資料シート●各科目

"ハッカーは悪い人"という迷信

http://www.infonet.co.jp/apt/March/syllabus/bookshelf/hacker.html




 新聞やTVのニュースでは、よくハッカーたちが政府のウェブを書き変えたり銀行の預金を横領したりしています。このようなニュースの原稿を書いている人たちや、それを読んだり聞いたりする人たちは、ハッカーというのは、他人のコンピュータに忍び込んで勝手なことをする人たちだと思っているようです。でも、それは間違いです。
 ハッカーとは、コンピュータの利用や開発に熱中し、その結果、ふつうの人たちの及ばない能力を持つようになった人たちのことです。誤って"ハッカー"と呼ばれている人たちは、正しくはクラッカー(cracker)といいます。
 "ハッカー"ということばは、基本的にはほかの人を指して使い、その場合は尊敬の気持ちを表します。たとえば、現在のインタネットがこうしてあるのはまさにハッカーの方たちの努力と献身の成果といえるでしょう。自分に対して使うこともありますが、その場合は、本業の研究や仕事を忘れてという反省の意味で使うことが多いようです。
 どちらにしても、ハッカーその能力によって他人から尊敬されるような人たちのことですから、法律や道徳に反することをする人たちは、それだけですでに"ハッカー"と呼ばれる資格はありません。


根拠


 このように主張できる根拠はいくつかありますが、その理由の一つは、歴史的な事情にあります。"ハッカー"ということばは、もともと合衆国の大学の学生たちの間で生まれましたが、もともとは、"すごいことができる奴"という意味だったようです。ただ、その"すごいこと"の中には牛を校舎の屋根に上げてしまうようないたずらも含まれていました。それが現在の誤用のもとになっているのかもしれません。
 もう一つの根拠はインタネットの社会の中で決められている用語法の勧告(RFC1983「インタネットユーザの用語集」)です。インタネットの世界の中では、ウェブブラウザや電子メールのクライアント/サーバの機能を定めたRFCといういくつかの申合せが決められています。ウェブも電子メールも、そのほかインタネットに関する技術や規則はすべてRFCに基づいています。RFC1983はその一つで、インタネットに関する発言をする場合に意味のくい違いが起こらないようにするために、用語法を決めています。"ハッカー"ということばの使い方もこの中で決められていて、そこには上で述べたような意味が書かれています。
 日本でも、"ハッカー"ということばが正反対の二つの意味で使われることが早くから問題になっていました。あとで説明するように、将来のさまざまな社会的問題を生じる原因になると考えられたからです。そこで、インタネットの上で、あるいは学界などでこの傾向に反対する行動が起こり、その結果として、"ハッカー"を犯罪者の意味で使わないことが了解され、たとえば警察はこの方針に沿うことを正式に表明しています。


誤用の背景


 クラッカーたちが誤って"ハッカー"と呼ばれるようになったのは、80年代になってからです。その原因の一つは、犯罪者たちが自分のことを尊大に"ハッカー"と呼んだことにあります。ちょうど、"エンペラー"(=皇帝)を名乗る暴走族がいたり、幹部を聖者の名前で呼ぶセクトがあったりしたようなものです。これを一般のマスメディアがそのまま受け入れたために読者にも誤用が定着してしまいました。


問題点


 ことばの使い方は社会の要求に応じて変化していくのが原則です。けれども、"ハッカー"ということばが誤用されてそれが公式の使い方として社会に受け入れられていく現象は、そんなに単純に受け入れられるべきではありません。

○インタネットを活用している限り、インタネットの開発や運営の担い手であるハッカーの方たちに対しては敬意を払うべきでしょう。

RFC1983:インタネットユーザの用語集は、正式な手続きで定められている用語法の勧告ですから、インタネットの社会の中で生活する限りは尊重するべきです。

○"ハッカー"というのは尊称です。したがって、犯罪者たちを彼らが求めるままに"ハッカー"と呼ぶことは、結果として彼らを褒めそやすことになります。





記録
誤用を巡るいろいろ


00


 御社の出版物の[・・・・・・・・]を・・年以来購読させていただいています。 実は、御社の記事に不明な点がありましたので、意見を伺えればと思い、メールを差し上げるしだいです。

