4. ドリー視覚の導入  この章では、前の章で明らかにした四つの問題を、大いに緩和する手法として、Lippman の Movie-maps9) の中核であったドリー視覚を新しい要素として追加することを提案する。また、その手法が現実的であることを保証するために、既存のウォークスルを強化する、具体的な手順の一例を示す。 4-1. ドリーの強化  見回しの操作にかかる時間とドリーのそれとの間に見られる不斉一は、ドリーの側で解決されなくてはならない。ドリーは一瞬で完結してしまうが、これは実世界での体験とは全く異なっているからである。しかし、従来のウォークスルではそれはやむを得ない。見回しでは視線を振っていくことが可能であり、さらに、それに対応して次々に視界を変化させていくことができるのに対して、ドリーには、もともと経過という概念が欠けているし、したがってその経過に応じて表示する何物も準備されていないからである。  したがって、ドリーに対して相応の時間が経過してもおかしくないようにするためには、ドリーが進行している間、それに対応する視界が表示できるようになっている必要がある。最小限として、従来のドリー(2-1で述べた)を差し換えるものとして、次のような機能が望まれるであろう。 ○ある立ち位置から隣接するほかの立ち位置に向かって、ちょうど歩いたり車に乗って行ったりするように、前方の景観を見ながら移動していくことができる。ドリーの途中では、進度(progress rate)に応じて進行方向の景観が再生される。ほかの方向を見回すことはできない。この景観をドリー視覚とよぶ。 ○観客はドリーの進行を連続に制御することができる。歩く速さを変えたり、途中で立ち止まったり、後ずさったりする(転進ではなく)ことができる(図10)。 図10 ドリーの進行と視界 ○ある立ち位置の視界の中の、ドリーの可能な方向を指示するように作り込まれているホットエリアをクリックすると、その方向にあって隣接するほかの立ち位置へのドリーが開始される。 ○ドリーが終了したあとは、視界のどこかをクリックすると、ドリーの終点にあたる新しい立ち位置に移動することができる。  ドリーの機能をこのように強化したウォークスルー(dolly-enhanced walkthrough)では、観客の操作に対応して時間の経過が生じるため、速度の問題は緩和される。さらに、視界の不連続を解決する端緒も開かれるし、観客による移動の制御が可能になることから、動作性の欠如の問題も解決する。  この手法をウォークスルの構造から見直してみよう。ウォークスルをグラフと見た場合、従来のもの(図11左)では、ノードには水平角と仰伏角とを引数とする見回し視界系が付加されていて、立ち位置ではそれを表示することが可能になっている。これに対してアークの方にはこうした視界系が何も付加されていない。一方、新しい手法を取り入れたウォークスル(同図右)では、アークにも進度を引数とするドリー視界系が付加されている。このように、情報構造においても、ドリー強化型ウォークスルはより斉一化されている。 図11 従来のウォークスルの構造と強化されたウォークスルの構造