資料シート/[三月劇場]

[よみがえるジャングルの歌声]事件

http://www.infonet.co.jp/apt/March/fragm/JungleChorus.html




 手塚治虫さんはしばしば核開発を肯定していたかのように言われることがあります。

 その理由の一つは、アトムは原子力を動力として働くように設定されているといった状況を証拠とするものです。しかしこここから結論を導くのは推測でしかありません。推測するなら本人の発言(00)も検討されるべきでしょう。また、[ブラックジャック](01)などのほかの作品をちょっと見てみれば、まるで反対の結論も導かれてきます。
 もう一つの理由は、広瀬隆さんの著書(05)に、手塚さんが核開発を推進するための情宣に参加した証拠があるという記事が掲載され、これが非常に多くの人たちに読まれたためです。

 広瀬さんが根拠として掲げたのは、ある会社から出版された[鉄腕アトム よみがえるジャングルの歌声](02)というまんがのパンフレットです。これは一見するとアトムを主人公にして手塚さんが描いた核開発のメリットを訴える勉強まんがに見えるのですが、実は本人の許可を得ていない引用であることがすぐに明らかになりました。

 手塚さんは、インタビューで核開発に対する考え方を述べておられます。その内容は下記の記事として記録されています。

(00)

手塚治虫
"ぼくも原子力に反対です"
(インタビュー)
ComicBox、Vol.3、No.39、pp.40-43
(88-08)

 ここに書かれている内容から察するなら、おそらく、手塚さんは核開発には反対の立場だったようです。少なくとも、現状の技術のもとでの原子力発電を肯定してはおられなかったということは、

(01)

手塚治虫
"ブラックジャック"(エピソードタイトル不明、チャンピオン版)
(巻号日付不明)

の描き方からも裏付けられます。このエピソードでは、ブラックジャックは放射能が洩れ出したためにどこにも寄港できなくなった原子力実験船"ムツゴロー"の乗務員の放射能障害を密かに治療するために呼び出されます。

 のちに出版された秋田コミックス版では、このエピソードは貨物船で事故があり、積荷の化学物質で船員が汚染されたという話に書き変えられていました。その後の再録ではどうなっているでしょうか。

 核開発の宣伝のためにアトムのキャラクタが無断で引用された事件は78年に起こりました。

(02)

(著者記載なし)
"鉄腕アトム よみがえるジャングルの歌声"
(単行本、漫画社)
(78-03)


(03)

同上(再録)
ComicBox、Vol.9、No.1、pp.62-67
(90-01)

 この事件の顛末については上記のインタビュー(00)の注釈や

(04)

(著者記載なし)
"特集 まんがと放射能"
ComicBox、Vol.9、No.1、pp.21-36
(90-01)

の一部でもコメントされています。手塚さんはこの出版に抗議したのですが、漫画社は、内容には自信がある(著作権の侵害については問題になっていないのかもしれません)と発言しているとのことです。のちに手塚さんは[悟空の大冒険]のキャラクタが登場するキャンペーンまんがに参加して、知的所有権の確立を主張していくことになりますが、この事件はそのきっかけになっているかもしれません。
 ともかく、このパンフレット(02)を見た(そして正確な事情を知らなかった)人たち、たとえば

(05)

広瀬隆
"東京に原発を!"(JICC版)
(単行本、JICC出版局=現:宝島社)
(81-03-01)

(問題の記載はpp.50)らによって手塚さんは肯定派だという情報が誤って伝えられてしまったようです。

 以上のことがらをまとめると、[よみがえるジャングルの歌声]に関する限り、手塚さんは核開発を肯定する立場には立っていないと考えていいと思います。そもそも、広瀬さんの著書(05)についても、のちの改訂版ではこの記事を削除されたようです。



参考文献


[ComicBox] (ふゅーじょんぷろだくと、88-08)
[ComicBox] (ふゅーじょんぷろだくと、90-01)
核開発とまんがとの関係をテーマにした特集号でお勧めです
"この作家は核開発のことをこんなふうに考えてるのか"という驚きがいっぱいで目からうろこが落ちることがきっとあると思います


お願い

上記の文献(01)またはその書誌情報を持っておられる方はぜひ書誌を教えていただけるようお願いします。


手塚治虫 核兵器/核汚染


基点のページへ

[三月劇場]


Copyleft(C) 1996-98, by Studio-ID(IDO YOSIHIRO). All rights reserved.
このページに自由にリンクを張ってください

このページへの助言や感想や新しい情報を歓迎します
下記まで連絡をいただければ幸いです
isihara@tokiwa.ac.jp


最新更新
98-03-24

このページはインフォネットのウェブサーバに載せていただいて発信しています