作品/[三月劇場]


(イメージ)

[紫薇夜想曲]
第1場

森島永年




くずれかけた長屋。タタミは破れ、破れ障子や壊れたタンス、回ることをやめた扇風機が目につく。灯りは、電気がついたり消えたり、長屋の部屋によっては電気を止められた所もあってローソクの灯が点いている所もある。
ふとんが一枚しいてある、乙の部屋に甲がたずねて来る。

  ごめん下さい。ごめん下さい。僕ですけど、開けてもらえませんか。ごめん下さい。僕ですけど。いないのかな、もしかして。ごめん下さい。いなかったら、どうしよう。僕は、僕はどこへ行けばいいんだ。あああああ。

  (開けて)なんて声出しているんだ。

  つたないこと聞かせてもらいたいんだけど、いいかな。

  まあ、そんな所に立っていたってしょうがないじゃないか。あがれよ。

  ああ。ああああ。

  なんて声出すんだよ。

  どうってことないけど。昨日が終わると今日になるんだよな。

  昨日が終わったから、今日になったんだよ。

  ということは、昨日がなければ、今日もないわけだ。じゃあ、今日が終われば?

  明日になるんだよ。

  やっぱり明日か。明日になっちまうんだな。

  明日になる。

  するとだよ。明日の俺は、今日を何だと思うんだろう。

  昨日だと思うのさ。

  どうして。今日は今日だから今日さ。

  でも、明日のお前から見れば、今日は昨日だ。

  じゃあ、今日の俺から見れば、今日は?

  今日だよ。

  昨日の俺にして見れば、今日は明日だよな。

  ああ。

  だとすれば、昨日の俺にとって、昨日は何だったんだろう。

  今日さ。

  でもね。昨日があれば今日だろうけど、昨日がなければ何なんだ。

  昨日がなくなるなんてこと、あるもんか。昨日がなければ、今日は明後日さ。

  ちょっと待てよ。今、お前、無責任な発言をしたんじゃないだろうな。俺は何が嫌って、無責任な発言程、嫌なもんはないんだ。そりゃ、お前にとっちゃ、他人言かもしれないけど、俺にしてみれば重要なことなんだからね。

  大騒ぎするほどのことって訳でもないだろう。

  昨日が見つからないんだよ。俺の。

  お前の?見つからない?昨日が?

  ああ。どこかへ行っちまったんだよ。

  昨日ってのはどこかへ行くもんかね?

  だって、見あたらないんだからしょうがないだろう。

  自分でおぼえていないのか?

  ああ、なさけないことに、おぼえていないんだ。

隣の部屋に、かすかな明り、甲乙の部屋の灯りは消える。



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[三月劇場]


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