学習書●[情報処理]

演習
著作権
日本における変容
報告

町田達彦
(99年度履修生)
Fri, 3 Mar 2000 12:58:45

http://www.infonet.co.apt/March/syllabus
/Literacies/multimedia/gallery/Matida.html




 欧米での著作権の概念の歴史はともかくとして、日本ではいつ著作権という概念が生まれたのかは意外と知られていない。そこで、身近な例として日本の音楽著作権の歴史について調べてみた。
 日本で著作権法が成立したのは1899年(まさに100年前!)のことである。当時は、著作物には音楽を含む、という規定がなかった。そのことが初めて問題になったのが、1914年の桃中軒雲右衛門事件である。
 桃中軒雲右衛門は明治の時代有名な浪曲家で、彼の浪花節を吹き込んだソフトウェアは非常によく売れた。それに目をつけた他社が無断でそのソフトウェアを複製し、安く売ったのだ。当然、元々の販売会社はその他社を訴えたが結果は敗訴。これは権利の侵害ではないというのだ。この当時の日本の著作権に関しての考え方は、著作物には固定が必要、というものであった。
 この事件を契機として1931年には、著作物には音楽も含む、という規定が生まれた。ただ、この頃は、歌手も著作物である、という変わった規定もあった。
 その後1961年にローマ条約(実演家、レコード製作者および放送機間の保護に関する国際条約)が制定され、それに基づいて現在の形の著作権法が生まれることになった。
 現在の著作権法が制定されたといっても、それで全く問題がなかったわけではない。その一つは録音に関する問題である。一般家庭に録音機が普及するにつれて、録音による著作権の侵害の問題が浮上してきたが、これは発行する意志がなければ権利の侵害には当たらないとされ、大きな問題は起こらなかった。
 また、編曲者はどうなるのかという問題も浮上した。当初は、編曲者に対しては、JASRACは金を払っていなかった。今では、編曲者も作業費を受け取れるようになり、現在では元の作者が認めた場合は使用料の2/12は編曲者に払われることになった。
 このようにして日本の音楽著作権は次第に確立されてきた。それでも、どの程度の類似までが侵害ではなく、どの程度からが侵害であるかなどの線引きは今でもあいまいなままである。しかし、この分野の著作権の制度は非常にスムーズに進歩してきたといえる。

参考文献

阿部浩二(編著)、"音楽/映像著作権の研究"、刊:学際図書出版 (大阪府、1998年)



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