3. 問題点  画像ベースのウォークスルによって提供される機能とグラフィックスベースのウォークスルのそれとの最も大きな違いは、見回しが可能な立ち位置の制約にある。  グラフィックスベースのウォークスルでは、技術的には、立ち位置の制限がない。Blanchard はこの特性を肯定的に "Nobody walks in VR, they all fly" 15)と指摘している。これに対して、QuickTimeVR 以後の画像ベースのウォークスルでは、あらかじめレンダリング(あるいは実景の撮影)を完了しておかなければならないので、立ち位置は固定の有限個に限られる。  立ち位置が有限個に固定されること自体は、実在する情景を再現するという目的にとっては、むしろ好ましく作用する。モデルをただ構築しただけでは、プレーヤの仮想的な分身が(まさに Blanchard の指摘のように)重力を無視して空中に飛び上がってしまったり、壁の中に入り込んでしまったりしてしまうからである。したがって、グラフィックスベースのウォークスルでは、情景の自然な再現のためには、視点が存在できない領域を定義し、そこへの移動を防ぐ機能を準備しなければならない。  また、多くのウォークスルでは、特に強調して見回させたい立ち位置が本来決まっているので、プレーヤが無限個の立ち位置のほかの地点に拘わずらってしまって、見せたい立ち位置に来てもらえなくなると、かえって困るという事情もある。  むしろ、画像ベースウォークスルにとっては、ここから間接的に派生する、次のような仕様上の矛盾が問題になってくる。 (1) ドリーにともなう視界の不連続に関する不斉  ドリーの前後では視界が不連続に変化する。つまり、もとの立ち位置でドリーを開始する直前の視界は、ドリーの開始によって消え、すぐに隣の立ち位置での視界が表示されるが、この二つの視界はつながっていない(図8)。 図8 ドリーにともなう視界の不連続  一般に、互いに隣接する立ち位置は、周囲の景観が変化して十分に異なって見えるような間隔で設置される。一方、ホットエリアが示す視界における地点には曖昧さがあるために、プレーヤが予想した新しい立ち位置と実際に準備されている立ち位置とはしばしば食い違う。こうした事情もあって、ドリーの前後で視覚が不連続に切り替わると、ユーザは(仮想的な)自分がどこに移動させられてしまったのか分からなくなってしまう。 (2) ドリーの速度に関する実世界との相違、さらにその不斉  ウォークスルでは、ある立ち位置から隣の立ち位置へのドリーは一瞬で完了してしまう。実世界のドリーであれば、歩いて行くなり車を走らせて行くのに対応して時間の経過が生じるはずなので、この点で両者は著しく異なっている。  ところで、見回しに関しては、ウォークスルにおける視界の変化の速さは、自然に操作している限り、実世界でのそれとほとんど変わらない。それにも拘わらず、実世界では、見回しよりも時間がかかり疲労も生じるはずのドリーは、ウォークスルの閲覧では一瞬で完了してしまう(図9)。ドリーにおける時間の食い違いは、このように、見回しとの対比によってさらに際立って感じられる。 図9 操作の経過時間と表示されている世界での時間経過との対応  ウォークスルは本質的にシミュレーションシステムであるので、疲労のような不要なコストまでもが実世界どおりに再現されることが望まれているわけではない。ここで問題になっているのは、その現れ方が不斉一であることや実世界が備えている特性の欠如が、システムに期待されている効果の妨げになっている点である。表示や操作が不斉一であるということは、単一のシステムの中に2種類のモードが存在していることになる。このことは、本質的に、システムが内包する不親和性と見なされるべきである。 (3) ドリーを制御する操作の欠如  従来の多くのウォークスルでは、ドリーは、どちらに向かってどのような速さで歩き始めるかとか、どう停まるかといったことを指示するようにはなっていない。視界を引用して行きたい先を指示できるだけである。すなわち、望んでいるのは(仮想上の)行動であるにも拘わらず、行動によってではなく、行動によってもたらされる結果をもってそれを指示するようになっている。この点も、見回しに関してシステムが提供している機能とは食い違っている。 (4) ドリーを表示する視界の欠如  実世界でのドリーは、前方の視界の変化をともなう体験である。そのため、プレーヤは、ドリーを通じて(立ち位置の周辺のように見回せなくても)、始点から終点までの空間の状態を少しは知ることができる。しかし、従来のウォークスルはそれを何も表示しないので、こうした情報はプレーヤには提供されない。  これらの矛盾は二つの問題を内包している。  第1に、ドリーについては実世界と著しく異なった視覚しか再生できないという意味で、ウォークスルが備えるべき実世界をシミュレートして見せる表現力にとっての大きな制約が生じている。  第2に、プレーヤは実世界での視覚をメタファとしてシステムを操作しているので、それが通用しないと、立ち位置が変化が把握できなくなり混乱を生じる原因となる。実際、ウォークスルでドリーをしたとたんに、予想していたのとは全く異なった視界が表示されて、(仮想の)自分がどこにいるのか分からなくなってしまうのはしばしば経験するところである。  この現象は、VRやウェブの設計に関連して、エンドユーザが自分がどこにいるのか分からなくなってしまう迷子の問題と呼ばれているものと同型である。