・・-・・-・・(No.・・)pp.・・の"・・・・・・・・"の本文中に、何度か"ハッカー"という語が使われています。けれども、よく知られているように、"ハッカー"とは、本来は(コンピュータの)達人という意味であり、尊称であったのに、不良ユーザたちが自分のことを尊大にこう呼んだことから、多くの人にその意味を誤解されるようになったものです。

1.
 貴誌はこうした事実についてご存じでしたでしょうか。
 これが客観的な事実であることの根拠の一つとしては、たとえばインタネットで文書をとり交す際に用いる用語法の合意書であるインタネットユーザ用語集(RFC1983)があります。また、警視庁は"ハッカー"を不良ユーザの意味で使わない方針を明らかにしています。一般誌でも毎日新聞などは同様の用語法を定めています。

2.
 不良ユーザたちの望むままに彼らを尊称することは、当然彼らを増長させることにつながりますが、貴誌は、その影響についてどうお考えでしょうか。また、不良ユーザの言いなりになるようでは、貴紙の立場は傷つくことにはならないでしょうか。
 誤った用語法は、知らないうちに不良ユーザを尊称することになるだけでなく、彼らに、社会にまだ普及していない知識を先行して確保してしまえば、コンピュータだけでなく社会さえもコントロールできるようになるという誤った自信を与えてしまう点にも注意してください。

3.
 当該記事は他誌から転載されたものですが、原文ではどう表現していたでしょうか。それによって問題の所在がいくぶんかは明確になるかと存じます。

4.
 当該記事は原文を直訳されているものとしてお尋ねしますが、今後、"ハッカー"に限らず原文に専門用語の誤った語法が存在する場合、正しい用法がほかにあることを脚注されるよう、読者の一人としてぜひ提案させていただきたいのですが、これについてはどうお考えでしょうか。

 ご多忙の所おそれいりますが、以上ご回答いただければ幸いに存じます。


01


初めまして。
表記のイベントを主催される旨をウェブや雑誌等の報道で知りましたが、情報工学を専門とする立場からみて、"ハッキング"という術語をこのような意味で使用されることに対して意見を申し上げさせていただきます。

よく知られているように、"ハッキング"というのは正確に定義されている専門用語であり、その文脈では、コンピュータ一般や特定の情報システムの応用を工夫することに熱中することを意味します。これは、本来の専門をさておいて、というニュアンスで謙遜して用いられることもありますが、一般には尊敬の念をこめて使われる語句です。
たとえば、インタネットに関しては、"ハッキング"という術語の意味は
[インタネットユーザ用語集(RFC1983)]
というRFCで定義されています。つまり、インタネットに関する学術的ないし技術的な議論の場では、こちらの意味で"ハッキング"という術語を使うことが合意されています。

けれども、以下でも述べるような事情があって、本件のようなセキュリティシステムを破ることを"ハッキング"と誤称することがメディアを震源として行なわれるようになり、そのような意味もまた、日常語としては定着してしまっています。

さて、もとは誤用であっても日常語として定着している用法において"ハッキング"という語句を使うことについて、なお問題がありとするのは、以下の三つの理由によるものです。

1. 本件のイベントは、一面ではインタネットの発展に寄与せんとして企画されていると考えています。だとすれば、インタネットコミュニティの公式の用法から逸脱した用法をRFC1983の合意に反して採用するのは問題があると思われます。実際の問題として、このイベントの成果をウェブなどの形態で公表するためにインタネットを使用すれば、RFC1983の定義に基づいた読み取りが当然として行なわれるため、学術的混乱を生じる原因になると思われます。

2. そもそも、なぜ"ハッキング"という術語が誤用されるようになったかと言うと、それは、不正ユーザたちが自らを僭称して"ハッカー"と呼んだことに由来します。これは、カリカチュアな子ども番組で、犯罪結社の首領が自分のことを"宇宙の帝王"などと呼ぶのと全く同じです。もしもメディアなどの責任ある団体が、その矛盾をはっきり指摘してさえいれば、彼らが僭越な自尊心を抱くことを妨げ得たはずなのですが、残念ながら現実は彼らが意図した単なるジョークを超えたものになっているのはご存じの通りです。本件のイベントは、不正ユーザたちには露ほども迎合したりはしないという立場から主催されたものと考えます。であるなら、彼らによって流布された誤用法を許容するべきかどうかは明らかです。

