戻る ミルククラウンを撮る


ミルククラウン ある日突然、 「ミルククラウンを撮りたい!」 という思いに取り憑かれました。

よくある一種の病気ですが、 気がつくとせっせと準備を進めていました。
(こうだと思ったらこうでないと気がすまない性格みたいです。 死ぬまで直りそうにありません。)

ミルククラウンがきれいな形になるかどうかは偶然の産物ですが、 タイミング良く撮るには、 偶然とか運が頼りではうまくいきません。 雫が落ちたのを見てシャッターを切るというやり方では (超人的な視力と反射・運動神経があれば別ですが)、 何もかも終わった後の 「宴の果て」 といったものしか撮れません。


このあたりに、 電子回路の "出番" があります。

こういう場合はミルクの雫が落ちてくる途中に光センサを置いて、そこを雫が通り過ぎた後、 しかるべき時間をおいてストロボを発光させればいいのです。 遅延回路という、 一種のタイマーが役に立ちます。
撮影するには部屋を暗くし、 シャッタースピードを バルブ にしておいて、 ミルク滴が落ちる (と思われる) 瞬間にシャッターを切る、 ストロボが光ったらシャッターボタンを離してシャッターを閉じる、 で OK です。 次に書いているように、 ミルク滴が落ちてからストロボが光るまで 0.3秒 あまりありますから、 私のようなのろまでもなんとか間に合います。




ミルクをポタポタと落とす滴下装置の、例えば 50cm 下にミルクの受け皿を置き、 同じく滴下装置から 40cm 下に光センサを置くとすると、 ミルク滴がお皿に到着するのは 0.319秒後、 センサを通過するのは 0.286秒後 です。 センサを通過してから 0.033 秒 (33msec) 後にストロボを発光させると、 ミルク滴が到着した瞬間の写真が撮れることになります。
ミルク滴が着水 (着乳?) してから、 どれだけ後にミルククラウンの花が開くかは分かりませんが、 とりあえず、 数10msec 〜 数100msec という範囲で調整できればいいでしょう。




先ず、遅延回路を用意しなくてはなりません。


電子回路といっても、 それほど難しくありません。 手元に CMOS の単安定マルチバイブレータ IC、 MC14528 がありましたので、 これを使うことにして、 とりあえず下図のようなものを作りました。 遅延時間を決めているのは、 図の 4.7μF のコンデンサと 100kΩ の VR です。
電源は手軽に、 単三乾電池4本を使うことにしました。









ストロボは、 気軽に扱うことができるので 「フィルム付きカメラ」 についているものを使うことにして、 ホームセンターで調達しました。 なんと、 ストロボにフィルムもカメラもついて 498円。

フィルム付きカメラ 左を分解 ストロボ


回路を調べてみると 下図のようになっているようです。 さすがにお見事、 不要なものは一つもありません。
強いていえば SWb が何のためにあるのか分かりませんが、 部品としては SWa と共通の金属板ですから、 コスト的にはあってもなくてもほとんど変わりません。


トリガスイッチが、 ストロボを光らせるスイッチで、 上の右の写真では右下の方にある金属板です。 高耐圧のトランジスタが必要ですが、 手元にありませんでしたので、 部品箱をひっくり返して古い古〜いサイリスタ (CSM3B4 : 資料がないので定格は分りません) を発掘しました。
また、 この回路ではスイッチが高圧 (約 350V) 側にあって、 感電しそうで気持ちが悪いので下図のように改造しました (こうすると感電しない、 というわけでもありません。 現に、 何度か感電しました…)





最後は光センサ。

一目でそれと分かる赤外線 LED と、 ゴマ粒みたいなフォトトランジスタで作ってみました。 いずれも部品箱の片隅にあったもので、 前者は詳細不明、 後者は S2829、 たぶん 小型機器のワーク検出に使ったりするのではないかと思われる、 小さい小さいフォトトランジスタです。 下の写真のように、 まるでゾウとネズミが向かい合っているように見えます。


光センサ
左のゴマ粒のようなのがフォトトランジスタ、 右は LED。


フォトトランジスタには常に LED の光が当たっているので (見えませんが…) ON になっていますが、 光が遮られると OFF になって出力電圧が高くなります。 ミルク滴が通過すると下図のような信号が得られます。 下図の横軸は時間で、 1目盛りは 1msec (1/1,000秒)、 縦軸は電圧で、 1目盛りは 2V です。


ミルク滴通過時のフォトトランジスタの信号。

余談ながら、 LED とフォトトランジスタの光軸をわざと少しずらせてやると、 下図のように、 センサの L レベルの電圧が少し上がります。 この状態でストロボを発光させると、 ストロボの光が回り込んでセンサの出力電圧が下がるので、 ミルク滴が通過してから発光するまでの時間が簡単に測定できます。 下図の横軸は1目盛り 10msec ですので、 約 82msec 後に発光したことが分かります。


右の方で電圧が下がっているのは、ストロボの発光のため。

お皿の上にものさしを置いて、 ミルク滴の大きさを測ってみました。 直径は、 約 4.7mm でしょうか。


このとき滴下装置の液面からの高さは 45cm でしたので、光センサを通過するときのミルクの粒のスピードは 約 2.6m/sec です。 4.7mm (ミルク滴の直径) だけ動くのにかかる時間は 約 1.8msec になります。 まぁ、辻褄はあっています。





