出来るだけ多くの運営委員会を開こうということでスタートした今年度のCSネット。その意味もあって、4月に和歌山で、CSネットの運営委員会議を、3人の運営委員(網代、広田、道本)で持った。
「せっかくお二人が和歌山まで来られるのだから」という思いと、おりしもテレビ局(3社)からのシックハウス関連の報道番組の取材が重なっていたこともあって、化学物質過敏症について、一人でも多くの方々の理解を得ることが出来ればと、和歌山の関係者に急遽呼びかけて、学習会を開いた。公の会というのではなく、CSをぜひ知ってほしいと思う人に、私が個人的に一人一人に呼びかけて来ていただいた。
建築関係に従事している方、農業従事者、幼稚園や学校関連の方、医師、環境問題に取り組んでおられる方などに的を絞った。日ごろ、環境問題にも関心を寄せている方とは「和歌山環境ネットワーク」を通して交流があるわけですが、化学物質過敏症については、漠然と理解はしてくれてはいても、その実態まで具体的にお伝えできる機会は、なかなかない。理解していただく、いい機会になればと思った。
ちょうど会報13号で、シックスクールの特集をやったことから、シックスクールを学習会のテーマにした。また、シックハウスから発症されたHさん、Yさんが体験をお話して下さり、私たちは抱えている現状を伝えた。
ご出席下さった方からは、「身近な化学物質による日常生活への汚染を具体的に考えさせられた」等、反響は大きかった。環境問題を真剣にとらえている方々とこういう機会を持てたことは非常に良かった。
さて、「一体、自然環境をよくするには、どうすれば良いのか?」と考える人は多いと思います。全国の環境グループでも、そういう思いのある方たちが、さまざまな活動を展開されていることと思います。いろいろな取り組み方があるわけですが、環境問題を考える時、化学物質過敏症という環境病を考えてみると、人間の生活はどうあるべきであったかがみえてきます。ですから、機会が与えられれば、体験者が化学物質過敏症の実態を話すこと自体が、社会への働きかけになります。何より分かりやすく、説得力があるからです。これは意義深い大切なことです。私たちは、苦しい闘病体験を語り、そして、そのことからすべての現代人にとって、化学物質に覆われた環境の見直しの必要性を語ることが出来ます。
最近、国のシックハウスへの対応が始まったことを受けて、マスコミの取材も重なってきました。テレビ報道への社会的意義を受け止めて、体調の思わしくない中、取材にご協力いただきました患者の皆様には、改めて感謝申し上げます(関西で放映されたTBS局、ABC局、NHK局のビデオが必要な方はお申し出下さい)。
■農薬への対応を
ご承知のように、環境医学の分野においては、日本はドイツやアメリカなどからずいぶん立ち遅れています。日本は今日まで、種々の社会問題に対して、対応が後手後手であることが多い国であったと言えるでしょう。だから、公害問題でも多くの犠牲者が出て、初めて問題にされるわけです。行政の対応が早ければ、犠牲者が少なくなることが明らかなだけに、歯がゆい思いを抱える人は多いと思います。
例えば、農薬問題についてですが、先日アメリカではクロルピリホス(有機リン系農薬)の使用が禁止されました。神経毒性が高く、成長期の子供への影響があるという懸念がはっきり表明されています。ちなみに、日本においてもクロルピリホスは、シロアリ駆除剤等、多岐に使用されています。
シックハウスによって化学物質過敏症を発症している方の中には、クロルピリホスが主なる原因となって苦しんでいる患者もいると考えられます。今年度、厚生省がシックハウスの原因となる化学物質の指針値作りに着手する等、対応する姿勢としては前進してきました、しかし、トルエン、キシレン等の3種類の化学物質が対象となっているものの、有機リン系のシロアリ駆除剤につては、現在の段階では、まだ対象とはなっていないのです。
