論文
芸術系大学における基礎専門教育としてのハイパーカード制作
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2. 芸術専門教育の基礎としての情報処理教育とハイパテキスト
情報処理教育の必要性についてはすでにさまざまな立場から検討がなされている。一般教育に関する検討については文献 0 5、理工系の専門基礎教育における検討は文献 0 6などに詳しい。本稿では、芸術専門教育の基礎としての情報処理教育について考察する。
初めに、議論の前提として、芸術専門教育における情報処理教育の意義を明らかにしなければならない。その上でハイパテキスト実習について検討する。
2 . 0 . 情報リテラシ
専門基礎教育は、専門分野群に特有な研究(および芸術系教育においては創作)方法と対象について、総合的な知見を確立するために行なわれる。この知見は個別の科目を学習する際の前提になったり、理解のパラダイムとして役立ったりする。
芸術における制作の形態は多様であるが、いずれも作家の思想や感情を作品を通じて表現しなければならないという点は共通である。同様に、鑑賞は作品から作家が托したそれらのメッセージを読み取ることである。これらは、思想や感情を情報に、作品をデータに読み換えることによって、情報処理でアナロジできる。しかも、(厳密には検証できないが)制作や鑑賞の過程を分析していくと、どこか下位では情報とデータとが互いに変換し合うレーヤが存在していることが確信できる。芸術におけるコンピュータの導入は、この情報/データレーヤにおいて行なわれている。以上の考察から、UA情報処理教育は、芸術教育においては制作と鑑賞について学ぶための一つのアナロジを与え、かつその下位のレベルにおいては実際にそれらを実行する能力の一部を提供できるU ことが分る。
さて、コンピュータリテラシとは、コンピュータを(狭義ではブラックボックスとして)活用して情報にアクセスする能力であると考えられている (文献 0 6 )。しかし、芸術行動がその下層においては情報処理に支えられているとしても、そのほとんどはまだコンピュータ化されていないし、将来もコンピュータ化してメリットがあるかどうか分らない。したがって、芸術系の情報処理教育は、情報処理にコンピュータが活用できるようにすることだけを目標にしてはならない。現実のコンピュータの性能とは独立な、より一般性のある情報処理の方法を体験し、概念を理解することを目指すべきである。この能力を本稿では情報リテラシと呼ぶことにする。情報リテラシはコンピュータリテラシよりもやや一般的な概念と考えられる。
(注釈)
2 . 1 . 情報リテラシ教育におけるコンピュータの役割り
情報リテラシ教育においては、コンピュータは二つの役割りを持つ教具として位置づけられる。
役割りの一つは、技能の熟練を待たずにさまざまな情報への接近を可能にすることである。たとえば、ピアノの演奏によって感情を表現するという実習を設定する場合、多くの学習者には意図したメロディをピアノで弾くことができないから、自由に表現を試みることができず、実習の効果が得られない。実習が成立するには、まずピアノが演奏できるように練習を行なう必要がある。その上でようやく本来の実習にとりかかることができるが、おそらくそれまでには何か月もかかってしまうであろう。一方、実際のピアノの代わりにコンピュータがシミュレートするピアノを使うのであれば、楽譜などの形式で演奏したいメロディを指示して、あとは自動的に演奏させることが可能である。このように、準備を省略して最初の体験が通過できるということは、学習者にとっては学習の目標を理解させ、学習への動機を与えるためにたいへん重要である。もちろん、さらに自由な表現ができるようになるためには、こうした演奏システムの操作にしてもさらに深く学ばなければならないし、場合によっては実際のピアノを演奏する技能も必要になるであろうが、それも、学習者に明確な動機が確立して初めて可能になることである。
もう一つの役割りは、ふだんは無意識に行なわれてしまいがちな情報処理を意識化させることである。コンピュータを使わずに行なわれているふだんの精神活動では、その過程を観察することが難しい。これに対してコンピュータを使った実習では、個々の工程をコンピュータに指示しながら作業を進めていくので自然にその進行を自覚することができる。
(注釈)
2 . 2 . イリュージョンとマジック
続いて、情報リテラシ教育の立場のもとでは、コンピュータのどのような特徴を学習者に強調するべきであるか検討する。コンピュータを初学者に紹介する場合の行動は大きく二つの類型に分けられると言われている。
その一つは、コンピュータのイリュージョン(「錯覚」の意味であるが「手品」と掛けて)を強調する傾向である。たとえば描画システムは、ふつうの画用紙(描画ウィンドーが見立てられる)に、ふつうの絵筆(マウスカーソル)を使って描くのと同じで、しかももっと便利である。このことを示して親しみを感じさせようとする行動がそれである。
イリュージョンを強調することは、学習者からコンピュータに対する違和感や恐怖心を取り除く効果がある。また、コンピュータがメタファによって理解されるので、さらに学習を深める準備ができる。
もう一つはマジック(「魔術」の意味)の面を強調する傾向である。立体モデリング/レンダリングシステムで立体の写真的写実レンダリングを描かせる場合のように、これまではできなかったことが可能になると言って驚かせる行動である。
マジックを強調することは、コンピュータや情報の概念の効果を学習者に明示し、学習を継続していく動機を補強する効果がある。
この二つの態度は、情報処理教育でコンピュータを導入していく上で、ともに不可欠なものであるが、特にマジック面は、適切な時期に適切な方法で提示しておかないと、学習者が情報処理について学ぶ動機を見失うことがある。
たとえば、京都造形芸術大学の[コンピュータ演習]では、最初の課題として描画システムを用いて自画像を描かせている。これはコンピュータのイリュージョン的面を紹介するためのものである。実際、作業中の面接やアンケート(自由記入方式)によると、受講者のほとんどが、この作業を通じてコンピュータに対する警戒心が解けたと報告しているが、数%の受講者は、紙と絵筆でも簡単にできる作業を狭いスペースで精度も粗い画材に取り換えて行なうことに不自然さを感じたと報告している。
このような反応には、コンピュータのマジックな面を示すことによって対応することがぜひ必要である。ハイパテキストのように、情報処理教育の題材としてまだ一般的であるとは言えない素材に注目したのは、ハイパテキストが、コンピュータなしには実現できない、コンピュータのマジックな性能を示すのに適した表現形態と考えられるからである。
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