3. 本件のイベントには広くさまざまな分野からの参加を求めておられます。しかし、情報工学、情報科学に携わる専門家の中には、本来の"ハッキング"の用法に対して、個人的なこだわりを持ち続けている方がたくさんおられます。特に、セキュリティシステムの欠陥を指摘できるような見識をもった方は、きっとこのような用語法に対して強く不快感を感じ、ひいては積極的に参加しようとはしていただけないのではないかと心配します。

本件のイベントについて"ハッキング"ということばを使用されることは、以上の点からみて決定的な問題を含んでいると思われます。本件のイベントはコンセプトにおいて、敵とすべきを味方と呼び、味方とすべきを敵と呼んでいるのも同然なのです。

ご賢察を期待申し上げます。


02


>問題はcrackerの" an individual who attempts to access computer systems
>without authorization"をどのように解釈するかによるかと思います。

この点で、つまり "クラッカーが何であるか分かれば、クラッカーではないものとしてハッカーが規定できる" と感じられたという点で、すでに、・・さんがハッカについて了解しておられるのは、私の知っているのとやRFCとは違います。
クラッカは確かに[不正に]侵入しますが、ハッカは不正であろうと正当であろうとシステムへの !!! 侵入はしない !!! のです。RFCの定義にも、"ハッカはシステムに侵入する"とは書かれていないことを確かめていただけますでしょうか。

つまり、ハッカとクラッカは、程度や条件が違うのではなくて、全然別の座標軸の用語なのです。

RFCを離れて自分の経験に基づいて話させていただきますと、コンピュータのコミュニティで他人からハッカと呼ばれる人はモラルも洞察力も高く、むしろ一切のコンピュータへの侵入を許さない人であることが多いようです。たとえば、あのベストセラになった[かっこうの卵]の主人公のことを思い出してください。
それに、RFCの定義からは、簡単な演繹によって、"ハッカは不正でないにしてもシステムに侵入しない"、という命題が導けることに気がつかれたでしょうか。なんとなれば、ハッカと呼ばれるぐらいの能力があれば、システムへの侵入がプライバシの侵害や業務への支障を引き起こすことを容易に予想できるはずだからです。
可能性としては、同時にクラッカでもあるハッカもいるかもしれませんが、それは科学者のなかには世界征服を企むけしからぬ輩がいるかもしれないというのと同じぐらいあり得ないことです。

>我々のスタンスとして、ファイヤーウォールにセキュリティーホールがあれば
>そこから入ってくることを認めています。不正侵入ではないということです。

したがって、たとえ不正ではなくても、システムに侵入するような人を、侵入するという傾向に基づいて"ハッカー"とは呼ばないでいただきたいのです。

ハッカとクラッカとは、並べて紹介されることが多いですが、それは、
 誤:ハッカ
 正:クラッカ
という対比のためにそう並べられているだけで、別に似ているから並べられるわけではないことをいま一度確認していただけると幸いです。


先日、某メディアに"ハッカーを正しい意味で使ってほしい"と投書をしたら、丁寧な返事をいただいたのはいいんですが、"でも、本件のシステムへの侵入は結局は不正ではなかったからハッカーでいいですよね"って言われてがっくり!ちゃんとまず正しい定義を説明したのに。

教訓は、"ハッカーは誤用"と言うと、まず"あっこの侵入は不正なものではなくて正当な侵入だったことを主張しようとしている"と反応してしまう方がいらっしゃるということです。
なぜかというと、向こうはシステムへの侵入を話題にしているので、そこに何か反応があると、当然、その反応もシステムへの侵入についての議論だろうと思うわけです。一度そうなってしまうと、ハッカーの正しい定義を説明しても耳に入らないみたいです。
これは怒ったらいけません。こっちは相手がせっかく設定した議論の場にまるで別の議論を持ち込もうとしているわけですから。どういう文面で話しかけたらうまくいくのか考えないといけませんね。
私は、最近は"ハッカーとは不正であろうとなかろうとシステムに侵入するような軽薄な行為を絶対に許さない人たちのことなのに"、ともちかけるようにしていますが、この命題はRFCから導出される定理ではあっても定義そのものではないから、根拠がちょっと弱いんですよね。

