戻る 歴史から民話へ (情報の劣化)


 歴史的事実と云うものは、 巷間で伝えられるうちに次第に変化してゆき、 最後は民話へと落ちぶれてゆく。 情報は変化してゆくものである。
 記録されることの少ない地方史・郷土史と云われる分野では、 それを特に見ることが出来る。
その変化の時間的経過には、 一つの法則のようなものがあるように思われる。

@ 年代の喪失
   まづ最初に分からなくなってゆくのが、 その事が起こった年月日である。 そして、 「昔々あるところに・・・」 になってゆく。
A 人名の喪失
   次に分からなくなってゆくのが、 人名である。 固有名詞が失われて 「昔男ありけり」 になり 「おじいさんと、 おばあさんが・・・」 になってゆく。
B 有名人への仮託
   人名喪失のバリエーションであって、 誰か有名な人物の話にしてしまう。 お寺の場合には、 しばしば、 弘法大師や聖徳太子、 神社の場合は、 しばしば菅原道真や源義経などの話にされる。 このため、 およそ考えられもしない場所で 「義経が奥州に逃げてゆく途中・・・」 なんて話があったりする。 こうして、 仮託された人物の方は、 止めどもなく肥大する。
C 同名人物の混同
   同じ名前の人物の話がその人の話になってしまう。 例えば 「花」 と云う名前の女性が何人かいると、 それらの人の話が全部その人の話になってしまう。
D 類似の事柄との混同
   例えば、 仇討ちとか、 嫁いびり、 継子いじめとか云うような事件は、 すべてが混同されてしまう。
E 隠蔽・責任転嫁
   都合が悪いことは隠してしまう。 抹殺して、 なかったことにしてしまう。 あるいは他人のせいにしてしまう。 失火で焼失しても、 戦で焼き討ちにあったとか。 ・・・
F お国自慢
   例えば、 都と云う名がついていると、 辺地の山奥にもかかわらず、 昔ここに都があったとか、 こここそ、 かの有名な宮殿の跡とか言い出すたぐい。
G 系図の創作
   何とか天皇の後胤とか、 誰々様のご落胤とか・・・。 昔は、 注文に応じて系図を創作する系図屋と云う者までいたと云う。
H 荒唐無稽の創作
   最後の段階では、 空を飛んでいったとか、 地の底に潜ったとか、 鳥になったとか、 魚になったとか・・・・ 荒唐無稽な話が作られて、 それが結構、 有り難がられる。

 だいたい、 このような順序を経て、 史実は変容してゆく。 そして、 ついには民話、 そしてお伽話へと劣化する。

 こうした例は幾らでもあるが、 私はいま、 誰もが知っている因幡の白兎の話を思い浮かべている。 大黒様と白兎の物語である。 白兎は鰐に毛を毟り取られるが、 蒲の穂の中で眠ると快癒する。
 これが、 古代出雲における、 ある時ある所での部族間の抗争と和解の史実が、 次第に変化し劣化してゆき、 遂にお伽話に至ったものであることは想像に難くない。



 河童は水の神の劣化したものであると云われる。 山姥は山の神に仕える巫女の落ちぶれた姿であるとか云われる。 ・・・ そんなことも思ってしまう。

 何事によらず 「劣化」 は起こる。 機械も次第に傷んで故障勝ちになってくる。 人間も次第に年老いて病気勝ちになる。 よろずのものは、 エントロピー増大の法則を免れることは出来ない。 だから、 歴史だって、 史実だって劣化してゆく。 情報だって劣化してゆく。 これはやむを得ぬことに違いない。
 こんなことを思うと 「情報」 などと云うものも、 まことに頼りないものに思えてくる。




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