以前、ある大病院の眼科部長のT医師と化学物質過敏症についてお話しする機会があり、私は相談窓口の状況をお話した上で、「先生の病院でも、化学物質過敏症を診断をしていただくことはできないのでしょうか?」とお願いしたことがある。T医師は「高額の検査機器が必要なので、思うようにはいきません。北里の先生方はえらいですよ。それに農薬問題に突っ込んでいくのは、本当に大変なんですよね……」と答えられたが、その時のT医師との会話は忘れることが出来ない。農薬規制は、農業への影響が大きいので、確かに簡単にはいかないことは理解出来る。
しかし、環境ホルモン(内分泌撹乱物質)として列挙されている物質の約70%が農薬であるということは、非常に重い事実だと思う。農家の経済問題と直結しているため簡単にはいかないわけですが、医師や科学者が避けて通りたくなる農薬問題の現状を変えるのは、なんといっても、行政と農協の姿勢にかかっているのではないでしょうか。ほかのいわゆる先進国では、種々の環境問題はもちろんのこと、農業のあり方の見直しも進んできているのです。20世紀に急速に行なわれた化学肥料、農薬漬けの工業的農業によって、豊かであった大地が干からび、ミネラルなどの失われた土になってしまったのです。まさに大地は、ビタミンや微量ミネラルをサプリメントとして補わなくてはならない化学物質過敏症の患者と同じなのです。
■カナダで香水を規制
次に挙げるカナダの姿勢と照らし合わせて考える時、日本という国の環境問題への視線の低さを憂えずにはいられません。カナダのある町では、香水を公共の場で使用することを禁止した所が出てきました。先日、その町のある高校で、香水を付けて登校してくる生徒に学校側は再三注意を促したが、聞き入れずに香水を付けて登校してきたため、その生徒は警察に逮捕されたそうです。やり方の是非は別にして、そこまで徹底することにお国事情の違いを痛切に思わされました。また、「香水で具合が悪くなる人への思いやりは、社会のルールとしてあたりまえなのだ」とする姿勢にも、精神基盤の大きな違いを感ぜずにはいられません。
さて、そこで、「環境を良くするには」という初めの話に戻しますが、出来るだけ機会をとらえて、草の根の動きを、いろいろな方が、いろいろな形で、各地域で声を挙げていかなくてはならないでしょう。だれかが疲れれば、次のだれかが声をあげていくのだと思います。そして、行政のあり方を変えていくのは、市民の責任だと思うのです。化学物質の汚染を少しでもなくしていくのは、今を生きている私たち一人一人の責任だということを忘れてならないし、だれかを責めるという図式では何も変わらないのです。
■和歌山有機認証協会(NPO)が発足
ところで、今年の4月に農業基本法が大きく変わったことをご存知でしょうか。海外の基準が日本に持ち込まれたため、長年、有機農業で頑張ってきた農家の農作物が、その基準に合わなくなり、「有機農作物」と言えなくなったのです。海外の事情と違って、狭い日本の国土では、アメリカ等のように化学肥料や農薬を使用する農地から数百mも離れて有機農業を行なえる農家は限られてきます。これは日本の有機農業の危機といえるのです。ですから、日本では民間、あるいは地方行政での独自の有機農作物の認証の必要性が早急に求められるようになってきたのです。
そうでないと、努力してきた有機農業家は、あきらめて安易な慣行農業を行なうようになるかもしれません。そうすると農薬汚染はさらに広がることになるでしょう。安全な食料や、水、大地、空気を必要とする化学物質過敏症等の患者には、ぜひ、関心を持っていかなくてはならない問題なのです。
そんな中で、和歌山では、この6月に有機作物の認証活動を行うNPO組織「WOCA和歌山有機認証協会」が生まれました。理事には、農業経済学が専門の和歌山大の教授、県の環境委員の弁護士、保険医協会の理事長、農業に従事している方々等で構成されています。化学物質過敏症の立場から、私も理事をお受けしました。認証基準が民間で作られていく過程で、ぜひ化学物質過敏症の実態について声をあげることが必要だろうと思ったからです。