なぜこんなことになったかというと、一つにはハッカーの定義とクラッカーの定義とを並べて示すことが多いからかもしれません。
そういうのを見ると、多くの人は次のように反応するみたいです。

1. クラッカー=(今までハッカーと呼んできたもの)なのか。うむうむ。
2. じゃ、ハッカー=(クラッカーの補集合)だな。だって並記されているし。
3. ともかく、俺がここで問題にしているのはシステムへの侵入なんだから、それを全体集合としよう。えーと、クラッカーは不正にシステムに侵入するから、ハッカーは不正じゃなくシステムに侵入する人のことだな。でも、本件のシステムへの侵入は結局は不正ではなかったからハッカーでいいですよね。...


03


 [−−−−−−−−]という雑誌を購読している石原と申します。水戸の常磐大学でコミュニケーションとメディアとの関係に関する研究/教育に携わっています。バックボーンは情報工学です。

 今回は、貴庁の−−さんの、上記の雑誌の−−月号のインタビューでの発言についてコメントを申し上げたいことがあり、メールを差し上げます。このメールアドレスを開設しておられる主旨とは、直接にではありませんが間接には関わりのあることですので、ぜひお受け取りいただきますようお願いします。

 まず、問題を整理させていただきます。
 ご発言の中には"ハッカー"という語句が数回にわたって登場しています。ここでは、ネットワークやコンピュータに不正なアクセスを試みようとするユーザという意味で"ハッカー"という語を使っておられるものと思います。
 しかし、"ハッカー"という語は、情報工学では厳密に定義されている専門用語であり、その文脈における正しい意味は

コンピュータ一般や特定の情報システムの応用を工夫することに熱中する人。コンピュータのエキスパート。
他人を指す場合は尊敬的。
自分を指す場合は本来の専門よりもコンピュータの知識の方が詳しくなってしまったことを自嘲するニュアンスを込めて用いられることがある。

です。不正なアクセスをするユーザという意味はありません。
 しばしば、ハッカーはシステムにただ侵入する人、悪意をもって侵入するのがクラッカー、という伝承的定義を見かけますが、これなどは、本来の意味とも、あとで説明する、誤用の確立を意図している人たちの立場とも、全く間違っているもので、二つの定義を無理に妥協させた人工的な定義に過ぎません。
 正しい意味では、ハッカーとシステムへの侵入とは全く関係ありません。それどころか、むしろ一切のシステムへの侵入を許さない立場をとる人々を指すといっていいでしょう。
 なお、規範としての"ハッカー"の定義については、たとえば"デジタル大辞典"(日経BP)などを参照していただくといいかと思います。

 おそらく、ご発言では、世間で通常に使われている誤った意味にしたがって"ハッカー"という語の誤用を許容されたものと思います。しかし、貴庁が通常知られているように、正義の実現を目指して活動しておられるいるのであるなら、世間に定着した用法であったとしてもなお、"ハッカー"という語をそのような意味で誤用するのは適切ではありません。その理由は、本件の場合三つあります。

1.
 ご発言がインタネット広報を担当しておられる方からのものである点にまず問題があります。なぜなら、インタネットでは、"ハッカー"という語を正しい意味で使うことがユーザの申し合わせとして定められているからです。
 インタネットでは、ユーザが運用のガイドラインをたがいに提案しあうRFCという制度があります。RFCとして提案されたことがらは、強制力はありませんが、特に断わりのない限り、議論の場における暗黙の了解とみなされます。そもそも、ウェブや電子メールの技術的な規格もこのようにして規定されています。
 こうしたRFCの中には、インタネットについて議論する場合の用語法の規約もあり、"ハッカー"(ハッキング)の意味も
[インタネットユーザ用語集(RFC1983)]
(翻訳)というRFCで、ほぼ上記の内容で規定されています。
 本件は、インタネットでの広報について責任のある方が、インタネットを含む通信の問題について発言されたことですので、RFCの用語法の規定に協力していただくべきであったと思われます。

