2 ウォークスルの機能と構造 2-1. ウォークスルの機能  議論に先立って、ウォークスルに関するいくつかの概念を明確にしておく。なお、以後はただウォークスルと言えば、事前にレンダリングが完了されている画像ベースウォークスルのことを指すものとする。  ウォークスルは、一言で言えば、仮想的な視点と視線に対応して、適切な視界を表示するシステムである。ウォークスルは、具体的には、下記のような性能を備えている。 ○それぞれの立ち位置(standing point)でいろんな方向に目を向けると、それに対応して視界が表示される。この表示を見回し(look-around。図3)という。目を向ける方向はパン(pan、左右)とティルト(tilt、上下)の組み合わせで連続的に変化させることが可能である。標準的には、パン方向の変域は任意であり、ティルト方向の変域はデザインに依存する(たとえば±π/2)。 図3 見回し ○対象となる空間に属するすべての地点で見回しができるわけではない。そのうちの有限個が、見回しの可能な立ち位置(図4)としてあらかじめ決められている。立ち位置以外の地点に行くことはできない。 ○ある立ち位置から隣接するほかの立ち位置に移動することが可能である。これをドリー(dolly。図4)という。 図4 立ち位置(○)とドリー(矢線)  標準的には、ドリーは、もとの立ち位置の視界の中の、行き先が見える付近の領域をクリックすることによって引き起こされるようになっている。この領域はあらかじめ定義されていて、ホットエリア(hot area。図5)などとよばれる。 図5 ホットエリア 明るく表示されている領域。実際にはこのように明示されているとは限らない  立ち位置を一つしか含まないウォークスルも多い。このタイプのものは特にパノラマ(panorama)と呼ばれている。  以上のほかに、ウォークスルには、品物などを手に取って眺め回す機能、位置や方向によって変化する環境音を聞かせる機能、観客の行動と独立またはそれに反応して運動したり変化したりする環境を動画像として表示する機能などが付加されていることがある。 2-2. ウォークスルの論理構造  2-1で述べたような機能が得られるためには、ウォークスルは次のような構造を備えた情報として構成されている必要がある。 ○ウォークスルは、(基本的には)立ち位置をノード(node)とし、それらをドリーに対応するアーク(arc)で結んだネットワークである(図6)。ある立ち位置から、それに隣接する立ち位置へのドリーは、存在するとしても一つしかない。つまり、ドリーは始点Aと終点Bとによって一意に定まる。したがって、ドリーABのような表現が許される。 図6 ウォークスルの構造 ○それぞれのノードは、視界を生成する素材として使われる写真群を備えている。この写真群を本稿では見回し素材(look-around material)と呼ぶ。QuickTimePanorama10,11)では、この写真群は、一周分に相当するパノラマ写真を角度ごとにいくつかに分解したものとして保持されている(図7a)。QuickTimeVR Cubic12)では、パノラマ写真の代わりに上下左右前後方向の景観を撮影した6枚の写真が用いられる(同b)。また、iPIX13)では、視角πの魚眼レンズを用いて正反対の2方向を撮影した2枚の写真が用いられている(同c)。これらの写真に対して、実時間での接合、透視変換、トリミングなどの処理を施すことによって、視線の方向の変化に対応して滑らかに変化する視界が得られる。 図7 見回し素材の構成 (a) QuickTimePanorama (b) QuickTimeVR Cubic (c) iPIX ○それぞれのアークには、もとのノードからの出発を起こさせるホットエリアと、その先のノードに到着した時の最初の視線の方向が定められている。  以上のような構造をもったネットワーク型の情報をビュアで再生することによって、ウォークスルは実現されている。最近では、QuickTime、iPIXなどの汎用のビュアが製品として供給されている。