世の中のありようをさまざまな立場の人とともに考え、改良していくという道のりは、地道な積み重ねしかないのです。安全な食料と環境の保全は大変な努力を要することなのです。環境を良くすることは、時には気の遠くなる作業かもしれません。和歌山環境ネットでは、去年、完全無農薬の米作りをし、今年は、有機認証のNPOが生まれたというのも、時代の流れだと思っています。全国各地でそのような動きが起きてきているのです。ですから、先だって急遽呼びかけて、網代さん、広田さんにご協力いただいた学習交流会も、化学物質過敏症の実態を、環境問題に取り組むさまざまな立場の方にぜひお伝えしたいという思いがあったからです。何よりまず、知っていただくという情報交流が必要なのです。
私の周辺での社会的な立場における働きかけはそのような状況ですが、全国からの相談を受ける中で、個人レベルの状況では、患者の方々が悩まれることは、何より周囲の不理解です。微量の化学物質によって、非常に体調が悪化するこの病は、実際、理解しにくいものだといえるでしょう。心の問題としてとらえられがちなこの疾患に対して、正しい周囲の理解を得るには、まず患者さんは病むことに卑屈にならないでほしいと思います。自分の症状や、病気と環境との因果関係を、先生方の本を読むなどしてしっかり理解し、自分の体に起きている事実を、相手に医学的に論理的に説明すること以外にないと思うのです。
周囲の方々にはぜひ、患者の訴えに耳を傾けていただくよう心よりお願い致します。家族の協力なしでは、回復が遅れるからです。「一番身近な家族が理解してくれない」と訴え悲しむ患者が本当に多くなっています。家族関係に破綻を来たすことさえ起きてくるのです。
■発想の転換のおすすめ
闘病の中にある皆様、化学物質過敏症に罹患したことは悲しいことでありますが、元気になったら、「環境を良くする人」として価値観を含めた転換の機会を与えられたという発想を持ってぜひ、良き環境仕掛け人になろうではありませんか。私は、いつもそのように自分を励ましてきました。次にご紹介する方もそのお一人だと思っています。
兼六園で有名な金沢市に住む患者である小沢さんが、金沢市の大量の農薬散布を何とか食い止めたいと立ちあがられました。小沢さんは大変な闘病生活を送られてきた方です。薬剤散布の実態調査を地道にしておられ、次世代への影響という視点で、農薬の多量散布の危険性に対して声を発せずにいられなくなったのです。チラシを配るなど、石川県のCSネットの患者さんもお手伝い下さっているそうです。この会報に、レポートを寄せて下さっていますのでぜひお読み下さい。
■ご協力ありがとうございます
相談窓口も4年になるが、その間全国の多くの方々と、密に話をしてきた。そんな中で、私自身が時々心身ともにダウンしている時もあるわけで、そのような私の状況を察して「道本さん、私が出来ることを手伝いますよ」と言って下さるのは、もう長いお付き合いとなっている患者さんだ。さまざまな症状に苦しんでこられた患者さんは、私に代わって相談人として、すぐに苦しい人に寄り添ってくれます。また、新聞も読めないときがあることを知って、これは重要情報と思われたものを切りぬいて送って下さったり、インターネットで検索して見つけた必見情報を知らせて下さったり、本当に助けられてきました。そういった方々の多くの協力によって、CSネットは成り立っているのだと思います。皆様、ありがとうございます。
■臨床環境医学会総会に参加して
今年は初めて、臨床環境医学会総会に参加することが出来た。いわゆる多動症等が注目される今日、北里研究所病院の坂部先生の、神経伝達物質と化学物質(環境ホルモンを含む)との関連に言及された研究発表は心に留まった。今後、さらに深められていくテーマだと思った。患者の存在が先行する化学物質過敏症への医学的認知を確立すべく、石川、宮田両先生を筆頭とする諸先生方の日夜のご努力には本当に頭を下げずにはおられません。
■余談ですが
発症した7年前、反応しての症状がひどかったので、二度と電車や飛行機等に乗ってどこかへ行くことなど出来ないとあきらめていた私です。でも、2年前のNHKの番組作りの時は娘に、そして、昨年秋の旭川市の交流会へは主人にと、まだ家族に付き添ってもらってであったが、飛行機に乗ることができた。その時の経験が自信となって、今回は一人で飛行機に乗り、臨床環境医学会へ行くことが出来た。私の背中をいつも患者の方々が押して下さっていると思ってきました。