[左耳の精霊]
8


 | 

http://www.infonet.co.jp/apt/March/QMF/Yosimatu/SpiritusLoci/ scene/08.html




8
仏通寺・参道


 鐘の音。
 杉林の木漏れ陽の中、水樹が紅葉の参道を歩いて来る。
 托鉢の僧とすれ違う。

水樹の声「未来への神話。地球物理学の伝説。今からおよそ1万2千年の昔、人類はかつて経験したことの無い大規模な地殻変動にみまわれた。大地は割れ、空は落ち、海が全てを飲み込んだ。人類はその恐怖の記憶を"神話"というカプセルにのせて、子孫へと語り次いだ」

 リュックからデジカメを出し、寺の土塀を撮っている。
 石段を昇る水樹。
 巨大な杉を見上げる。

(インサートカット):広島MIDビルを見上げる鬼山。屋上に人影?鳥?

水樹の声「洪水伝説は今も世界各地の宗教神話の中に、さまざまな形で刻み込まれている。旧約聖書の創世紀"ノアの箱船"や、マヤの"ポポル・ヴフ""日本書紀"など・・・」

 石仏の写真をデジカメで撮る水樹。

(インサートカット):コンクリートに落下した石塊が激突するスロー映像

水樹の声「神話が語るこの洪水は、本当にあったことなのか?地質学や地球物理学はその地球規模の地殻変動についての明確な答えは出していない。が、興味深い学説がいくつかある」

 一体の左耳の欠けた石仏の傍で、石仏のかけららしき石塊を拾う。
 石塊の中から妙な草がはえている・・・水樹の怪訝な表情。

(インサートカット):鬼山の足元に割れた石塊と、銅鈴がひとつ

水樹の声「ハプドック教授が提唱し、アインシュタインの支持した地殻移動説もそのひとつである。」

(インサートカット):講義室の黒板に地殻とマントルの解説図。初老の教授が何か講義をしている。顔は判然としない

水樹の声「マントルの上に乗った薄い地殻が、極の氷の重さと地球の自転により生じた遠心力の影響で、あたかもみかんの皮と中身がずれるように、薄い地殻だけが突然3200キロ、つまり緯度にして30度も地球全体で、ずれたという説だ」

 石仏のかけらにはえているのは、人間の髪の毛らしきもの。

水樹「髪の毛?」

 水樹の動揺した表情。

水樹の声「この大地殻変動が地球規模の巨大地震とそれに伴う津波・洪水を引き起こした。1万2千年前に人類が経験した洪水神話の原体験である」

 石塊を採集袋に入れてリュックへ。
 立ち去る水樹。
 石仏の無言の形相に、遠くで響く鐘の音。
 赤い仏塔の傍らに転がる狐の面に映える夕焼け。

(インサートカット):田舎のパースの深い田園風景の中、女狐がポツンとひとり立ち尽くして空を見上げている。腰の銅鈴がシャリンと揺れる

 携帯の呼び出し音がフェイドイン。



 | 


Copyright(C) 1998, webbed by Studio-ID(ISIHARA WATARU). All rights reserved.

最新更新
98-09-10