戻る 古典的信号圧縮(信号圧縮)

 信号圧縮というと、JPEG や MPEG などの最先端の技術をを思い浮かべてしまうが、 信号圧縮は何も最近に始まったことではなく、昔から存在していた。

 「うなぎどんぶり」 を 「うなどん」 と呼び、「天ぷらどんぶり」 を 「天どん」 と云うのも レッキとした信号圧縮である。国体(国民体育大会)、外為(外国為替)、大卒(大学卒業)なども、それである。

 片仮名言葉には特に多い。 エンスト(エンジンストップ)、 カーナビ(カーナビゲーション)、 パンスト(パンティーストッキング)、 プリクラ(プリントクラブ)、 マザコン(マザーコンプレックス)などなど。 そして、コンピューター関連用語を見渡すと、 パソコン(パーソナルコンピューター)、 ワープロ(ワードプロセッサー)から始まって、 マイコン(マイクロコンピューター)、 ファミコン(ファミリーコンピューター)、 シスオペ(システムオペレーター)、 オペコード(オペレーションコード)、 アプリ(アプリケーションプログラム)、 デジカメ(デジタルカメラ) などと豊富である。

 役所や団体や学校などの名前もしばしば圧縮される。 地検(地方検察局)、高裁(高等裁判所)、東証(東京証券取引所)、日商(日本商工会議所)、 生協(生活協同組合)、医大(医科大学)、外大(外国語大学)、経専(経済専門学校)などなど。

 人名や会社名などのような固有名詞も例外ではない。 人名では紀文(紀国屋文左衛門)、銭五(銭屋五兵衛)からエノケン(榎本健一)へと続き、 会社名では住金(住友金属)、川鉄(川崎製鉄)、関電(関西電力)、日通(日本通運)などなど。 そして、中には圧縮名の方が本当の名前になってしまったものもある。 帝人(元は帝国人絹)、東レ(元は東洋レーヨン)。

クリックすると原画が表示されます (108KB)  このような名詞の略語ばかりではない。文章そのものも圧縮される。 挨拶用語の「どうも」は「どうも有難うございます」「どうもすみません」などの圧縮であり、 「今日は」は「今日は良いお天気です」の、 「さようなら」は「左様ならば、これでお別れしましょう」の圧縮である。

 日本一短い手紙として有名な本田作左の手紙。 徳川家康の家臣で「鬼作左」と恐れられた猛將、本田作左衛門重次がその妻に送った 「一筆啓上、火の用心、おせん泣かすな馬肥せ」は簡にして要を尽くした信号圧縮である。 それよりも、もっと短い圧縮もある。 昭和47年南極越冬隊のある隊員のもとへ、日本に残した奥さんから届いた一通の電報には、 たった3文字「アナタ」とあった。 しかし、そこには夫を思う若妻の切々たる思いが凝縮されており、 他の隊員たちも胸を打たれ感動に包まれ、しばらくは無言であったと云う。

 思えば、我が国独自の俳句というものも、信号圧縮の極致ではあるまいか。 これは文章を圧縮しただけではなく、映像・音声をも包括し、 さらには人の心までをも含む、その瞬間のすべてを十七文字に圧縮しているのである。
「五月雨の降り残してや光堂」(芭蕉)
「荒海や佐渡に横たう天の川」(芭蕉)
「お手討ちの夫婦なりしを衣更え」(蕪村)


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