[左耳の精霊]
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原爆ドーム2002年


(テロップ)「5年後」

カメラ修理業者「メーカーが欠陥品って認めてるわけじゃぁないんですよ。ただね、何百台かにひとつ、そういう現象が起こるらしいんだなぁ。液晶モニター上だけなんですけどね。前に撮った映像とあとのがオーバーラップするってヤツ。軽い衝撃を与える(シーン#48で常盤がデジカメを投げるカット)と起こりやすいんじゃないかって話もあるんだけどね。」

 デジカメのフレームの中の原爆ドーム。日付は2002年7月。
 平和公園内の慰霊梵鐘の音。
 水樹のデジカメで原爆ドームを撮っている無精髭の常盤。
 日差しに目を細め、何かを思い出そうとするかのように目を閉じる。
 と、遠くから水樹が神話を語る声が幻聴のように聞こえて来る。

水樹の声「未来への神話。1945年8月6日太平洋テニアン島を発進したB29爆撃機エノラ・ゲイが、2機の観測機とともに、東北東から広島市に接近。高度9600メートルで実戦使用では世界初のウラニウム型原子爆弾を投下。午前8時15分、同市中区大手町1丁目の島病院上空約580メートルで炸裂。爆発点は瞬間的にセ氏数百万度、数十万気圧となり、火球の形成とともに強力な熱線と爆風、放射線が発生。建築物も人も瞬時に破壊、殺傷され...」

 水樹の映像が走馬灯のようにフラッシュバックして、流れてゆく。
 常盤が目を開けると、水樹の声は、途中から団体旅行客にアナウンスする
 バスガイドの声にすりかわる。

バスガイド「...瞬時に破壊、殺傷されてしまいました。この原爆ドームは、当時その爆心地に建っていた産業奨励館の崩壊をまぬがれた部分を残し、原爆の悲惨さを後世に語り継ぐために保存されたものです。1996年には、世界遺産の認定を受け、20世紀が残した、未来への神話として、これからの21世紀に世界中の多くの人に人間の犯した悲惨な神話を語りかけることとなるでしょう。」

 団体旅行客とバスガイドを尻目に、立ち去ろうとする常盤。
 振り向きざまに、女性と接触。

常盤「失礼!」

御影「いえ...(丁寧に会釈)」

 常盤、チラッと見た女性の横顔。
 アレ?と立ち止まる常盤。
 脳裏にデジカメの映像がおぼろげな記憶として浮かぶ。
 デジカメに残っていた御影の横顔が、女性の横顔とかさなる。
 背後で、御影が娘を呼ぶ声が聞こえて来る。

御影「水樹、こっちにいらっしゃい。」

 驚きとともに、振り返る常盤。
 そこに御影と、「水樹」という名の5歳の娘がいる。
 立ち尽くす常盤。
 娘に手招きをしている御影。
 物言いたげな常盤。
 だがあきらめて、きびすを返し母娘と反対方向に立ち去る。

 御影、娘に話かけようとしゃがむ。

御影「!」

 娘が手に握った1個の銅鈴がシャリンと鳴る。
 御影、あわてて体を起こし、周囲を見回す。

御影「キヤマさん?」

 だが、どこにもそれらしい姿は無い。
 娘、ドームを見上げているひとりの女の方に黙って目をやる。

 ドームを見上げる女(フカン)。
 女狐である。
 透明な澄んだ空をバックに原爆ドームを見上げる女狐の後ろ姿。
 女狐、右耳を押さえ、目を閉じて左耳で聴くしぐさ。
 女狐の腰には、もう銅鈴は無い。

水樹の声「もういいかい?まぁだだよ。」

 遠くで観光客が鳴らす平和公園の鎮魂の鐘の音。



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99-08-16