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魔女メディア (メディア) |
アイスキュロス、ソフォクレスと並んで、ギリシャ三大悲劇詩人と云われる
エウピリデスの代表的悲劇 「メディア」 をご存じですか。
その不気味で残忍な魔女メディアの物語をご存じですか。
彼女は黒海の東にあるコルキスの国の王アイエーテスの王女であり、
伯母にあたるキルケから魔法を習って、それに長じていた。
彼女はアルゴー船の遠征物語の中で登場してくる。
イオルコスの王子イアソンは、父亡き後、王位を継いだ叔父ペリアスによって、
コルキスの国の宝である金色の羊毛の皮を奪い取ってくるようにとの難題を命じられる。
イアソンを亡きものにせんがためである。
コルキスは黒海の東にある国で、そこに行くだけでも容易ではない上に、到着することが出来たとしても、
金の羊毛は巨大な悪龍によって守られており、その難題は死を命じたのと同じであった。
しかし、イアソンはギリシャ中から勇士五十人を集め、船大工アルゴスに作らせた大船アルゴーに乗って出航する。
辛苦を重ねてコルキスの国にたどり着くと、コルキスの王アイエテスによって捕らえられてしまう。
アイエテスは釈放する条件として、青銅の蹄と角を持ち火を吐く二頭の牡牛を取り鎮めて、その牛で畑を耕すという、
とても出来そうにもない条件を持ち出す。
この時、アプロディテ (ヴィーナス) の神は、イアソンに助力するために、
息子のエロス (キュピッド) に命じて、アイエテス王の王女で女魔法使いのメディアの心臓に愛の矢を射込ませる。
このためメディアは、たちまち、イアソンに燃えるような恋を抱き、
父を裏切っても、魔法の知識のすべてを傾けてイアソンを救おうと決心し、
その独房に忍び込んで、火にも焼けず斬られても傷つかない魔法の塗油を彼の身体に塗り付けた。
この助けによってイアソンはその難題をやりおうせて自由の身となる。
さらにメディアは金羊毛が納めてある花園にイアソンを案内し、魔法の呪文によって龍を眠らせ、
金羊毛を盗み出させて、イアソンらと共に急いでアルゴー船に乗り船を漕ぎ出す。
アイエテス王は宝が盗み出されたことを知ると、船で後を追いかける。
王の船がぐんぐん近づいて来て、いよいよ追いつかれそうになった時、
メディアは、一緒に連れて来た幼い弟のアプシュルトスを抱き寄せると、
やにわに、父の王の前で、鋭い刀で弟の胸を刺し、さらにその身体を幾つにも切り刻んで海に投げ込む。
船のへさきに立ってその様子を見ていた父の王は、船を止めさせ息子の亡骸を拾い集めさせる。
その間に、イアソンらのアルゴー船は遠くまで進み追手を逃れる。
再び苦難の旅の末、やっとイオルコスに帰り着くが、ペリアス王は王位をイアソンに譲ろうとはしない。
そこでメディアは、魔法の力で王を若返らせるからとペリアスの娘たちを騙して、娘たちに王を殺させてしまう。
かねてからメディアの激しさに戦慓していたイアソンは、メディアと別れて、
コリントの王女グラウケーと再婚しようと考える。
これを知ったメディアは、グラウケーに素晴らしい花嫁衣装を贈るが、
グラウケーがそれを着た途端、花嫁衣装は紅蓮の炎と化し、
娘を助けようと駆け寄った父の王もろともに焼き殺してしまう。
その上、メディアは、イアソンとの間に生まれた二人の自分の子供まで殺し、
龍の引く戦車に乗ってイオルコスを去る。
「メディア」 は、愛にも激しく憎しみにも激しい女性を象徴的に見事に描いたものである。
いや、愛と憎しみ、愛欲と残忍とは一つのものの裏と表であること、
そして、善悪や理性で本能や感情を押さえることが出来ない人間の心理の深奥をえぐったものである。
現在、メディアと云う言葉は 「情報メディア」 の意味に用いられている。
情報メディアにもまた、明と暗が、表と裏があることを、それは暗示しているのかも知れない。
(付記) 魔女メディアについての私の思い

ドラクロワ 激怒のメディア
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メディアはイアソンに復讐したのである。
我が持てる秘術の限りを尽くして、 金羊毛を入手させ、 遂には実の弟まで犠牲にして、
コルキスから脱出させた愛する男が、 ひとたびギリシャに帰り着くと、
忽ちに地位と財産のために自分を捨てて、 コリントスの王女と結婚するという身勝手な裏切りに怒り狂ったのである。
メディアは自分からイアソンを奪った王女とその父を焼殺し、 次いでイアソンをも殺そうとするが、
一度愛した男を殺すことが出来ず、 彼を苦しめるために、 彼との間に儲けた二人の我が子を、
母性愛との相克の苦悩の果てに殺害し、 その遺骸を抱いて、 竜の車で遠く去って行く。
彼女は弟を殺し、 我が子までも殺したために魔女と呼ばれているが、 夫の不義に泣き寝入りは出来ず、
いざとなると大胆な手段を使うことも辞さない女性だった。
竜の車は神の乗り物である。
最後に彼女は神に近い存在にまでなっていったのである。
18世紀、 欧州では女性たちが著しく社会に進出した。
その時代背景によって、 このギリシャ悲劇は多くの芸術家たちによって取り上げられ、 幾つもの絵画や音楽となった。
いま私もまた、 可哀想なメディアの思いに心打たれるのである。
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(参考文献)山室靜 「ギリシャ神話」(教養文庫)社会思想社、1982年。
数研出版(株) 「情報通信 i-net」 第17号 (2006年9月)に、
もう二つのメディア
が掲載されています。 ぜひご覧下さい。
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