ、新鮮な野菜だってまずくなっちゃうだろ。お母さん、お母さんはいいんだよ、自分で食べたくないって言っているんだからね。...分かったよ、ずぼらな母親にかぎって健気な子供がつくもんだ。

優子 悪かったわね、ずぼらな母親で。(煙草に火を着ける。)

正夫 つい正直なもんでね。ユカちゃんが一緒に食べたいんだってさ。滅多に無いんだろ、御飯一緒に食べることなんて。食べてあげなよ

優子 (ユカが「ママ食べよう、おいしいよ」)分かったわよ。あのね、ユカ、いっとくけど、このおじさんはすごく悪いおじさんなの。もしかすると、この料理に毒が入っているかもしれないの。ママがもし死んだら、この料理のせいだからね、それだけはよく覚えておいてね。

正夫 ユカちゃん、おじさんがもし死んだら、お母さんの言葉の毒のせいだから、よく覚えておいてね。

優子 ユカなんで笑うのよ。亀井さん、もう人のうちの台所を勝手に使わないでくれる。正夫 権利書が、ぼくの手にあるうちはぼくの家だと思うけれど。...材料を勝手に使わせてもらったのは悪かったけれど、冷蔵庫のなかのもの半分は腐っていたからね。どうせ、この材料たちも腐る運命にあったんでしょう。まあ、食べてもらえただけ幸せってもんですよ。

優子 ユカ、おもしろくないの。深刻なのよ。今家はとても大変なことになっているの。子供のあんたに説明しても分からないだろうけれど。

正夫 ぼくから説明しておきましたよ。体操して、一緒に料理作っているときに。...ユカちゃん、ちゃんと理解してくれましたよ。子供だなんて...

優子 ...別に捨てられたわけじゃないの。だまされたの。もっとひどいのよ。それに、この人もぐるなの。一味なの、...そりゃ、ママは人がいいから、これが初めてってわけじゃないけど、どこでそんなませた口の聞き方を覚えたの。

正夫 さあ、ユカちゃん、一緒に片付けようか。二人でやれば、あっという間に済んでしまうからね。学校の時間には十分間に合うだろ。

優子 いいわよ、後で私がやるから。

正夫 でも、二人でやればあっという間だから。ねっ、ユカちゃん。

優子 いいって、言っているでしょ。あてつけがましい。そりゃね私は母親として失格かもしれないわよ。でも、領分を荒らしてほしくないの。分かった。ほっといてくれる。ユカさっさと学校へ行きなさい。

正夫 じゃあ、ユカちゃん途中まで一緒にいこうか。

優子 子供をまず手なずけようという気。そう、そういうことなの。

正夫 ぼくは、腹を立てるのが好きじゃないから、特に、朝から腹を立てるのは好きじゃないから我慢していたけれど、これだけははっきりいっとくけどな。ぼくだって被害者なんだ。それに、今日はぼくにとって特別の日でもある。オーデイションがあるんだ。どんな嫌なことがあった後でも、今日は最高のコンディションで望みたい。そう思っていたんだよ。今までも、何本か芝居に出た。映画やテレビにもきみたちが気付かない程度には出ている。でも、今度のオーディションは違うんだ。パリから、ピーターブルックが来て、演出をする芝居なんだ。日本中の役者が一度はピーターブルックの演出で芝居をやりたいと思っている。いや、今の若者はどうか知らないけれど、ぼくたちの同世代の役者はそう思っている。そんな演出家がひさしぶりにシェイクスピアの「リア王」を日本人の役者を使って演出する。そのオーディションが今日なんだ。分かるか。

優子 分かったわよ。...オーデイションがあるのね。

正夫 そう、だから最高のコンディションで望みたいんだよ。(くしゃみをする。)

優子 悪かったわ。...ユカ、何しているの。学校へ行く時間よ。

正夫 (もう一度くしゃみをして)ぼくも出掛ける。柿崎の件は、きみに任せる。警察と相談してうまく処理してくれ。ただし、くれぐれもぼくも被害者だということを忘れないで欲しいね。

優子 オーディション、うまく受かるといいわね。

正夫 本気で言ってくれているのなら、ありがとう。

優子 本当に、あなたって可愛くない人ね。

正夫 可愛いなんて言われる年はもうとっくに過ぎてしまったんでね。

 暗転。




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