5. 総括と今後の課題  本稿では、従来のウォークスルが本質的に内包している、立ち位置から立ち位置への遷移にともなって観客の混乱が生じる問題について論じてきた。しかし、この問題は、LippmanのMovie-maps が採用していたドリー視覚をウォークスルの新しい要素として追加することによって回避できることも明らかになった。さらに、ドリーは、再取材や再レンダリングを行なわなくても、既存の情報からアフィン変換混合法によって近似的に導出できることを示した。  90年代以後の新世代の画像ベースウォークスルと、Movie-mapsとは、いわば相補的な構造を採用している。Movie-maps のドリーは現地での実際のドリー撮影を必要としたが、より負担の少ない代替的手段さえあれば、ぜひ復活されるべきである。  現在は、少なくとも次の2点が今後の課題として残されている。 (1) 画質の向上  アフィン変換混合法では、始点正面像と終点正面像とから途中の視界を内挿する。したがって、辺縁部では拡大された始点正面像だけが用いられるために画質が低い。一方、中心部では縮小された終点正面像が用いられるが、領域としては狭いために、像の全体としての画質への寄与は大きくない。  総合的には、生成される像の画質は、実効セル数、すなわち ・始点像のセルのうち芯の表示に寄与するものの個数(そのフレームでの芯の始点像における逆像のセル数)に混合率の重みをつけたもの ・始点像のセルのうち芯以外の領域の表示に寄与するものの個数(そのフレームでの芯以外の領域の始点像における逆像のセル数) ・終点像のセルのうち芯の表示に寄与するものの個数(そのフレームでの芯のセル数)に混合率の重みをつけたもの の合計に対応していると考えられる。  例として、 ・幅×丈:290×120セル ・芯率:1/6 の像の組の内挿について実効セル率の変化を算定してみたところ、実効セル率は、ドリーの前半で1/4以下にまで減少していることが分かった(図17)。  この落ち込みを緩和するための工夫(たとえば混合関数 e(t) の最適化)が必要とされている。 図17 ドリーの進行 t と画質の変化 (2) ドリーの品質の向上  アフィン変換混合法によって得られるドリー画像は、始点正面像と終点正面像との連続を示す効果はあるが、臨場感は必ずしももたらさない。  ドリーの進行につれて前方の景観はしだいに大きくなってくるように見える。アフィン変換混合法は、これを素材の拡大によって再現しようとしている。これは、実写ではズームアップ(zoom-up)に相当する。しかし、これによって得られる見かけの像の大きさの変化は、ドリーによって得られる変化とは別のものである。  実在する空間の中をドリーすることによって得られた像の見かけの大きさの変化をよく調べると、全体が一様に拡大されているのではなく、像のうちでもカメラから遠い対象の像の変化は小さく、より近い対象の像の変化は大きい。つまり、遠くの対象はそれほど拡大されないのに対して、近くの対象はより拡大されているように見える。さらにその結果として、始点正面像では遠くの対象が近くの対象によって隠されているのに、終点正面像では隠されてないという現象も生じる。  これに対して、拡大、あるいはズームアップによって像がしだいに大きくなっていく場合は、対象がカメラから遠いか近いかには関係なく、像のどの部分も同じ速さで大きくなっている。そのため、アフィン変換混合法によって得られたドリービデオを再生すると、まるで、始点正面像と終点正面像が描かれた看板に近付いていくのを撮影したようにしか見えない。したがって、3で掲げた視界の欠如の問題は、さらに改善の余地を残している。  一般的には、この問題の解決は容易ではない。その理由は、始点正面像と終点正面像だけでは、対象の遠近を反映するように移動の途中の位置での像をシミュレートすることが本質的に不可能であることによる。不足している情報を補うには、本稿で避けようとしてきた現地の再取材が必要になろう。  しかし幸いなことに、終点正面像と始点正面像はいくつかの点で意味上の制約を受けている。一方、実空間に関する情報のうち、ドリー画像の生成に必要なのは、ごく一部のみである。たとえば、ウォークスル空間は、近似的に、左右の街並み、路面、および空から構成される長方形筒の、模様(pattern)をともなった側壁面と見なすことができる。そうすれば、各側壁面の形状や模様を正面像から導出して空間モデルを構成し、さらにそれをレンダリングすることによってドリー画像を導出することが可能になるはずである。このように、より品質の高い近似ドリー画像を生成することが可能で、しかしながら依然として再取材を必要としない手法を開発することは可能である。 (3) 見回しとドリーとの切替りにともなう視界の不連続の解消  前節で提案したウォークスルーの構成では、ドリーから見回しへの遷移では、視覚の連続性は保たれている。しかし、見回しからドリーへの遷移に際しての視界の変化については、まだ多少の不連続性を残している。  見回しからドリーへの遷移は、見回しの中に見える隣接する立ち位置の指定(たとえば立ち位置に対するクリック)によって引き起こされるが、その時点で、視線がそのドリーに関する正面を向いているとは限らない。たとえば、立ち位置が視界の端に表示されていることも考えられるであろう。一方、ドリー画像の両端点での視界はそれぞれの見回しにおける正面像なので、表示が見回しからドリーに切り替る瞬間に、視界は不連続に変化してしまう。  この問題の解決のためには、新しい立ち位置への移動(新モデルではその開始)を、現在のものとは異なる考え方でデザインすることが必要である。  これらの問題の解決を積み重ねていくことが、いつか、より高い親和性を備え、しかもより効果的なウォークスルの実現を可能にするであろう。