4-3. ドリー視覚の実用的な調達  幸いなことに、ドリーに関してはいくつかの好ましい性質を仮定することができる(図12)。 ・ドリーの軌道は、始点と終点とを結ぶ直線分である。  この線分の方向を、今後はドリーの方向とよぶ。 ・ドリーの経過を通じて、視線の方向はドリーの方向の水平成分と同じで変化しない。 ・ドリーの経過を通じて、仮想的な視点の鉛直方向の座標は少ししか変化しない。 図12 ドリーに関する仮定 ・ドリーが終了した直後の立ち位置では、視線の方向は、そこに至ったドリーの方向と水平成分が一致するように初期化される。 ・どの立ち位置でも視界の横縦比は一定である。  これらの性質が仮定できる場合には、ドリーの始点から終点に至る途中の前方の景観は、始点と終点とにおける前方の景観から、内挿によって近似的に導出することができる。  ここでは、そうした導出の手段の例として、ごく単純でコストの低い内挿法の一つを紹介する。  ドリーの始点に当たる立ち位置で見回しによって表示される視界のうち、水平では終点を正面に見る方向を、仰伏では水平方向を正面に見る方向を向いている視線に対応する視界を取得し、これを始点正面像とよぶ。同様に、終点における同じ方向の視界も取得し、これを終点正面像とよぶ。  仮定より、始点正面像と終点正面像とは、遠くから見ているか近づいて見ているかが異なるだけで、同一の景観を同一の方向から見た像になっている(図13)。 図13 始点正面像と終点正面像  始点正面像の中央には、以下のように、終点正面像を縮小したものと近似的に一致する領域が存在する。  上記の仮定が満たされていれば、始点正面像には、終点正面像の左右および上下辺と全く相似な像が線分として含まれている。この4線分は、(同じく上記の仮定のもとでは)それぞれ像全体の左右および上下辺と平行なので、ブロック状の領域を切り取る。この領域を芯(kernel。図14)とよぶ。 図14 芯  芯は、大きさが小さいだけで、画像としては終点正面像と近似的に相似である。領域として比べると、横縦比については、芯と終点正面像とでは必ず一致するわけではないが、その食い違いはごくわずかなので、芯の大きさを1〜2セルほど調整することによって、実用的には問題を起こさないように縦横比を揃えることが可能である。以下では、そのような調整が行なわれて芯と終点正面像とが外形としては相似になっていると仮定する。そのうえで、もとの終点正面像に対する芯の倍率を芯率(kernel scale)とよぶ。明らかに、芯率の範囲は (0, 1) である。  芯は、左右方向に関しては始点正面像の中央に位置するが、上下方向に関しては偏っている場合がある(前図)。この偏りは、坂道の昇降などによって視点の鉛直方向の座標が変化する場合に生じる。像全体の中心に対する芯の中心のずれを芯変位とよぶ(kernel offset)。芯変位の水平成分は必ず0である。  ドリーの進行率t(0≦t≦1)に対応するドリーの視界、すなわちドリーの軌道における内挿比tの内挿点における正面の視界は、以下の手順で近似的に導出される(図15)。なお、拡大やクリッピングの中心は両正面像の中心とする。 手順1. 拡大  始点正面像Aを領域の中心に関して  (1-t)+t/(芯率) 倍に拡大し、St(A) を得る。  また、終点正面像Bを同じく領域の中心に関して  (芯率)・{(1-t)+t/(芯率)} 倍に拡大し、S*t(B) を得る。 手順2. 平行移動  S*t(B) をさらに  (1-t) ・(芯変位) 分だけ鉛直方向に平行移動する。これによって Tt(S*t(B)) を得る。 手順3. 混合  1で得られたSt(A)と2で得られた Tt(St(B)) とを、進度tに対応して変化する混合比 1-e(t):e(t) で混合して、画像  (1-e(t))・St(A) + e(t)・Tt(S*t(B))   :Tt(S*t(B)) が定義されている領域  St(A)   :Tt(S*t(B)) が定義されていない領域 を得る。  混合比e(t)としては、  e(t)=t あるいは  e(t)=t・exp(a・t(1-t)) が適している。e(0)=0、e(1)=1 かつ tについて(厳しい)単調増加でありさえすればいい。 手順4. クリッピング  この画像を中心に関してもとの寸法にクリッピングし、以上をもって最終的な結果を得る。 図15 視界の導出  以上を、区間 t∈[0, 1] のいくつか(実用上はせいぜい20〜30個ぐらいであろう)の等分点に対して実行すれば、ドリーの表示に十分な枚数のフレームが得られる(図16)。 図16 作例  この方法を仮りにアフィン変換混合法とよぶことにする。アフィン変換混合法は、ブロック型の領域(セルの縦横の配列と平行な矩形領域)を一つだけ用いる、非常に単純なモーフィング(morphing)に相当する。  アフィン変換混合法によって得られる視界は以下の性質を備えている。 ・全フレームの全セルに対して、素材に由来する(埋め草ではない)値が定義される。 ・t=0に対しては始点正面像、t=1に対しては終点正面像そのもの(画質に関しても)が得られる。 ・視界の変化は、tについて連続である。  これらのことから、さらに次の性質が確認される。  ドリーが開始された直後に表示される視界は明らかに始点正面像である。一方、その直前に表示されていた始点での見回し像は、厳密には始点正面像ではないが、少なくともホットエリアは視界に含まれているはずである。したがって、この二つの像は、一致するとは限らないが、かなり広い領域において共通である。  ドリーの終了の前後については、表示される視界はどちらも終点正面像であり、完全に一致する。  すなわち、アフィン変換混合法を用いたドリービデオの追加は、3で明らかにした問題をすべて解決ないし緩和している。  一方、アフィン変換混合法は既存の画像だけを素材として使うので、再取材を全く必要としない。すなわち、4.2で述べたような問題は生じない。  なお、多くの標準的なビュアは、このようにして生成されたドリービデオを受け入れることが可能である。  ウェブでウォークスルを実現する場合は、立ち位置を個別のページで、ドリーをその間のハイパリンク(hyperlink)によって実現するのが一般的である。この場合は、それぞれのドリーに対応するページを新たに設置し、そこを経由して隣のノードのページにリンクを張るようにすればいい。  QuickTimeを用いる場合は、QuickTimeが備えている、オブジェクトを手に取っていじり回す視覚をシミュレートする機能を利用する。この機能を流用し、ドリーの開始-進行-終了を、オブジェクトを手に取り、いじり回し、再び手放す機能によってそれぞれ実働化すれば、ドリービデオを表示させることが可能になる。