2.
 貴庁は、RFCとは所轄こそ違え、規則の維持を目的とする点については共通の目標のもとに機能している組織なのですから、RFCのような規則が遵守されることの重要性をぜひとも理解していただきたいと存じます。
 また、貴庁は本件のプロジェクトを通じて国際的な協力の態勢を実現しようとしておられるのですから、RFCのような国際的なルールの確立を強調することは重要であるものと考えます。なお、紹介させていただいたRFCは翻訳ですが、原典はもちろん国際的に認められている規約です。

3.
 貴庁が犯罪に対抗する正義の砦なのですから、誤用法を許容するべきではありません。
 そもそも、なぜ"ハッカー"という術語が誤用されるようになったかと言いいますと、それは、不正ユーザたちが自らを僭称して"ハッカー"と呼んだことに由来します。これは、かつてあの犯罪的な宗教団体が、自分たちの組織を国家の組織になぞらえて命名したり、幹部を聖者の名で呼んだりしたのと全く同じです。
 もしかすると、不正ユーザたちにしてみれば、これは身内で通用すればいいただのジョークだったのかもしれません。もししかるべき時期に、責任ある団体が、その矛盾をはっきり指摘してさえいれば、彼らが僭越な自尊心を抱くことを妨げ得たはずなのですが、残念ながら現実は単なるジョークを超えたものになっているのはご存じの通りです。
 貴庁は、不正ユーザたちに迎合したりすることは決してないものと信じています。であるなら、彼らの歪んだ自尊心をさらに煽るような誤用法を許容していいかどうかは明らかです。
 一方、今後の貴庁の活動には情報工学、情報科学に携わる専門家の方たちがさらに参加していくことになると考えられます。このような方たちの中には、本来の"ハッカー"の用法に対して、感情的なこだわりを持ち続けている方がたくさんおられます。特に、社会的に責任感の強い、高い見識をもった方ほど、誤った用語法に対しては強く不快感を感じるのではないのではないかと思います。
 本件について"ハッカー"ということばを使用されることは、以上の点からみて本質的な問題を含んでいると思われます。一言で言うなら、今回のご発言は、敵とすべきを味方と呼び、味方とすべきを敵と呼んでしまったも同然なのです。

 つけ加えさせていただきますが、すべてのメディアが"ハッカー"を誤用しているわけではありません。
 たとえば、上記の雑誌と同じインプレスが電子メール形式で発行しているInternetWatchという新聞では、"ハッカー"をRFCの定義でしか使わない方針をとっています。しかも、これは読者に対して意識調査を行なった結果として採用されました。
 これは客観的な数値のない、あくまで私見にすぎませんが、システムへの侵入を許容ないし賞賛する傾向が強い媒体ほど"ハッカー"を誤用する傾向も強いように思われます。


04


貴紙の最新号に掲載された記事に異議がありますので申し上げさせていただきます。
この記事の中では、"ハッカー"という語をシステムを悪用したり乱用したりする人々をさすのに使っていますが、これは誤った用語法です。ハッカとは、情報システムの性能や内容に興味をもち、それを徹底的に解明したり自ら実現しようとして、高度な能力を備えるに至った人々のことです。したがって、ニュアンスとしては"達人"とか、"仙人"に近い用語です。したがって、これは尊称であり、有能なホビーストやエンジニアをこのように呼ぶのが正しい用語法です。悪用/乱用者は、メディアなど一般の方たちがまだ正しい意味を知らないのにつけこんで、自分たちをそう呼ばせようともくろんでいるわけです。
貴紙の記事でも、用語法にゆらぎがあることに言及されていますが、日本と合衆国とで意味が違うのではなく、一般に通用している用語と専門用語とにずれがあるだけです。合衆国でも専門家以外の人(と、専門家でも一部の人)は誤用していますし、逆に日本でも警視庁は"ハッカ"を悪用/乱用者を呼ぶのに使わないと決めたと聞いています。
なお、貴紙の記事はウェブとしてインタネットから閲覧できるようになっていたと思いますが、インタネットの上では"ハッカ"という語句は上掲の用法で使われるように申し合わせがされています(インタネットユーザ用語集(RFC1983))ので、ぜひご協力ください。
よろしければ下記の資料もご参照ください。
"ハッカ"


