[左耳の精霊]
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インターネットカフェ[T-ZONE]店内


 水樹、右手で右耳を押えて、頬杖をついている。
 テーブルでタングラム(中国製の木片パズル)をいじりながら、
 考えごとをしている水樹。
 モニターには南極大陸の地図と英文解説を掲載したホームページ。

常盤「マダガスカル島の約7倍、アメリカ合衆国とほぼ同じ面積。地震波測定調査によって、大きな山脈があることもわかってきた。また、その昔、南極大陸の気候が温暖だった頃、そこには、広大な平原を潤す河が流れ、文明が栄えていたのではないか?という説さえある。この調査結果は、ハプドック教授の地殻移動説を裏付ける重要な証拠として・・・」

 常盤が、ページの英文訳を声に出して読んでいる。
 常盤、水樹が聞いていないことに気付く。

常盤「水樹?水樹?」

 常盤に肩をたたかれ、ハッ!とする水樹。

水樹「・・・あ、ごめん・・・」

常盤「また、耳鳴りか?」

水樹「うん・・・この頃、やけに多いの・・・(左耳を押える)」

常盤「もともと水樹の左耳は、普通のヤツが聞けない7ヘルツくらいまでの低い音に反応してるって医者が言ってたんだろ?よけいな音で、神経過敏になってるんじゃないか?」

水樹「さっきも、変な音が聞こえて・・・ちょっと気分が悪くて・・・」

常盤「気にするなよ。・・・そうそう、デジカメの石仏の写真、ページにアップしといたから」

水樹「五百羅漢の?」

 常盤、モニターのブラウザに自作のホームページを出す。
 水樹の写した石仏の写真のアップ。

常盤「撮影者のスナップもあるぜ」

 陽光を浴びた水樹の横顔(2012年の日付)が"撮影者プロフィール"として紹介されている。

水樹「あっ!肖像権の侵害。しかも日付が2012年よ、コレ」

常盤「15年後でも、似たようなもんだろ(水樹の調子が少しもどったことに安心する)」

水樹「何それ?15年たっても成長してないってこと?・・・それより、例のヒトの髪の毛みたいなものは?何かわかった?」

 常盤、眼鏡を外して神経質そうに拭き始める。

常盤「今、バイオ研究室の知り合いに頼んである。もしヒトの髪の毛なんかだったら、何かの事件の痕跡かもしれない」

水樹「サスペンス好きね、常盤君(石仏の写真の1枚を見て)。あれ?こんなとこに人がいたかなぁ?」

常盤「(眼鏡をかけながら)バイオ・プラズマでも撮れてる?」

水樹「(ムッ!として)私そういう心霊現象は信じないの」

常盤「科学的な参考意見さ。水樹だってビデオテープに人間が入ってるなんて思って無いだろ?」

水樹「どういうこと?」

(狐の踊りのインサートカット):すすきの中、逆光を背にキツネの面をかぶった男達がゆっくりとうごめいている。時々ピタッといっせいに静止してあたりをうかがうしぐさ。暗黒舞踏のイメージ)

常盤「場所の記憶って解釈がある。地球上のある特定の場所には、強力な磁気テープの働きをしてるところがあるらしい。ピッタリ合う再生デッキの特性を持った人間が近づくと、録画ビデオが再生されるように、そこでかつてあった印象的な出来事の再生ビデオを見てしまうって寸法さ。地縛霊のメカニズムだね」

水樹「地縛霊のメカニズム?よくわかんないけど・・・そう言えばあの村の稲荷で、神隠しにあった娘の影のようなものを、時々村の人が見かけるって話は聞いたけど」

常盤「サイコメトリーに対するひとつの解釈とも言えるね。科学だって、世界を理解するためのひとつの宗教に過ぎないのさ。ビデオを知らない人にとっては、幽霊の出現もビデオの再生も同じ影の出現現象でしかないからね。それより、この五百羅漢だけど・・・」

水樹「何?」

常盤「ちょっと気になる話を見つけたんだ。(席を立つ)行こうか」

水樹「どこ?」

常盤「(眼鏡を上げながら)中央図書館。」

 モニターの石仏の写真の中のおぼろげな人影。
 テーブルに残されたタングラムのパズルは、鬼の形にも見える。

鬼山の声「米軍基地の移転は?」



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98-09-10