戻る 偽せ情報 (フェイク) (情報操作)


(その1) 中川清秀
 天正7年 (1579)4月、 織田信長は摂津北部の山間部に城を構えている土豪 (国人) たちを服属させるために、 嫡子信忠に1万5千の兵を授けて進発させた。 攻撃目標の7城のうち、 最も手近にある止止呂美 (箕面市下止止呂美) に掛かっ先鋒の中川清秀は、 配下の三宅四郎左衛門が止止呂美城の城主塩山正秀と遠縁なので、 これに開城を説得させた。 三宅は 「貴殿と同族に当たられる能勢の片山城の塩山信景殿も城を明け渡すことになっている。 貴殿も早く降伏された方がよいのでは・・・」 と云う。 これは嘘である。 偽せ情報である。 塩山正秀 は「ああ、 片山城も裏切ったのか・・・」 と嘆いて城を明ける。 三宅は次いで片山城に赴き、 止止呂美城が開城したと、 今度は本当の事を告げて城を開かせた。
 こんな話は数限りなくある話である。 偽情報と云うよりらも単なる嘘つきかも知れぬが、 先ずは双方怪我がなく目出度い話と云えようか。

(その2) 織田信長
 しかし、いつも目出度いとは限らない。 弘治2年 (1556) 織田信長の器量を疑問視していた家中の林通勝や柴田勝家らは、 信長を廃嫡して、 聡明の聞こえ高い同母弟の勘十郎信行 (信勝) を擁立しようとする。 信行は、 亡父信秀の本城だった末森城に母である土田御前と居り、 後継者として相応しいと見られていた。 信行は信長に加担している森可成・佐久間信盛らと稲生で戦って敗れ、 母の取りなしで信長と和睦するが、 翌年になると再び兄信長に対して謀叛を企てる。 それを密告によって知った信長は、 病と称して信行を居城の清洲城に誘い出す。 信行にしてみると、 この際、 見舞いに事寄せて兄の病床で、 兄に譲り状を書かせようとの思惑であったと云う。 しかし、 病と云うのは真っ赤な嘘、 偽せ情報。 清洲城に入った彼は、 北櫓天守次の間で川尻秀隆らに斬られた。 この種の話も数多い。

(その3) 黄蓋
赤壁  話しは中国へ飛び、 壮大な話になる。 時代も3世紀の初め、 赤壁の戦い。 南下してくる魏の曹操の大軍を迎え撃つのは呉の孫権の武将周瑜。 呉の老將黄蓋は周瑜に火攻めの計を進言する。 彼は自ら、 偽りの投降をして敵中に入って火を付ける役を買って出て、 諸將の居並ぶ中で周瑜と口論をし周瑜から棒叩きの刑を受ける。 叩きのめされて半死半生となった彼は曹操に密かに書簡を送って呉を裏切る旨を伝える。 間者として呉軍の中に居た蔡和と蔡仲からの報告によって、 曹操は黄蓋の裏切りを偽りではなく本心であると信用する。 世にこれを 「苦肉の策」 と呼ぶ。 自らの身体を傷つけ苦しめて敵を欺く策と云う意味である。
 投降を装って曹操の大船団に近づいた黄蓋の船隊は、 自らの船に積んだ薪や油に火を放って、 曹操の船団に突入する。 曹操軍は忽ち炎に包まれてゆく。 赤壁の戦いは曹操軍の大敗北に終わる。
 黄蓋はあえて瀕死になるまでに我が身を傷つけて、 壮大な偽りの情報を作り出したのである。

(その4) 袁崇煥
袁崇煥  偽せ情報は歴史上に幾多の悲劇を作り出す。 私が最も悲惨だと思うのは、 やはり中国史の中、明末清初の悲劇の名将袁崇煥である。
 16世紀の末頃、 女直族を統一して満州平野に後金国を建国した清の太祖ヌルハチは、 更に西進して万里長城を越えて中国本土の明の中心部へ雪崩込もうとするが、 その前面に立ちはだかったのが、 遼寧城を死守する袁崇煥であった。 ヌルハチは遼寧城を攻めあぐね、 城から放たれるポルトガル製のフランキ砲の威力に敗れ去り、 ヌルハチも砲弾によって負傷し、 その傷がもとで1628年死没する。
 その後を継いだ太宗ホンタイジは、 戦陣の中で捕らえた宦官を放って、 彼れの口から、 袁崇煥は後金国に内通していると云う流言、 デマ、 偽せ情報を撒き散らさせる。 猜疑心の強い明の皇帝毅宗崇禎帝は、 その流言に乗せられて、 この名臣を捕らえて斬首してしまう。 果たせるかな、 難攻不落だった遼寧城も忽ちに陥落する。 やがて、 北京城外の景山において崇禎帝は自縊して、 ここに約300年続いた明王朝は滅亡し、 中国大陸は非漢民族の大清国の統治する所となる。
 歴史に 「もしも」 はないけれども、 もし袁崇煥ありせば、 こうはならなかっただろうと云われている。 偽せ情報が名臣を殺し、 王朝を滅亡させたのである。

(総じて) 世の中は偽せ情報で充ち満ちている。
閻魔の道具  多量の情報が飛び交う情報化社会になればなる程、 偽せ情報の数も比例的に増加するのではなかろうか。 すべての情報の中に占める偽せ情報の比率は、 古今東西ほぼ一定なのではあるまいか。
 妄語。 嘘をつくこと。 五悪十悪の一つ。 綺語・二枚舌。妄語戒。嘘をつくなと云う戒め。 嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれる。

 偽せ情報を根絶することは出来ないのだろうか。 残念ながら、 それは理論的にも不可能である。 なぜならば、 事実 (fact) と情報 (information) との間には、 必ず (往々) 発信者と云う人間が介在し、 両者が別のものであるためである。



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