作品/[三月劇場]

[映画の食卓-僕の食卓]
(1)



http://www.infonet.co.jp/apt/March/Aki/Eat/01.html



 僕は食いしん坊なので本を読んでいて、登場人物がおいしそうなものを食べているシーンがあるとぜひ同じ物を食べてみたくなる。特に池波正太郎の「剣客商売」の中に出てくるゆず蕎麦や鴨料理などは、今でも機会があれば食べてみたいと思っている。はたしてどんな味がするのだろう。少なくともゆず蕎麦という名前ぐらいは心に残っているわけだ。
 ところが映画の中の食事というのは案外なほど印象にないのは、どういうことなのだろう。もちろん食事のシーンが印象に残っている映画はいくつかある。
 「太陽がいっぱい」ではアラン-ドロンが慣れないナイフやフォークで魚を食べている時、ヨットのオーナーに「魚は指で食べていいんだ。貧乏人はそんなことも知らないのか」といわれるシーンはよく覚えている。でもあの時の魚はどんな魚で、どう料理していたのかということとなると、まるで記憶にないのだ。
 逆に何を食べているかははっきりしているのに、食べてみたいなと思えない映画もある。「グランブルー」の中でジャン-レノたちがシーフードスパゲッティーを食べるシーンがあったのだが、これはあまりうまそうではなかった。ただ、こういう映画はまれでほとんどはどんなものを食べていたかなんて覚えていない。
 映画の中で出てきた店で行って見たいのは「居酒屋 兆次」である。高倉健のふんする兆次が開店以来煮込んできたというモツ煮込みの味はどんなであろうか。昔の日活映画にはえたいの知れないクラブがよく出てきたし、東宝の社長シリーズにも銀座の高級クラブや赤坂の割烹が出てきたものだが、根が貧乏性にできているのであろう。行ってみたいのは居酒屋や一杯飲み屋のたぐいなのだ。
 そういえば大学時代にたまにいっていた「まんぷく食堂」という店が好きだった。戦後すぐに建った軒が低いバラックで、ガタガタいうガラス戸をあけると男たちがアルミ製の一人用のちいさななべを前にコップ酒を飲んでいる。裸電球だったか蛍光灯だったか忘れたが、あまり明るくなくてそれでいて暖かい店だった。男たちの目の前のなべは豆腐なべか、肉なべである。この二つは名前は違っているが、片方は肉が加わっただけであり、基本は同じなべである。今から20年ほど前で豆腐なべが230円、肉なべが280円だったような覚えがある。このなべのどちらかと一杯130円のコップ酒を頼むと、プラスチックの皿にキャベツの漬物がのった突き出しとコップ酒がすぐ出てくる。外はさっきから雪が降っていて、雪の中を歩いてきてかじかんだ手で熱燗のコップ酒を包み込むようにして、口に持っていくと、酒飲みの至福の時間である。
 この肉なべは簡単で時々我が家の夕食に登場する。材料は豚肉、たまねぎ、モヤシ、おふ、豆腐である。まず、しょうゆだしを作る。うちではめんどくさいので水にだしの素と酒、しょうゆを加えている。だしは肉じゃがのだしよりもやや辛めと考えてくれてよい。たまねぎとモヤシから甘味が出るためである。これに先ほどの材料を加え煮るだけである。ただし、おふは水で戻してから使用すること。そのまま入れると中が堅いこともある。
 現在、まんぷく食堂は秋田市の駅前再開発のため、場所を移してずいぶんとこぎれいな建物に変わっている。おととし秋田へ行く用があったので肉鍋定食を食べてきたが、あのバラックの店で食べていたころのような妙な美味さは感じられなかった。
森島永年




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