戻る キーボード (keyboard)



タイプライター 「タイプライター」 をご存じですか。

最近はすっかり姿を消して、 映画か博物館でしか見ることができませんが、 学生時代には私も使いました。 活字の一部を入れ替えてドイツ語の "" やウムラウトが打てるように改造してもらい、 さあ勉強しようと決心、 したこともあります。
キーを押すと活字がついたバーが立ちあがって、 インクリボン越しに用紙をパカンと叩いて文字を印刷します。 左の写真(下) は少し見にくいですが、 その様子です (クリックすると拡大されます)。 上手なタイピストが打つと何本もの活字のバーが入り乱れて踊りますが、 速く打ちすぎると絡まってしまいます。
キーから指を離すと活字が戻り、 同時にキャリッジごと用紙が一文字分左に動きます。 一行打ち終わると写真(上) の左上に少し見えているレバーでキャリッジを右端まで戻し、 用紙を一行分上げます。 この操作を 「キャリッジ・リターン」 と 「ライン・フィード」 といいますが、 コンピュータも同じことをするのに "CR" (0D) と "LF" (0A) というコード を使っています

キーボード いちばん上の写真を拡大するとよく分かりますが、 キーボードの下には活字のバーを動かすためのレバーをキーピッチ当たり 4 本通さないといけないので、 キーは段ごとにずらせて配置されています。 これはタイプライターの構造上の要請です。
コンピュータのキーボードにはその制約がなく、 整然と碁盤の目状に配置できますが、 タイプライターに慣れた人には打ちにくいのでしょうか、 こんなところまでそっくりです。




もうひとつそっくりなのはキー配列です。
一般的に使われているキーボードは英字上段に左から "Q・W・E・R・T・Y・…" と並んでいることから、 「QWERTY (クワーティ) 配列」 といいます。
アルファベット順ではないので慣れるまで大変で、 タイプライターを打ちやすくするために考え出されたんだろうと思いがちですが、 実はそうではありません。

下表は 「ロミオとジュリエット」 で使われている文字数を数えたものです (四捨五入しているため、 合計は 100 %になりません)
この表で分かるように、 英文でよく使われる文字は E、T、O、A、I、H、S  などですが、 QWERTY 配列のキーボードではこれらはいずれも上段にあるか、 左手や、小指、薬指に割り当てられていて、 打ちやすい文字は H だけです。
上にも書きましたが、 タイプライターを速く打ちすぎると活字のバーが絡まってしまうので、 絡まりにくいように工夫されたと言われています。

  文字   文字数   %    文字   文字数   %    文字   文字数   %  
A 8,240  7.79  J 277  0.26   S 6,584  6.22  
B 1,715  1.62  K 831  0.79   T 9,709  9.17  
C 2,284  2.16  L 4,976  4.70   U 3,759  3.55  
D 3,934  3.72  M 3,358  3.17   V 1,109  1.05  
E12,818 12.12  N 6,468  6.11   W 2,519  2.38  
F 2,030  1.92  O 8,805  8.32   X 125  0.12  
G 1,838  1.74  P 1,551  1.47   Y 2,623  2.48  
H 6,787  6.41  Q 65  0.06   Z 32  0.03  
I 6,909  6.53  R 6,488  6.13   記号 6,646 ---  


下図は 「ロミオとジュリエット」 の冒頭部ですが、 これを QWERTY 配列のキーボードで入力したとき、 指を上下に動かさなくてはならない文字に色をつけてあります。 ピンクの文字は上段、 ブルーの文字は下段にあります。
ロミオとジュリエット全文を入力した場合、 QWERTY 配列のキーボードだとホームポジションで打てる文字は 34% しかありません。

キーボード配列

下図は、 あまり見かけませんが DVORAK (ドボラック) 配列といいます。
よく使われる文字がホームポジション や 打ちやすい位置に割り当てられていたり、 母音と子音が左右に分かれているので両手を交互に使う機会が多くなる、 といった工夫がされています。
DVORAK 配列だと 66% がホームポジションで打てます。
どちらが打ちやすいかは言うまでもありません。

キーボード配列




タイプライターには不合理な配列もやむを得なかったかもしれませんが、 コンピュータの入力装置に使われるようになったときにも、 キー配列は見直されませんでした。
おそらく当時、 コンピュータのデータ入力に動員されたのはタイピストでしょう。
おっかなそうなコンピュータの前に連れてこられて、タッチが違うキーボードで、 その上配列が馴染みの QWERTY でなかったら、 ストライキを起こしたに違いありません。
かくしてデファクトスタンダード (de facto standard)、 QWERTY 配列は覆りませんでした。
コンピュータ技術者たちも、 まさか 50 年後、 何十億もの人々がコンピュータを使うようになるとは、 夢にも思わなかったのでしょう。
もしそれが予測できていたら、 使いやすいキーボードの研究を最優先したでしょうに…。