その他、必要なもの。

滴下装置
ミルクの滴下装置には活栓のついたピュレットがよさそうなので医科器械店に赴きましたが、 なんと、 1万円前後という価格らしいです。 分かった瞬間、 さよならしてきました。

そこで、 駒込ピペットというものを購入しました。 こちらは安価で、 価格は大きさによって違いますが数百円、 気のきいた文房具屋さんにならあります。
これに爪楊枝状のものを差し込んで、 差し込み加減で滴下速度を調節することにしました。 しかしこれは不安定で、 最初はよくても、 なぜか次第に遅くなります。

もっといい方法はないのかと思っていた矢先、 水滴を一定量で落下させる方法 というページで、観賞魚の水槽にエアーを送るための弁付きの分岐が薦められているのを見つけました。 早速ペット屋さんに行って 「ステンレス三叉分岐」 というものを買ってきました。 (320円)
これはなかなか快適です。
とはいえ、 もともとエアーの分岐先を ON-OFF するためのもので、 流量を微妙に調整することを想定したものではありません。 弁の調整はクリティカルで、 レバーの角度を少し変えただけで滴下速度は大きく変わってしまいます。 しばらくすると滴下速度が遅くなるという傾向もありますが、 爪楊枝よりは遙かにグー。

スタンド (支持台)
数十年前にもミルククラウンに挑戦したことがありますが、 そのときは机にガムテープでガラス管を貼り付けて… というやり方でしたので、 セッティングが大変でした。
理科の実験で使うようなスタンドがあればいちばんいいのですが、 今回はホームセンターで板と丸棒を買ってきて、 似たようなものを作りました。 木製ですから多少ぐらぐらしますが、 机にガムテープよりはマシかと…。

ミルクの滴下装置の支持もさることながら、 センサをお皿の近くに置くやり方では、 ミルクの雫が LED とフォトトランジスタの光軸を横切るように調整するのはかなり厄介です。
幸い今回は顕微鏡のスタンドがありましたので、 こいつを流用しました。 X、Y、Z 方向に微調整ができて快適です。


カメラ、 三脚
言うまでもありませんが、カメラも三脚も必要です。
上の方に書きましたが、 シャッタースピードをバルブにできるカメラと、 それを支えるのに十分な強度を持った三脚。
カメラはやはりデジタルです。 前回はフィルム一本撮影する度に写真屋さんに走らなくてはなりませんでした。 ピントや露出、タイミングなど、 撮影条件を確認するだけで1日…。 ずいぶん面倒でした。
デジカメの有り難さがひしひしです。






準備が出来ればいよいよ撮影です。

ミルクの雫が 10秒 くらいの (ストロボの充電ができる程度の) 間隔でポトリポトリと落ちるように調整して、 その度にストロボが光るようにセンサの位置を合わせます。

左はミルク滴が到着した瞬間、 下の写真はタイミングを少しずつ変えながら撮ったものです。
左の写真からの時間を msec 単位で表しています。


直径 4.7mm、 質量 54mg のミルク滴が、 秒速 3m/sec でミルクの海に衝突すると、 ミルククラウンと呼ばれている、直径約 30mm の 「クレーター」 を作ります。
想像力を働かせれば、 月面に無数にあるクレーターもこんな風に隕石や小惑星との衝突でできたものです。 眼前の mm のスケールで起こっていることと、 天体のスケールの現象とが実は同じ事なんだと考えると、 不思議な気持ちになります



上のそれぞれの写真をクリックすると、大きい写真が表示されます。
なお、このような写真を並べて、無理矢理 GIF アニメにしたものが 次のページにあります。





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*1 シャッターボタンを押すとシャッターが開いて、シャッターボタンを離すとシャッターが閉じるモード。 夜景や天体写真を撮るときなどに使いますが、一眼レフクラスのカメラでないとないかもしれません。 1秒ほどのスローシャッターがあるなら、それでも OK かも。
*2 重力の加速度を g、t 秒後の移動距離を s とすると、 s は で表すことができます。 これを変形すると になりますから、 s を 0.5 (m) 、 g を 9.8 (m/sec2) にして t を計算すると 0.319438… 秒、 s が 0.4 (m) だと t は 0.285714… 秒となります。

*3 上の回路は不安定な場合がありましたので、 後に下図のように改造しました (遅延回路とストロボのトリガ回路をフォトカプラで絶縁しました)。



*4 初速度 0 で自由落下運動をしているミルク滴の t 秒後の速度 v は、 v = g t ですから、 0.35m 下のセンサを通過するとき(0.267秒後)の速度は 9.8 × 0.267 = 2.6 (m/sec) です。

*5 こういうことがもし地球上で起これば、 クレーターもさることながら、 無数の岩石や砂、 埃を巻きあげて空を覆い、 太陽の光を閉ざして地球の温度を下げ、 多くの生物の絶滅を招く事態に至る、 ということも想像できます。
隕石や小惑星との衝突によってならともかく、 ヒトが作ったものによって地球上にクレーターができるようなことがあってはならない…。 ミルクの粒ひとつで、こんなことまで考えてしまいました。
*6 2012.03.03 追記: 2月28日の朝日新聞で、はやぶさが持ち帰った微粒子から直径 0.1μm 程度の、 史上最小 (?) のクレーターが発見されたという記事を読みました。 直径 0.01μm 程度の粒子が秒速数10kmで衝突してできたらしいのですが、 なんとミルククラウンの10万分の1以下のスケール、 驚いたのなんのって。

update: 2005.09.07  address