05


貴紙のWWWを見せていただきましたが、インタネットのユーザとして重要な対抗行為が見られますので内容を検討されるようお願いします。

[毎日新聞10月6日]
電子情報が危ない NTT侵入 不法プログラムが4種
http://www.mainichi.co.jp/hensyuu/syakaibu/dennou/06.html

ここで、"ハッキング"ということばをコンピュータの不正使用を意味するものとして使っておられますが、インタネットでの用語の使用法のガイドラインとして受け入れられている以下の規定(というような強制力があるわけではありませんが)に違反していると思います。これによると、"ハッキング"ということばをインタネットの上で使う場合は、コンピュータへの熱中と熟練を意味する用語として使うことになっています。

インタネットユーザ用語集(RFC1983)
http://www.vacia.is.tohoku.ac.jp/~s-yamane/articles/hacker/rfc1983.txt

記事を訂正または御社が違反を敢えてされる趣意書を添付されることを含めて早急に対処を検討されるよう、同じユーザとして要求します。
ガイドラインはつねに改良されていくものですから、もし御社がその内容に反対されるのであれば、インタネットの上で公正な議論を展開されることも可能であることをつけ加えておきます。

なお、このように指摘させていただいたのは、クラッカやその取り巻きたちが自分たちのことを"ハッカ"と呼ぶのが、軽犯罪法の定める犯罪の一つ(身分の詐称)であり、それにまんまと引っかかる/尻馬に乗ってしまうと彼らの犯罪を成立させてしまうことをおそれるからです。
"ハッキング"は尊敬語であることに注意してください。クラッカたちはそれゆえ、自分たちの行為をそう呼んで、不当な尊敬を得ようとしているのです。
デリケートなたとえですが、あるテロリズム宗教団体が、自分たちの犯罪を"神による社会の御救済"と呼んだとします。御社はその言い方をそのまま記事として掲載するでしょうか?


えーと、[小さな間違いが...]の節に、サイドストーリみたいな感じで書いてあった"ハッカー"の用語法のことについて、意見というか、検討していただきたい情報があるんで、紹介させていただいていいですか?

まず、この章の趣旨については賛成です。
"ハッカー"の用語法のことも含めて、"間違っているかもしれないなら掲載するな"という立場はインタネットの本来の姿にはふさわしくないと思います。
ftpしかドキュメントをやりとりする手段がなかった時代から、インタネットの上の情報の内容については、提供する人が責任をもっているのであって、信用できないソースから出てくる情報は信用してはいけない、というのが原則でした。だからこそ、まだレフェリを受けていない書きかけの論文を配ってほかの人の意見を聞くのに使えたわけです。
このことは、別に、ネットの古参さんとか、学者だけの常識ではないと思います。本文でもおっしゃってるとおりで、ネットの外でも共通の前提にしていいと思います。情報は、新聞やTVで流れるものも含めて、見る方の責任で信用するかしないかを決めなければならないってことは、小学校以来、国語なんかで"坊や、学校で何を教わってきたの?"(山口百恵、[プレイバック])のことのはずですから。

で、そこにサイドで書き足された記事について、全体の論旨とは関係ない方向から質問が出てくるというのはまずいと思うんですが、どうしても気になるんで聞いていただけますか。
わたしは、"ハッカー"ということばはやっぱり誤用しない方がいいんじゃないかと思います。

まず、客観的事実をはっきりさせておきましょう。
わたしが初めて"ハッカー"ということばを聞いたのは80年ごろで、情報科学やパーソナルコンピュータの専門誌の記事でだったと思います。その頃の使われ方は"凄い奴"という感じで、きちんと言うと、"コンピュータ(のある機能/機構)に強く関心をもち、その結果として精通してしまっている人"(自ら呼ぶ場合は、本業の研究もしないで、という自嘲のニュアンスあり)という意味でしか使われていなかったと思います。
そして、最近では、指摘されているとおり、不当アクセス者の意味でも使われるようになっています。
これはなぜかというと、暴走族が自分たちのことを"レーサー"と呼ぶのと同じことで、資格もないのに自分で尊称を勝手に使っていたのがメディアさんたちに物分かりよく受け入れられてしまったからです。
以前からコンピュータに関わってきた科学者や技術者の方たちの中には、本来は尊称として使っていたことばが反社会な人々を指して使われるようになってしまってとても傷ついたり、以前は"ハッカー"と呼ばれていたので、今では事情を知らない人から不良扱いされるようになって困っている人もいます。
このことは、最近、"bit"などの情報工学の専門誌で、大きな問題としてとりあげられるようになってきました。
警視庁は、情報工学の専門家と協調していくため、ことしの春に、"ハッカー"を不当アクセス者の意味では使わないことを正式に発表しました。

