作品記録/[三月劇場]


(イメージ)

[距離]
10
[手無し犬]
秋想一


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 手のない犬が盲の女を道連れに旅をしている。ある家で一杯のコーヒーを求める。

 手のない犬は、城の王女を強姦しようと忍び込んだ若者だった。まさに強姦しようとした時に、城の庭一面に星が降りそそぎ、窓からその星に手を差しのばした若者は、両手を星に切り裂かれ、王女も流れ星に目を潰された。二人は国を追放され、若者は王女の盲導犬となって家々で一杯のコーヒー、一食の食事、一本のたばこを乞うのだった。



 さぁて、ここにおいでになる方は、こう見えたってれっきとしたお姫様だ。小さな街の小さなお城に住んでいた。俺もその街に住んでいたんだ。
 俺は悪でよ、街の鼻つまみモンだった。ある日、俺は何かカッぱらってやろうと城に忍びこんだんだ。真っ昼間だった。城にゃあしょっちゅういろんな小僧が出入りして、ブドウ酒や、肉なんかを運び入れてたから、見つかった時には、つい物珍しくて見てるうちに迷っちゃったんです、と言えばいいと思った。  俺はお城の花畑でこの人に出会った。この人は、じーっと俺を見ていたっけ。優しくて、怖い目だった。
 俺たちは仲良くなった。磁石の+と−が引き合うように、俺たちは、自然と、引き合ったんだ。
 でも、俺はこの人に何もできなかった。ただ会って話しをして、それでお別れ。それでも十分幸せだった。でも、俺は、自分が、何故だかなさけなかった。その女を愛しているから、抱けないなんて、どこにでもいチンピラみたいじゃないか。俺はチンピラじゃねえ、そう思ったんだよ。
 今夜みたいに空いっぱいに、星が輝いている夜だった。俺は、彼女の部屋に忍びこんだ。彼女はベッドで眠っていた。星の光の中で、彼女は美しかった。
 俺はポケットからナイフを取り出し、両手でそれを頭の上に振り上げた。俺は彼女の目を潰そうと思ったんだ。俺の心をゆさぶる目、あの目さえなければ、この目さえなくなってくれたら。その時、目の前の窓の外で星が降り始めた。
 俺は思わず窓に駆け寄った。窓の外の庭は一面の星クズでキラキラ光っている。星は雨のように、音もなく、静かに降っていた。俺は、今、何をしようとしているのか分からなくなった。何をするつもりだったんだろうか。無意識のうちに、俺の両手は窓の外に伸びていた。
 降り注ぐ星が、さし伸べた俺の両手をカミソリのようにズタズタに切り裂いた。あまりの痛さに俺はのたうち回った。きっと悲鳴を上げていたんだろう。彼女はいつの間にか目を覚ましていた。
 俺はただ、まるでスピッツのようにキャンキャン泣いていた。彼女は、あの、真綿のような、優しく俺を包みこんでしまう、それでいて、真っ赤なバラのように燃える目で俺を見ていた。その時、突然、彼女は悲鳴をあげて両手で目をおおった。
 俺は確かに見たんだ。二筋の光が彼女の目に吸いこまれていくのを。

 流れ星が彼女の目を潰した。

 俺はようやく彼女を抱くことができた。
 だがよ、変わっちゃいねえのさ。俺が目をつぶりゃ、この人の目が闇の中で俺をじっとにらんでるのさ。
 俺は、俺はいつまでたってもこの人の犬なのさ。


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[三月劇場]


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