さて、ここでいよいよ、"ハッカー"ということばをウェブの記事において不当アクセス者の意味で使うかどうかを決める時に、考える材料としてどうしても加えておいていただきたいことがらを三つ紹介させていただきます。

1. 
インタネットユーザ用語集(RFC1983)でhakkerという語の用語法が提案されています。
このドキュメントは、インタネットについて議論が行われる場合に、意味がすれ違って議論が混乱しないように統一しようという趣旨で提案されたものです。もちろん強制力はありません。
御ウェブはまさにインタネットについての議論を展開していますから、標準的な用語法を使ったら、もっとたくさんの方を議論に呼び込めるかなぁと思います。

2.
インタネットはたくさんの人たちの努力の結果として現在のような形にまで進化しました。その、努力をした人たちの多くは、"ハッカー"ということばを聖域として使う側の人たちです。インタネットのおいしい所をいただいている以上、その人たちの顔を踏みつけるようなことはしたくないなぁ、と感じる人は多いと思います。

3.
よくTVのヒーロー物にこんなギャグがありますよね。
怪人:(TVにクラッキングして)ワッハッハ。我が輩こそは宇宙の帝王だ。これからは我が輩のことを"陛下"と呼ぶがよい。
ヒーロー:くっそおおお!ドクターインフェルノめー貴様の思い通りにはさせないぞっっ
ヒーローの小さい弟:わ〜い陛下だ陛下だ
ヒーロー:(弟を思いっきしどつく)
ヒーローの小さい弟:びぇ〜!
わたしもあいつらの思い通りになっちゃうのは嫌だなぁと思っています。

見せていただいたウェブは"ハッカー"問題とは直接には関係ないものでしたから、ここに紹介した見地について、もう検討しておられるのかどうかは分かりませんでした。もし、"もうそのことは考えたけど、その上で言ってるんだよ"、ということだったら、すみませんでした。

よろしければぜひまた意見をお聞かせください。





誤用から生まれた新しい誤解


 正しい用法を勧める解説書と、現実の誤用とが両立していることから、この二つを何とかまとめようとする勝手な定義も世間にははびこっています。よく見かけるのは、次のような定義です。

× 迷惑なことをしても法律に触れるほどひどくはないのがハッカーで、違法な行為にまで及ぶのをクラッカーと呼ぶ

× 腕のいいのがハッカーでそうでないのがクラッカー

× コンピュータに関する違法な行為をするとされている人々をハッカーと呼ぶ。しかし、実は、彼らは正しい行為をしているのであり、それを受け入れようとしない制度の側に問題がある

 これらはどれも後付けの定義であり、(正しい意味での)ハッカーはもちろん、自称するだけのハッカーも受け入れてはくれないでしょう。  そう言えば、初めの二つのように、ハッカーとクラッカーとはどこが違うのか説明しようとする人をよく見かけますが、そもそもハッカーとクラッカーは似たものを二つに分けて区別する概念ではありません。ハッカーでしかもクラッカーだという人も少しはいるかもしれません。この二つは横と縦のような、互いに次元の違う概念です。
 それから、誤用に合わせて語源を勝手に想像して説明する人もいます。"斧で何でも切り刻んでしまう人のことをハッカーと言っていた"という説明をよく見かけますが、これが事実かどうかはよく分かりません。むしろ、辞書を見ると、(円空のような)彫刻を作ったり、ログハウスを建てたりするような創造的な意味が目立つはずです。
 このような定義は、正しい定義とは違うし、しかも誤用ともくい違っているという意味で、ただの誤用よりももっと有害かもしれません。




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01-11-10